賞金首と目覚め【五】
ぼんやりとした意識の中、女性の硬い声が聞こえてきた。
「――あぁ、黒の組織だ! 長身のでかい男と細身の女の二人組で、例の黒い外套を着ている! 何か情報が入り次第、すぐに連絡してくれ!」
この声は多分、レイア先生のものだ。
(あれ……。そう言えば、俺は何をしてたんだっけ……?)
ゆっくりと頭が動き出し、徐々に五感がはっきりとしてきた。
(……見慣れない天井だ)
どうやら仰向けにして寝かされているようだ。
俺は体の上にかぶせられた茶色いタオルケットをのけ、ゆっくりと上体を起こす。
「こ、ここは……?」
「――気が付いたか、アレン! 安心しろ、ここは学院の理事長室だ。奴等はもういない」
「……奴等? ……っ!?」
その言葉を聞いた瞬間、冷や水をかけられたように心臓が飛び跳ねた。
会長との店巡り。
リアとローズを襲った黒の組織。
ザクとトールとの戦闘。
その全てをはっきりと思い出した。
「そうだ、リアは!? リアは無事なんですか!?」
俺はすぐさま立ち上がり、レイア先生に詰め寄った。
すると彼女は――静かに首を横へ振った。
「……すまん。私が駆けつけたときには、もう既に連れ去られた後だった……」
「そん、な……っ」
一瞬で血の気が引き、視界がチカチカと明滅した。
「お、おい……大丈夫か!?」
強い眩暈に襲われてフラついた俺の体を、先生は慌てて支えてくれた。
考えたくも無いのに、嫌な想像ばかりが頭をよぎる。
もしもリアがひどい目に遭わされていたら、どうしよう。
もしもリアが辱めを受けていたら、どうしよう。
もしもリアが――もう殺されてしまっていたら、どうしよう。
そんないくつもの『もしも』が、俺の頭を埋め尽くした。
(だ、駄目だ駄目だ……しっかりしろ……っ! ここで塞ぎ込んでいても何も変えられないぞ……っ!)
両の拳を握り締め、歯を食いしばり、しっかりと気持ちを持ち直した。
「……すみません、もう大丈夫です。そんなことよりも、奴等はどこへ行ったんですか?」
「……そうだな。その話をする前に、情報の共有をしておこうか」
そう言って先生は、顔写真付きの手配書を机の上に並べた。
「これが火炙りのザク=ボンバール、そしてこっちが奇術師トール=サモンズの手配書だ。見ての通り、どちらも国際手配された一級賞金首たちだ。――あの二人を相手に、よく無事でいてくれたな、アレン」
先生のその話を聞いて、ハッと思い出した。
(そういえば……瀕死の重傷を負っていたはず、だよな……?)
俺は<劫火の死槍>に貫かれた上、全身を灼熱の劫火で焼かれた。
最終的には出血多量で意識を失い――気付いたらここで寝かされていた。
恐る恐る自分の腹部に視線を落とすと、
(え……?)
そこには火傷の痕はおろか、傷一つ残っていなかった。
(……この国の医学は発展しているけど、さすがにちょっと早すぎじゃないか?)
もしかしてレイア先生が、理事長権限で優秀な医者を派遣してくれたのだろうか?
そんなことを考えていると、
「――さて、次はこれを見てくれ」
彼女は机の上に広げられた国土地図を指差した。
「現在はアークストリア家が各所に手を回し、国境警備をかつてないほどに強化している。あれほどの警備網を潜り抜けるのは、至難の業だ。――奴等は間違いなく、まだ国内に潜伏している」
どうやら俺が眠っている間、会長が『アークストリア』の力を使って動いてくれていたようだ。
「そして黒の組織の目的から、奴等がリアを即座に殺すことはあり得ない」
「黒の組織の目的、ですか……?」
俺がそう問いかけると、
「……すまんな。こればっかりは、国家の重要機密事項に該当するのでな。君の身の安全を守るという意味でも、今はまだ伝えるわけにはいかない」
先生は少し苦い顔をして首を横に振った。
「そう、ですか……」
とても気になる話だが……。
重要機密事項と言われては、これ以上追及できない。
「詳しく話すことはできないが……。奴等はほぼ間違いなく、この国のどこかにある『研究所』へリアを連れ込んだはずだ。そこから『解析』が終わるまでの二十四時間――リアに危害を加えることは絶対にできない」
「た、たったの二十四時間……っ!?」
それはあまりにも短い時間だった。
「あぁ、研究所の位置にもよるが……。深夜零時が刻限と見ていいだろう」
俺はすぐに部屋の掛け時計を確認した。
現在時刻は昼の十二時。
もう半日しか残されていなかった。
「――とにかく! 奴等の研究所がどこにあるのか、それが判明しないうちは戦うことすらできん。アレン、君も一緒に探すのを手伝ってくれ!」
「はい、わかりました……っ!」
そうして俺は奴等の研究所を探るべく、千刃学院を飛び出した。
「待っていてくれよ、リア……っ」
今日の零時までに、絶対に見つけ出してやるからな……!
