貴族派と新学年【十一】
国立聖戦場、剣王祭という派手やかな催しが開かれているこの舞台は今、不気味な静寂に包まれていた。
「アレ、ン……?」
「うそ、だろう……?」
リアとローズが瞳を揺らし、会場全体がどよめく中――レイアは言葉を失っていた。
彼女の脳裏をよぎるのは、ダリア=ロードルから受けた警告。
(……最悪だ、絶対に避けねばならない事態が起きてしまった……っ)
時の仙人が生み出した一億年ボタン、これによって緩んでしまった封印。
度重なる強敵との死闘により、意図せず繋がってしまったゼオンとのパイプ。
(『封印』を解かないまま、不安定極まりないまま、器が破壊されてしまった……ッ)
最悪のシナリオ、それはゼオンの完全復活。
今でこそ霊核に身を落としているものの、あの化物は全てを超越した存在。
もしもかつての力を取り戻し、この世界に蘇ったならば、凄惨にして甚大な不可逆の大破壊が齎されるだろう。
(とにかく、私が今為すべきことは……ッ)
アレンへの哀悼、シンへの憤怒、ゼオンへの畏怖。
押し寄せる感情の波を押し殺し、最善の行動に移る。
「――全員、すぐにこの場から離れろ! 何が起こるかわからんぞ!」
レイアが大声で警告を発した次の瞬間――。
「これ、は……!?」
アレンを中心にして、美しい闇が溢れ出した。
まるで黒絹のように滑らかで、邪悪さの欠片もない、どこまでも澄んだ『神聖な闇』。
それこそまさに、神聖ローネリア帝国皇帝バレル=ローネリアが唯一恐れた『ロードル家の闇』だった。
■
「……ぁ、れ……。ここは……?」
目を開けるとそこは、一面の『白』だった。
どこまでもどこまでも、白くて明るい空間が広がっていた。
「えっと……俺は確かシンと戦っていて、それで――」
記憶の網を辿っていると、
「――よぅ、やっと来たか」
背後から女性の声が響いた。
振り返ると、淡く光る白い塊が目に入る。
人間の形をしたそれは、白くモヤがかっており、その顔や表情を窺い知ることはできない。
でもどういうわけか、この人のことは信用できる、本能的にそう思えた。
「えっと、あなたは? ここはいったい……?」
「あー……そっか、そうだよな」
何故か彼女の声は、とても寂しそうだった。
「私は番人。そんでもってここは、もう一つの世界。あの馬鹿も知らない秘密基地さ」
「え、えーっと……っ」
番人・もう一つの世界・秘密基地、わけのわからない言葉の連続に理解が全く追い付かない。
「……それにしても、随分な遠回りになっちまったねぇ……」
彼女は遠い目をしながら、ポツリポツリと語り始める。
「ちょっとしたボタンの掛け違いが、とんでもなく大きな歪を生んじまったみたいだ。……ごめんね、アレン」
淡い光に包まれた女性が、申し訳なさそうに微笑んだ直後――おぞましい黒が、世界に湧きあがった。
「てんめぇ゛、こんなところに潜んでいやがったか……ッ」
深淵のような黒から発せられたのは、身の毛もよだつゼオンの怒声。
「おや、早かったね。もう見つかっちまったのかい」
この感じ、どうやら二人は知り合いらしい。
「糞くだらねぇ真似しやがって、ぶち殺されてぇのか!?」
「おー、怖い怖い。そう睨まんでおくれよ」
ゼオンの殺気を一身に受けているにもかかわらず、女性の態度にはどこか余裕があった。
「ゼオン、おそらく貴方は世界で一番強い。文字通り、『最強の存在』だ。でもね、霊核に身を落とした今は――この世界、この空間においては、私の方に分があるよ」
彼女がパチンと指を鳴らすと同時、白い世界から神聖な闇が噴き出した。
それはおそろしいほどの出力を誇り、ゼオンの闇を強く優しく包み込んでいく。
「くそ、が……っ。これ以上、てめぇの好きにさせるかァ゛……!」
闇が完全に封じ込まれる直前、ゼオンが凄まじい咆哮をあげた。
