貴族派と新学年【十三】
(なんだ、あれは……!?)
荒々しい霊力が吹き荒ぶ中、空間を引き裂くように現れたのは、巨大な黄金の立方体。
厳かな輝きを放つそれは、奴の頭上にフワリと浮かび、威光を発している。
よくよく見れば、巨大な立方体は小さな立方体の集合体であり、全ての立方体が不規則な回転を続けている。
(ディールもフォンもシンも、最近戦う剣士は、わけのわからない能力ばかりだな……っ)
俺が唇を浅く噛むと、二つの小さな立方体が、ガウランの手元へ降り落ちる。
「――黄金装甲」
瞬間、二つの立方体は融解し、彼の両腕を守るガントレットとなった。
両の拳を握り閉じたガウランは満足気に頷き、重心を深く落とす。
「では、参るぞ?」
言うが早いか、彼は凄まじい速度で詰めてきた。
(くそっ、いったいどんな能力なんだ!?)
先手を取られた俺は、仕方なく迎撃を選択。
「ハァッ!」
全体重を載せた、渾身の斬り下ろしを放つ。
「ふっ」
ガウランはその一撃を黄金の右腕で受け止めた。
「「……」」
生まれた膠着、腕に走ったのは――違和感。
(なんだ、この奇妙な感触は……っ)
普通、何かを斬り付けたとき、その衝撃は体へ返ってくる。手から腕へ、腕から全身へ、重たい衝撃が走るものだ。
しかし、ガウランの拳を迎え撃ったこの瞬間――何も返って来なかった。
全力の剣と全霊の拳が激突したにもかかわらず、まるで豆腐でも斬り付けたかのような、幾重にも積み重ねられた綿の層を斬り付けたかのような、無の感触。
「ほぅ、中々の威力だ。しかしこの程度では、我が<黄金立方>は突破できぬぞ!」
ガウランは空いた左拳を固め、しっかりと体重の乗った正拳突きを放つ。
俺はすぐさま黒剣で防御したが――その選択は誤りだった。
「~~ッ(重い、いや……鋭い……!?)」
重く・鋭く・深く・強い。
理解不能な衝撃が、黒剣を撃ち抜いた。
強烈な一撃を受けた俺は、そのまま地面と平行に吹き飛び――国立聖戦場の内壁を突き破って、オーレストの一般街道に放り出されてしまう。
「はぁはぁ……(なんだ、今のは……ッ)」
言うなればそう――白打と斬撃、異なる二種類の力が混じった攻撃だった。
「くそ……(連戦のダメージが、足に来ているな……っ)」
震える両足に力を入れ、なんとか立ち上がる。
するとそこには――悲惨な光景が広がっていた。
「これ、は……ッ」
あちこちで倒れ伏す一般市民、煌々と燃え上がる建物、悲鳴と剣戟と破壊音の響く、地獄と化したオーレストの街。
「――戦闘中に余所見か?」
頭上から降ってきたのは、ガウランの声。
「……っ」
咄嗟の判断で地面を転がれば、先ほどまで顔があった位置を、二足の軍靴が踏み抜いた。
(躊躇なく踏み抜いてくるな……っ)
こちらの体勢が整わぬうち、ガウランはいっそう攻勢を強めてくる。
「――王拳・羅刹!」
視界を埋め尽くすは、金色の拳。
(速い、けど……この程度なら!)
俺は黒剣を振るい、その全てを正確にガードした。
それと同時、先ほどの違和感が訪れる。
(まただ、また異様に軽い……)
ガウランの拳は、驚くほどに軽かった。いや、軽いなんてものじゃない。
まるで全ての拳が寸止めだったかのように、衝撃が皆無だったのだ。
俺が眉を曇らせていると、ガウランの肘が黒剣に優しく添えられる。
「――飛ぶぞ?」
次の瞬間、視界が大きくブレた。
「か、は……っ(なんて、威力、だ……ッ)」
黒剣から腕へ、腕から胴体へ、胴体から脳へ、全身を揺さぶる強烈な衝撃。
ほんの少しでも気を抜こうものならば、一発で意識を刈り取られてしまう。
「驚きのタフさだな。殺しても死なないという報告は、どうやら事実だったらしい」
余裕綽々と言った様子のガウランは、首の骨をゴキッと鳴らす。
一方、大きなダメージを負った俺は、回復の時間を会話で稼ぐ。
「……わかったぞ。『吸収』と『発散』、それが真装<黄金立方>の能力だな?」
「ほぅ、この短期間で見抜くか。存外、頭も回るようだな」
ガウランは自身の能力を隠すことなく、むしろこちらを褒めるだけの余裕っぷりを見せた。
「しかし、わかったところでどうすることもできん。本当の強さとはすなわち、対処できぬものだからな」
ガウランはそう言うと、重心を深く落とし、戦闘体勢を取った。
(吸収と発散を司る真装<黄金立方>、確かに厄介な力だけど……対処法はある)
攻撃・防御の起点が、あの黄金の両腕に限られる。つまり、そこにさえ注意していれば、致命の一撃をもらうことはない。
(真っ直ぐな攻撃、接近戦はやめておいた方がよさそうだな。全ての攻撃を黄金のガントレットに吸収されて、倍返しのカウンターを食らいそうだ)
今必要なのは――搦め手、中・遠距離で戦える能力だろう。
俺は浅く短く息を吐き、新たに手にした力を展開する。
「侵略せよ――<原初の龍王>!」
