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一億年ボタンを連打した俺は、気付いたら最強になっていた~落第剣士の学院無双~  作者: 月島 秀一


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貴族派と新学年【十一】


 国立聖戦場、剣王祭という派手やかな催しが開かれているこの舞台は今、不気味な静寂に包まれていた。


「アレ、ン……?」


「うそ、だろう……?」


 リアとローズが瞳を揺らし、会場全体がどよめく中――レイアは言葉を失っていた。

 彼女の脳裏をよぎるのは、ダリア=ロードルから受けた警告。


(……最悪だ、絶対に避けねばならない事態が起きてしまった……っ)


 時の仙人が生み出した一億年ボタン、これによって緩んでしまった封印。

 度重なる強敵との死闘により、意図せず繋がってしまったゼオンとのパイプ。


(『封印』を解かないまま、不安定極まりないまま、器が破壊されてしまった……ッ)


 最悪のシナリオ、それはゼオンの完全復活。

 今でこそ霊核に身を落としているものの、あの化物は全てを超越した存在。

 もしもかつての力を取り戻し、この世界に蘇ったならば、凄惨にして甚大な不可逆の大破壊が(もたら)されるだろう。


(とにかく、私が今為すべきことは……ッ)


 アレンへの哀悼、シンへの憤怒、ゼオンへの畏怖。

 押し寄せる感情の波を押し殺し、最善の行動に移る。


「――全員、すぐにこの場から離れろ! 何が起こるかわからんぞ!」


 レイアが大声で警告を発した次の瞬間――。


「これ、は……!?」


 アレンを中心にして、美しい闇が溢れ出した。


 まるで黒絹(くろきぬ)のように滑らかで、邪悪さの欠片もない、どこまでも澄んだ『神聖な闇』。


 それこそまさに、神聖ローネリア帝国皇帝バレル=ローネリアが唯一恐れた『ロードル家の闇』だった。



「……ぁ、れ……。ここは……?」


 目を開けるとそこは、一面の『白』だった。

 どこまでもどこまでも、白くて明るい空間が広がっていた。


「えっと……俺は確かシンと戦っていて、それで――」


 記憶の網を辿っていると、


「――よぅ、やっと来たか」


 背後から女性の声が響いた。


 振り返ると、淡く光る白い塊が目に入る。


 人間の形をしたそれは、白くモヤがかっており、その顔や表情を窺い知ることはできない。

 でもどういうわけか、この人のことは信用できる、本能的にそう思えた。


「えっと、あなたは? ここはいったい……?」


「あー……そっか、そうだよな」


 何故か彼女の声は、とても寂しそうだった。


「私は番人。そんでもってここは、もう一つの世界。あの馬鹿(ゼオン)も知らない秘密基地さ」


「え、えーっと……っ」


 番人・もう一つの世界・秘密基地、わけのわからない言葉の連続に理解が全く追い付かない。


「……それにしても、随分な遠回りになっちまったねぇ……」


 彼女は遠い目をしながら、ポツリポツリと語り始める。


「ちょっとしたボタンの掛け違いが、とんでもなく大きな(ゆがみ)を生んじまったみたいだ。……ごめんね、アレン」


 淡い光に包まれた女性が、申し訳なさそうに微笑んだ直後――おぞましい黒が、世界に湧きあがった。


「てんめぇ゛、こんなところに潜んでいやがったか……ッ」


 深淵のような黒から発せられたのは、身の毛もよだつゼオンの怒声。


「おや、早かったね。もう見つかっちまったのかい」


 この感じ、どうやら二人は知り合いらしい。


糞くだらねぇ(・・・・・・)真似(・・)しやがって、ぶち殺されてぇのか!?」


「おー、怖い怖い。そう睨まんでおくれよ」


 ゼオンの殺気を一身に受けているにもかかわらず、女性の態度にはどこか余裕があった。


「ゼオン、おそらく貴方は世界で一番強い。文字通り、『最強の存在』だ。でもね、霊核に身を落とした今は――この世界、この空間においては、私の方に分があるよ」


 彼女がパチンと指を鳴らすと同時、白い世界から神聖な闇が噴き出した。


 それはおそろしいほどの出力を誇り、ゼオンの闇を強く優しく包み込んでいく。


「くそ、が……っ。これ以上、てめぇの好きにさせるかァ゛……!」


 闇が完全に封じ込まれる直前、ゼオンが凄まじい咆哮をあげた。


