賞金首と目覚め【二】
一年戦争が終わった翌朝。
「――それじゃリア、ちょっと出掛けてくるよ」
いつもの制服からポーラにプレゼントされた私服へ着替えたアレンは、身支度を整えてそう言った。
「……え? あ、う、うん……。行ってらっしゃい」
突然のことに驚いた彼女は、ぎこちない笑顔で小さく手を振った。
「うん、行ってきます」
彼はそう言って、ゆっくりと扉を閉めた。
そうして広い寮に一人残されたリアは、
「……おかしい」
強烈な違和感と嫌な胸騒ぎに襲われていた。
見れば、机の横にはアレンの剣が立て掛けられたままだ。
「……絶対におかしい」
どんなときも常に剣を持ち歩いていた彼が、この日に限って置きっぱなしだった。
「どこかに行くときは、いつも必ず行き先を言ってくれてたのに……」
いくつもの『異常』が大きな不安へと進化し、ずっしりと彼女の肩にのしかかる。
そして、
「……もしかして、女の子?」
一つの結論へたどり着いた。
「……い、いやいやいやっ! あの奥手なアレンに限って、そんなことはあり得ないわ!」
パタパタと大きく手を左右に振り、自分の考えを強く否定した。
アレンが奥手であることは、他の誰でもないリア自身が一番よく知っていた。
何せ一緒に生活をしてから、既に四か月も経つというのに――全く手を出す素振りを見せないほどなのだ。
しかし、
「……アレンに限ってそんなこと……あり得ないわよ、ね?」
絶対に『ない』とは、言い切れなかった。
「たとえアレンが奥手だったとしても……。もしほかの積極的な女の子に詰め寄られたら……」
脳内でいくつものパターンをシミュレートした結果。
「……まずいかも」
彼女は顔を青ざめさせた。
ローズと極秘裏に開催している情報交換会で、アレンが異性から人気があるという情報は既に耳にしている。
「アレンは優しい……というよりも人にとても甘い……」
その優しさや甘さに付け込まれる可能性はゼロではない。
(……危険ね)
そう判断した彼女は、
「こ、こうしちゃいられないわ……っ!」
目立たないよう制服から私服に着替えて、すぐに寮を飛び出したのだ。
その後、
「ご、ごめんね、アレン……。別にこれはあなたを疑っているわけじゃないの……。そう、あなたを守るためなのよ……っ」
誰かに言い訳するようにブツブツと呟きながら――リアはアレンの後を付けた。
物陰に隠れながら、尾行を続けること十五分。
「そ、そん、な……っ」
彼女の視線の先では、絶望的な光景が繰り広げられていた。
「アレンくーん! こっちこっちー!」
「――すみません、待ちましたか?」
「いいえ、私も今来たところだから大丈夫よ」
なんと自分の信じるアレンが、生徒会長シィ=アークストリアと合流したのだ。
しかも他の生徒会メンバー――リリムやフェリスの姿はない。
完全なる一対一。
どこからどう見ても完璧な『デート』だった。
「あ、アレ、ン……っ?」
呆然自失に陥った彼女は、覚束ない足取りで彼の方へ向かっていった。
そのとき、
「……何をしてるんだ、リア?」
偶然通りかかったローズが、リアの肩を軽く叩いた。
「うひゃぁ!?」
突然のことに、彼女は甲高い悲鳴をあげて跳び上がる。
リアが慌てて後ろを振り向くとそこには、私服姿のローズがいた。
「ちょ、ちょっと驚かさないでよ! ローズ!」
「いや、ただ普通に声を掛けただけだが……」
予想外に大きな反応が返ってきたため、ローズが少し困惑していると、
「そ、そんなことよりあなた……っ! こんなところで何をしているの!?」
もしかしてローズまでもが自分に内緒でアレンとデートを――そう誤解したリアは、厳しく彼女を問い詰めた。
「『何を』と言われてもな……。今流行のアイスを食べに来ただけだぞ」
そう言ってローズは、小さなお城のような外観のアイスクリーム屋を指差した。
「そ、そう……っ。それならいいわ」
少なくとも彼女は敵ではない。
その確信を得たリアは、ホッと胸を撫で下ろした。
「そう言うリアの方こそ、こんな物陰で何をやっているんだ?」
今度はローズが真っ当な質問を投げ掛けた。
「……あれを見て」
リアの指差した先には、
「アレンと……会長!?」
仲睦まじく話すアレンとシィの姿があった。
「あ、あれはまさか……デート!?」
「そ、それを確かめるために、今こうして監視しているのよ」
「な、なるほど……っ。私も付き合おう……っ!」
こうして二人は、アレンとシィの行動を監視することになった。
■
目の前にあるアイスクリーム店に入ったアレンとシィ。
リアとローズは尾行がバレないよう細心の注意を払いながら、長蛇の列に並んだ。
「すみません。ストロベリーとバニラとチョコバナナとラムネ、抹茶とミルクコーヒーとキャラ
