賞金首と目覚め【七】
探し求めていた情報を手に入れた俺は、ローズとレイア先生の待つ正面玄関へ戻った。
「――あっ、アレン! どうだった!?」
「あの血狐に、何かされなかったか!?」
「やっぱりリゼさんは、とてもいい人でした! ほら、この地図を見てください! この赤いバツ印のところに奴等の研究所があるそうです!」
リゼさんからもらった地図を開くと、二人の顔に笑顔が浮かんだ。
「やった……これでリアを助けに行ける……っ!」
「まさか本当にあのリゼから、情報を引き出すとは……っ。でかしたぞ、アレン!」
その後、先生は赤いバツ印の場所をジッと見つめると、
「ふむ、ここからだいたい十五分ぐらいの場所だな……。しかし、こんな林の中に研究所なんてあったか……?」
首を傾げながら、難しい表情でそう呟いた。
「とにかく、行ってみましょう。現状、もうこれしか手掛かりはありません」
「確かに、アレンの言う通りだな……。――よし、行くか!」
「「はいっ!」」
その後、俺たちは『神様通り』を突き抜け、ひたすら西へ西へと進んで行った。
道はどんどん険しくなり、鬱蒼とした林の中へ踏み込んでいく。
そうして十分ほど走り続けたところで、
「……ここだな」
地図を片手に進んでいた先生の足がピタリと止まった。
「こ、ここですか……?」
「それらしき建物は……無いな……」
俺とローズが周囲をキョロキョロと見回す。
出発前に先生が言った通り、そこは本当にただの林だった。
青々とした背の高い樹木が空を覆い隠し、大きな滝が音を立てて流れる。
人工的な建造物はおろか、人が足を踏み入った痕跡すらない。
どこまでも『自然』な風景が広がっていた。
(ま、まさか……ハズレ……?)
冷たい汗が背筋を伝い、嫌な想像が脳裏をよぎる。
すると、
「さすがはリゼの情報網だな……。大当たりだ」
先生は嬉しさ半分、悔しさ半分といった複雑な表情でそう呟いた。
そして彼女は、目の前を流れる大きな滝に向かって歩き始めた。
「せ、先生……?」
「いったいどこへ行くんですか……?」
俺とローズがそう声を掛けると、
「無刀流――絶ッ!」
彼女は突然、滝に向かって強烈な正拳突きを放った。
すると次の瞬間。
大きな滝は粉々に砕け――そこから古びた研究所が姿を現した。
「「なっ!?」」
突然現れた研究所に、俺とローズは目を丸くした。
「――強力な認識阻害の結界だ。おそらくは奇術師トール=サモンズの仕業だろう。しかし、この私がここまで接近しないと気付けないとは……。全く、凄まじく高度な結界だな……」
そうしてトールを褒めた先生は――バキバキと指を鳴らし、好戦的な笑みを浮かべた。
「結界が張られていたことから見ても、奴等は間違いなくこの中にいる! ――行くぞ!」
「「はいっ!」」
そうして俺たちはレイア先生を先頭にして、研究所へ突入した。
■
黒の組織の一員――ザク=ボンバールに敗れたリアは、研究所の最下層で目を覚ました。
「こ、ここは……?」
ぼんやりとした意識のまま、体を動かそうとしたそのとき。
「……っ」
両の手首に鈍い痛みが走った。
見れば、彼女の両手は天井に繋がれた鎖で拘束されていた。
両足にも重り付きの鎖が嵌められており、完全に身動きが取れない状況だ。
すると、
「ざはは、もう目が覚めたのか! 案外丈夫な体をしているな、リア=ヴェステリア!」
「……おい、小娘。まだ生かしといてやるから、変な気を起こすんじゃねぇぞ?」
リアの覚醒に気付いたザクとトールが、部屋の奥から顔を覗かせた。
「……ザク=ボンバールッ!?」
あの苦々しい敗北をはっきりと思い出したリアは、怒りと悔しさに顔を歪めた。
両手両足が封じられ、物理的にどうすることもできない彼女は、
「……年頃の女の子を鎖で拘束するなんて、ずいぶんいい趣味をしているのね? もしかして変態さんなのかしら?」
せめてもの抵抗として、そんな嫌味を言ってのけた。
すると、
「ざははっ! この状況でまだそんな口が利けるとは、本当に気の強い娘だな!」
「……はっ! そのデカい図体で変態とは救いようがねぇなぁ、ザク?」
ザクは楽し気に笑い、トールはそれに乗っかった。
今のやり取りから、この場ですぐ殺されることは無いと判断したリアは、
「あなたたちの目的はなに? いったい、何のために私を誘拐したの?」
夏合宿で襲われたときから、ずっと気になっていた質問を投げ掛けた。
「ん? それはもちろん、お前の――」
そうしてザクが口を開きかけたそのとき。
「――おいこら、馬鹿ザク! 組織の機密情報をそんな簡単に喋るんじゃねぇ! 脳みそちゃんと入ってんのか、あぁ!?」