 それと同時、耳をつんざく轟音が鳴り響き、白い世界の各所に亀裂が走る。


 亀裂は裂け目となり、裂け目は大穴となり、やがて世界全体が大きく揺れ始めた。


「はぁ。霊核に身を落とし、厳重に封印されて、私の支配下にある世界で、なおこの力……。ほんっとに呆れ果てた男だねぇ」


 ため息交じりのその声は、何故かちょっぴり嬉しそうだった。


「さて、と……。アレン、本当はもっとたくさん話したいことがあるんだけど、それはまた別の機会にしよう。今回はもう、時間がないみたいだしね」


 崩壊していく世界を仰ぎ見た彼女は、どこか淋しげに微笑み、白光に包まれた手をこちらへ伸ばす。


「さぁ、受け取りな。あの馬鹿がずっと隠していた、『ロードル家の闇』だよ」


 彼女の人差し指が、俺の胸に触れたその瞬間――薄白く輝く神聖な闇が、全身から噴き出した。


「これ、は……!?」


 今までの邪悪な闇とはまるで違う。

 お日様のように温かくて優しい、透き通るように綺麗な闇だ。


「この力があればゼオンともやり合える、<暴食の覇鬼>の本当の力も引き出せる、『王の力』を正しく使っておくれ」


 彼女がそう言うと同時、白い世界が大きく崩れた。


 穴ぼこになった空間が引き裂かれ、あちらこちらへ散り散りになっていく。


 女性は小さく手を振りながら地の底へ沈んでいき、一方の俺は天高くへ吸い込まれていく。


「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなわけのわからないことばかり言われても困るって……母さん!」


 何故か俺は、彼女のことを『母さん』と呼んでいた。




「――アレン、あなたは全ての中心、世界を正す『座標』だ。……きっと大丈夫、必ず全てを乗り越えられる。私は――私達(・・)はそう信じているよ」



「ぅ、うぅん……」


 目を開けるとそこには、晴れやかな青空が広がっていた。


「あぁ……戻って来たのか」


 両足を天に突き出し、勢いよくバッと立ち上がる。


「……不思議な感覚だ」


 春のにおい、空気の味、風の流れが肌を(つた)う。


 これまでは意識していなかった情報が、ストンと体の中に落ちてくる。


 そして何より、長年ずっと胸の奥のつかえが、すっきり取れたような……なんとも言えない爽快感が、体中を駆け巡っている。

 こういうのを五感が研ぎ澄まされている、と言うのだろうか。


「すぅー……はぁー……うん、空気がおいしい」


 俺が大きく深呼吸していると、会場のそこかしこから驚愕の声が溢れる。


「えっ……はぁ!?」


「いや、なんで……!?」


「あいつ、胸を刺されていた、よな……?」


 シンもその例に漏れず、ポカンと大口を開けていた。


「あ、あり得ない……っ。<理外の理(エンペラー・ルール)>は、間違いなく効果を発揮している! キミの心臓は、停止しているはずだ!」


「……確かに」


 言われてみれば、胸の鼓動はピタリと止まっている。


「それじゃ……ふんっ!」


 俺が胸部にグッと力を入れると同時、バチチチチッと眩い光が溢れ出し、心臓が再び鼓動を刻み始めた。


「これでよしっと」


 一時的な処置だけれど、しばらくの間は持つだろう。


「こ、これでよしって……っ」


 シンはまるで信じられないといった様子で、呆然と立ち竦む。


「な、ななな……なんということでしょうか! 心臓を貫かれたはずのアレン選手が、完全復活を果たしました! 彼は本当に人間なのでしょうかぁああああ!? 否! 人間であってはいけませぇええええん……!」


 実況が大興奮で叫び散らす中、俺は静かに黒剣を構える。


「シンさん、早く続きをやりましょう」


「……ついさっき殺され掛けたばかりなのに随分と好戦的なんだね。その自信、どこで拾って来たのかな?」


「自信というより、好奇心でしょうか。ここまで長かったけど、ようやく『魂装使い』になれたみたいなんです」


「…………キミ、頭大丈夫? 魂装なら、もう展開しているでしょ?」


「あはは、すみません、こちらの話です」


 俺は<暴食の覇鬼(ゼオン)>の力を勘違いしていた。

 闇を(つかさど)る、応用力の高い強化系の能力だと思っていた。


 しかし、こいつの本当の力は、そんなレベルじゃなかった。


(そして一つ、『謎』が解けた)