それと同時、耳をつんざく轟音が鳴り響き、白い世界の各所に亀裂が走る。
亀裂は裂け目となり、裂け目は大穴となり、やがて世界全体が大きく揺れ始めた。
「はぁ。霊核に身を落とし、厳重に封印されて、私の支配下にある世界で、なおこの力……。ほんっとに呆れ果てた男だねぇ」
ため息交じりのその声は、何故かちょっぴり嬉しそうだった。
「さて、と……。アレン、本当はもっとたくさん話したいことがあるんだけど、それはまた別の機会にしよう。今回はもう、時間がないみたいだしね」
崩壊していく世界を仰ぎ見た彼女は、どこか淋しげに微笑み、白光に包まれた手をこちらへ伸ばす。
「さぁ、受け取りな。あの馬鹿がずっと隠していた、『ロードル家の闇』だよ」
彼女の人差し指が、俺の胸に触れたその瞬間――薄白く輝く神聖な闇が、全身から噴き出した。
「これ、は……!?」
今までの邪悪な闇とはまるで違う。
お日様のように温かくて優しい、透き通るように綺麗な闇だ。
「この力があればゼオンともやり合える、<暴食の覇鬼>の本当の力も引き出せる、『王の力』を正しく使っておくれ」
彼女がそう言うと同時、白い世界が大きく崩れた。
穴ぼこになった空間が引き裂かれ、あちらこちらへ散り散りになっていく。
女性は小さく手を振りながら地の底へ沈んでいき、一方の俺は天高くへ吸い込まれていく。
「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなわけのわからないことばかり言われても困るって……母さん!」
何故か俺は、彼女のことを『母さん』と呼んでいた。
「――アレン、あなたは全ての中心、世界を正す『座標』だ。……きっと大丈夫、必ず全てを乗り越えられる。私は――私達はそう信じているよ」
■
「ぅ、うぅん……」
目を開けるとそこには、晴れやかな青空が広がっていた。
「あぁ……戻って来たのか」
両足を天に突き出し、勢いよくバッと立ち上がる。
「……不思議な感覚だ」
春のにおい、空気の味、風の流れが肌を伝う。
これまでは意識していなかった情報が、ストンと体の中に落ちてくる。
そして何より、長年ずっと胸の奥のつかえが、すっきり取れたような……なんとも言えない爽快感が、体中を駆け巡っている。
こういうのを五感が研ぎ澄まされている、と言うのだろうか。
「すぅー……はぁー……うん、空気がおいしい」
俺が大きく深呼吸していると、会場のそこかしこから驚愕の声が溢れる。
「えっ……はぁ!?」
「いや、なんで……!?」
「あいつ、胸を刺されていた、よな……?」
シンもその例に漏れず、ポカンと大口を開けていた。
「あ、あり得ない……っ。<理外の理>は、間違いなく効果を発揮している! キミの心臓は、停止しているはずだ!」
「……確かに」
言われてみれば、胸の鼓動はピタリと止まっている。
「それじゃ……ふんっ!」
俺が胸部にグッと力を入れると同時、バチチチチッと眩い光が溢れ出し、心臓が再び鼓動を刻み始めた。
「これでよしっと」
一時的な処置だけれど、しばらくの間は持つだろう。
「こ、これでよしって……っ」
シンはまるで信じられないといった様子で、呆然と立ち竦む。
「な、ななな……なんということでしょうか! 心臓を貫かれたはずのアレン選手が、完全復活を果たしました! 彼は本当に人間なのでしょうかぁああああ!? 否! 人間であってはいけませぇええええん……!」
実況が大興奮で叫び散らす中、俺は静かに黒剣を構える。
「シンさん、早く続きをやりましょう」
「……ついさっき殺され掛けたばかりなのに随分と好戦的なんだね。その自信、どこで拾って来たのかな?」
「自信というより、好奇心でしょうか。ここまで長かったけど、ようやく『魂装使い』になれたみたいなんです」
「…………キミ、頭大丈夫? 魂装なら、もう展開しているでしょ?」
