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一億年ボタンを連打した俺は、気付いたら最強になっていた~落第剣士の学院無双~  作者: 月島 秀一


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貴族派と新学年【十四】


 突如として地の底より現れたレインは、周囲を見回して眉を(ひそ)める。


「これはまた、随分と荒れ模様だな……むっ?」


 彼の視線が、こちらでピタリと止まった。


 どうやら、俺の存在に気付いたらしい。


「おぉ、アレンではないか! 久しいな、元気そうで何よりだ」


「レイン、味方……ってことでいいのか?」


「無論だ。お前には返し切れぬほどの恩がある」


「そうか、助かる」


 レイン=グラッドは過去に大きな罪を犯したが、決して性根の腐った男じゃない。

 脱獄の是非はともかくとして、彼の加勢は非常に心強い。


「して、いったい何が起こっているのだ?」


「神聖ローネリア帝国が、黒の組織を率いて攻め込んで来た。バレル=ローネリアは何故か引き下がったけど、皇帝直属の四騎士ガウラン=ライゼンベルクと厄介な影使いドドリエル=バートン、それに神託の十三騎士らしき剣士が複数確認されている」


「なるほど、承知した」


 レインはコクリと頷き、スッと目を細めた。


「ときにアレン、一つ確認したいことがあるのだが……」


「なんだ?」


「あの白髪の男が、セレナに手をあげた大馬鹿者で相違ないな?」


「あ、あぁ……っ」


 その言葉に秘められているのは、ただただ純粋な怒り。身震いするほどに滾った灼熱の憤怒だ。


「そうか。ならば、奴のことは俺に任せてくれ」


 レインはそう言うと、ガウランのもとへ歩みを進める。


「レイン、気を付けろ! そいつは皇帝直属の四騎士ガウラン=ライゼンベルク、敵の最高戦力で真装使いなんだ!」


「問題ない、すぐに終わる(・・・・・・)


「……え?」


 強く短く放たれたその言葉には、絶対の自信が宿っていた。


「――ガウランとやら、娘が世話になったようだな」


「貴様……レイン=グラッドか」


「むっ、俺のことを知っているのか?」


「当然だ。アレン=ロードルに敗北し、重要な戦略拠点ダグリオを明け渡したうえ、地の獄に収監された大馬鹿者。まぁ所詮は十三騎士、陛下直属になれなかった半端者よ」


 嘲り笑うガウランに対し、レインは複雑な表情を浮かべる。


「ふむ……何やら誤解しているようだな」


「ふっ、どこに誤解があるというのだ。アレン=ロードルに敗れたのも、ダグリオを奪還されたのも、惨めに投獄されたのも、全て事実であろう?」


 ガウランが肩を揺らす中、黒いローブを纏った一人の剣士が血相を変えて叫ぶ。


「が、ガウランさん、そいつは違う! そいつだけは、普通の十三騎士じゃないんだ!」


「なんだと……?」


「俺は見たんだ。そいつは本気の陛下とやり合って生きている、数少ない化物なんだよ……ッ!」


 刹那、


「――根源に()け、<原祖の雫(オリジン・ドロップ)>」


 レインが真装を展開し、超巨大な霊力が吹き荒れた。


 しかし次の瞬間、それは雨露(あまつゆ)のようにフッと消失する。


「はっ、所詮は神託の十三騎士。真装も満足に展開できんか」


 ガウランの嘲りを無視して、レインはセレナの手をサッと引いた。


「セレナ、危ないからこっちへ来なさい」


「……? わかった」


 直後、


「ぁ゛?」


 神秘的な一雫(ひとしずく)が、遥か天空より降り落ちた。


 それはガウランの頭上に浮かぶ<黄金立方>の本体をいとも容易く貫き、圧倒的な出力と速度を以って、落下軌道に存在する全ての物質を()し潰した。


「俺の真装は規模が大きい。あまり長時間解放していると、ここもまた雨の国にしかねんのでな」


 まさに瞬殺。

 たったの一撃で、皇帝直属の四騎士ガウラン=ライゼンベルクを倒してしまった。


(つ、強い……っ。あのときとはまるで別人だ……ッ)