 闇は(・・)ゼオン(・・・)のもの(・・・)じゃない(・・・・)


 あいつは――ロードル家から、闇の力を()ったのだ。


(この話は、今度またゼオンと会ったときに詰めるとして……)


 とにかく今は楽しもう。

 新しい闇の力を、ようやく手に入れた魂装の能力を、思う存分に発揮しよう。


(それじゃまずは、ロードル家の闇から試そうかな)


 俺は薄く長く息を吐き出し、優しくて柔らかい神聖な闇を身に纏う。


 それを受けたシンは、怪訝な視線を向けてくる。


「……白い、闇……? なんだい、イメチェンでもしたのかな?」


「あはは、まぁそんなところですかね。それより――行きますよ?」


 俺は短く断りを入れた後、舞台を優しく蹴った。


 次の瞬間、


「……は……?」


 泣き別れたシンの左腕がクルクルと宙を舞う。


(す、凄いな……っ)


 軽く踏み込んだだけなのに、ちょっとした試し斬りのつもりだったのに、彼の左腕を()ね飛ばしていた。


 これまでとは一線を画す膂力(りょりょく)

 白い闇が持つ強化能力は、想定の遥か上を()っていた。


「ぁ、ぐ、ぉ、ぉおおおおおおおお……っ」


 肩口を押さえながら、ボロボロと大粒の涙を流すシン。

 周囲の視線を(かえり)みない、全身全霊の号泣。


 戦闘中にもかかわらず、ここまで大泣きするなんて……魂装の能力以上に自由な男だ。


「だ、大丈夫ですか?」


 俺の問い掛けに対し、シンは憎悪の視線で応えた。

 荒々しい息を吐く彼は、無造作に転がった左腕を拾い、それを自身の肩口に添える。


「ふぅーふぅー……ッ。――シン=レクスの腕は接合する!」


 千切れた腕と肩は、ぴったり元通りに繋がった。


(なるほど、そういう使い方もできるのか……)


<理外の理>、本当に万能な能力だ。


「……痛かった、ぞ……っ。今のは痛かったぞぉおおおお……!」


 絶叫のような金切(かなき)(ごえ)に呼応し、常軌を逸した霊力が噴き上がる。


(……とんでもないな)


 もはやあれは、人間の形をした霊力の集合体。


 はっきりと断言できる。


 単純な霊力だけで比較するならば、これまで戦ってきた中でもぶっちぎりの一番だ。


「…………殺す」


 短く重い呟きが春風に呑まれ、憤怒の形相を浮かべたシンが斬り掛かってきた。


「っと」


 黒剣を斜めに構えて防御、鍔迫り合いの状況が生まれる。


「もう手加減は一切しない! ありとあらゆる理不尽(ルール)を押し付け、ボクが最強であることを証明してやる! ――<暴食の覇鬼(ゼオン)>の闇を封印する!」


 シンは<理外の理>の能力を発動し、ゼオンの闇にルールを加えようとした。


 しかし、闇は消えない。


 それもそのはず、俺が纏っているこの神聖な闇は<暴食の覇鬼>を起点としたものではなく、アレン=ロードル自身から発生しているのだ。


「くそ、何故だ……ッ(ルールを付与する対象が違う!? いや、この感触は……そもそもの出所(でどころ)が異なっている。輝く闇の根源は、<暴食の覇鬼>じゃない! ならば、いったいどこから!?)」


 焦燥に駆られるシンを見て、ようやく理解した。


「やっと見つけましたよ、<理外の理>の弱点。『自分が理解・掌握できていないものに対しては、ルールを付与することができない』――違いますか?」


「……っ」


「実際にシンさんは、この闇を封じようとして失敗している。あっ、もしかして……さっきみたいにわざと失敗してみせただけですか?」


「アレン=ロードル……キミ、中々『いい性格』をしているね」


「あはは、よく言われます、よっと!」


 黒剣を握る手に力をギュッと込め、シンを遠くへ押し飛ばす。


 白い闇を纏った今、接近戦では圧倒的な優位性を誇っていた。


(よし、次はいよいよ魂装の本当の力を――)


