新学期と一年戦争【二】
俺はひとまず会長を椅子に座らせて、一度落ち着かせてから話を聞くことにした。
「えーっと……それでいったい何があったんですか、会長?」
「ねぇ……助けてくれる?」
上目遣いのまま小首を傾げる会長だが、さすがに「いいですよ」と即答するわけにはいかない。
「それは内容によります」
「……ケチっ」
「ケチじゃありません。……ほら、何があったんですか? 話してくれないとわかりませんよ」
すると会長は、生徒会室の一画を指差した。
「……あちらに見えますは、書類の山でございます」
「ですね」
副会長の机は書類が山のようになっており、リリム先輩が「邪魔!」と言って部屋の隅に移動させた。
「残念ながら、夏休みを終わっても副会長は帰って来ませんでした」
「どうやら、そのようですね」
副会長は希少なブラッドダイヤを採掘しに、渡航禁止国である神聖ローネリア帝国へ行ったという話だ。
生徒会の業務は以前から副会長一人が片付けていたらしく、彼がいなくなった今は仕事がたまる一方だ。
「勘の鋭いリリムとフェリスは定例会議にすら来てくれません――つまり逃げられました」
「……なるほど」
「私一人で頑張ってもあんな量……到底片付くわけがありません……」
会長が何を助けて欲しいのかわかった俺は、なんというか一気に脱力した。
「ということでお願いです。アレンくん……一緒に書類整理を手伝ってください」
そう言って彼女は、両手を顔の前に合わせてペコリと頭を下げた。
「……すみません、会長。生徒会に入る条件として『一切仕事をしなくていい』というものがあったはずですが?」
「そ、それはそれ! これはこれよ! 物事には不測の事態というのがつきものでしょ? り、リアさんとローズさんもそう思うわよね……? ね……っ!?」
会長は同意を求めるようにリアとローズへ視線を向けたが、
「う、うーん……」
「これは自業自得……」
二人の反応はパッとしないものだった。
まぁ、この件は完全に会長の怠慢さが原因だから、当然と言えば当然だ。
「そ、そんな……っ!?」
孤立無援となった会長は、
「お、お願いアレンくん……っ! ほんとに、ほんとにこればっかりはマズいのよぉ……っ!」
小細工を弄することなく、真っ正面から頼み込んできた。
「そう言われましても……。約束は約束なので……」
そうして俺がやんわり断ると、
「お、お姉さんがこんなに真剣に頼み込んでいるのに……っ! あなたには人の血が流れていないの!? 鬼! 悪魔! アレン!」
会長はキッとこちらを見つめて、子どものように駄々をこね始めた。
「落ち着いてください、会長。それに『アレン』は悪口じゃないですよ……」
会長を冷静にさせるためにも、ちょっとした代案を口にすることにした。
「人手が足りないというのでしたら……そうですね。一度仕事を持ち帰って、お付きの方の手を借りるのはどうでしょうか?」
会長の家――アークストリア家は、代々政府の重役を継承する名家だ。
夏合宿の屋敷にも執事らしき人はいたし、俺たちの手を借りなくてもどうにでもなるはずだ。
「それは駄目よ。生徒会に提出された資料は、どれも持ち出し厳禁なの」
「へ、変なところで真面目なんですね……」
イカサマは平気で仕掛ける癖に、妙なところで律儀なところのある会長だった。
「だからお願いアレンくん……っ! お姉さんを助けて……っ! そ、そうだ! 今度アイス奢ってあげるから……っ!」
そう言って会長は、俺の両肩を揺らした。
(いや、小さい子供じゃないんだから……。アイスで釣るのは無理があるだろう……)
食べ物で釣られるのなんて、精々リアぐらいのものだ。
(でも、もしここで断ったら……)
前回――部費戦争のときのように、また院内放送を悪用して呼び出しを受けることになるだろう。
(どちらにせよ面倒なことになるなら、仕事を片付けてしまった方がいいか……)
成り行きとはいえ俺も生徒会の一員だ。
それに何より、ここまで必死に頼み込まれてしまっては……断るに断れない。