 いや、冷静に考えれば、別人であって当然か。


 レインは魂装<久遠の雫(ラスト・ドロップ)>の力を使い、晴れの国ダグリオを雨の国へ変えた。天候を変えるほどの力を片時も休むことなく、何年も何年も使い続けていたんだ。


 俺と戦ったあのとき、おそらく彼は重度の霊力欠乏症だったのだろう。


「レイン、やったな……!」


 彼のもとへ駆け寄ろうとしたそのとき、


「……まだ、だ……っ」


 ガウランがゆっくりと立ち上がった。

 瀕死の重傷を負っているが、かろうじて息があるらしい。


「陛下より(たまわ)りし、次世代の霊晶丸……っ。これさえあれば、儂はまだ……!」


 彼は震える手で懐をまさぐり、青い丸薬を取り出した。


「あれはまさか……霊晶丸!? レイン、あの薬を飲ませないでくれ!」


「承知……!」


 レインはすぐさま距離を詰めるが、この距離ではさすがに間に合わない。


「ふ、ふはは……遅いわ!」


 ガウランが霊晶丸を噛み砕いた次の瞬間――眩い閃光が駆け巡り、凄まじい大爆発が起こった。


「自爆、した……?」


「……いったい何が起こっているのだ?」


 俺とレインが困惑する中、巻き上がった土煙がゆっくりと晴れていく。


 するとそこには、


「ぁ、が……っ」


 虫の息となり、地面に這いつくばるガウランの姿があった。


「陛下、何故……です、か……。何故、このような仕打ち、を……ッ」


 彼はこの世の終わりのような表情で、ボロボロと大粒の涙を流す。


(…………そういうことか)


 どうやらガウランは、あの丸薬をバレル=ローネリアから渡されたらしい。

 もしものための霊晶丸だと思っていたその薬は――爆薬だった。


 つまり彼は、皇帝から斬り捨てられてしまったのだ。


(……酷いことをするな……)


 敵ながら、可哀想だと思ってしまう。


 内臓を焼かれ、既に満身創痍なガウラン=ライゼンベルク。


 そんな彼の頭を、ドドリエルは容赦なく踏みつけた。


「あっはははは……! 酷い顔ですねぇ、ガウランさぁん?」


「ドドリ……エル……っ」


「古いんですよねぇ、ガウランさんは。年功序列だぁとか、命令には絶対遵守だぁとか、規律を乱すなぁとか……カビの生えた古臭い考えが、根っこの奥底まで沁みついている。いつまで経っても現代(いま)に適応しようとしない、価値観のアップデートがされていない。そんなんだから陛下に、見捨てられちゃうんですよぉ?」


 ドドリエルはケタケタと笑いながら、ガウランの後頭部を何度も何度も踏みつけた。


「……っ」


 ガウランは、何も言い返さなかった、言い返せなかった。


 ドドリエルの言葉が真であれ偽であれ、今ここにある事実はたった一つ、「自分は皇帝に見捨てられた」――ただ、それだけだ。


 きっとガウランにとって、バレル=ローネリアは神のような存在だったのだろう。


 今の彼からは、生きる意志も気概も、何も感じられなかった。


「陛下は、革新を改革を変革を望んでいらっしゃる! あの御方の作る新時代に古臭い遺物(あなた)は必要ないんですよぉ! ……あの、聞いてますぅ? って、もう死んでるか」


 ドドリエルは既にこと切れたガウランの遺体からローブを剥ぎ取ると、ご機嫌に鼻歌を奏でながら袖を通していく。


「さて、と……これでボクが新しい『四騎士』だねぇ!」


 血濡れのローブを纏ったドドリエルは、「ちょっとぶかぶかだなぁ」と呑気なことをのたまいながら、こちらへ向き直る。


「本当ならアレンともっと遊びたいんだけど……。こっちの『戦略目標』は達成できたし、そろそろ頃合いかなぁ?」


 ドドリエルはそう言うと、空高くへ跳び上がり、自身の作り出した影の足場に着地。


 それと同時――彼の背後に、街の各所に、漆黒の(スポット)が出現する。


「お前、また逃げるつもりか!」


「これは逃げるんじゃない、『セッティング』さ。アレンとは『最高の舞台』で(ころ)し合いたいからね」


 ドドリエルの顔と口ぶりは、珍しく真剣そのものだった。


「次……そう、次に遭うときだ。そのときまで、絶対に死なないでね、アレン?」


 彼はそう言い残し、影の中に消えていく。


「……次、か……」


 今度奴と剣を交えるときは、文字通りの死闘――本当の意味での殺し合いになりそうだ。


(でもまぁとりあえず、当面の危険は去ったな)


