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新学期と一年戦争【六】


 準決勝を終えた俺とローズは、試合中に負った傷を治療するために保健室へと向かっていた。


 フラフラと覚束ない足取りで歩くローズ。

 俺は彼女の歩く速度に合わせて、その隣をゆっくりと歩いていた。


 すると、


「……っ」


 突然大きくふらついたローズが、こちらにしなだれかかってきた。


「だ、大丈夫か?」


 慌てて彼女の体を支えてあげる。


「だ、大丈夫……っ。ただ、持続時間を越えて緋寒桜を使ったから……。その反動が、ね……っ」


 ローズはそう言うと、再びゆっくりと歩き始めた。


 どうやらさっきの戦いは、かなり無理をしていたようだ。


「そうか……。それじゃもう少しゆっくり歩こう」


「うん、ありがと……」


 それから少しの間。

 俺たち二人が無言のまましばらく廊下を歩いていると、


「……悔しいな。また、勝てなかった……」


 ローズは小さな声でそう呟いた。


「……もう一回やったら、今度はどうなるかわからないぞ?」


 今回はたまたま俺が勝ったが、次に戦ったときにどうなるかはわからない。


「……アレンは本当に優しいね。でも……力の差ぐらいわかるよ。悔しいけど、まだまだ私じゃ勝てない……」


 そう言いながら、彼女は静かに首を横へ振った。


「だけど、もっともっと修業をして――いつか絶対にあなたに勝つ。だから……また今度、戦ってくれる?」


「あぁ、もちろんだ。約束するよ」


「そっか、ありがと……」


 そう言ってローズは、優しく微笑んだ。


「あ、あぁ……っ」


 普段の凛とした彼女とは違った――柔らかく温かい笑顔。

 そんなギャップを垣間見てしまったせいか、少しだけ鼓動が速くなったような気がした。



 保健室の前まで来た俺は、コンコンコンと扉をノックする。


「――どうぞ」


 若い女性の声が返ってきたので「失礼します」とひと声かけてから扉を開けた。


「いらっしゃい。あなたたちも、一年戦争で怪我をしたのかしら?」


 保健室の先生は、俺とローズの全身をサッと見てそう言った。


「はい、お願いします」


「ふぅ、今日は大忙しね……」


 彼女は肩を竦めてそう言うと、書類仕事の手を止めて立ち上がった。


「俺は後でけっこうですので、先にローズを診てあげてください」


「えぇ、わかったわ。――それじゃ、ローズさん。悪いけど、こちらへ来てもらえるかしら?」


「はい。……アレン、ありがと」


「気にするな」


 その後、ローズは先生の後について、保健室の奥――ベッドが置かれている方へと移動した。


「あなたはそこにいてね。間違っても入って来ちゃ駄目よ?」


 先生は短くそう言うと、白いカーテンで仕切りを作った。


「さてと……それじゃ、まずは消毒をするから服を脱いで」


「はい」


 二人のそんな声がカーテンの奥から聞こえてきた。


 すると、


「……っ」


 光の角度が悪いのか、ローズのシルエットがカーテン越しにはっきりと見えてしまった。

 俺は反射的に背を向けて、大きな鼓動を打つ胸に手を当てた。


(だ、大丈夫……。ま、まだ脱いでないからセーフだ……っ)


 その後、シュルシュルと衣擦(きぬず)れの音がして、なんとなく落ち着かない時間を過ごしていると、


「……っ」


 鋭く短い吐息が聞こえてきた。


「少し()みるでしょうけど、我慢しなさい。ちゃんと処置をしないと治りが遅くなってしまうわ」


 それから少しすると――カーテンがサッと開かれ、先生がこちらへ戻ってきた。


 手足に包帯を巻かれたローズは、上体を起こしたままベッドに座っている。

 一見したところ、特に問題は無さそうだ。


「先生、ローズの具合はどうですか?」


「裂傷が多く見られたけど……。どれも深いものじゃないから、大きな問題はないわね。全身の倦怠感は……多分無茶な魂装の使い方でもしたんじゃないかしら? 安静にしておけばすぐに良くなると思うわ」


「そうですか、ありがとうございます」


 俺がホッと胸を撫で下ろしていると、先生はパンパンと手を打ち鳴らした。


「さっ、次はあなたよ。まずは消毒するから、服を脱いで」


 彼女はそう言うと『消毒液』とラベルの貼られた茶色の瓶と綿の生地を準備し始めた。


「はい」


 言われた通りに上の制服を脱いだところで、


「……え?」


 俺は自分の体に起きた異変にようやく気が付いた。


 俺の体には――当然あるべきはずの傷がたったの一つも無かったのだ。


(そう言えば……。試合が終わった頃にあった鈍い痛みが、いつの間にか消えている……)


 俺がペタペタと自分の体を触っていると、それを見た先生が不思議そうに小首を傾げた。


「あら……? あなた、怪我をしていたんじゃなかったの?」


「は、はい……。そのはず、だったんですが……」


 俺はローズとの一戦で、少なくない量の傷を負ったはずだ。


 しかし、現実としてこの体には、たった一つの裂傷すら残っていない。


「おかしいわねぇ……。服に付いた血は、まだ湿っているし……。一応聞いておくけど、これ……あなたの血よね?」


 先生は内側から血の滲んだ制服に触れながら、そう問いかけた。


「はい、間違いありません」


「うーん……。もしかしてあなた、回復系の魂装でも使えるのかしら?」


「い、いえ……。俺はその……まだ魂装を発現していませんので……」


「そう。……人間の体って、まだまだ不思議がいっぱいねぇ」


 先生は不思議そうにそう呟きながら、消毒液と綿を元の位置へ戻した。


 だけど俺は、この不思議な現象に一つ心当たりがあった。 


(もしかして、アイツ(・・・)が治してくれたのか……?)


