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一億年ボタンを連打した俺は、気付いたら最強になっていた~落第剣士の学院無双~  作者: 月島 秀一


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貴族派と新学年【十二】


「とんっっっでもないことが起こってしまいましたァ! おそらくは剣王祭史上、最大最驚(さいきょう)超番狂(ちょうばんくる)わせ! アレン選手の勝利により、千刃学院は三勝二敗――千刃学院と皇学院の激闘は、千刃学院の勝利です!」


 実況の煽りを受けた観客席は、凄まじい盛り上がりを見せる。


「すげーぞ、アレーン! ナイスファイトー!」


「とんでもねぇ試合だ……っ。間違いなく、今大会ベストの剣戟勝負だったぜ!」


「儂はもう何十年と剣王祭を見続けておるが、今年は本当にレベルが高いのぅ!」


「まさか常勝不敗の皇学院が負けるなんてなぁ。時代は変わるもんだ」


「黄金世代じゃ! 彼らこそ、千刃学院の新たな黄金世代じゃぁ!」


 国立聖戦場に大熱狂の嵐が渦巻く中、俺はホッと安堵の息を吐く。


(はぁ……よかった……)


 一時はどうなることかと思ったけれど、無事に勝つことができて本当によかった。


<暴食の覇鬼>を解除し、グーッと大きく伸びをすると――真向(まむ)かいの観覧席にいた、二人の剣士とばっちり目が合う。


「私の<蒼穹の閃雷(ネバ・グローム)>を真似っこするなんて……アレンは本当に底が知れないね」


「あの野郎、俺様の<孤高の氷狼(ヴァナルガンド)>を……ッ」


 柔らかい表情で拍手するイドラと今にも暴れ出しそうなシドーさんだ。


(魂装の力を借りたこと、イドラは全然怒ってなさそうだけど、シドーさんはめちゃくちゃキレているな……っ)


 そんなことを思いつつ、石舞台から降りると――リアが物凄い勢いで飛び込んで来た。


「アレン……ッ」


「おっと!?」


「よかった、アレンが無事で……本当によかった……っ」


 彼女は目元に涙を浮かべながら、何度も何度もそう呟いた。


 どうやらまた、心配させてしまったようだ。


 俺が優しくリアの頭を撫でていると、特別観覧席から降りて来ていたレイア先生がスッと横に立つ。


「アレン、お前もしかして記憶(・・)が……っ」


「記憶? なんのことですか?」


「……いや、気にしないでくれ。こっちの話だ」


 小さく(かぶり)を振った彼女は、深刻な表情のまま黙り込む。

 変な先生、と思ったが……すぐにその考えを改めた。彼女はまともだったときの方が少ない。


「――さすがはアレン、見事な試合だった」


 ローズが嬉しそうな笑顔でそう言うと、


「七聖剣を一騎打ちで倒しちゃうなんて……あなたの強さは天井知らずね」


「最後らへんのアレはなんだったんだ? いきなりいろんな能力を使い出すから、びっくらこいたぜ!」


「心臓を一突きにされてもピンピンしてるって、『人間卒業』どころか『生物卒業』なんですけど……」


「アレン先輩、ちょっと強過ぎて怖いレベルでした」


「ドブ虫め……。私の能力を、どうやってコピーしたのだ……っ」


 会長・リリム先輩・フェリス先輩・ルー・クロードさんが、思い思いの感想を述べる中――それ(・・)は起こった。


「お、おい……なんだあれ!?」


 会場内の誰かが空を指さし、反応した者が空を仰ぎ、それを確認した人達が声をあげる。

 小さな気付きは次々と伝播していき、やがて大きな波紋を生む。


(……いったい何を騒いでいるんだ……?)


 みんなの視線の先を辿るとそこには――黒い渦があった。


(あれは、まさか……っ)


 次の瞬間、汚泥のような『影』がドッと湧き上がり、禍々しい霊力を纏う男が飛び出した。


「ハァロォオオオオ……! アレェエエエエエエエエエエエエン=ロードルゥウウウウウウウ!」


 グラン剣術学院時代のクラスメイトであり、影を司る厄介な能力を持つ剣士ドドリエル=バートンだ。


「ど、ドドリエル!?」


 その直後、大量のスポットが大空を埋め尽くし、黒い外套を纏った剣士たちが続々とやってきた。


 彼らはドドリエルの作った影の足場に降り立ち、遥か上空より、こちらを見下ろしている。


(黒の組織……なんて数だ……っ)