 街中に溢れていた危険な霊力が一瞬にして全て消えた。

 おそらくは全員、ドドリエルのスポットを通じて本国へ帰還したのだろう。


「ふぅー……」


 俺が安堵の息を吐くと同時、今まで市街地の防衛にあたっていた聖騎士たちが、ぞろぞろと戻ってきた。


 誰も彼もが疲労の色を隠せない中――いつもと変わらない様子の人が、素早く正確に指示出しをしている。


「一班は要救助の捜索を! 二班は瓦礫の撤去作業を! 回復班は生命に危険のある方たちから優先的に治療を! もしかしたらまだ敵の残党が潜んでいるかもしれないので、くれぐれも警戒は怠らないようにしてくださいね!」


「「「はっ!」」」


 クラウンメイクにピエロ衣装を纏った、聖騎士協会オーレスト支部の支部長、クラウン=ジェスターだ。


 こちらを一瞥(いちべつ)した彼は、レインの顔をチラリと見て――あんぐりと大口を開ける。


「ちょ、ちょっとちょっとちょっとぉ、どうしてレインさんが地上に!? そんな自分の庭みたく、ホイホイ勝手に出られちゃ困りますってば!」


「クラウン殿、これは失礼した。緊急を要する事態だったので、ついな」


 レインはセレナの頭を優しく撫で、深々と頭を下げた。


 その一連の動きから、こちらの事情を察したクラウンさんは、ポリポリと後頭部を掻く。


「あー……なるほど、セレナさんが襲われたんすか。なら仕方ないっすね。今回は見なかったことにしましょう」


「すまない、感謝する」


 レインが礼儀正しくお辞儀をして、自ら地下牢獄へ戻ろうとしたそのとき――。


「「「……」」」


 囚人服を纏った犯罪者たちが、ぞろぞろと姿を現した。


(おいおい、マジか……っ)


 レインは脱獄する際、魂装の力を使い、地上まで続く大穴を開けた。


 おそらくその衝撃で、他の牢獄が壊れてしまい、凶悪な囚人たちが出てきてしまったのだ。


「あの……クラウンさん、これって……」


「ん、んー……ちょっとよくないっすねぇ……っ」


 不穏な空気が漂う中、レインがパンパンと手を打ち鳴らす。


「みんな、心配を掛けてすまなかった。しかし、俺はもう大丈夫だ。刑務作業に戻ろう」


「「「はっ!」」」


 彼は最後に「アレン、またどこかで会おう」と言うと、囚人たちを引き連れて、地下深くへ戻っていった。


「……完全に地下牢獄のボスですね」


「最近、みなさんが妙に礼儀正しいのには、こういう理由があったんすねぇ……」


 二人して安堵の息を零したところで、クラウンさんが「あっ」と声をあげた。


「そうだ、アレンさん。もし霊力に余裕がありましたら、お手伝いをしていただけると、大変助かるんすけど……?」


「えぇ、もちろんです」


 リーンガード皇国に住む一剣士として、この救助要請を断るわけにはいかない。

 それに何より、クラウンさんにはこれまでいろいろとお世話になってきた。


 特にあのとき――神聖ローネリア帝国から会長を奪還したときは、わざわざ危険な敵地に赴いてまで、俺たちに力添えをしてくれた。


 後日、その件について改めてお礼を伝えに行ったのだけれど……本人は「なんのことっすかねぇ?」の一点張りで、まともに取り合ってくれなかった。


 多分、聖騎士協会オーレスト支部の長という立場上、帝国へ密入国したという事実を認めるわけにはいかなかったのだろう。


(なんにせよ、あのときの恩を返すチャンスだな!)