 大五聖祭のときがそうだ。


 シドーさんとの死闘で瀕死の重傷を負ったはずの俺だったが……。

 その後、意識を取り戻したときには、かすり傷さえ残っていなかった。


(……いや、今ここで考えても結果は出ないな)


 幸いなことにアイツは、それほど無口というわけでもない。

 また、魂装の授業のときにでも聞いてみるとしよう。


(さて、リアとテッサの試合がどうなったかも気になるし……。そろそろ戻るとするか)


 一度脱いだ制服にもう一度袖を通した俺は――地下大演習場へ戻る前に、ローズにひと声だけ掛けていくことにした。


「ローズ、俺はそろそろ戻るよ」


「そう」


「それじゃ、また後でな」


 そうして一年戦争の舞台へ引き返そうとすると、


「――ねぇ、アレン」


 ローズが俺の右手を優しく掴んだ。


「ん、どうした?」


「……絶対に、勝ってね。……私以外の誰にも負けちゃ、嫌だから」


「ふふっ。あぁ、わかった。絶対に勝ってくるよ!」


 なんとなく「ローズらしい応援だな」と思った。


「それじゃ、行ってくる」


「うん、頑張って」


 俺はローズの手を優しく握り返して――保健室を後にした。





「……ふふっ。可愛い顔をして、ちゃんと男の子してるじゃない。アレンくんだっけ……? ちょっとタイプかも……」


「せ、先生が生徒に手を出すのは駄目ですよ……っ」



 地下大演習場では、リアとテッサの戦いが最終局面を迎えていた。


「斬鉄流奥義――斬鉄(ざんてつ)ッ!」


「覇王流――剛撃(ごうげき)ッ!」


 両者の剣は激しくぶつかり合い、


「ぐっ、ぬ、ぉお……っ!?」


「はぁあああああああっ!」


 リアの圧倒的な力に押し負けしたテッサは、凄まじい勢いで吹き飛ばされた。


「が、はぁ……っ」


 水平に飛んだテッサは、地下大演習場の外壁に激突し――重力に引かれるようにして倒れ伏した。


 彼の手からカランカランと剣が滑り落ちる。

 戦闘続行は望むべくもない状態だ。


「――勝者、リア=ヴェステリア選手っ! しかし、圧倒的ッ! まさに圧倒的な強さでした!」


 実況の女生徒が勝敗を高らかに宣言すると――リアを褒め称える大歓声が巻き起こった。


 そしてそれに紛れて、


「うぅおおおおおおおっ!? テッサぁああああっ!?」


「畜生ぉ……っ。いい勝負だったぜぇ……っ」


「くっ……ナイスファイトだ……っ。お前は本当に漢だったぜぇえええええっ!」


 観客席の一画から、いくつもの低音が存在感を主張した。


 どうやらテッサは、柔道部の先輩たちに愛されているようだ。


「さぁ、泣いても笑っても一年戦争はこれがラスト! それではこれより、アレン=ロードル選手対リア=ヴェステリア選手の決勝戦を――開始致しますっ!」


 凄まじい歓声と声援が飛び交う中、俺とリアは静かに見つめ合っていた。


「……懐かしいな」


「えぇ、もう四か月になるのよね……。なんだかあっという間だったなぁ……」


 千刃学院へ入学したその日に、俺とリアはこの地下大演習場で剣を交えた。


(本当に……いろいろあったな……)


 大五聖祭での死闘。

 魔剣士見習いとしての生活。

 大同商祭での事件。

 生徒会主催の夏合宿。

 素振り部の設立と部費戦争。

 ヴェステリア王国での三連戦。


 リアとの共同生活から始まった俺の学生生活は、毎日が波乱に満ちていた。


「――アレン。前回は不覚を取ったけど……今回は勝たせてもらうわよ!」


「悪いが俺も、負けるわけにはいかない……っ!」


 そうして俺たちの会話が区切りを迎えたところで、


「両者、準備はよろしいですか!? それでは決勝戦――はじめっ!」


 試合の開始が宣言された。


 俺はゆっくりと剣を抜き、正眼の構えを取る。


 対するリアは、右手を前へと突き出した。


 その瞬間。


「侵略せよ――<原初の龍王(ファフニール)>ッ!」


 黒と白の美しい剣が、何もない空間を引き裂くように現れた。


「さぁ、行くわよ――アレンッ!」


「あぁ、来い――リアッ!」


 こうして一年戦争の決勝戦が――幕を開けた。


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