黒白の炎が全身を覆い、周囲の気温がグッと上がった。
「むっ、<原初の龍王>……? なるほど、真似たか」
ガウランは僅かに眉を上げたが、全く動じることなく、冷静に構えを取った。
どのような状況においても平常心を乱さず、ただただ目の前の敵を見据える。
年の功か踏んできた場数の違いか、経験値の差は歴然だ。
「今度はこっちから行くぞ! ――龍の激昂!」
黒剣を勢いよく古い、黒白の炎を遥か上空に向けて解き放つ。
「むっ、これは……っ」
灼熱の業火が雨の如く降り注ぎ、ガウランの足が止まった。
そこへ間髪を容れず、さらなる追撃を差し込んでいく。
「――闇の影!」
上空から降り注ぐ黒白の炎+眼下から忍び寄る闇の触手、上下を活かした立体的な全方向攻撃。
二本の腕では、これを防ぐことはできない。
しかし次の瞬間、
「ふっ――黄金収納」
ガウランを覆い囲うようにして、巨大な黄金の立方体が出現。
黒白の炎と闇の触手は、全てその中に吸い込まれてしまった。
「なっ!?」
「くくっ、範囲攻撃なぞ、想定の域を出ぬわ」
彼はそう言うと、パチンと指を鳴らす。
「――黄金解放」
それと同時、市街地の一角に黄金の立方体が出現――龍の激昂と闇の影が、逃げ惑う一般市民と応戦する聖騎士に向けて射出された。
「なんだ、これ……ぐぁああああ……!?」
「こ、この闇の斬撃って、アレン=ロードルのやつじゃねぇのか!?」
「おいおい冗談はやめてくれよ!? こんな壊滅的状況で、あの化物の相手もしなきゃならねぇってのか!?」
戦場に大きな混乱が走る中、ガウランは悠々と語る。
「我が真装<黄金立方>の本質は、『亜空を支配する力』だ。これを応用することで、万象を吸収し発散することが可能となる。――ここで一つ、忠告しておいてやろう。この先、貴様の攻撃は全て、オーレストの一般市民および建造物へ向かう。それを理解したうえで、掛かって来るがいい」
「こ、の……卑怯だぞ……!」
「『卑怯』とは武器だ。戦場において有効な武器は使うべきであろう?」
冷酷にそう言い放った彼は、両手を大きく広げ、隙だらけの姿勢を見せる。
「おや……? どうした、来ないのか?」
「く……っ」
この行動は確認だ。
俺が市民の犠牲を顧みず、大技を撃ってくるのか否か。
それを明らかにしておくための、儀式のようなものだ。
(……落ち着け、考えろ、頭を回せ……!)
この世に無敵の能力は存在しない。
シンの<理外の理>にすら、「自身が掌握し切れていない対象にはルールを付与できない」という弱点があったのだ。
ガウランの<黄金立方>にも、当然それはあるはずだ。
(亜空を支配し、吸収と発散を意のままに操る能力。起点となるのは、黄金の立方体。有効な射程は不明だが、目視できる場所はカバーできると考えられる)
応用の効く便利な能力かつ広大な射程距離と来れば……怪しいのはやはり『上限』だろう。
(<黄金立方>の弱点。それはおそらく吸収できるダメージ量に上限が、吸収限界があることだ……!)
(その顔、既に気付いておるのだろう? 我が能力の弱点、吸収限界を!)
<黄金立方>に吸収限界があると仮定した場合に鍵となるのが、「果たしてその上限はどこまでか?」だ。
ありったけの霊力を注ぎ込み強力な大技を撃ったとして……もしもそれが<黄金立方>の吸収限界を越えられなかった場合、俺の攻撃は全てオーレストの街に発散されてしまう。
それだけは絶対に避けなければならない。
(くそ、どうする。一か八かで突っ込むか!? いや、あまりにもリスクが大き過ぎる……ッ)
俺がその場から動けずにいると、ガウランは短く鼻を鳴らした。
「来ないのならばそれでよい。儂はただ、陛下の命令を忠実に実行するのみだ」
彼はそう言って、右手をスーッと横へ薙ぐ。
「――黄金解放」
時計塔の上空に黄金の立方体が出現し、そこから紅蓮の熱波が吹き荒れた。
「きゃぁああああああああ……!?」
「なんだ、どこから……ぐぁああああ!?」
予期せぬ方角から予想だにしない攻撃が放たれた結果、戦場にさらなる混乱が巻き起こる。
「なっ!?」
俺はあんな力を使っていないし、ガウランに吸収された覚えもない。
そうなるとあれは……「いつかどこかで吸収した魂装使いの攻撃」だ。
<黄金立方>は一度吸収したものを長期間ストックし、任意のタイミングで発散することができるらしい。
(マズい、マズいぞ……っ)
ガウランを倒すには、<黄金立方>の吸収限界を越えた一撃が必要だ。
しかしそれは、大きな賭けになってしまう。もしも中途半端な攻撃をすれば、その全てがオーレストの街へ降り注ぎ、途轍もない被害を生むからだ。
かと言って、このままガウランを自由にさせるのは、悪戯に戦禍を広げるだけ……。
今この場における最善手は――最強の斬撃を以って、ガウランを一撃で仕留めること。
(でも、今の俺にできるのか……?)
