賞金首と目覚め【四】
なんとかザクを撃退した俺は、
「はぁはぁ……っ」
肩で息をしながら、自分の右手に視線を落とした。
「何が、起きた……?」
無我夢中で右ストレートを放ったあの瞬間。
凄まじい密度の『黒いナニカ』が、手の中に生まれた。
(あれはそう……。一年戦争の決勝で、冥轟を殴り消したときの感覚によく似ていた……)
一つ違いがあるとするならば、その威力だ。
あのときは、ここまでの規模と破壊力は無かった。
それに何より――あんな漆黒の闇は生まれてこなかった。
(この力は……いったいなんなんだ……?)
そんなことを考えていると――遠方から巨大な火柱が立ち昇った。
「なっ!?」
すると、
「ざはははははははっ! 見える、見えるぞ……っ! 燦然と輝く、『キラキラ』がぁあああああっ!」
炎の鎧に包まれたザクが、雄叫びを挙げながら大股でズンズンとこちらへ戻ってきた。
「う、嘘、だろ……?」
奴の体には、わずかな切り傷一つ無かった。
「今の一撃を食らって無傷、だと……っ!?」
俺が呆然として立ち竦んでいると、
「よぉ、お前の名前は……っと、いけねぇいけねぇ。『人に名を尋ねるときは、まずは自分から』だったな!」
いったい何がおもしろいのか、突然奴は「ざははははっ!」と笑い出した。
「――俺の名はザク=ボンバール! 今は縁あって黒の組織に所属している! さぁ、お前の名を教えてくれ!」
何故か今になって自己紹介を始めた奴は、腕組みをしながら俺の返答を待った。
正直わけがわからないが、名乗られたからには名乗り返す必要がある。
「……アレン=ロードルだ」
小さくそう答えると、奴は満足気に頷いた。
「アレン=ロードルか……。ざははっ! いい名前じゃねぇか! その名前、しっかりと覚えたぜぇ!」
そして、
「さぁ、あの『黒い闇』をもう一度出せ!」
「……は?」
ザクはさらにわけのわからないことを言い始めた。
「『……は?』ではない! 今の一撃はアレンの魂装だろう? ほらほら、そう焦らしてくれるな! あの輝きを――キラキラを見せてくれ! さぁ、ほら早く!」
奴は右手を前に突き出し、急かすようにそう言った。
「……期待に沿えなくて悪いが、俺はまだ魂装を発現していない」
「なに!? ということは……未発現であの威力なのか!? ざ、ざははははっ! 素晴らしい、凄まじい才能だな! ――いいだろう、ならば教えてくれよう!」
いったい何がそんなに楽しいのか、奴は鼻息を荒くして語り始めた。
「魂装の力を引き出す方法は、大きく分けて三つだ! 一つ、霊核と話を付けて力を借りる。一つ、霊核と交渉し条件付きで力を借りる。そして最後の方法は――霊核を捻じ伏せて強引に奪う!」
ザクは一本一本指を折りながら、そう解説した。
「これはさっきの一撃を受けての感想なんだが……。お前の霊核は、かなり気性の荒い奴ではないか?」
「……よくわかったな」
「ざははっ、やはりそうか! そういう凶暴な霊核を相手に、話し合いや交渉は無理だ! 消去法的に、霊核を捻じ伏せるほかない!」
「……それができたら、苦労はしないんだよ」
アイツを力で捻じ伏せる――『言うは易く行うは難し』の究極系のような話だ。
俺が静かに首を横へ振ると、奴は不思議そうな表情を浮かべた。
「む? アレンほどの胆力があれば、不可能ではないはずだぞ? 何せ<劫火の磔>の炎に物怖じせず、生身で突き進むような――化物染みた精神力だからな!」
「……百歩譲って、俺の精神力が人より少しだけ優れていたとしよう。でもな、アイツを――霊核を捻じ伏せる力が無ければ、魂装は発現しないんだよ」
すると奴は顔をしかめた。
「アレンよ、なにか勘違いしておらんか? 霊核の力を『全て』引き出すには、お前の言う通り物理的に捻じ伏せる必要がある。だが、力の『一部』を奪うだけなら――心で捻じ伏せれば十分に足りよう!」
「……心で、捻じ伏せる?」
「そうだ! 心を強く持て! 覚悟を決めろ! 信念を曲げるな! その強き精神力をもって霊核を捻じ伏せろ! そしてもっと輝きを――キラキラを見せてくれっ!」
興奮したザクがそう熱弁したその瞬間。
「――いい加減にしろ、このウスノロがっ!」
「ぐはっ!?」
突如現れた謎の女性が、奴の後頭部を蹴り付けた
「痛っつつつ……っ。おいおい、トール! せっかくいいところなのに何をする!」