 ザッと見る限りでも、軽く千人を超えているだろう。

 国立聖戦場に鋭い緊張が走る中、一際大きな影の奥から、漆黒のローブを纏った謎の存在が姿を見せた。


「陛下ぁ、どうぞこちらへ~」


「ご苦労」


『陛下』と呼ばれた人物は、ドドリエルが即席で作った影の玉座にどっかり腰を下ろす。

 それと同時、黒の剣士たちが全員その場で(ひざまず)いた。


(……あれが、バレル=ローネリアか)


 神聖ローネリア帝国の皇帝であり、黒の組織の創設者であり、世界を破滅に導く悪の親玉だ。

 漆黒のローブを纏ったバレルの顔には、黒いモヤが掛かっており、その相貌(そうぼう)を窺い知ることはできない。


「ふむ……」


 影の椅子に座った奴は、眼下をグルリと見渡し――何故か俺の方で視線を固めた。


「……なるほど、よく似ている」


 不思議な声だった。

 若いような、老いたような、温かいような、冷たいような、どこかで聞いたことのあるような、不思議な声。

 一つわかったのは、声の高さから判断して、バレル=ローネリアが男性だろうということだ。


(……今回は地声なのか……)


 慶新会のときは、変声機を通したビデオメッセージだったため、生の声を聞くのはこれが初めてになる。

 バレルは徹底した秘密主義者で、公然の場に姿を現すことはおろか、自らの声をも隠していると聞く。

 それが今、リーンガード皇国に姿を見せ、その肉声を露にしたのだ。


(どんな心境の変化なのか、それとも何か意味があるのか……理由はわからないけど、尋常の事態じゃないな)


 俺がそんなことを考えていると、特別観覧席からしわがれた大声が響く。


「皇帝陛下……! 遠路はるばる、よくぞおいでくださいました!」


「大変申し訳ございません。シンの大馬鹿者がしくじったため、アレン=ロードルの抹殺に失敗してしまいました……っ。しかし、奴は既に虫の息! 今ならば、楽に始末できるかと……!」


 特別観覧席で信じられないことを言い放つのは、大貴族パトリオット=ボルナードと剣王祭実行委員会会長のダフトン=マネー侯爵。


 貴族派の重鎮である二人が、驚愕の話を暴露した。


 それに対してバレルは、視線を僅かに横へ向ける。


「――ドドリエル」


「はぃ~」


 軽い返事をしたドドリエルは、魂装<影の支配者(シャドウ・ルーラー)>を正面にかざした。

 すると――パトリオットとダフトンの足元に影の雲が発生、二人を載せた漆黒の雲は、バレルのもとへ移動していく。


「皇帝陛下って……あんたたち、皇国を裏切ったのか!?」


「アレン=ロードルの抹殺ってなんの話だよ!? もしかして、この剣王祭は仕組まれていたのか!?」


「なんとか言ったらどうなのよ、馬鹿貴族!」


 観客席からは割れんばかりの怒声が飛び交うが、パトリオットとダフトンはまるで意に介さない。


「馬鹿はそっちだ! 皇国はもはや泥舟であると何故気付かん!」


「我らはこれより、神聖ローネリア帝国の貴族に生まれ変わり、この世界を支配するのだ!」


 高笑いをする彼らはしかし、黒の組織に迎えられることはなく、影の雲は空中でピタリと停止する。


「へ、陛下……?」


「私、高い所は苦手ですので、早くそちらの安定した足場へ移りたいのですが……?」


 不安そうな声が響く中、


「――ドドリエル」


「りょーかぃ」


 ドドリエルの邪悪な影が、パトリオットとダフトンの口内に侵入していく。


「「も、んもごごごご……っ!?」」


 大量の影を腹いっぱいに詰め込まれた二人は――内側から派手に爆散した。

 赤黒い血肉が四方八方へ飛び散り、会場内がシンと静まり返る。


「醜き者は、()まで腐っておるな」


 二人の大貴族を惨たらしく処分したバレルは、小さく鼻を鳴らした後、品定めするかのような視線を会場全体へ向けた。


「幻霊原初の龍王(ファフニール)に……ほぉ、懐かしいな、まさか孤島の狼がこんなところにいるとは。むっ、億年桜が何故ここに? ……なるほど、大馬鹿者(バッカス)の忘れ形見(がたみ)か」