「あはは、すみません、こちらの話です」
俺は<暴食の覇鬼>の力を勘違いしていた。
闇を司る、応用力の高い強化系の能力だと思っていた。
しかし、こいつの本当の力は、そんなレベルじゃなかった。
(そして一つ、『謎』が解けた)
闇はゼオンのものじゃない。
あいつは――ロードル家から、闇の力を奪ったのだ。
(この話は、今度またゼオンと会ったときに詰めるとして……)
とにかく今は楽しもう。
新しい闇の力を、ようやく手に入れた魂装の能力を、思う存分に発揮しよう。
(それじゃまずは、ロードル家の闇から試そうかな)
俺は薄く長く息を吐き出し、優しくて柔らかい神聖な闇を身に纏う。
それを受けたシンは、怪訝な視線を向けてくる。
「……白い、闇……? なんだい、イメチェンでもしたのかな?」
「あはは、まぁそんなところですかね。それより――行きますよ?」
俺は短く断りを入れた後、舞台を優しく蹴った。
次の瞬間、
「……は……?」
泣き別れたシンの左腕がクルクルと宙を舞う。
(す、凄いな……っ)
軽く踏み込んだだけなのに、ちょっとした試し斬りのつもりだったのに、彼の左腕を刎ね飛ばしていた。
これまでとは一線を画す膂力。
白い闇が持つ強化能力は、想定の遥か上を往っていた。
「ぁ、ぐ、ぉ、ぉおおおおおおおお……っ」
肩口を押さえながら、ボロボロと大粒の涙を流すシン。
周囲の視線を顧みない、全身全霊の号泣。
戦闘中にもかかわらず、ここまで大泣きするなんて……魂装の能力以上に自由な男だ。
「だ、大丈夫ですか?」
俺の問い掛けに対し、シンは憎悪の視線で応えた。
荒々しい息を吐く彼は、無造作に転がった左腕を拾い、それを自身の肩口に添える。
「ふぅーふぅー……ッ。――シン=レクスの腕は接合する!」
千切れた腕と肩は、ぴったり元通りに繋がった。
(なるほど、そういう使い方もできるのか……)
<理外の理>、本当に万能な能力だ。
「……痛かった、ぞ……っ。今のは痛かったぞぉおおおお……!」
絶叫のような金切り声に呼応し、常軌を逸した霊力が噴き上がる。
(……とんでもないな)
もはやあれは、人間の形をした霊力の集合体。
はっきりと断言できる。
単純な霊力だけで比較するならば、これまで戦ってきた中でもぶっちぎりの一番だ。
「…………殺す」
短く重い呟きが春風に呑まれ、憤怒の形相を浮かべたシンが斬り掛かってきた。
「っと」
黒剣を斜めに構えて防御、鍔迫り合いの状況が生まれる。
「もう手加減は一切しない! ありとあらゆる理不尽を押し付け、ボクが最強であることを証明してやる! ――<暴食の覇鬼>の闇を封印する!」
シンは<理外の理>の能力を発動し、ゼオンの闇にルールを加えようとした。
しかし、闇は消えない。
それもそのはず、俺が纏っているこの神聖な闇は<暴食の覇鬼>を起点としたものではなく、アレン=ロードル自身から発生しているのだ。
「くそ、何故だ……ッ(ルールを付与する対象が違う!? いや、この感触は……そもそもの出所が異なっている。輝く闇の根源は、<暴食の覇鬼>じゃない! ならば、いったいどこから!?)」
焦燥に駆られるシンを見て、ようやく理解した。
「やっと見つけましたよ、<理外の理>の弱点。『自分が理解・掌握できていないものに対しては、ルールを付与することができない』――違いますか?」
「……っ」
「実際にシンさんは、この闇を封じようとして失敗している。あっ、もしかして……さっきみたいにわざと失敗してみせただけですか?」
「アレン=ロードル……キミ、中々『いい性格』をしているね」
「あはは、よく言われます、よっと!」
黒剣を握る手に力をギュッと込め、シンを遠くへ押し飛ばす。
白い闇を纏った今、接近戦では圧倒的な優位性を誇っていた。
(よし、次はいよいよ魂装の本当の力を――)