「はぁ……わかりました。微力ながらお手伝いさせていただきます」
「ほ、ほんと!?」
「えぇ。ですが……次は無いですからね?」
一応念のために釘を刺しておいたが、
「あ、ありがとーっ! さっすがアレンくん! 今度おいしいアイスクリームをごちそうするわね!」
有頂天になった会長の耳には、あまり届いていないようだ。
(はぁ……。この様子だと、また仕事をためるんだろうなぁ……)
そうして俺がため息をつくと、
「もう……アレンがそう言うなら、私も手伝うわ」
「仕方なしだね……」
リアとローズも渋々といった様子で、会長の手伝いをすることになった。
「やった! 四人でかかれば、きっとなんとかなるわよ!」
一方、やる気と活力を取り戻した会長は、ご機嫌な様子で鞄からお弁当箱を取り出した。
「さぁみんな! お昼ご飯を食べたら、すぐに取り掛かりましょう!」
その後、食事を取り終えた俺たちは、山積みになった書類を四人で分けて作業を進めた。
各部活動から上がってきた意見陳述書への回答。
職員室から回ってきた要望への回答。
風紀委員から出された風紀の取り締まり案への回答。
確かにこれを会長一人でこなすのは、現実的ではないだろう。
「はい、会長。こっちの書類は全部終わりましたよ」
「ありがと。でも、まだまだ山のようにあるから、どんどん持っていってね」
「了解しました」
そう言いながらも会長は、誰よりも早くたまった仕事を消化していった。
こんなのでも一応は生徒会長――基本的なスペックは非常に高い。
(この様子だと、頑張れば明日の放課後までには終わりそうかな……?)
そんなことを考えながら、副会長の机から書類の山を運ぶと、
「ん?」
なにやら興味のそそられる一枚のポスターが見えた。
そこには、
「……一年戦争?」
力強い筆致で『八月八日、地下大演習場にて開宴!』と書かれていた。
俺がそのポスターをジッと見ていると、
「あれ? アレンくんは、知らないの?」
それに気付いた会長が、グイッと覗き込んできた。
「は、はい。何なんですか、この『一年戦争』って?」
「一年戦争はね、剣王祭の『一年生枠』を奪い合う――一年生だけの剣術大会よ!」
「一年生だけの……剣術大会……っ」
剣王祭というのが何かは知らないが、『剣術大会』というのはとてもいい響きだった。
「そろそろ参加希望者を募るはずだけど……。今日の帰りぐらいにも、担任の先生から連絡があるんじゃないかしら?」
そう言えばレイア先生が、連絡事項は帰りのホームルームへ回すと言っていたっけか……。
(……出たい)
リアやローズ、それにA組のみんなと剣術をぶつけ合いたい……っ。
俺がそんな風に気持ちを高ぶらせていると、会長はパンパンと手を叩いた。
「ほらほら! 今は一年戦争のことよりも目の前のお仕事よ! ささっと終わらせてしまいましょう!」
「えぇ、そうですね」
そうして俺は高ぶる気持ちを抑えて――再び作業に集中した。
それから十分二十分と経過し、お昼休み終了五分前になったところで、
「さてと……今日のところはこれぐらいにしておこうか」
「えぇ、そうね。もうすぐ魂装の授業が始まるし、そろそろ切り上げましょう」
「ふわぁ……。なんだか眠たくなってきた……」
一度作業を中断することにした。
「ほ、放課後も絶対に来てね? お姉さんとの約束だからね!?」
そう言って念を押してきた会長と別れ、俺とリア、ローズの三人は午後の授業へ向かった。
■
その後、午後の授業を終えた俺たちは、魂装場からA組の教室へと戻った。
魂装の授業はなんというか……精神的な疲労が凄まじい。
「ふぅー……っ」
自分の席に座った俺が大きく息を吐き出すと、
「アレン、大丈夫? ちょっと疲れてるみたいだけど……」
「ちゃんと眠れてる? 疲労回復には睡眠が大事だよ」
リアとローズが優しく声を掛けてくれた。
「ありがとう。そうだな……今日はいつもより早く寝ることにするよ」