シンとの戦いで、霊力と体力は大きく削られている。
冥轟も碧羅天闇も断界も、間違いなく最高の火力では撃てない。良くて七割、悪ければ五割ほどの出力になるだろう。
そうして俺が迷っている間にも、状況は悪化の一途を辿っていく。
「やべぇ、火がこんなとこまで……っ」
「聖騎士でも魔剣士でもいい。誰か……誰か助けてくれ!」
「きゃぁあああああああ……!」
破壊の波が街を呑み、各所から悲鳴が溢れ出す。
「一般市民は、ドレスティア方面へ避難してください!」
「押さないで! 危険ですから! 押さないで!」
聖騎士たちは必死に声を張り上げ、なんとか避難誘導を試みるが……パニックを起こした群衆には届かない。
「A班は市民会館へ、B 班は総合体育館へ、C班は救急病院へ! 大至急、移動してください!」
「戦闘は他の剣士に任せろ! 俺たちは全霊力を消火に注ぐんだ……!」
「急げ急げ急げ! 火の手の方がまだまだ早いぞ!」
会長を中心とした水の能力を持つ魂装使いが、必死に消火して回っているけれど、まるで追い付いていない。
圧倒的な暴力が、オーレストの街を蹂躙していく。
(何か……何かいい案はないのか……!?)
頭をフルに回転させながら、この難局を打開する案を考えていると――この場に適さないものが、視界の端を駆けて行った。
(……どうして、あんな小さな子どもがここに……!?)
手紙のようなものを抱えた少女が、戦場のど真ん中を走っているのだ。
「はぁはぁ……っ。知らせなきゃ、すぐに知らせなきゃ……ッ」
手足にいくつもの擦り傷を負った彼女は、瓦礫の山となった街を必死に走っている。
よくよく見ればその瞳には、何かしらの決意めいたものが宿っていた。
すると――街の一角で大きな爆発が起こり、強烈な爆風に吹き飛ばされた彼女は、不運にもガウランの足元に転がってしまう。
「きゃぁ!?」
漆黒のローブに少女の鮮血が付着すると同時、
「こ、小娘……貴様ァ……っ。陛下より賜りしこのローブを、薄汚い血で汚すとは何事かァッ!」
まさに怒髪天を衝く。顔を真っ赤に染め上げたガウランは、まるで天災のような霊力を撒き散らす。
「あ、ぁ……っ」
凄まじい霊力に当てられた少女は、その場でペタンと尻餅を付いてしまった。
「おい、何をするつもりだ! まだ子どもなんだぞ!?」
「戦場に童も大人も別はない! その命を以って償うがいい!」
ガウランが拳を振り上げた次の瞬間、
「助けて……お義父さん……っ」
突如として湧きあがった水の球が少女を優しく包み込み、振り下ろされた鉄拳を完璧に防いだ。
「……え?」
信じられなかった。
皇帝直属の四騎士、その本気の白打を防いだという事実を。
そして何より、その水に込められた尋常ならざる密度の霊力を。
「なんなのだ、これは!?」
ガウランが疑問の声を上げると同時、晴れ渡った青空に暗雲が広がり、ポツポツと小雨が降り始めた。
わずかな小雨はあっという間に横殴りの豪雨と化し、火の海となった街を鎮めていく。
そして次の瞬間、
「――穿て、<久遠の雫>」
地の底から、巨大な水柱が噴き上がった。
(なんだ、いったい何が起きているんだ……!?)
底の見えない奈落。その深奥から響いて来るのは、まるで地鳴りのような重低音。
規則的に続くそれは、徐々に地上へ近付き、そこからヌッと顔を出したのは――身の丈二メートルを超える偉丈夫。
身の毛がよだつほどの怒気を纏った彼は、少女のもとへゆっくりと歩み寄る。
「大丈夫か、セレナ?」
「うん、大丈夫」
「そうか、偉いぞ」
大男は少女の頭を優しく撫ぜ、優し気な笑みを零す。
「お、お前は……っ」
彼の名は――レイン=グラッド。
晴れの国ダグリオに永遠の雨を降らした大罪人であり、現在はオーレスト地下牢獄に投じられているはずの男だ。
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