 ひとしきりの(ひょう)を述べ終えた彼は、


「……ゴホ、ゴホガフ……ッ」


 突然激しく肩を揺らし、苦しそうに()せ返った。


 黒のローブには鮮血がダラリと垂れ落ち、周囲の側近たちに動揺が走る。


「へ、陛下!」


「やはりまだ外に出られる状況では……っ」


 狼狽(うろた)える配下を片手で制したバレルは、(しわ)がれた左手で口元の血を拭う。


「よい、まだ馴染んでおらぬだけだ。じきに慣れる」


 かなり距離があるため、奴等が何を話しているのかよく聞こえないが……。


(……吐血……?)


 もしかしたらバレルは、健康上の問題を抱えているのかもしれない。


 俺がそんなことを考えていると、


「バレル=ローネリア、この私の前に出て来るとは、いい度胸をしているじゃないか」


 真横にいたレイア先生が、おぞましい殺気を放つ。

 二つ名にもなったその拳は、漆黒に染まっており、今この瞬間にでも飛び掛かりそうな勢いだ。


「黒拳か、ボタンの呪いを乗り越えた貴様は――『超越者』たる貴様は少々厄介だ。しかし、今回は『場外』に出ていてもらおう」


「なに?」


 先生が怪訝な声をあげると同時、会場のスピーカーから、切羽詰まった女性の声が響く。


「て、天子様より緊急連絡! リーンガード宮殿上空に多数のスポットが発生し、魔族の大群が襲来! 黒拳レイア=ラスノートはただちに宮殿へ帰還せよ! 繰り返します! リーンガード宮殿上空に――」


「貴様、ちょこざいな手を……ッ」


 レイア先生は歯を強く噛み締める一方、バレルは余裕の構えを崩さない。


「レイア様、お急ぎください! このままでは天子様が!」


 鬼気迫る放送の声を受け、レイア先生は迅速な判断を下す。


「――アレン、私は天子様のもとへ跳ばなくてはならん。すまんが、この場はお前に任せてもいいか!?」


「はい!」


 俺が頷くと同時、先生はリーンガード宮殿のある方角へ駆け出した。


 それを見届けたバレルは、ゆっくりと影の椅子から立ち上がる。


「――ガウラン、ドドリエル、後のことは任せたぞ」


「承知しました」


「りょーかぃでーす」


 バレルは影の中に戻る直前、チラリとこちらを振り返った。


「アレン……真実を見誤るな。私はお前の敵ではない。その『王の力』は、本当の敵を討つためにあるのだ」


 奴は意味のわからない言葉を残し、黒い渦の中へ消えていく。


 それと入れ替わるようにして、石舞台の上空に巨大な影が発生し、そこからボトボトボトと大量の『ナニカ』が垂れ落ちた。


 力なく自由落下するそれは――人間だ。


「剣士……殺す……殺す殺す殺す、殺すぅ……」


「ふぅ゛ーふぅ゛ー……っ」


 異常なほどに隆起した筋肉と見るからに不安定な魂装を持った剣士。


「あれは……霊晶丸の強化剣士か……っ」


 俺が奥歯を噛み締めると、ドドリエルがパンパンと手を打った。


「あはぁ、正解、正解、大正っ解! さすがはアレン、物知りさんだねぇ……って、あれ? んー、あー……そっかそっか! そういやキミは、何度かやり合ったことがあるんだっけね。確か、いつぞやの報告書に書いてあったよ」


 彼は朗らかにそう言うと、眼下で(うごめ)く大勢の強化剣士へ目を向ける。


「こいつらは霊晶丸を飲ませた強化剣士……うん、『強化剣士』と言えば聞こえはいいけどー、実際のところは、実験に耐えきれなかった被験体(しっぱいさく)だね」


「お前は……お前たちは人の命をなんだと思っているんだ……!」


「別に、何も」


 ぽんっと放たれたその回答は、恐ろしいほどに空っぽだった。

 おそらくドドリエルは、彼らのことを本当になんとも思っていないのだろう。


「強化剣士だか失敗作だか、そんなつまんない表現の差異は部屋の隅にでも置いておこうよ。それよりさ、今日はキミたちに伝えたいことがあるんだ!」


 子どものように目をキラキラと輝かせた彼は、前のめりになって語り出す。


「今日この日、神聖ローネリア帝国は、リーンガード皇国へ『宣戦布告』を――」


 瞬間、ドドリエルの顔面に氷の槍が突き刺さった。


「……なんだぁ?」


 魂装<影の支配者(シャドウ・ルーラー)>の力で、『影の世界』に移った彼は全くの無傷だが……演説を邪魔されたことに腹を立てたのだろう。遠目からわかるほどに眉を吊り上げていた。