そんな話をしていると、ガラガラッと教室の扉が開き、レイア先生が入ってきた。
「さてと――それじゃ帰りのホームルームを始めようか。今日は大事な連絡事項があるから、しっかりと聞くように!」
先生は手をパンパンと打ち鳴らすと、大事な連絡事項を口にした。
「部活動の先輩や年間スケジュールから既に知っている生徒も多いと思うが――来週八月八日は、ついに『一年戦争』が始まる」
その瞬間、教室内に緊張が走った。
「念の為、まずは一年戦争とは何かから説明しておこう。まぁ簡単に言うとだな――一年戦争とは、剣王祭の出場権を懸けた一年生同士の決闘だ!」
先生の大きな声が教室中に響く。
「剣王祭は『高等部の全剣術学院』が出場するというだけあって、非常に注目度が高い。ここで素晴らしい戦績を残せば、上級聖騎士や政府の士官などなど――輝かしいキャリアへの道が開かれることだろう。その第一歩、出場権を勝ち取るための戦いが一年戦争だ!」
上級聖騎士になれば、下級聖騎士よりも高い給金が安定的にもらえる。
それに下級聖騎士よりも遥かに手厚い待遇があると聞く。
(……上級聖騎士、か)
もしも俺が上級聖騎士になることができれば、母さんに楽な生活をさせてあげられることだろう。
(これはチャンスかもしれないぞ……っ)
そんなことを考えている間にも先生は話を続けた。
「一年戦争への参加は希望制ではあるが、諸君らにはぜひとも参加してもらいたい。――よし、現段階で既に一年戦争への参加を決めている者は手を挙げてくれ!」
先生がそう言った次の瞬間。
男女問わず――A組の全生徒が手を挙げた。
「……ほぅ、全員参加とは珍しいな! 今年の一年生は――いや、今年のA組はなかなかにやる気があっていいな!」
それを見た先生は、満足そうに頷いた。
「残り一週間、気合を入れてしっかりと修業に励むように! それでは――解散!」
■
その後、俺は毎日毎日ひたすら魂装を発現するために死に物狂いで修業に励んだ。
だが、俺のような才能のない凡人が一週間死ぬ気でやったところで……大きな成果を出せるわけもない。
結局、魂装を発現することなく、八月八日――一年戦争当日を迎えることになった。
会場は部費戦争のときと同じく地下大演習場。
中央に置かれた正方形の舞台。
さらにそれをグルリと囲うように観客席が設置されている。
舞台の中央では本学院の理事長であるレイア先生が簡単な挨拶をしており、俺たち一年戦争への参加者はそれを舞台袖で聞いていた。
(十、二十、三十、四十……参加者はだいたい五十人ぐらいか)
さりげなく周囲を見回していると、レイア先生の挨拶が終わった。
「さてと、堅苦しい挨拶はここまでにしておこう。今年度の生徒は、既に魂装を発現している者も多い! 例年以上に熾烈な戦いが繰り広げられることだろう! 最後になるが、みんな正々堂々と自らの剣術を――日々の鍛錬の成果をぶつけ合ってくれ! それでは一年戦争の開幕を――ここに宣言するっ!」
先生がそう言い放った次の瞬間。
「うぉおおおおおおおおっ! きたぁああああああっ!」
「負けるな、テッサぁあああっ!」
「アレンくーん! 剣術部の門はいつでも開いてるからねーっ!」
観客席から凄まじい歓声が巻き起こった。
柔道部らしきたくましい肉体をした先輩たちの熱い応援。
それから以前に一度だけ剣を交えた剣術部の副部長――シルティ=ローゼット先輩がこちらにブンブンと手を振ってくれていた。
(凄い熱気だな……っ)
緊張と興奮がほどよく混ざった、ちょうどいい精神状態を維持していると――リアとローズが俺の前に立った。
「アレン、あのとき――入学初日に負けた借りは、きっちりとここで返させてもらうわ!」
「剣武祭では不覚を取ったけど――今回は絶対に勝つよ!」
二人の真っ直ぐな視線を受けた俺は、とても嬉しくなった。
「あぁ、今日はお互いに敵同士――全力でやろうっ!」
こうして剣王祭の一年生枠を懸けた、一年生同士の死闘――一年戦争が幕を開けたのだった。