 俺が気合いを入れ直したそのとき、


「アレンくーん……!」


 遥か上空から、聞き覚えのある声が降ってきた。


 見上げるとそこには、飛空機(ひくうき)に乗ったケミー=ファスタがいるではないか。


「あれケミーさん? どうしたんですか?」


「緊急事態です! すぐにリーンガード宮殿へ来てください!」


 俺はクラウンさんへ目配せをし、小さく頭を下げる。


「すみません、ちょっと行かなければならないようです」


「いえ、お気になさらず。こちらは聖騎士協会がなんとかしておきますので、アレンさんはアレンさんにしかできないことをお願いします」


「はい」


 俺は両の足に力を込め、天高く跳び上がり、飛空機に着地。


「ケミーさん、ちょっと失礼しますね」


「ふぇ?」


 彼女をサッと小脇に抱え込み、ハンドルを握る。


「少し飛ばしますので、振り落とされないようにしてください」


「えっ、いや、私はここで降ろしてもらえれ、ば……ひ、ひぇえええええええええええ!?」


 ハンドルを介して動力部へ大量の霊力を注ぎ込み、飛空機の出せる最高速度でリーンガード宮殿へ向かうのだった。



 リーンガード宮殿へ向かう途中、ケミーさんから事情を聞く。


「緊急事態とのことでしたが、向こうでは何が起こっているんですか?」


「あばばばば……。レイア理事長からの連絡によれば……魔族の呪法により、うっぷ……っ。天子様を守護す……る、近衛兵、が……」


 青い顔をしたケミーさんは、何故か急にプルプルと震え出し――。


「……うぐ……っ」


「『うぐ』?」


「おぼろろろろろろろろ……っ」


 彼女の口から大量の吐瀉物(としゃぶつ)が飛び出し、大空に綺麗な虹が掛かる。


「ちょ、大丈夫ですか!?」


「ぅう、ひぐ……っ。アレンぐんの、せいでじょうがぁ……ッ」


「あ、あー……すみません」


 焦っていたので、気付かなかった。


 小脇に抱えられるという特殊な姿勢+飛空機の最高速度で揺られたことにより、乗り物酔いをしてしまったらしい。


「う、うぅ……花も恥じらう乙女に対して、リバースを()いる極悪ハラスメント……。絶対、絶対に許しません……っ」


 ケミーさんはそう言って、えぐえぐと泣き出してしまった。


 初見の人ならばきっと、罪悪感で打ちのめされてしまうだろう。


 しかし、彼女との付き合いがそれなりにある俺には、金欲(きんよく)に塗れたどす黒い内面を知っている俺には、こんな安っぽい嘘泣きは通用しない。


 俺はよぅく知っているのだ。彼女が恥という概念から、最もかけ離れた存在であることを。


「すみません、後で千ゴルドあげるので勘弁してください」


「お金で女性を釣るなんて最低です!」


「じゃあいらないんですか?」


「いえ、いただきます」


 やはりというかなんというか、あっさりと泣き止んだ。


「……ちぇっ、たったの千ゴルドぽっちですか。まぁ、カップ酒とおつまみ程度にはなりますね」


 とても小さな声でボソボソと言っているが、距離が距離なのでこちらにもはっきりと聞こえている。


(……本当にこの人は、どんな状況でも変わらないな)


 世の中には、どうやっても救えない人間がいる。

 そんな残酷な真理を、俺はケミーさんから学んだ。


 そうこうしているうちに、半壊したリーンガード宮殿が見えてきた。


 美しく荘厳な宮殿は今や昔の話……。天窓は粉々に割れ、白い外壁は穴だらけ、そこかしこに赤黒い血が散見される。

 激しく生々しい戦闘の跡が、ありありと残っていた。


(……酷い有様だな)


 飛空機を安全な場所に止めた俺は、ひとまずリーンガード宮殿の正面に移動。


 するとそこには――大量の魔族が山のように積み上がっていた。


「こ、これは……っ」


 言葉を失っていると、頭上から声が降ってきた。


「おーい、こっちだこっち」


 視線を上に伸ばせば、山積みとなった魔族の頂上にレイア先生がどっかりと座り込んでいた。


「アレン、無事だったか」


「先生も御無事で何よりです。――それで緊急事態とは?」


「あぁ、それなんだが……。魔族の奴等がやたらめったらに呪いを振り撒いたせいで、天子様のお抱えの近衛兵たちが壊滅的な被害を負ってな。今はまだかろうじて息をしているが、そう長くはもたないだろう。疲れているところ申し訳ないんだが、治してやってくれないか?」


「なるほど、わかりました。ところで、先生は大丈夫なんですか?」


「私も何発か食らってしまったが、今のところは気合いで抑え込めている。まぁそういうわけだから、他の者の治療を優先してやってくれ」


「りょ、了解です」


 さすがはレイア先生というべきか……。

 呪いを気合いで抑え込むだなんて、本当に脳筋(のうきん)だ。


「ふぅー……」


 俺は静かに呼吸を整え、感覚を研ぎ澄ませていく。


(二十・七十・百五十・二百七十……三百八十一、かな?)