「ぐだぐだぐだぐだ、うるせぇ野郎だな。俺様がサクッとぶち殺してやるから、さっさと降りて来いよ、ゴミカス」


 相も変わらず短気なシドーさんがクイクイッと指招(ゆびまね)きをすれば、


アレン様(かみ)の意に従わぬ愚か者には、このカイン=マテリアルが誅罰を下しましょう!」


「帝国だか黒の組織だかなんだか知らねぇが、ふざけたこと言ってんじゃねぇよ!」


「喧嘩ならいつだって買うぞ、ゴラッ!」


 カインさんをはじめとした氷王学院の剣士たちが怒声をあげる。


 そして――。


「敵が攻めて来た。みんな、力を貸してほしい」


 イドラが最前線に立てば、


「もちろんでございます!」


「皆の者、イドラお姉さまに続け!」


「世界に混乱を齎す不届き者め、ここにおなおりなさい……!」


 白百合女学院の生徒たちが立ち上がる。


「シドーさん、イドラ……!」


 頼れる二大戦力の台頭――しかし、これで終わりではなかった。


「ちょ、ちょっとメディさん!? 安静にしてなきゃ駄目ですって……!」


「あなた、ついさっきまで死に掛けていたんですよ!?」


「――うるせぇ! 敵さんが攻めて来てんのに一人ベッドでスヤッてられっか! でも、治してくれてサンキューな!」


 医療スタッフの制止を振り切って、東門から飛び出して来たのは、皇学院の副将メディ=マールムだ。


 彼女は皇学院の生徒たちの前に立つと、透き通る美声を張り上げる。


「てめぇら、敵さんのおでましだ! 当然、ビビってるやつはいねぇよなぁ!?」


「は当たり前じゃないっすか!」


「おっしゃー、メディ会長に続けぇ!」


「五学院最強の力、見せ付けてやるぜ……!」


 メディの煽りを受け、皇学院のボルテージが一気に跳ね上がった。


 どうやら彼女が、あの学院の実質的なリーダーらしい。


「くっ、他の五学院に後れを取るな! 今こそ、我ら『正義の炎帝魂』を見せるときだ!」


「「「おぉおおおおおおおお……!」」」


 炎帝学院の剣士たちも負けじと、低く野太い声を張った。

 千刃学院・氷王学院・白百合女学院・皇学院・炎帝学院――五学院が肩を並べ、共通の敵に剣先を向けている。


(……そうだ、俺は……俺たちは一人じゃない……!)


 この場には今、皇国でも選りすぐりの剣士たちが、途轍もない大戦力が揃っているのだ。


「あはぁ、そっちもいい感じに温まっているねぇ! これは中々、派手なパーティになりそうだっ!」


 邪悪な笑みを浮かべたドドリエルは、両手をスーッと上にあげる。


「さぁさぁみなさん、お立ち合い~! 愉快痛快オーレスト侵攻作戦……スタートぉ!」


 彼がパンッと手を打ち鳴らすと同時、黒の組織の構成員たちは、次々に魂装を展開していく。


「焦がし尽くせ――<灼々天童(しゃくしゃくてんどう)>!」


()り曲がれ――<縫杖(ウィーブ・ワンド)>!」


(まど)え――<幽玄坂(ゆうげんざか)三本峠(さんぼんとうげ)>」


 俺たちも、それぞれの力を解放する。


「滅ぼせ――<暴食の覇鬼(ゼオン)>!」


「食い散らせ――<孤高の氷狼(ヴァナルガンド)>!」


「満たせ――<蒼穹の閃雷(ネバ・グローム)>!」


 お互いに戦闘準備を整え、いざ開戦というそのとき――奴等は何故か視線を『外』へ向け、信じられない行動に出た。


「ひゃっはー! 燃え上がれぃ、炎獄神樂(えんごくかぐら)!」


「痺れてちょうだい、雷迷(らいめい)