 待ちに待った『メインディッシュ』に手を掛けようとしたそのとき、


「――水は爆発する!」


 視界が真白に染まり、熱波と爆風が全身を打った。


(中々に強烈……っ)


 今のはただの爆発じゃない。

 埒外の霊力によって強化された、恐ろしい威力を誇る大爆発だ。


「はぁ……。全身を斬り刻んでも即回復、心臓を破壊しても復活、顔面を吹き飛ばしてもほぼ無傷……ねぇキミ、何をしたら死ぬの?」


「さぁ、閻魔様(えんまさま)に嫌われているのかもしれませんね」


 軽口もほどほどに、先ほどの一幕について分析する。


「今の攻撃は……なるほど、空気中に含まれる水分に爆発のルールを付与したというわけですか」


「そういうこと」


 あっさりと告白したシンは、バッと大きく両手を広げた。


「ボクは頭もいいからさ、ちょっと考えてみたんだよ。『どうやったらアレン=ロードルという生き物を葬ることができるのか』ってね。その結果、一つの(こたえ)に辿り着いた」


「なんですか?」


「削るんだよ。キミの体を、心を、霊力を! 擦り切れたボロ雑巾になるまで、ただひたすらに削っていくのさ!」


 彼は屈託のない笑顔で話を続ける。


「アレンは別に『無敵』ってわけじゃない。斬れば血は流れるし、殴れば()をあげるし、爆破すれば痛みを感じる。ただ、信じられないほどタフなだけなんだ。そしてその頑丈さは、闇の防御と回復力に支えられていて、闇は霊力によって維持される。つまり、霊力が尽きると闇も消える。そうなったらもう、どこにでもいる普通の剣士と変わらない。――違うかい?」


「まぁ、そうですね」


 俺はちょっと頑丈だけれど、れっきとした人間だ。


 闇の防御と回復が、それを支える霊力がなくなれば、素の耐久力はさほど高くない。


「気の毒だけど、ここから先は地獄だよ? ボクはキミに対して、ずっと地味で嫌な攻撃を繰り返すからね。発生が速くて、避け辛くて、隙の少ない攻撃をさ! チクチクネチネチと何度も何度も なぶり殺しにしてやる……! 例えばそう……こんな風に、さぁ!」


 シンがパチンと指を鳴らせば、再び視界が真白に染まり、強烈な衝撃が全身を襲う。


「……ッ(水→爆発、厄介なルールだ)」


 攻撃の起点となるのは、空気中に含まれる僅かな水分。

 すなわちこれは、見えない爆弾がそこかしこに仕込まれているのと同じ状況だ。

 気付いた瞬間にはもう爆発しているので、見てから避けるということができない。


(射程無限+回避不可の超高火力爆撃……無茶苦茶だな)


 でも、どうしてだろう。

 これっぽっちも負ける気がしない。


「――さぁ、ほら、もっと、踊れよッ!」


 十発・二十発・三十発、怒濤の連続爆破が吹き荒れる中、


(ふー……っ)


 俺は魂の奥底へ意識を伸ばし、この局面を打開する力を探す。


(……これ(・・)も違う、あれ(・・)も違う)


<暴食の覇鬼>の力をもっと完璧に使いこなせていれば、こんな風に一々探し回る必要もないのだろうけれど……。

 今回は初めても初めてなので、ちょっと時間が掛かるのは仕方ないことだ。


「んー? 突然黙り込んで、どうしちゃったのかな? もしかして、また何か妙な企みでもしちゃってる?」


「……」


「…………あのさぁ、このボクがわざわざ話し掛けてあげているのに、無視ってのはどういう了見なのか、なッ!」


 シンが左手を振り下ろせば、巨大な光球(こうきゅう)が眼前に浮かび上がる。


 莫大な霊力の籠ったそれが、盛大に弾け飛ぶ直前――やっと見つけた。


 この盤面を吹き飛ばす、あの強大な力を。


「――リア、ちょっと借りるね」


 俺は黒剣に霊力を集中させ――告げる。


「侵略せよ――<原初の龍王(ファフニール)>!」


 次の瞬間、黒白(こくびゃく)の火焔が吹き荒れ、周囲の水分が瞬く間に蒸発した。


 起点となる水が消失したため、当然ながら光球は不発となる。


「な、何が……!?」


 予想だにしない展開に、シンは呆然と後ずさる。


「あ、あり得ない……。どうして闇を使うキミが、炎系統の能力を……っ」


 俺の魂装<暴食の覇鬼>は、闇を司る能力――ではなく、あらゆるものを食らい、自身の血肉とする能力を持つ。

 捕食対象となり得るのは、この世に存在する全てのもの。

 魂装も霊核も生物も非生物も現象も、ありとあらゆるものを食らい尽くす。


(一応、魂装の能力をコピーするには、いくつかの段階を踏む必要があるっぽいけれど……)