 リーンガード宮殿を中心とした半径一キロの円、この内部で探知できた呪いの数は三百八十一個。


 この数と座標は、呪いを受けた近衛兵の人数と居場所で間違いないだろう。


(……呪いって、わかりやすいな)


 霊力を探知するよりも遥かに楽な作業だった。

 その呪いがどこにあるのか、どんな効果を持つのか、どれほど強力なものなのか、手に取るようにしてわかる。


(なんでだろう。白い闇のおかげで、感覚が鋭敏になっているのかな?)


 ぼんやりそんなことを考えながら、先ほど習得したばかりの神聖な闇を広げていき――およそ半径一キロ、宮殿周辺部にいる全ての近衛兵の呪いを解く。


「これでよしっと、終わりましたよ」


 解呪に成功したことを先生に伝えたけれど……返事がない。


(……これがダリアの言っていた『ロードル家の闇』か。確かにゼオンの闇とは、まるで毛色が違うな……)


 彼女は眉間に皺を寄せたまま、何事かを深く考え込んでいた。


「あの、レイア先生……?」


「っと、すまん。ちょっと考え事をしていた」


「レイア先生も考えるときがあるんですね」


「……お前、言うようになったなぁ」


「あはは、すみません」


 さすがに「先生の日頃の行いのおかげですよ」、とは言えなかった。


「まったく……それで、そっちの状況はどうなっているんだ? アレンがこちらに来られているということは、無事に勝ったのだろう?」


「はい。ただ、いくつか問題があります」


「そうか、ぜひ聞かせてくれ」


「えぇ、まずは――」


 それから俺は、こちら側で起きた戦闘とその顛末(てんまつ)について話した。


「……そうか、ドドリエルは取り逃がしたか……」


「すみません」


「いや、奴の能力は特殊だからな。捕らえられなかったことは仕方がない。それよりもむしろ、よくやってくれた。この規模の大侵攻を受けて、これだけの被害で済んだのは奇跡に近い。……本当に強くなったな」


 レイア先生はそう言って、俺の頭を優しく撫ぜた。


「ありがとうございます」


 純粋に嬉しかった、心がじんわりと温かくなるのがわかった。

 恩師に認められるのが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。


(いや、落ち着け……ここで涙を流しちゃいけない)


 恩師と(いえど)も、相手はあの(・・)レイア先生だ。

 下手に隙を見せれば、いつどこで小馬鹿にしたり、冷やかしてくるかもわからない。


(ふー……っ)


 昂る気持ちを落ち着かせた俺は、少し気になっていたことを聞いてみることにした。


「ところで……先生の方は、どんな感じだったんですか?」


「こっちか? 特に大きな問題はなかったぞ。じ、じぇ、じぇっぽう……? とにかく、何やら奇妙な力を使うという前情報(まえじょうほう)があったので、目に入った魔族から順にボコしていっただけだ」


「な、なるほど……」


 彼女にとって、魔族はそれほど脅威となる敵じゃないらしい。

 戦術も戦略も糞もなく、目の前の敵を殴り倒す。


 脳筋を極めたようなやり方だが、それでも強い、異常なほどに強い。

 いつも通りのレイア先生だ。


「そう言えば、天子様はどこに? 無事に避難されたんですか?」


「あぁ。ロディスさんから連絡があった。天子様は既に宮殿周辺を離れ、安全な場所に身を隠されている。盗聴のリスクがあるため、どこに身を隠しているかまでは聞いていないがな」