「あははぁ、みーんな人形(おともだち)になろうよぉー、人形庭園(ドールズ・ガーデン)!」


 攻撃の矛先となったのは――オーレストの街に住む一般市民。


 奴等はどういうわけか、こちらには一切目も向けず、市街地に総攻撃を仕掛けたのだ。


「き、きゃぁああああああああ!?」


「なんだ、何が起きて……ぐはっ!?」


「だ、誰か……助け、て……っ」


 耳が痛くなるような悲鳴が響き、そこかしこから黒煙(こくえん)が上がる。


「あっはっはっはっ! さぁ行こう! どんどん行こう! 全て潰そう、全て踏みにじろう、全部全部台無しにしちゃおう!」


 ドドリエルが大笑いしながら手を打つ中、神託の十三騎士と思わしき四剣士が大量の構成員と強化剣士たちを引き連れ、四方八方へ散っていく。


「ちぃ、糞ったれが……ッ」


 憎々しげに舌を打ち鳴らしたシドーさんは、こちらへ向き直り、荒々しい大声を張り上げる。


「聞け! 敵の主目的の一つに『皇国の力を削ぐ』って、うぜぇもんがあるみてぇだ! これから氷王学院は、オーレスト北方に散ったゴミ共をぶち殺してくる。てめぇらはそれぞれで分担決めて、東・西・南……後はこの会場に残ったカス共をぶち殺せ! 間違っても、単独行動はするなよ! 現地にいる聖騎士の馬鹿共と連携を取りつつ戦え! わかってっと思うが、回復系統と操作系統の魂装使いは後方支援だ! そんでもって、水使いはシィ=アークストリアのとこに集合、四部隊に分かれて街の鎮火に当たれ!」


 めちゃくちゃに口が悪いことを除けば、彼の指示は非常に正確で、何よりも迅速だった。


 いつかの夏合宿のとき、フェリスさんが『シドーさんは頭がいい』と言っていたけれど、どうやらあれは本当のことだったらしい。


 その後、氷王学院は北・白百合女学院は南・皇学院は東・炎帝学院は西へ移動。


 俺たち千刃学院は、国立聖戦場に残り、ドドリエルと数百人の強化剣士を迎え撃つことになった。


「八の太刀――八咫烏!」


「覇王流――撃滅(げきめつ)!」


「桜華一刀流――桜閃!」


 俺・リア・ローズの放った三つの斬撃が、強化剣士の集団に炸裂する。


 しかし――。


「「「うがぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛……!」」」


 彼らは怯むことなく、即反撃に乗り出してきた。


 もしかしたら、霊晶丸の副作用か何かで、痛みを感じていないのかもしれない。


「食ら゛えぇえええええ……!」


 正面の男は、異常に肥大化した右腕を力強く振り下ろす。


 ただただ闇雲に放たれただけの斬撃、避けるのはそう難しいことじゃない。


 俺は軽くサイドステップを踏み、眼前の斬り下ろしを回避。


 すると次の瞬間――凄まじい破壊音と衝撃波が吹き荒れた。


(なんてパワーだ……ッ)


 しかも、それだけじゃない。


 男の一撃が大地を砕き割ると同時、魂装の力が起動、マグマのような半固体状の物質が四方八方に飛び散った。


(これは……マグマを生み出す能力か!?)


 ……いや、違う。あれはマグマではなく、『粘性を持った普通の炎』だ。

 さらに集中して見れば、炎はさらさらになったり青くなったり発光し出したり、刻一刻と状態を変えて全く安定しない。


 おそらく彼は炎を司る魂装使いだが……霊晶丸で暴走しているため、力を安定して使えないのだ。


(くそ、やりづらいな)


 強化剣士たちは、とにかくやりづらい相手だった。

 決して強いというわけじゃない。剣士としての単純な実力は、普通の魂装使いと同じか、それ以下の水準だろう。


 ただ、異常な腕力・痛みを感じない体・不安定な能力――これらが絶妙に重なり合った結果、非常にやりづらい相手となっている。


 そして何よりの問題は、やはりこの馬鹿げた数だ。


(十人二十人ならともかく、数百人を相手取るのは骨が折れるな……っ)


