新学期と一年戦争【四】
第一戦でレイズさんを倒した俺は、その波に乗って続く第二戦第三戦と順調に勝ち続けた。
そしてついにベストフォー――準決勝まで駒を進めた。
「さぁ、一年戦争もいよいよ大詰め! それではみなさま、幾多の死闘を乗り越えてきた剣士たちに大きな拍手をお願いします!」
実況がそう言うと、舞台上に立つ俺たちへ割れんばかりの拍手が送られた。
準決勝まで駒を進めたのは俺とリア、ローズ、テッサの四人だ。
「アレン、いよいよね……!」
「ここからが本番だよ……っ」
「あぁ、いい勝負をしよう!」
そうして三人で話し合っていると、
「おいおい、俺を忘れてもらっちゃ困るぜ?」
テッサは肩を竦めながらそう言った。
研ぎ澄まされた斬鉄流と屈強な肉体――A組屈指の実力者である彼を忘れることはできない。
「あぁ、テッサとの戦いも楽しみにしているよ」
「へへっ、そいつはどうも」
そしてちょうど会話がひと段落したところで、
「それではこれより、準決勝の対戦カードを決定いたしますっ!」
実況の女生徒は声高にそう叫ぶと、小さなボールの入った透明な箱に手を入れた。
「さて、準決勝第一試合の一人目は――出ました! ここまでほぼ無傷で勝ち進んだ悪の星! アレン=ロードル選手っ!」
その瞬間、観客席が大きく沸いた。
(……悪の星、か)
実況解説という立場からして、会場を盛り上げる必要性は理解できるけど……。
できることなら、もう少しまともな呼び名を考えて欲しい……。
「そして対するは――天下無敵とまで言われた伝説の秘剣! 一子相伝の桜華一刀流、正統継承者――ローズ=バレンシア選手っ!」
実況がローズのことを至極真っ当に紹介すると、
「きゃー、ローズさーん!」
「こっち、こっち向いてくださーいっ!」
「頑張ってください! お、応援しています……!」
黄色い声援が巻き起こった。
見れば、観客席の一画にいる多くの女生徒たちがローズへ手を振っていた。
どうやら彼女は同性からの人気が高いようだ。
(まぁ、ローズはかっこいいからな……)
赤い瞳が特徴的な凛とした顔立ち。
背まで伸びたピンクがかった銀髪。
朝だけはとてつもなく弱いが……それも見ようによっては魅力的な弱点だろう。
俺がそんなことを考えていると、ローズは好戦的な笑みを浮かべた。
「剣武祭で負けた時から、ずっとこの時を楽しみにしていたよ」
「俺もローズと剣を交えるのは、ずっと楽しみにしていた。今日は正々堂々全力でやろう!」
そうして俺が右手を差し出すと、
「もちろん、そのつもりだ!」
ローズはその手を固く握った。
「さぁ両者、準備はよろしいでしょうか!? それでは準決勝第一試合――はじめっ!」
試合開始の合図と同時に、俺とローズは剣を引き抜いた。
お互いの構えは全く同じ――剣をへその前に置く、正眼の構えだ。
俺とローズの視線が交錯し、会場に緊迫した空気が流れる。
(こうやってローズと対峙するのは、ずいぶんと久しぶりだな……)
剣武祭で剣を交えたのは、もう軽く半年以上も前になる。
あのときは、まさか同じ剣術学院に通うことになるなんて夢にも思わなかった。
「……行くよ、アレン」
「あぁ」
俺が頷いた次の瞬間。
「……っ」
ローズは既に目と鼻の先まで接近していた。
相手の呼吸を見切り、意識の隙間を渡り歩く――彼女得意の移動術だ。
(来るとわかっていたのに、それでも反応が一拍遅れてしまう……っ)
相変わらず、凄まじく高度な体捌きだ。
「桜華一刀流――桜閃ッ!」
ローズは速度を一切殺すことなく、全体重を乗せた鋭い突きを放つ。
真っ直ぐ胴体へ放たれた一撃に対し、俺は全く同じ入射角の突きで迎え撃つ。
「――ハッ!」
剣先と剣先が先端の一ミリでぴったりとぶつかり合い、拮抗状態が生まれた。
この一連の流れは、前回と全く同じだ。
(ここで攻め込む……っ!)
重心を落とし、一気にローズの懐へ潜り込んだそのとき。
「同じ手は通用しない……っ!」
俺の動きを読んでいた彼女は、既に次の攻撃へと移っていた。
「桜華一刀流――夜桜ッ!」
目にも止まらぬ凄まじい袈裟切りだ。
(速い……っ!?)
接近と同時――完璧なタイミングで放たれた白刃。
昔の俺ならば、反応すらできずにやられていただろう。
だが、いくつもの死線を乗り越えた今の俺なら――躱せないレベルじゃない!