「そうですか、それならよかったです」


 天子様は人格的にいろいろと問題があるけれど……。

 国民からの信頼は厚く、今後の復興に向けて、いなくてはならない人なのだ。


「さて、と……問題はこの後の復興作業だな。とりあえず、国立聖戦場へ戻るか」


「はい」


 そうして俺とレイア先生は、オーレストの街へ移動するのだった。



 神聖ローネリア帝国がリーンガード皇国を強襲してから今日で三日。

 その間、国の上層部で様々な決定が下され、新聞などのメディアを通じて、国民に周知された。


 まず、剣王祭の中止が決まった。

 首都オーレストの復興もままならないこの状況下で、学生の安全を確保したまま、剣王祭を運営することは困難と判断されたのだ。


 そして貴族派の有力者たちのもとへ、聖騎士主導の家宅捜査が入った。

 この背景にはもちろん、大貴族パトリオット=ボルナードとダフトン=マネーの裏切りがある。

 貴族派の拠点や彼らの屋敷を総洗(そうあら)いした結果、帝国との密接な繋がりを示す物証がいくつも発見されたそうだ。やはりというかなんというか、貴族派の上層部は皇国の機密情報を横流ししていたらしい。


 帝国との繋がりが発覚した大勢の貴族たちは、国家反逆罪の疑いで逮捕、貴族派の威信は地の底へ落ちた。

 政治の実権は天子様を中心とした皇族派勢力が握ることになったので、リーンガード皇国の政局(せいきょく)は当面の安定を見せるだろう。


 そんな激動の日々が流れる中――俺はオーレストの街の復興作業に尽力していた。


 襲撃を受けた日から起算して十日間、オーレスト近郊にある剣術学院は全て休校。学生剣士総出(そうで)で、オーレストの復興に取り掛かることになったのだ。


「学生剣士のみなさん、本日もお集りいただき、ありがとうございます。それでは早速ですが、今日も安全第一でジャンジャンバリバリ復興していきましょう!」


 クラウンさん総指揮のもと、急ピッチで作業が進められていく。


「製錬が必要な鉱石はこちらへ、加工が必要な鉄や鋼はこちらへ、熱いので気を付けてくださいねー!」


「嬢ちゃんの魂装、凄い火力だねぇ! こりゃ助かるよ!」


 リアは<原初の龍王>の超高火力を利用して、鉄板・鋼のレール・鉄パイプなどの重要資源の製錬・加工を担当。

 彼女が人間高炉(こうろ)になってくれることで、金属資源が大いに潤い、建設・再建事業がハイスピードで進んでいく。


「くそっ、なんで俺様がこんな地味なことを……っ」


「腐ったらあかんで、シドー? あんたがこうして冷蔵庫の役割やってくれとるから、近隣都市からガンガン食料を運び込めるし、みんな安心して働けるんやさかいな」


<孤高の氷狼>を展開したシドーさんは、とある空き地の真ん中に陣取って大量の冷気を放出――食料の保存・保冷を担当してくれていた。


 本人は冷蔵的な役割に強い不満を持っているようだが……フェリスさんも言う通り、あれは本当に助かる。

 彼が人間冷蔵庫となってくれているおかげで、近隣の街から送られてきた食料を無尽蔵に保管できるのだ。


「これぐらいの電力で大丈夫そう……?」


「おぉ、こりゃ便利な力だなぁ! ありがとうよぉ、お嬢ちゃん!」


 イドラは電気を必要とする機械全般を担当。

 電線の復旧や携帯充電池のチャージなど、幅広い分野で活躍していた。


「ふむ、それも持とうか」


「へへっ、力仕事はあたしらに任せな!」


「す、すげーな。あんたら、その重てぇのをたった一人で運ぶのか……っ」


 強化系のローズとメディさんは、超重量級資材の運搬を担当。

 運ぶというシンプルなタスクだが、内容が内容だけに、あちこちで重用されていた。


 こうして各学院の剣士が、それぞれの得意分野で活躍する中――圧倒的な実力と異次元の汎用性を誇る『とある魂装使い』は、木陰に座り込み、一人で「〇×ゲーム」に興じている。


