表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/445

賞金首と目覚め【七】


 探し求めていた情報を手に入れた俺は、ローズとレイア先生の待つ正面玄関へ戻った。


「――あっ、アレン! どうだった!?」


「あの血狐(ちぎつね)に、何かされなかったか!?」


「やっぱりリゼさんは、とてもいい人でした! ほら、この地図を見てください! この赤いバツ印のところに奴等の研究所があるそうです!」


 リゼさんからもらった地図を開くと、二人の顔に笑顔が浮かんだ。


「やった……これでリアを助けに行ける……っ!」


「まさか本当にあの(・・)リゼから、情報を引き出すとは……っ。でかしたぞ、アレン!」


 その後、先生は赤いバツ印の場所をジッと見つめると、


「ふむ、ここからだいたい十五分ぐらいの場所だな……。しかし、こんな林の中に研究所なんてあったか……?」


 首を傾げながら、難しい表情でそう呟いた。


「とにかく、行ってみましょう。現状、もうこれしか手掛かりはありません」


「確かに、アレンの言う通りだな……。――よし、行くか!」


「「はいっ!」」


 その後、俺たちは『神様通り』を突き抜け、ひたすら西へ西へと進んで行った。

 道はどんどん険しくなり、鬱蒼(うっそう)とした林の中へ踏み込んでいく。

 そうして十分ほど走り続けたところで、


「……ここだな」


 地図を片手に進んでいた先生の足がピタリと止まった。


「こ、ここですか……?」


「それらしき建物は……無いな……」


 俺とローズが周囲をキョロキョロと見回す。


 出発前に先生が言った通り、そこは本当にただの林だった。

 青々とした背の高い樹木が空を覆い隠し、大きな滝が音を立てて流れる。

 人工的な建造物はおろか、人が足を踏み入った痕跡すらない。


 どこまでも『自然』な風景が広がっていた。


(ま、まさか……ハズレ……?)


 冷たい汗が背筋を伝い、嫌な想像が脳裏をよぎる。


 すると、


「さすがはリゼの情報網だな……。大当たりだ」


 先生は嬉しさ半分、悔しさ半分といった複雑な表情でそう呟いた。

 そして彼女は、目の前を流れる大きな滝に向かって歩き始めた。


「せ、先生……?」


「いったいどこへ行くんですか……?」


 俺とローズがそう声を掛けると、


無刀流(むとうりゅう)――(ぜつ)ッ!」


 彼女は突然、滝に向かって強烈な正拳突きを放った。


 すると次の瞬間。

 大きな滝は粉々に(・・・)砕け(・・)――そこから古びた研究所が姿を現した。


「「なっ!?」」


 突然現れた研究所に、俺とローズは目を丸くした。


「――強力な認識阻害の結界だ。おそらくは奇術師トール=サモンズの仕業だろう。しかし、この私がここまで接近しないと気付けないとは……。全く、凄まじく高度な結界だな……」