<理外の理>に負けないレベルの自由度と応用力と汎用性を誇る能力だ。


「なんだよ、なんなんだよ、その力はぁ……!?」


 シンはこちらを指さしながら、わけがわからないと言った風に叫び散らす。


 その問いに対する答えとしては、やはりこれ(・・)がふさわしいだろう。


「無粋ですね。『魂装使い同士の戦いは、相手の能力がわからないから面白い』のでは?」

「……っ」


 数分前に発した自分の発言が、ブーメランのように突き刺さる。


「さて、と……では、そろそろ反撃していきますよ?」


 俺は一足(いっそく)で距離をゼロにし、黒白の炎を纏った黒剣を力いっぱい振り下ろす。


「ぐっ」


 シンは剣を水平に構え、完璧な防御を披露するが……黒剣に灯った炎が制服に燃え移り、肉体を焼き焦がしていく。


「こ、の――黒白の炎は消滅する!」


 痛みに眉を曲げた彼は、大きく跳び下がりながら、炎に消滅のルールを付与した。


(<原初の龍王>に対応してきたな。それじゃ次は――)


 魂の奥底に眠る数多の力、そこから強力なすぐさま次の力へ乗り換える。


「満たせ――<蒼穹の閃雷(ネバ・グローム)>!」


 イドラの魂装が起動し、黒剣に眩い(いかづち)が宿る。


「今度は雷……!?」


 驚愕に瞳を揺らすシンをよそに、俺はイドラとの戦闘を思い出す。


「えーっと、確かあの技は……そうだ、飛雷身――五千万ボルト」


 蒼雷(そうらい)を体に宿し、超高速戦闘を可能にする彼女の得意技だ。


(おぉっ、これは凄いぞ……!)


 体中の細胞が急速に活性化されていく。

 今なら雷よりも速く走れるかもしれない――そんな錯覚さえ覚えてしまう。


(……試してみたい……っ)


 今の自分がどれだけのスピードなのか。


 俺は力強く石舞台を蹴り付け、シンを翻弄するため、石舞台の上を駆け回る。


「なっ!?」


 彼の目は左右へと泳ぐばかりで、

 やはりスピードでは完全に圧倒しているようだ。


「ふざけた真似を……ここだッ!」


 シンの狙い澄ました斬撃は――俺の残像を斬った。


「後ろですよ」


「しま……~~ッ」


 雷の斬撃が走り、彼の背中に大きな太刀傷が刻まれる。


「こ、の……ッ」


 シンは我武者羅に剣を振るい続けたが、全て空を斬るばかり。こちらのスピードにまるで対応できず、一つまた一つと生傷を蓄えていった。


(マズいマズいマズい、このままではマズいぞ、血を流し過ぎた……っ。体への負担は大きいが、アレをやるしかない)


 完全に防戦一方となった彼は、たまらず新たな手札を切る。


「――シン=レクスの肉体は限界を超える!」


 宣言と同時、シンの速度が格段にあがった。

 いや、スピードだけじゃない。腕力も脚力も剣圧も、全てが大きく向上している。


「さすがは七聖剣、まだそんな手を隠し持っているとは(身体能力強化、か。本当になんでもできる魂装だな……)」


「はっ、誰にモノを言っている!(くそ、ここまでやって、やっと同速(どうそく)なのか……ッ)」


 今や膂力は完全に互角、


「「はぁああああああああ……!」」


 白い吐息が立ち昇り、激しい雄叫びが木霊する。


 一合・七合・十五合――コンマ数秒を争う剣戟は、瞬きの間に重ねられていく。


 戦況は拮抗しているように見えるが……こうしている今も、『不可視の攻撃』は秘密裏に進んでいる。


(……さて、そろそろかな?)