「おーい、そこのあんちゃん! あんた、七聖剣のスゲー剣士さんなんだろ? なんだったら、こっち手伝っちゃくれねーか?」


「……ボクですか? 無理無理無理、こんな普通(ゴミ)に使い道なんてありませんよ……。それよりも、どこぞの最強(スペシャル)様に頼んでください」


 そう言って俺の方を指さすのは、よれよれの制服を着た皇学院のシン=レクス。


 シンさんは剣王祭の大将戦における殺人未遂の容疑で聖騎士協会に連行されたが、現役の七聖剣+貴族派にそそのかされていた点を考慮した結果、不起訴となった。


 性格や素行に大きな問題があるとはいえ、彼の実力は折紙付き。

 オーレスト復興に向けての大きな戦力として期待されたのだが……。


 今のシンさんは完全に心が折れており、卑屈街道(ひくつかいどう)まっしぐら、これでは使い物にならない。


(あの様子だと、復帰にはまだまだ時間が掛かりそうだなぁ)


 俺はそんなことを思いながら、自分の持ち場へ移動する。


 俺の担当は――この復興における最優先事業、リーンガード宮殿の再建だ。

 天子様の御所であるここは、政治機能の中枢であり、リーンガード皇国の顔である。

 国というものは面子や体裁が非常に大切らしく、安定的な国家運営を行うためにも、宮殿の早期再建は急務らしい。


(さて、と……今日も気合い入れて行くか!)


 建築に関する知識も技術もない俺の、この場における役割は――便利屋さんだ。 


「おーい、どっかにバッテリーなかったか?」


「あっ、電気なら自分が……!」


蒼穹の閃雷(ネバ・グローム)>の力を使い、バッテリーの代役を果たす。


「くそっ、この板金(ばんきん)、微妙に曲がっていやがるな……っ」


「自分、炎も行けます!」


<原初の龍王>の力で、分厚い鉄板を加工。


「痛……っ」


「大丈夫ですか? すぐに治しちゃいますね」


 自前の白い闇の力で、怪我をした人の治療。

<暴食の覇鬼>が覚醒したおかげで、あらゆる魂装の力が使えるため、多くの役割を果たせるようになっていた。

 それからしばらくして、午前の作業が終了、お昼休みに入る。


「ふぅ、疲れた」


 支給されたお弁当と水の入った紙コップを手に休憩スペースへ移動、適当に空いている場所を見つけて腰を下ろす。


「あぁー……おいしい」


 キンキンに冷えた水は、仕事をした後の一杯は、格別においしかった。


(綺麗な氷だなぁ、これ、シドーさんが作ったのかな?)


 紙コップに浮かぶ氷を眺めつつ、メインのお弁当に手を伸ばす。


(今日のは……おっ、鮭弁当だ!)


 割り箸を手に取り、心の中で食前の挨拶をすると――俺の周りに大勢の作業員さんが、ドカッと座り込んだ。


「お疲れさん。兄ちゃんの魂装、どえらい便利やなぁ! おかげでこの現場、めちゃくちゃ順調に進んどるわ!」


「ここの復興が終わったら、うちんとこの会社で働きまへんか? 狐建設(きつねけんせつ)言いいましてな、皇国でも一・二を争う、ゼネコンなんですわ!」


 どうやら、熱烈な勧誘を受けてしまっているらしい。


「え、えーっとですね……っ」


 俺が返答に困っていると、他の作業員さんが横合いから身を乗り出した。


「おいおいアホ抜かせや。この人は国家戦力級の剣士さんなんやで? 俺らと(ちご)ぉて暇なときなんかあらへんわ!」


「がっはっはっ、そりゃ(ちげ)ぇねぇや!」


 無用な波風を立てることなく、勧誘の話題を切り抜けられた俺は、ホッと安堵の息を吐く。


 昼食を食べ終えた後は、すぐに午後の作業が開始。


 それから数時間が経ち、西の空に日が沈む頃になってようやく、本日の作業が全て終了となった。


「つ、疲れたぁ……っ」


<暴食の覇鬼>を多用する中で、新たにわかったことがある。


(他人の能力を借りるのって、めちゃくちゃ霊力を消費するなぁ……)


 シン→ガウランのときみたいに連戦を想定するのなら、能力の連続使用は控えた方がよさそうだ。


「さて、と……リアは多分、製鉄所の方かな?」


 彼女のいるところへ行こうとしたそのとき、制服の袖口がクイクイッと引っ張られる。


「ん……?」


 振り返るとそこには、千刃学院の新入生ルー=ロレンティが立っていた。


「あれ、どうしたんだ、ルー?」


「実は……先輩と二人っきりで話したいことがあるんです。今からちょっとだけ、お時間をもらえますか?」


「あぁ、別に構わないぞ」


「ありがとうございます。他の人にはあまり聞かれたくない話なので、少し場所を移させてください」


 その後しばらくの間、ルーの後ろに付いて歩いた。


 工事中の街道を抜け、大きな森林公園を通り、人気(ひとけ)のない通りを進む。


 移動中、彼女はしきりに周囲を見回し、追跡者がいないかのチェックをしていた。


(凄い警戒だな。そんなに聞かれたくない話なのか……?)