額に青筋を浮かべたトールが、彼の脛を蹴り付けた。
「ざ、ざははははっ! すまんすまん! そう言えば、これは秘密だったな!」
「ったく……。しっかりしやがれってんだ……」
二人がそんな話をしていると、
「ふ、ふしゅしゅ……。お話し中に申し訳ございません……。そ、そろそろサンプルが必要なのですが……っ」
大きな注射器を手にした研究職の男が、恐る恐るといった様子で声を掛けた。
分厚い丸眼鏡。
青白く血の気の通っていない顔。
身長は百五十センチ、年齢は四十代半ばぐらいだろうか。
白髪交じりの黒髪は好き放題に伸び、清潔感の欠片も無かった。
「あぁ、さっさとやれ」
「ふ、ふしゅしゅ……っ。かしこまりました……っ」
トールの許可をもらった男は、深々と頭を下げると――リアの元へ近寄った。
「ちょ、ちょっと……な、なにをするの……っ!?」
リアが身をよじって抵抗の意思を示すと、
「ちっ……。少し血をいただくだけだ。暴れんじゃねぇよ、ドブスが……っ」
苛立った様子のトールが、吐き捨てるようにそう言った。
「ど、ぶす……っ!?」
年頃の少女であり、容姿にはそれなりの自信があったリアは、ブスと呼ばれたことに激しい憤りを覚えた。
しかし――幼い頃から英才教育を受けた聡明な彼女は、
(ひっひっふー……っ。ひっひっふー……っ。落ち着くのよ、リア=ヴェステリア……っ!)
間違った呼吸法で冷静さを取り戻した。
(この状況で暴れても体力を無駄に消耗するだけよ……っ。ムカつくけれど、今は大人しく言う通りにしておいた方が賢明ね……。どうしようもなく、ムカつくけれど……っ!)
そうしてリアは素直に口をつぐみ、抵抗をやめた。
「ふ、ふしゅしゅ……っ。それでは失礼します」
男がリアの上腕に針を刺し、チクリとした痛みが走る。
シリンダー三本分にもなる大量の血液を採取した男は、
「ふ、ふしゅしゅ……。こ、これだけあれば、十分でございます……!」
喜悦に歪んだ表情を浮かべ、それらを巨大な機械にセットした。
「――おい、『解析』にはどれくらいの時間がかかるんだ?」
「ふしゅしゅ……。大急ぎで実行しても丸一日はかかるかと……」
「そうか、なるべく早く終わらせろ。待つのは嫌いだ」
せっかちなトールは短くそう呟くと、階段を登って上の階へと姿を消した。
一人取り残され、手持無沙汰となったザクは大きく伸びをした。
「さてと、とりあえずメシでも食うかな……。――っと、そうだ、リアよ。お前も腹が減っているのではないか? どれ、適当なものを見繕ってやろう」
「……ふんっ、敵の施しは受けないわ。それに毒が入って無いとも限らないし」
「ざはははっ! 本当に気丈な娘だな! まぁ、なんだ……腹が減ったらいつでも言うがいい」
ザクは豪快に笑いながら、上の階へと姿を消した。
それからリアは、ひたすらに『機』を待ち続けた。
体力を温存するために、抵抗することも暴れることも無く――ただジッと待ち続けた。
アレンならば、きっと自分のことを見つけてくれる。助け出してくれる。
ひたすらそう信じて、待ち続けた。
そして――彼女がここへ捕獲されてから十数時間が経過したあるとき。
「ふ、ふしゅしゅ……っ。お、起きてるか、リア=ヴェステリア……?」
先ほどの研究職の男がリアの元を訪れた。
「……何かしら? 血ならもう十分に採ったはずでしょ?」
「ふ、ふしゅしゅ……。まぁ聞け……。お前はこの後『本国』へ送還され、あっけなく殺されるだろう……」
「……そうでしょうね」
なんとなくそうなることを予想していたリアは、大きく心が乱されることも無く、軽く聞き流した。
「そ、その前に……っ。ちょ、ちょっとだけ……愉しませてもらおうと思ってな……っ」
男の下卑た視線が、リアの全身を這いずり回った。
「あなた、最低な男ね……っ」
「ふ、ふしゅしゅ……っ。何とでも言うがいいさ……っ」
男はそう言いながら、一歩また一歩とリアににじり寄る。
「い、いや……っ。こ、来ないで……っ」
そして、男がリアの肢体に手を伸ばしたそのとき――一筋の赤い閃光が暗い部屋を駆け抜けた。
次の瞬間。
「ふ、ふしゅ……っ!? あ、あ、熱っ、熱っ!?」
男は灼熱の劫火に包まれ、地面を転がりながら苦悶の声をあげた。
「あ、ぐ、かぁあああああああ……っ!?」
研究所内に凄まじい断末魔が響き渡り、男はあっという間に絶命した。
すると、
「――ざははははっ! 危ないところだったな、リアよ!」
酒の入ったグラスを片手に持ったザクが、豪快に笑いながら姿を現した。