 今が頃合いと判断した俺は、グンッと大きく踏み込んだ。


「八の太刀――八咫烏(やたがらす)!」


「はっ、こんなも、の……!?(なん、だ……体がやけに重い……っ)」


 シンは七つの斬撃を撃ち落としたけれど……撃ち損じた一発が、肩口に深く入り込む。


「~~っ」


 いち早く異変に気付いた彼は、大きく後ろへ跳び下がり――そこで驚愕に目を見開く。


「これ、は……っ」


 視線の先にあったのは、薄く紫がかった両手。


 健康的とは程遠いそれは、明らかな肉体の異変を示していた。


「シンさん、低体温症って知っていますか?」


 周囲に薄っすらと漂うのは――冷気。


 激しい戦闘の最中、俺はこっそりとシドーさんの魂装<孤高の氷狼(ヴァナルガンド)>を展開し、極寒の冷気を振り撒いていたのだ。


「くそっ――シン=レクスの体温は上昇する!」


 回復に集中したその隙を逃さず、必殺の一撃を叩き込む。


「――氷狼の一裂(ヴァナル・スラスト)!」


 氷を纏った黒剣が、脇腹を貫いた。


「ぐ、ぉ……っ」


 シンは脇腹を左手で押さえながら、必死に後ろへ跳び下がる。


(……今のはけっこう深いな)


 余裕の色が消え失せた顔、石舞台に散った多量の鮮血。さっきの氷狼の一裂(ヴァナル・スラスト)が、相当効いているようだ。


「はぁはぁ……こ、の化物め……っ(変幻自在の超高速戦闘、ルールを付与する余裕がない……ッ)」


 ちょうどいい具合に間合いが開いたので、中・遠距離攻撃が得意な魂装を起動する。


息吹いぶけ――<無機の軍勢(アビオ・トゥループ)>。(うつ)せ――<水精の女王(アクア・クイーン)>」


 無機物を爆弾に変える、クロードさんの魂装<無機の軍勢アビオ・トゥループ>。

 ありとあらゆる水を自在に操作する、会長の魂装<水精の女王(アクア・クイーン)>。


 二つの能力を展開した俺は、早速攻撃の下準備を始める。


(まずは……)


 黒剣で石舞台をサッと斬り付ければ、そこからじんわりと青白い光を放つ紋章が浮かび、


「「「チーチチチチッ!」」」


「「「グワァー、グワァーッ!」」」


「ホーッ」


 大量の小さな燕と烏、そして特大の梟を頭上に浮かべる。

 クロードさんが得意とする攻防一体の陣を敷いた後は、


「――水精の悪戯(アクア・トリック)


 剣・斧・槍・盾・鎌――様々な形に変化した漆黒の水を空中に生成する。


 遠距離のままならば、爆弾+水の連続波状攻撃。 

 中距離に迫られれば、梟の大爆発。

 近距離に詰まれば、白い闇を用いた近接戦闘。


 全ての射程(レンジ)に対応できる構えだ。


「さて、行きますよ」


「……っ(こいつ、いったい何種類の能力を……っ。とにかく、ルールを付与しなければ……でも、どの力に!? ……無理だ、こんな規格外の化物(スペシャル)に勝てっこない……ッ)


 俺が左手を振り上げ、連続波状攻撃に移ろうとしたそのとき――。


「ま、参ったぁああああああああ……!」


 シンは<理外の理>を投げ捨て、その場で膝を()いた。


「ぁ、ぁはは……あははははぁ……っ」


 自分を支えていた『最強』という確信。それが崩れ去った今、シンは壊れたかのように笑い続けた。


「「「……」」」


 激闘の終幕にシンと静まり返る中、


「千刃学院VS皇学院の大将戦を制したのは――闇の剣士アレン・ロードルゥウウウウウウウウ!」


 実況の高らかな宣言が、会場中に響きわたるのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 模倣も十分チートだけど… 理外の理、想像力次第でもっと強く使えると思うけどなぁ。わざわざ「限界を超える」なんて代償を付加しなくても、単純に身体能力を無制限に向上させるとでもすればいいのに。…
[良い点] これまでの戦いの伏線回収が一気にされて鳥肌立ちました……! 臨場感で心臓がバクバクなりました、、、、 [一言] 復帰できて良かったです……!これからも無理のないように頑張って下さいね!
[良い点] 超久しぶりでミラクル面白かったです!アレンの活躍に期待☆
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