 それから少しして、暗い路地裏に入ったところで、ルーの足が止まる。


「……ここなら大丈夫そうですね」


「随分と遠くまで来たけど、話ってなんなんだ?」


「それは、ですね……」


 彼女は緊張した面持ちでコホンと咳払いをし、真っ直ぐにこちらの目を見つめる。



「――アレン先輩、『一億年ボタン』ってご存じですよね?」



「っ!?」


 ルーの口から飛び出したのは、思いもよらぬ単語だった。


【※とても大切なお知らせ!】


なんと本日3月17日、一億年ボタン最新『第10巻』が発売されます!

では早速、表紙イラストをドドンと大公開!(おそらくこのページの一番下に張られていると思います!)


第10巻は『剣王祭』編を収録!

この巻は一億年ボタンシリーズの中でも、屈指の『戦闘巻』になっており、そのうえこれまで張られてきた様々な伏線が回収されます!

書籍版にはシン・メディ・ガウランという、新キャラの美麗イラストやいろいろな名シーンのモノクロイラストが収録されていますので、どうかぜひぜひ書店さんやネット通販などでお買い求めくださいませ!


ちなみに……メロンブックス様でお買い上げいただいた場合は、店舗特典として書き下ろしSS『アレンとシンとメディと』がついてきます!

本編では描けなかった、アレン・シン・メディの三人による交流・掛け合いとなっておりますので、よかったらチェックしてみてください!

※店舗特典は全て『数量限定』となっておりますので、ご購入を検討くださっている際は、お早めにお願いいたします。


いやぁそれにしても、書籍版はついに10巻という大台に乗りましたね……!

一つの作品で10巻以上続けるというのは、本当に難しいことなので、なんというかもうシンプルに嬉しいです!


それもこれも全ては、書籍版を購入して応援してくださっている、読者の皆々様のおかげです!

本当にありがとうございます……!


「そう言えば、書籍版はまだ買っていなかったな」という方は、この機会にご購入いただけますと、作者がめちゃくちゃ喜びます!


さらに部数を積み重ね、ついにシリーズ累計70万部を突破した『一億年ボタン』シリーズ!

今後とも応援、よろしくお願いいたします……!


ps

ちょうど一区切りついたところなので、Web版の大量更新はここで一旦終了!

次回は4月の頭あたりからまた、ちょこちょこと更新できたらなと思います!

今後の投稿スケジュール・新作のお知らせ・書籍化コミカライズの連絡などの大切なご連絡は、また活動報告の方で行いますので、ぜひ私(月島秀一)を『お気に入りユーザー登録』してお待ちくださいませ!

お気に入りユーザー登録は、私のマイページ右上にあるハートマークをクリックするだけで完了です!

私のマイページ→https://mypage.syosetu.com/994271/

たったの1クリックで済む作業なので、どうかこの機会にぜひお願いします!


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久々の一億年ボタン、楽しんでいただけましたでしょうか?

ほんの少しでも、

「久しぶりの更新、面白かった!」

「まだまだ続きが気になる!」

「復帰おめでとう! 更新がんばれ!」

と、思ってくれた方は、この下にあるポイント評価欄を【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】にして、『ポイント評価』をお願いします!

ポイント評価は『小説執筆』の『大きな原動力』になりますので、どうか何卒、ご協力のほどよろしくお願いいたします。


それでは皆様、また次の更新でお会いしましょう……!

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― 新着の感想 ―
[一言] いままで書籍版を全巻買わせていただいてやっぱりこの本が大好きなんだなぁと感じました!
[一言] めちゃくちゃ面白かった!! これからも楽しみにしてます!
[良い点] 楽しかったです 次の話がとても楽しみです。
感想一覧
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