新学期と一年戦争【八】
凄まじい力を手にした俺は、剣を天高く掲げ――それを一気に振り下ろした。
「一の太刀――飛影ッ!」
同時にリアも大きく剣を振るう。
「黒龍の吐息ッ!」
両者がぶつかり合ったその瞬間――俺の放った飛影は、黒炎を容易く切り裂いた。
「……うそっ!?」
予想外の結果に目を丸くしたリアは、即座に横へ大きく跳び退き、迫り来る斬撃を回避する。
(……よし、これなら行ける!)
思った通り、もう力で押し負けることはない……っ!
今が勝機と判断した俺は、
「はぁああああああああっ!」
接近戦を掛けるために、素早く駆け出した。
「ど、龍の激昂ッ!」
黒白入り混じった凄まじい数の炎が、俺の進路を遮る。
(やはりそう来たか……っ)
だけど今の俺なら――押し通るッ!
「――ハァ゛ッ!」
横薙ぎの一閃を放ち、行く手を阻む炎をかき消した。
「け、剣圧で私の炎を……っ!?」
驚きのあまり、わずかに体を硬直させたリア。
俺はその隙を逃さず、全力の袈裟切りを放つ。
「セィ゛ッ!」
「くっ……きゃぁっ!?」
彼女は咄嗟に剣で防御したが――圧倒的な筋力差により、大きく横へ吹き飛んだ。
「なん、て……馬鹿力よ……っ!?」
彼女はなんとか受け身を取りつつ、大きく距離を取った。
「魂装を抜きにしてこの強さ……。さすがはアレンね……」
「リアの方こそ。たったの四か月で、ここまで自在に魂装を操るなんて……やっぱり君は凄いよ」
「ふふっ、ありがとう。でもね、私の本当の力は――ここからよっ!」
そう言って彼女は剣を舞台に突き立て、静かに目を閉じた。
すると次の瞬間、
「――龍王の覇魂ッ!」
彼女は煌めく白炎と闇のような黒炎をその身に纏った。
「こ、これは……っ!?」
全身を刺すようなとてつもないプレッシャー。
そこだけ空間の重みが違う――桁外れの存在感。
(さすがはリア、だな……っ)
まさかまだ奥の手を残していたとは、見事というほかない。
「これまでの私とは……一味違うわよ?」
「あぁ、どうやらそのようだ、な……っ!?」
一度だけまばたきをした次の瞬間。
高々と剣を振りかぶったリアの姿が目の前にあった。
「速いっ!?」
ローズの移動術とは違う。
ただただ物理的な速さによる移動。
単純明快、タネも仕掛けもないゆえに――厄介だ。
「食らいなさいっ!」
迫り来る切り下ろしを、
「ぐ……っ」
俺は反射的に右へ転がり、なんとか回避した。
「逃がさないわよっ! 覇王流――連槍撃ッ!」
「くっ、桜華一刀流奥義――鏡桜斬ッ!」
互いの斬撃が火花を散らす。
その後、俺たちの剣戟はまさに一進一退――互角の攻防を繰り広げた。
「覇王流――剛撃ッ!」
「――ハァ゛ッ!」
互いの剣が衝突し、ぴたりと止まった。
完全に拮抗した鍔迫り合い。
まるで時が止まったかのように、互いにピクリとも動かない。
(嘘よ……っ。<龍王の覇魂>でも押し切れないなんて……っ!?)
(なるほどな……。身に纏った白炎で体中の細胞を活性化させているのか……。本当に応用力の高い、いい能力だな……っ)
互いの視線が交錯し、俺たちは同時に後ろへ跳び下がった。
(……現状、俺たちの身体能力は完全に互角だ)
さらに遠距離の黒炎、無差別の範囲攻撃……今なら、そのどちらにも対応できる。
つまり、ここで俺がすべきは――ただひたすら接近戦を仕掛け続けること!
「――うぉおおおおおおおっ!」
リア目掛けて一直線に駆け出すと、
「くっ、白龍の鱗ッ!」
彼女は巨大な白炎の盾を前方に展開した。
これまで鉄壁を誇った白炎の盾。
俺はそれを、
「八の太刀――八咫烏ッ!」
八つの斬撃によって容易く切り捨てた。
「そん、な……っ」
顔を青くした彼女は、後ろへ跳び下がる。
「……」
「はぁはぁ……っ」
戦いが長引くに連れて、リアの呼吸は目に見えて荒くなっていった。
(……なるほど、あの状態はそう長くもたないようだな)
魂装の負担に体がもたないのか。
それともローズの<緋寒桜>のように、持続時間があるのか。
そのどちらかはわからないが……。
(今、戦いの流れがこちらにあることだけは間違いない……っ!)