メルシロップとクリームナッツ……。あっ、あと夏季限定の夏みかんもお願いします……。サイズは全てラージで」
「……相変わらずだな。あっ、私はレギュラーサイズの夏みかんを一つ頼む」
「かしこまりました!」
元気のいい店員はテキパキと動き、すぐに可愛いデザインのカップに入った球状のアイスを手渡した。
その後、店内に設けられた二人用のテーブル席へそそくさと移動し、監視を再開した。
「もう、なんであんなに楽しそうなのよ……っ! ……あっ、おいしいわね、これ!」
「くっ、なんというか胸がざわつくな……っ! ……おぉ、評判通り、中々の味だ!」
その後、様々な店を楽しむアレンとシィを、リアとローズはくさくさとした思いを抱えながら尾行した。
そうして気付けば、あっという間に陽が暮れる時間となっていた。
夕焼けがオリアナ通りを照らす中、アレンとシィは肩を並べて静かに歩く。
「うぅ……。なんかいい雰囲気だよ……っ」
「……これはまずいぞ」
ゴミ箱の後ろに隠れたリアとローズが、ギリギリと歯を食いしばっていると――綺麗な噴水の真ん前でアレンとシィの足が止まった。
シィが真剣な表情で何かを伝えると、アレンは大きく動揺した素振りを見せた。
「「……ま、まさか、告白!?」」
リアとローズが顔を青く染めたその瞬間。
「――ヴェステリア王国の王女、リア=ヴェステリアだな?」
黒い外套に身を包んだ男が、突如空から降ってきた。
「「っ!?」」
リアとローズは突然のことに驚きながらも、すぐに男から距離を取った。
「……人に名を尋ねるときは、まずは自分からと教わらなかったのかしら?」
リアはいつでも<原初の龍王>を展開できるようにしながら、目の前の男を観察した。
真紅の短い髪。
二メートルほどの巨体に、鍛え上げられた筋肉。
歳は三十代半ばほどだろう。
堀の深く精悍な顔立ち。
低く渋みのあるその声からは、強い自信のようなものを感じさせた。
(こいつ……恐ろしく強い……っ!)
本能的に相手の強さを見抜いた彼女は、油断なく鋭い視線をぶつけた。
「ざははははっ! 気の強い娘だな――悪くない! 俺はザク=ボンバールだ! さぁ、お前も名乗るが――」
そうしてザクがリアの名を聞こうとしたそのとき。
「――魂装を出せ、リア!」
ローズの短く、切羽詰まった声が響く。
「せ、征服せよ――<原初の龍王>ッ!」
それに反応したリアは、咄嗟に自身の魂装を発現させた。
「こ、この男を知っているの、ローズ!?」
ローズは既に<緋寒桜>を展開しており、凄まじい敵意をザクへ向けている。
「ザク=ボンバール……っ。またの名を『火炙りのザク』……っ! 各国の聖騎士支部を目的も無く襲い、全て焼け野原にしてきた危険な男だ……っ。現在も国際指名手配され、その首には高額の賞金が懸けられている……っ!」
「ざははっ! 顔も名前も割れているか! 俺も有名になったもんだ!」
ザクは肩を揺らし、楽し気に笑った。
「ここ数年、なんの噂も聞かないと思ったら……。まさか黒の組織に加入していたとはな……っ」
ローズは彼の漆黒の装いから、即座に黒の組織との繋がりを見抜いた。
「あー……、それはまぁ成り行きだ。こっちにもいろいろとあるんだ……」
ガシガシと豪快に頭を掻くザク。
「まぁなんだ……。命までは取らないから安心しろ!」
「……っ!?」
「……来るぞ、油断するな!」
そして、
「吼えろ――<劫火の磔>ッ!」
「なっ!?」
「馬鹿、な……っ!?」
ザクが魂装を発現した次の瞬間、巨大な爆炎がリアとローズを飲み込んだ。
■
突然会長から「政府側の人間にならないか?」と問われた俺は、内心非常に困惑していた。
「せ、『政府側』にって……。ど、どういうことですか?」
「率直に言えば引き抜き――ヘッドハンティングという奴ね。アレンくんさえよければ、すぐにでも父に話を――」
真面目な顔をした会長が、詳しく話を進めようとしたそのとき。
突如として、巨大な火柱が上がった。
「「なっ!?」」
突然の事態に、周囲の人々はパニック状態に陥った。
「な、なんだっ!? 火事かっ!?」
「暴漢が暴れているの! 早く聖騎士に連絡して!」
「おいおい、せっかくの休日に勘弁してくれよ……っ!?」
火柱が上がった場所は近い――俺たちのいる場所からわずか十メートルぐらいのところだ。
「アレンくん!」
「行きましょう!」
俺たちが急いで現場へ駆けつけるとそこには――焼け焦げた巨大な剣を肩に乗せた男が一人いた。
「――ざはははっ! 噂に聞く<原初の龍王>もこんなものか! 拍子抜けにもほどがあるぞ!」
彼の足元には――地べたに這いつくばるリアとローズの姿があった。
「り、リアさん!? ローズさんも!?」
「お前……っ。二人に何をした……っ!」
俺は傷だらけの右腕を握り締め、目の前の男を強く睨み付けた。