賞金首と目覚め【一】
一年戦争から一夜明けた次の日。
この日は休日であり、久しぶりにゆっくり体を休めようと思っていたのだが……。
突然予定が入ってしまったため、俺は急遽オーレストの中心にあるアイスクリーム屋さんへと向かっていた。
「えーっと、確かこのあたりのはずなんだけど……」
お店のパンフレットを片手に周囲を見回していると、
「アレンくーん! こっちこっちー!」
背後から、遠くからでもよく通る会長の声が聞こえた。
振り返ればそこには――可愛らしい私服姿でぴょんぴょんと跳ねる会長の姿があった。
「――すみません、待ちましたか?」
「いいえ、私も今来たところだから大丈夫よ」
会長は優しく微笑むと、ジッと俺の全身を見つめた。
「……アレンくんの私服姿って新鮮ね。うん、とってもいいと思うわ」
会長からの希望があり、俺は久しぶり私服に袖を通していた。
上は黒の羽織に白いシャツ、下は濃紺のズボンというシンプルな装い。
これらは全て、ポーラさんが誕生日にプレゼントしてくれたものだ。
「ありがとうございます。――会長もよくお似合いですよ」
上は緩めの白いブラウス。
下は深いスリットの入ったロングスカート。
胸にはワンポイントとして、赤色のペンダントがあった。
涼しげで上品なこの服装は、会長にとてもよく似合っている。
「ふふっ、ありがと」
そうして簡単な挨拶が終わったところで、
「それにしても昨日の今日だなんて……えらく急な話ですね」
早速、気になっていたことを聞いてみた。
昨日。
一年戦争のトロフィーを受け取り、リアとローズの保健室へ向かった直後――会長から一通の手紙を受け取った。
内容は至極単純なもの。
『このまえ生徒会の仕事を手伝ってもらったお礼に、アイスクリームをごちそうするわ。明日のお昼十二時にオリアナ通りの時計塔で待ち合わせしましょう。シィ=アークストリア』
ただしその下に三つの条件が書かれていた。
リアとローズには秘密にして俺一人で来ること。
制服ではなく私服で来ること。
目立つから剣を持って来ないこと。
そして手紙の入っていた可愛らしい封筒には、目的地であるアイスクリーム屋さんのパンフレットが同封されていた。
「ふふっ、『女心と秋の空』って言うでしょ?」
「……そうですか」
全然意味が違うと思うが……。
まぁ、会長が突然なのはいつものことだ。
この程度のことで驚いていたら、こっちの身がもたない。
すると、
「ねぇねぇ。リアさんとローズさんには、バレてないわよね?」
会長はキョロキョロと周囲を見回しながら、小さな声でそう呟いた。
「えぇ、それは大丈夫ですよ」
リアには一言「ちょっと出掛けてくる」と言っただけだし、今日はローズと修業をする予定もない。
「ですが、どうして秘密にするんですか? 別に隠す必要も無いと思いますけど……?」
俺が率直な疑問を口にすると、
「もう、鈍感ねぇ……」
会長は首を横に振りながら大きくため息をついた。
「まぁいいわ。そんなことよりも、今日はせっかくのお休み! 丸々一日遊び回りましょう!」
「い、一日……? アイスを食べるだけという話じゃ――」
「――さぁ、レッツゴーっ!」
そう言って会長は、意気揚々と歩いていった。
「あっ、ちょっと待ってくださいよ、会長!」
それから彼女の後について行くと、目的地であるアイスクリーム屋さんに到着した。
そこはまるで小さなお城のような外観で、既に多くの女性が長い列を作っていた。
「す、凄い数の人ですね……」
「ふふっ、最近できたばかりで大人気のお店なのよ?」
列の最後尾に並び、店員さんに手渡されたメニューを見ながら順番を待つ。
「うーん……。私はやっぱり……夏季限定の夏みかんアイスかな。アレンくんは決まった?」
「そうですね……。俺はバニラアイスにしようと思います」
そうして注文が決まった後は、二人で雑談に華を咲かせた。
会長は話し上手で聞き上手――そのため、あっという間に待ち時間は過ぎ、気付けば列の先頭に立っていた。
「すみません。レギュラーサイズのバニラと夏みかんを一つお願いします」
「ありがとうございます! 少々お待ちくださいませ!」
元気のいい店員さんはテキパキと動き、すぐに可愛いデザインのカップに入った球状のアイスが手渡された。
その後、店内に設けられた二人用のテーブル席へ移動して、お互いに腰を落ち着かせる。
すると、
「ねぇねぇ、アレンくん。その手じゃ食べにくいよね? お姉さんが『あーん』してあげよっか?」
会長は分厚く包帯の巻かれた右手をチラリと見た後、小悪魔のような笑みを浮かべた。
「いえ、右手は使えませんが、左手でも食べられますので」
俺は左手で小さなスプーンを持つと、カップに入ったアイスをスムーズに食べてみせた。
「むっ、可愛くない子だ……っ」
「あ、あはは……。――ほら会長、早く食べないとせっかくのアイスが溶けてしまいますよ?」
そうして二人でおいしいアイスに舌鼓を打った後は、お洒落な洋服店巡りをすることになった。
「――いらっしゃいませ!」
今風のお洒落な服を身に纏った若い店員が、ニッコリと笑顔で俺たちを出迎えてくれた。
「ど、どうも……っ」