 そうしてトールを褒めた先生は――バキバキと指を鳴らし、好戦的な笑みを浮かべた。


「結界が張られていたことから見ても、奴等は間違いなくこの中にいる! ――行くぞ!」


「「はいっ!」」


 そうして俺たちはレイア先生を先頭にして、研究所へ突入した。



 黒の組織の一員――ザク=ボンバールに敗れたリアは、研究所の最下層で目を覚ました。


「こ、ここは……?」


 ぼんやりとした意識のまま、体を動かそうとしたそのとき。


「……っ」


 両の手首に鈍い痛みが走った。


 見れば、彼女の両手は天井に繋がれた鎖で拘束されていた。

 両足にも重り付きの鎖が()められており、完全に身動きが取れない状況だ。


 すると、


「ざはは、もう目が覚めたのか! 案外丈夫な体をしているな、リア=ヴェステリア!」


「……おい、小娘。まだ生かしといてやるから、変な気を起こすんじゃねぇぞ?」


 リアの覚醒に気付いたザクとトールが、部屋の奥から顔を覗かせた。


「……ザク=ボンバールッ!?」


 あの苦々しい敗北をはっきりと思い出したリアは、怒りと悔しさに顔を歪めた。


 両手両足が封じられ、物理的にどうすることもできない彼女は、


「……年頃の女の子を鎖で拘束するなんて、ずいぶんいい趣味をしているのね? もしかして変態さんなのかしら?」


 せめてもの抵抗として、そんな嫌味を言ってのけた。


 すると、


「ざははっ! この状況でまだそんな口が利けるとは、本当に気の強い娘だな!」


「……はっ! そのデカい図体で変態とは救いようがねぇなぁ、ザク?」


 ザクは楽し気に笑い、トールはそれに乗っかった。


 今のやり取りから、この場ですぐ殺されることは無いと判断したリアは、


「あなたたちの目的はなに? いったい、何のために私を誘拐したの?」


 夏合宿で襲われたときから、ずっと気になっていた質問を投げ掛けた。


「ん? それはもちろん、お前の――」


 そうしてザクが口を開きかけたそのとき。


「――おいこら、馬鹿ザク! 組織の機密情報をそんな簡単に喋るんじゃねぇ! 脳みそちゃんと入ってんのか、あぁ!?」


 額に青筋を浮かべたトールが、彼の(すね)を蹴り付けた。


「ざ、ざははははっ! すまんすまん! そう言えば、これは秘密だったな!」


「ったく……。しっかりしやがれってんだ……」


 二人がそんな話をしていると、


「ふ、ふしゅしゅ……。お話し中に申し訳ございません……。そ、そろそろサンプルが必要なのですが……っ」


 大きな注射器を手にした研究職の男が、恐る恐るといった様子で声を掛けた。


 分厚い丸眼鏡。

 青白く血の気の通っていない顔。

 身長は百五十センチ、年齢は四十代半ばぐらいだろうか。

 白髪交じりの黒髪は好き放題に伸び、清潔感の欠片も無かった。


「あぁ、さっさとやれ」


「ふ、ふしゅしゅ……っ。かしこまりました……っ」


 トールの許可をもらった男は、深々と頭を下げると――リアの元へ近寄った。


「ちょ、ちょっと……な、なにをするの……っ!?」


 リアが身をよじって抵抗の意思を示すと、


「ちっ……。少し血をいただくだけだ。暴れんじゃねぇよ、ドブスが……っ」


 苛立った様子のトールが、吐き捨てるようにそう言った。


「ど、ぶす……っ!?」


 年頃の少女であり、容姿にはそれなりの自信があったリアは、ブスと呼ばれたことに激しい憤りを覚えた。


 しかし――幼い頃から英才教育を受けた聡明な彼女は、


(ひっひっふー……っ。ひっひっふー……っ。落ち着くのよ、リア=ヴェステリア……っ!)


 間違った呼吸法で冷静さを取り戻した。


(この状況で暴れても体力を無駄に消耗するだけよ……っ。ムカつくけれど、今は大人しく言う通りにしておいた方が賢明ね……。どうしようもなく、ムカつくけれど……っ!)


 そうしてリアは素直に口をつぐみ、抵抗をやめた。


「ふ、ふしゅしゅ……っ。それでは失礼します」


 男がリアの上腕に針を刺し、チクリとした痛みが走る。


 シリンダー三本分にもなる大量の血液を採取した男は、


「ふ、ふしゅしゅ……。こ、これだけあれば、十分でございます……!」


 喜悦に歪んだ表情を浮かべ、それらを巨大な機械にセットした。


「――おい、『解析』にはどれくらいの時間がかかるんだ?」


「ふしゅしゅ……。大急ぎで実行しても丸一日はかかるかと……」


「そうか、なるべく早く終わらせろ。待つのは嫌いだ」


 せっかちなトールは短くそう呟くと、階段を登って上の階へと姿を消した。


 一人取り残され、手持無沙汰となったザクは大きく伸びをした。


「さてと、とりあえずメシでも食うかな……。――っと、そうだ、リアよ。お前も腹が減っているのではないか? どれ、適当なものを見繕(みつくろ)ってやろう」


「……ふんっ、敵の施しは受けないわ。それに毒が入って無いとも限らないし」


「ざはははっ! 本当に気丈な娘だな! まぁ、なんだ……腹が減ったらいつでも言うがいい」


 ザクは豪快に笑いながら、上の階へと姿を消した。


 それからリアは、ひたすらに『機』を待ち続けた。


 体力を温存するために、抵抗することも暴れることも無く――ただジッと待ち続けた。


 アレンならば、きっと自分のことを見つけてくれる。助け出してくれる。


 ひたすらそう信じて、待ち続けた。


 そして――彼女がここへ捕獲されてから十数時間が経過したあるとき。


「ふ、ふしゅしゅ……っ。お、起きてるか、リア=ヴェステリア……?」


 先ほどの研究職の男がリアの元を訪れた。


「……何かしら? 血ならもう十分に採ったはずでしょ?」


「ふ、ふしゅしゅ……。まぁ聞け……。お前はこの後『本国』へ送還され、あっけなく殺されるだろう……」


「……そうでしょうね」


 なんとなくそうなることを予想していたリアは、大きく心が乱されることも無く、軽く聞き流した。 


「そ、その前に……っ。ちょ、ちょっとだけ……(たの)しませてもらおうと思ってな……っ」


 男の下卑(げび)た視線が、リアの全身を這いずり回った。


「あなた、最低な男ね……っ」


「ふ、ふしゅしゅ……っ。何とでも言うがいいさ……っ」


 男はそう言いながら、一歩また一歩とリアににじり寄る。


「い、いや……っ。こ、来ないで……っ」


 そして、男がリアの肢体に手を伸ばしたそのとき――一筋の赤い閃光が暗い部屋を駆け抜けた。


 次の瞬間。


「ふ、ふしゅ……っ!? あ、あ、熱っ、熱っ!?」


 男は灼熱の劫火に包まれ、地面を転がりながら苦悶の声をあげた。


「あ、ぐ、かぁあああああああ……っ!?」


 研究所内に凄まじい断末魔が響き渡り、男はあっという間に絶命した。


 すると、


「――ざははははっ! 危ないところだったな、リアよ!」


 酒の入ったグラスを片手に持ったザクが、豪快に笑いながら姿を現した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