■
それから俺は、必死になって聞き込みを続けた。
まずは寮母のポーラさんに魔剣士協会のボンズさん。
それから生徒会のリリム先輩にフェリス先輩。
その後は、オーレストにいる通行人へ手当たり次第に声を掛けた。
持てる人脈の全てを活用し、ひたすら足を使って探し回ったけれど……収穫はゼロだった。
「くそっ、どうすればいいんだ……っ」
陽はもう完全に落ち、夜闇が世界を覆い尽くす。
時刻は夜の九時。
刻限の零時まで、残り三時間となっていた。
(こうしている間も……っ。リアはきっと苦しんでいるはずだ……っ)
そう考えると、悔しさと苛立ちで頭がどうにかなりそうだった。
だけど、敵の居場所がわからない現状――どうすることもできない。
『情報』というものの重みを――嫌というほど痛感させられた。
(……もしかしたら、レイア先生がもう見つけてくれているかもしれない)
俺は最後の希望に縋りつくように、重たい足を引きずって彼女の元へ向かった。
千刃学院の門を潜り、理事長室へと足を進める。
重厚な黒い扉をノックすると「……入れ」という短い返事が返ってきた。
その声には疲れの色がありありと浮かんでいた。
「――失礼します」
ゆっくり扉を開けるとそこには、分厚い書類に目を通すレイア先生の姿があった。
「……アレンか、どうだった?」
「すみません、一日中走り回りましたが……。何の成果も得られませんでした……っ」
「そうか……。私も手当たり次第に連絡を取っているが……結果は芳しくない……」
先生はそう言って大きく息を吐き出した。
理事長室に重たい空気が流れる。
それから一分、二分と経過したところで、
「あくまでこれは私の勘でしかないが……。確実に研究所の位置を握っている奴に……一人だけ心当たりがある」
先生はとんでもないことを口にした。
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ……。いろいろと黒い噂の絶えない奴だが、あいつの情報網はまさに『別格』だ。まず間違いなく、研究所の位置も把握しているだろう」
「だ、誰なんですか!? 教えてください!」
「……だが、性根の腐った奴のことだ。素直に口を割ることは絶対にあり得ない。はっきり言って『ほぼ百パーセント』無駄足になるだろう……」
「可能性がゼロでないなら、やってみる価値はあります! それに現状もう時間がありません! 先生、ぜひその人を教えてください!」
すると彼女は少し躊躇した後――静かに口を開いた。
「この国の金融を陰から支配する『狐金融』の元締め――五豪商の一人、リゼ=ドーラハイン。名門貴族ドーラハイン家の長女にして、様々な闇との繋がりを噂される魔性の女――通称、血狐のリゼだ」
「り、リゼさんって……っ!? あのフェリスさんのお姉さんですか……!?」
俺がそう問いかけると、
「なんだ、知っているのか、アレン?」
先生は少し驚いてみせた。
「は、はい……っ。いや、そんなことよりも――本当にリゼさんは、研究所の位置を知っているんですか!?」
「あぁ……。だがしかし、性根の腐り切ったリゼが、そう簡単に教えるわけがない。あいつは名実ともにこの国で一番の大富豪であり、何よりその陰険さは有名だ。そんなあいつから情報を引き出すことは、ほぼ不可能と言っていい。何せ欲しいものは、全て持っているからな……。門前払いに遭うのがオチだろう……」
あの少し癖のあるリゼさんのことだ。
先生の言う通り、そう簡単にこちらの願いを聞き入れてはくれないだろう。
でも、一度だけなら通るはずだ!
「それなら、いけるかもしません……っ!」
「なに? ど、どういうことだ!?」
そうだ……すっかり忘れていた。
(俺は持っている……っ)
凄まじい富と財産を誇る五豪商、リゼ=ドーラハインさん。
そんな彼女に『どんなときでも一度だけ力を貸してもらえる』という、とてつもない特権を……!