そうして俺が軽く会釈をしていると、
「――ほらアレンくん、こっちこっち!」
会長は鼻歌まじりに店の奥へとどんどん進んでいった。
「ふむふむ……。なかなか可愛いのが揃ってるわねぇ……」
会長は真剣な目付きで展示された衣服を眺めた。
そして気になったものを自分の体に合わせて、店内に設置されている姿見で確認した。
「――アレンくん、知ってる? 今年の流行色は緑なんだよ?」
「へぇ、そうなんですか。初めて聞きました」
時折そんな短い会話を交わしながら、俺はせわしなく移動する会長の後を付いて回った。
その間俺は、非常に落ち着かない気持ちでソワソワとしていた。
(なんというか……っ。お、落ち着かないな……っ)
右を見ても左を見ても、みんな『キラキラ』しているのだ。
髪型も服装もばっちりと決まっていて、なんだか場違いなところへ来てしまった感じがする。
(都会に慣れるには……。まだまだ時間がかかりそうだな……っ)
人よりも家畜の方が遥かに多いゴザ村――そんな田舎で育った俺が、都会に慣れるのは中々に難しい。
その後、十分十五分と経過したところで、
「――ねぇ、アレンくん。こっちの水玉のワンピースとこっちの若葉のワンピース……どっちがいいと思う?」
会長は二種類の可愛らしいワンピースを手に持って、小首を傾げた。
「……っ」
その質問を聞いた瞬間、凄まじい衝撃が全身を駆け抜けた。
(都市伝説のようなものだと思っていたが、まさか実在するとは……っ)
女性と買い物へ行ったときに繰り出されるという、地獄の二択問題……っ。
もしも回答を誤れば――女性の機嫌は途端に悪くなり、その日は地獄を見ることになる。……と聞いたことがある。
(だが、問題はない……っ! こういう場合の必勝法は、既にポーラさんから授かっている……っ!)
俺の脳裏に、数年前に交わしたポーラさんとの会話が蘇った。
「――いいかいアレン? 私を含めた女の子ってのは『同意』が欲しい生き物なんだよ」
「同意、ですか……?」
「あぁ、そうさ。例えばそうだね……女の子に『これとこれ、どっちがいい?』と聞かれたとしよう。こういう場合、十中八九その子の中で答えはもう出てんだよ」
「は、はぁ……」
「つまり――そこで求められているのは、同意であってお前の意見じゃないということさ」
「……難しい話ですね。では、どうやってその『答え』を見つければいいんですか?」
「そんなの簡単さ。相手の目を見れば一発でわかるってもんよ!
「目を見る……」
「女の子ってのは、純粋で素直なもんでねぇ。自分の気に入ったものは、ついつい目で追っちまうものなのさ」
「な、なるほど……」
「まっ、繊細な女心をガサツな男に理解しろってのも無茶な話だが……。歩み寄る姿勢ってのが大事なんだ……よ゛っ!」
ポーラさんはそう言って、巨大な肉切り包丁で豚の首を豪快にはね飛ばした。
(……懐かしいなぁ)
あの日食べた豚の角煮丼は、本当においしかった……。
(っと、そうじゃないそうじゃない……。今は目の前の問題に集中するんだ……っ)
少し脱線しかけた思考を元へ戻した俺は――二種類のワンピースを見比べるフリをしながら、さりげなく会長の目を見た。
すると彼女の視線は、若葉のワンピースへ移りがちだということに気付いた。
(……そう言えば、今年の流行色は緑色だと言っていたっけか)
会長の視線に今年の流行色――この二つを結び付ければ、答えは自ずと一つになる……っ!
「俺は……若葉模様のワンピースがいいと思います……っ」
はっきりとそう口にした。
もう後戻りはできない。
手のひらにじんわりと汗が浮かび、緊張によって心臓の鼓動が早まる。
(……結果はいかに!?)
唾をごくりと飲み込むと、
「――ほんと! よかったぁ、私もそう思っていたところなのよ! じゃあこっちにしーよっと!」
会長は大輪の花が咲いたような笑顔を浮かべ、若葉のワンピースを持ってレジの方へ駆け出した。
(ふぅ……。今日一番の難所だったが、なんとか乗り切ったぞ……)
心の中でポーラさんに感謝しながら、俺は安堵の息を吐き出した。
■
それから俺は、会長に連れられて様々な店を歩き回った。
(食品店や雑貨屋さん、宝石店に手芸店……。古物商なんかも見たっけか……)
俺一人ならば絶対に立ち寄らない店、見ることの無かった商品――たくさんの未知に触れた今日は、刺激的でとても楽しかった。
それに会長もずっと楽しそうに笑っていたことだし、今日はいい一日だったと言えるだろう。
「あーあ……。もうすぐ陽が暮れちゃうね」
「えぇ、そうですね」
時刻は既に夜の七時。
俺と会長は二人肩を並べて、オリアナ通りを歩いていた。
「……」
「……」
二人の間に少しの沈黙が降り、お互い無言のまましばらく歩き続ける。
(……さすがに疲れたのかな?)
会話を振った方がいいのか。
それとも黙って歩いた方がいいのか。
どうするべきかと考えていると、
「……ねぇ、アレンくん」
いつになく真面目な表情の会長が口を開いた。
「なんでしょうか?」
「あなた、うちの――『政府側』の人間にならないかしら?」
「……え?」
会長は真剣な表情で、とんでもない勧誘話を持ち出した。