俺がそんなことを考えていると、リアが口を開いた。
「ねぇ、アレン……。あなた、そんな人外の力をずっと振るって……体がおかしくならないの!?」
「じ、人外の力ではないけど……。とにかく、体はなんともないな」
ローズやリアのと違って、俺のこれは体に負担がない。
いや、負担がないどころか、むしろ体の調子はよくなっていた。
試合中に負ったはずの火傷は、今やもう完治している。
「そう……。それじゃ、このまま試合が長引けば……私の負けというわけね」
「……そう、だろうな」
リアの消耗具合から判断するに――もし何事も無くこのまま進めば、彼女の言う通りの結末を迎えるだろう。
「そっか……。やっぱりそうなるわよね……」
「……あぁ」
だけど、筋金入りの負けず嫌いであるリアが、ただ指をくわえて負けを受け入れるとは到底思えなかった。
俺が警戒を高めて正眼の構えを堅持していると、
「それじゃ、アレン。私がガス欠になる前に――今ここで、決着を付けましょう!」
リアの体を覆っていた炎、その全てが彼女の剣に集約した。
「……っ!?」
白炎と黒炎が混ざり合い、美しくも凶悪な炎が立ち昇る。
「これが正真正銘――最後の一撃よ」
「あぁ、受けて立つ……っ!」
リアはゆっくりと天高く剣を掲げ、それを一思いに振り下ろす。
「これで終わりよ――龍王の覇撃ッ!」
黒炎と白炎が寄り集まった巨大な龍が凄まじい勢いで放たれた。
「グゥオオオオオオオオオオッ!」
対する俺は全ての力を総動員した、最強の一撃を持って迎え撃つ。
「六の太刀――冥轟ッ!」
飛影よりも遥かに巨大な斬撃が、巨大な龍を切り捨てんと突き進む。
「はぁああああああああっ!」
「うぉおおおおおおおおっ!」
両者は舞台の中央で激しくぶつかり合った。
そして、
「ぐ、グゥオオオ……ッ」
龍王は――冥轟を前に消し飛んだ。
「よし……っ!」
勝利を確信した俺が握りこぶしを作った次の瞬間。
「……っ」
リアの体はグラリと揺れ、前のめりに倒れ込んでしまった。
「な、リアッ!?」
彼女の手から剣がこぼれ落ち、細かい粒子となって消滅していく。
(くそ……っ。こんなときに、気絶だと……っ!?)
どうやら先ほどの一撃は、正真正銘全てを出し切ったものだったらしい。
無防備に体を投げ出したリアの元へ、絶望的な威力の冥轟が迫る。
気絶した状態であんなものを食らえば……無事では済まない。
「ぐっ……ぉおおおおおおっ!」
俺はすぐさま剣を投げ出して走った。
(く、そ……間に合ぇえええええ……っ!)
体を満たす不思議な力を総動員し、床を踏みつぶす勢いで駆けた。
そしてなんとか冥轟と並んだ俺は、
「――ハァッ!」
その側面をがむしゃらに、力いっぱい殴り付けた。
硬質な音が響き、強烈な衝撃が右手を襲う。
だが――冥轟は止まらない。
凄まじい勢いを維持したまま、リアの元へひたすら突き進んでいく。
(駄目だ……止まらない……っ!?)
素早く視線を動かして、助けを求めようとしたが……。
こんなときに限って、レイア先生は近くにいない。
つまりこれは――俺が止めるしかない。
(力を絞り出せ……っ。リアを守るための……力を……っ!)
歯を食いしばり、強く硬く拳を握り締める。
すると――これまで感じたことのない膨大な力が、全身を駆け巡った。
「こ、の……っ。消え……ろぉおおお゛お゛お゛っ!」
全ての力を右手に注ぎ、渾身の一撃を繰り出したそのとき――手の中に『黒いナニカ』が生まれた。
次の瞬間、耳をつんざく破砕音が学院中に響き渡り、冥轟はリアの数ミリ手前で消滅した。
「はぁはぁ……間に合っ、た……っ」
俺の全身を満たしていた不思議な力は、今はもうすっかりと消えていた。
そうしてひと段落がつき、大きく息を吐き出すと、
「痛……っ」
鋭い痛みが右手を走った。
見ればそこには、深い太刀傷が刻まれていた。
(この腕じゃ……。少しの間、特訓はおやすみだな……)
全力で放った斬撃を素手で殴り付けたんだ――こうなるのは当然の結果だ。
いや、むしろこの程度で済んだことを幸運に思うべきだろう。
「でも……本当によかった……」
規則的な呼吸を繰り返すリアを見て、俺がホッと胸を撫で下ろしていると、
「り、リア=ヴェステリア選手、戦闘不能! よって今年度の一年戦争を制覇したのは――一年A組、アレン=ロードル選手です! しかし、意外や意外っ! なんとアレン選手! リア選手をかばって名誉の負傷! 悪の帝王が優しさを見せたぁあああああ!?」
実況の女生徒が、俺の優勝を高らかに宣言した。
「や、やるじゃねぇか、アレンっ!」
「とんでもねぇ、戦いだったぜっ!」
「すげぇ……っ。と、とにかくすげぇよ、お前……っ!」
こうして長きに亘った一年戦争は、俺の優勝という結果で幕を閉じたのだった。