「『何をする!』はこちらの台詞だ、大馬鹿野郎! 集合時間になっても来ないと思ったら、どこで油売ってやがる!」
「おぉ、そうだ! 聞いてくれ、トールよ! 素晴らしいキラキラの原石を見つけたんだ! 俺の見立てでは、過去最高クラスの一品だぞ!」
「ちっ……。仕事中にまで『キラキラ』とかわけわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ! 相変わらず、気持ち悪い奴だな……っ」
トールは黒い外套を着た、背の低い細身の女の子だった。
見た目の上では、目つきの悪い十代前半の少女。
外側にはねた薄紅の髪。
前髪部分はシンプルなピンで留められ、額が大きく出されている。
(あの黒い外套……っ。こいつも黒の組織か……っ)
ザク一人を相手にこのありさまなのに、ここで援軍か……っ。
正直、状況は絶望的だ。
俺が歯を食いしばり、何かこの難局を打開する名案が無いかと頭を回していると、
「おい、デカブツ! さっさと王女を持て、ずらかるぞ!」
トールは戦う姿勢を一切見せず、冷静に仕事をこなそうとした。
「ま、待て待て! せっかくキラキラの原石を見つけたんだ! 少しぐらい遊んだっていいだろう!?」
「馬鹿が、任務を優先しろ! 連絡によれば、あの『黒拳』が凄まじい速度でこちらへ向かっているらしい。王女を連れてさっさとずらかるぞ!」
どうやら騒ぎを聞きつけたレイア先生が、こちらへ向かってくれているようだ。
「ほぅ、あの黒拳がここに! なぁおい、俺たち二人なら殺れるんじゃないか?」
「自惚れんじゃねぇよ、単細胞が! 相手は『超越者』――やるならてめぇ一人でやって、そんで精々無様に死ね!」
「ざははっ! もう数年の仲になるのに、相も変わらず冷たい奴だ!」
話し合いを終えたザクは<劫火の磔>を解除し、気絶したリアを小脇に抱え込んだ。
「よし、行くぞ」
「おう!」
二人は短くそう言うと、凄まじい速度で撤退した。
「なっ、待てっ!」
俺がそう叫んだ次の瞬間。
「――てめぇのようなクソ餓鬼に、構ってる時間はねぇんだよ」
遥か前方にいたはずのトールが、いつの間にか背後に立っていた。
「なっ!?」
「――死ね」
懐から取り出された短い剣が、俺の首へ突き立てられたそのとき。
カキンという硬質な音が響いた。
「なん、だと……っ!?」
おそらく剣が錆び付いていたのだろう。
トールの放った一撃は、俺の皮膚を断つことは無かった。
「ちぃ……っ」
短い剣を放り捨てた彼女は、俊敏な動きで俺から距離を取った。
「おいおい、なんだあの生き物は? 刃の通らねぇ人間なんざ、聞いたことがねぇぞ……っ!?」
「ざはははっ! いい具合にキラキラしてるだろう! 今はまだ未熟だが……こいつはいつか大きく輝くぞっ!」
ザクとトールが話を交わしている間に、俺は二人の元へ駆け寄った。
「リアを……置いていけ……っ!」
「……ちっ。お前のような未知の獣を相手にしてるほど、あたしらは暇じゃないんだよ!」
トールがその身に纏う黒い外套を広げた瞬間。
「「「キーキーキーッ!」」」
その中から、大量の蝙蝠が飛び出した。
「な、なんだ……っ!?」
蝙蝠は俺の視界を覆い隠すように、バサバサと顔の周りを飛び回った。
「――よし、今のうちだ。退くぞ、こら」
「ざははっ! またどこかで会おう、キラキラの原石よ!」
邪魔な蝙蝠を追い払っている間にも、二人の声は遠くなっていった。
「くっ……おい、待てっ!」
そうして俺が一歩前へ踏み出したところで、
「あ、れ……っ!?」
視界が大きく揺れた。
平衡感覚が無い。
奇妙な浮遊感に全身が包み込まれていた。
まるで沼に両足を取られたかのように、足が前に進まない。
(なん、だ……これ?)
奇妙に思った俺が下を見ると――そこには大きな赤色の水たまりがあった。
「これ、全部……俺の血、か……?」
そう認識した瞬間。
これまでに受けたダメージが一気に全身を駆けまわった。
「く、そ……っ」
そうして俺は、 血の海に溺れながら意識をそっと手放したのだった。
「――おいアレン、しっかりしろ! くそっ……十八号!」
「はっ!」
「アレンを見張っておけ! 治療は不要だ、既に再生は始まっている! もし万が一アイツが表に出て来たときは、『初期硬直』を見逃すな!」
「かしこまりました」
「私は奴等を追う! 後は任せたぞっ!」