 俺は疲労の溜まった体に鞭を打ち、正面の敵を一人また一人と斬り伏せていく。

 そのままの流れで、十人・二十人・三十人と倒したそのとき、遥か上空から声が掛かった。


「ねぇアレン、ちょっといいかなぁ?」


「悪いけど、今は取り込み中だ。そうでなくても、お前とは話もしたくない!」


「あはっ、そんな連れないことを言うなよぉ。同じ剣術学院で、剣を磨き合った仲じゃないかぁ~」


 いったい何が楽しいのか、ドドリエルはパタパタと手を振りながら笑う。

 奴の表情・言動・声色、その全てが神経を刺してくる。


「アレンはさ、テレシア公国って覚えてる? ほら、元『五大国』の一つ。年の瀬にうちが落としたところだよ」


「それがどうした」


「ここにいる強化剣士たちはみんな、そこで確保した剣士なんだぁ」


「なん、だと……!?」


 一瞬、剣を振る手が止まってしまう。


 俺の反応を見たドドリエルは、満足げに頬を緩め、いっそう饒舌に語り出す。


「ピエロの科学者さん(いわ)く、『科学の進歩には犠牲が付き物』らしくてねー。霊晶丸のグレードアップには、何千・何万って実験体が必要なんだって。しかも、実験に使う素体ってのが、ちょーっとばかし面倒でさぁ。心身健康かつ魂装使いの十代~三十代の剣士が、それぞれ千体ずついるときた。うーん、困ったねー」


 奴はわざとらしく腕を組み、「うーんうーん」と唸り声をあげる。


「ほら、人間って一から育てるだけでも大変じゃん? それを魂装使いにまで鍛え上げるって、コストがヤバイことになるじゃん? そんでもって最終的には、実験でほとんど使いものにならなくなるじゃん? さすがにこれを自前で揃えるのは無理、というか無駄過ぎって結論に落ち着いたの。計画が暗礁に乗り上げたそのとき、聡明な陛下がポンっと解決策をお出しになられた。適当な国を落として、そこの剣士を使えばいいじゃんってね!」


 ドドリエルは影で作ったバレルの模型へ、パチパチパチと拍手を送る。


「そうと決まれば話は早い。厳正なる調査の結果、侵攻先に選ばれたのはテレシア公国! 五大国の中では最弱の戦力ながら、人口と資源だけは無駄に豊富! こんなの狙ってくれって言っているようなもんだよねぇ。その後なんやかんやあって、黒の組織は公国を攻め落とし、霊晶丸のバージョンアップに成功、ついでに使い捨ての強化剣士も手に入りました、とさ……めでたしめでたし!」


 ドドリエルはそう言って、ケタケタと楽しそうに笑う。


「下種め……っ」


 俺が短く吐き捨てた次の瞬間、


「うがぁあああ死、死、死、ねぇえええええええ……!」


 ハチャメチャに振り回される連撃を回避した俺は、


「ふっ」


 黒剣の(はら)で後頭部を打ち、強化剣士を気絶させる。


 斬り捨てるのではなく、殴って意識を飛ばしたのだ。


「おろろろー? なぁにを考えているのか知らないけど、無駄だよー? 霊晶丸で暴走した剣士は、どんな医療処置を施しても助からないからねぇー」


「心配するな。こっちには秘密兵器がある」


 そう、リーンガード皇国には超天才科学者ケミー=ファスタがいるのだ。


 人間性こそ終わっているが、心の底から軽蔑するほどに腐っているが、それでもケミーさんは天才だ。

飛空機の開発と生産体制の構築・呪いの解呪法の発見と特効薬の量産などなど……彼女はこれまで、とんでもない偉業を成し遂げてきた。


 お金さえ積めば、どんな難題でもクリアしてくれる。


(霊晶丸の副作用を無害化する方法、ケミーさんならきっと見つけてくれるはずだ……!)


 俺は希望を胸に抱きながら、強化剣士たちを無力化していく。


「あ゛ー……それだよ、それ。その真っ直ぐな目、どんな状況でも折れない心、どこまでもポジティブな考え方……。校庭の片隅でずっと素振りしていたあの頃から、何一つとして変わってない……。キミのその目が、心が、考え方がぁ……ボクは昔から、大っ嫌いなんだよッ!」