「――甘いっ!」
俺は紙一重でその一撃を回避し、
「嘘……っ!?」
彼女のがら空きの胴体へ強烈な蹴りを放った。
「ぐっ……!?」
ローズの足が舞台から離れて、大きく吹き飛ぶ。
(……さすがはローズ、いい反応をしているな)
彼女は咄嗟に左腕で鳩尾を防御した。
おそらく内臓へのダメージはほぼ皆無――戦闘継続に何ら支障は無いだろう。
ローズは空中で一回転して衝撃を殺すと、すぐさま正眼の構えを取った。
「くっ、さすがに……強い……っ」
「ローズこそ、今の一撃は危なかった……。キレも体捌きも剣武祭のときとは、比べ物にならないな……」
「ありがとう……でも、まだまだこれからよ」
その後、激しい剣戟の応酬が繰り返された。
「うぉおおおおおおっ!」
「はぁああああああっ!」
鉄と鉄がぶつかり合う高音が響き、いくつもの火花が舞い散る。
一分二分と経過していくと、勝負の流れは徐々に――しかし確実に俺の方へと傾いていった。
「桜華一刀流――雷桜ッ!」
雷鳴の如き居合斬りを、
「セァ゛ッ!」
俺は強引に上から下へと斬り付ける。
「く……っ!?」
そうして彼女の防御が下がったところへ、
「一の太刀――飛影ッ!」
「……くっ」
出の早い飛影を近距離から放ち、確実にダメージを与えていく。
「……」
「はぁはぁ……っ」
俺は、無傷のまま静かに正眼の構えを堅持する。
その一方でローズは、少なくないダメージを抱え、肩で息をしていた。
ここまで有利に立ち回れているのは、単純な筋力差に加えて、彼女の癖を見抜いたことが大きい。
(ローズは連続して同じ技を出すことを、無意識のうちに嫌がる傾向がある……)
この戦いで使用した技は、桜閃・夜桜・雷桜の三種類。
(次の一手はおそらく……)
この不利な状況をひっくり返そうと――まだ使っていないあの大技を繰り出すはずだ。
すると、
「桜華一刀流奥義――鏡桜斬ッ!」
予想通り、ローズは桜華一刀流の奥義を放った。
対する俺は、
「桜華一刀流奥義――鏡桜斬ッ!」
全く同じ技をもって迎え撃った。
鏡合わせのように左右から四撃ずつ――目にも止まらぬ八つの斬撃が激しくぶつかり合う。
その結果は一方的なものだった。
「くっ……きゃぁっ!?」
俺の放った鏡桜斬は、ローズの鏡桜斬を容易く食い破り――彼女に大きなダメージを与えた。
「なんで……どうして……っ」
彼女は信じられないといった表情でポツリと呟く。
「筋力と方向の差、だな……」
俺とローズの間には、剣術のベースである筋力に大きな差がある。
さらにローズが次に鏡桜斬を放つことを予見していた俺は、彼女の斬撃に対して斜めに――勢いを殺す方向へ鏡桜斬を放った。
力と方向。
その両方で有利を取る俺の鏡桜斬が勝るのは、ごく当然のことだった。
「……」
「……っ」
その後、一時膠着状態となったところで実況解説が口を開いた。
「――ま、まさかここまで一方的な試合になるとは、いったい誰が予想したでしょうか!? それに私の見間違いでなければ、先ほどアレン選手の放った技は一子相伝の桜華一刀流っ! さすがは悪の帝王! 相手の技をも盗むのかぁっ!?」
あ、悪の帝王……。
(はぁ……。もう……好きに言ってくれ……)
俺が心の中でため息をつくと、ローズは小さく口を開いた。
「やっぱりアレンは強い……。悔しいけど、純粋な剣術勝負では私の負け……」
その弱気な言葉とは裏腹に、彼女の目には強い闘志が燃えていた。
(ついに来るか……っ)
俺は警戒心をグッと高め、彼女の一挙一動を注視した。
「でも、この勝負には――絶対負けない!」
彼女が力強くそう宣言すると同時に、肌を刺すような強烈なプレッシャーが放たれた。
(やはり間違いない、ローズはもう――発現している……っ)
そして次の瞬間、
「染まれ――<緋寒桜>ッ!」
彼女の背後に巨大な桜の木が出現した。
力強さを感じさせる立派な太い幹。
満開に咲き誇った――妖しい艶を放つ緋色のはなびら。
(……美しい)
思わず時の流れを忘れてしまうほどに、その桜は見事なものだった。
「――集え」
ローズが短くそう呟くと、桜のはなびらが彼女の手に集中し――一本の剣を形作った。
美しい緋色を放つ刀身。
鮮やかな波紋。
剣全体から放たれる得も言えぬ圧力。
並の剣でないことは、一目でわかった。
「――アレン、行くよ?」
「……あぁ、来いっ!」
一年戦争準決勝――ローズとの死闘は、最終局面に突入した。