 影の足場から飛び降りたドドリエルは、真っ直ぐこちらへ落下してくる。


「死ね」


「……っ」


<暴食の覇鬼>と<影の支配者>がぶつかり、漆黒の衝撃波が大気を揺らす。


「……やるな(大同商祭でやり合ったときとは、比較にならない霊力だ……っ)」


「あはぁ、お互いに強くなったねぇ~」


 ドドリエルの纏うローブには、黒の組織の最高幹部にのみ許された紋様があしらわれていた。


「神託の十三騎士、か」


「ふふっ、凄いだろぉ? ただの捨て駒だったボクも、今じゃ立派な大幹部様なんだぁ」


「そんな称号が嬉しいのか?」


 俺の問いに対し、ドドリエルはスッと目を細めた。その顔からは、いつもの薄っぺらい笑みが消えている。


「……意地悪だなぁ、わかっているくせにぃ。こんなゴミみたいな称号、別にどうだっていいよ。ボクはただキミが死ねば、誰よりも 苦しんで死んでくれれば、それだけでいいんだ、よッ!」


 ドドリエルがカッと目を見開き、影の力を展開せんとしたそのとき――上空から、鼓膜を震わせる怒声が響いた。


「ドドリエルッ! 意味もなく前線に出張るな! 陛下の言葉を忘れたのか、愚か者めッ!」


「あ゛ー……はぃはぃ、わかりましたよっと」


 叱責を受けたドドリエルは、ボリボリと後頭部を掻き、


「ごめんねぇ、アレン。ボクは今回、後方支援の役割なんだぁ」


 安っぽい謝罪を口にして、ひょいひょいっと後ろに跳び下がる。


 それと入れ替わるようにして、上空に浮かぶ影の足場から、一人の男が降りて来た。 


「まったく、陛下のお気に入りだからと調子に乗りおって……いけ好かぬ男だ」


 憎々しげにボヤいた彼は、鋭い眼光をこちらへ向ける。


「儂は皇帝直属の四騎士、ガウラン=ライゼンベルク。皇帝陛下の勅命を受け、リーンガード皇国が首都オーレストを制圧しにきた。――小僧がアレン=ロードルで相違ないな?」


「あぁ、そうだ」


 俺がコクリと頷けば、ガウランはニィっと好戦的な笑みを浮かべ、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。


「ぬ゛ぅん……!」


 地鳴りのような雄々しい叫びが響くと同時、彼の筋肉に莫大な霊力が漲り、一回り以上も大きくなった。


 ガウラン=ライゼンベルク。

 短く立ち上がった白髪、身長は190センチほど、外見年齢は七十代半ばぐらいか。

 鋭く尖った漆黒の瞳・鼻下に蓄えた白い髭・皺の寄った険しい顔付きが特徴的な男だ。

 額には大きな太刀傷が走っており、褐色の肌にはいくつもの古傷が刻まれ、『歴戦の老兵』(ぜん)とした重厚な存在感を放つ。黒のインナーの上から漆黒のローブを羽織り、舌はシンプルな黒のズボン、機能性を重視した衣装だ。


(皇帝直属の四騎士、か……)


 千刃学院元副会長セバスさんと同じレベルの実力者、今回の襲撃における敵の最高戦力と見て間違いない。

 彼をどれだけ抑えられるかによって、被害規模が大きく変わってくる。


(ふー……けっこうキツイな)


 七聖剣シン=レクスとの戦闘で、かなりの霊力を消耗している。


(でもまぁ、ここで弱音を言っても仕方がないな)


 素早く頭を切り替えた俺は、白い闇を全身に纏い、黒剣を正眼に構えた。

 それを見たガウランは、僅かに眉を上げ、右手を顎に掛ける。


「ほぅ……いい構えだ、(どう)()っておる、霊力も申し分ない。聞いておる以上によい剣士のようだ」


「そりゃどうも」


「このレベルの相手には、下手な出し惜しみは無用。我が全身全霊の真装を以って、叩き潰してくれよう! 亜空(あくう)()せ――<黄金立方(アウルム・クブス)>!」


 ガウランは魂装をすっ飛ばし、いきなり真装を展開した。


【※大切なおはなし】


『面白いかも!』

『続きを読みたい!』

『陰ながら応援してるよ!』

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[良い点] 書籍版【最新第10巻】が3月17日発売! マジですか?イキナリ過ぎぃぃ~~!!本屋行かなきゃ! [気になる点] >シドーさんが頭が良いという話はどうやら本当のようだ アレンくん、疑り深過…
[一言] 激闘に次ぐ激闘!面白いです! 裏切り者なんて要らないもんなぁ。馬鹿貴族は予想通りの結末ですね。
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