待ちに待った『メインディッシュ』に手を掛けようとしたそのとき、
「――水は爆発する!」
視界が真白に染まり、熱波と爆風が全身を打った。
(中々に強烈……っ)
今のはただの爆発じゃない。
埒外の霊力によって強化された、恐ろしい威力を誇る大爆発だ。
「はぁ……。全身を斬り刻んでも即回復、心臓を破壊しても復活、顔面を吹き飛ばしてもほぼ無傷……ねぇキミ、何をしたら死ぬの?」
「さぁ、閻魔様に嫌われているのかもしれませんね」
軽口もほどほどに、先ほどの一幕について分析する。
「今の攻撃は……なるほど、空気中に含まれる水分に爆発のルールを付与したというわけですか」
「そういうこと」
あっさりと告白したシンは、バッと大きく両手を広げた。
「ボクは頭もいいからさ、ちょっと考えてみたんだよ。『どうやったらアレン=ロードルという生き物を葬ることができるのか』ってね。その結果、一つの解に辿り着いた」
「なんですか?」
「削るんだよ。キミの体を、心を、霊力を! 擦り切れたボロ雑巾になるまで、ただひたすらに削っていくのさ!」
彼は屈託のない笑顔で話を続ける。
「アレンは別に『無敵』ってわけじゃない。斬れば血は流れるし、殴れば音をあげるし、爆破すれば痛みを感じる。ただ、信じられないほどタフなだけなんだ。そしてその頑丈さは、闇の防御と回復力に支えられていて、闇は霊力によって維持される。つまり、霊力が尽きると闇も消える。そうなったらもう、どこにでもいる普通の剣士と変わらない。――違うかい?」
「まぁ、そうですね」
俺はちょっと頑丈だけれど、れっきとした人間だ。
闇の防御と回復が、それを支える霊力がなくなれば、素の耐久力はさほど高くない。
「気の毒だけど、ここから先は地獄だよ? ボクはキミに対して、ずっと地味で嫌な攻撃を繰り返すからね。発生が速くて、避け辛くて、隙の少ない攻撃をさ! チクチクネチネチと何度も何度も なぶり殺しにしてやる……! 例えばそう……こんな風に、さぁ!」
シンがパチンと指を鳴らせば、再び視界が真白に染まり、強烈な衝撃が全身を襲う。
「……ッ(水→爆発、厄介なルールだ)」
攻撃の起点となるのは、空気中に含まれる僅かな水分。
すなわちこれは、見えない爆弾がそこかしこに仕込まれているのと同じ状況だ。
気付いた瞬間にはもう爆発しているので、見てから避けるということができない。
(射程無限+回避不可の超高火力爆撃……無茶苦茶だな)
でも、どうしてだろう。
これっぽっちも負ける気がしない。
「――さぁ、ほら、もっと、踊れよッ!」
十発・二十発・三十発、怒濤の連続爆破が吹き荒れる中、
(ふー……っ)
俺は魂の奥底へ意識を伸ばし、この局面を打開する力を探す。
(……これも違う、あれも違う)
<暴食の覇鬼>の力をもっと完璧に使いこなせていれば、こんな風に一々探し回る必要もないのだろうけれど……。
今回は初めても初めてなので、ちょっと時間が掛かるのは仕方ないことだ。
「んー? 突然黙り込んで、どうしちゃったのかな? もしかして、また何か妙な企みでもしちゃってる?」
「……」
「…………あのさぁ、このボクがわざわざ話し掛けてあげているのに、無視ってのはどういう了見なのか、なッ!」
シンが左手を振り下ろせば、巨大な光球が眼前に浮かび上がる。
莫大な霊力の籠ったそれが、盛大に弾け飛ぶ直前――やっと見つけた。
この盤面を吹き飛ばす、あの強大な力を。
「――リア、ちょっと借りるね」
俺は黒剣に霊力を集中させ――告げる。
「侵略せよ――<原初の龍王>!」
次の瞬間、黒白の火焔が吹き荒れ、周囲の水分が瞬く間に蒸発した。
起点となる水が消失したため、当然ながら光球は不発となる。
「な、何が……!?」
予想だにしない展開に、シンは呆然と後ずさる。
「あ、あり得ない……。どうして闇を使うキミが、炎系統の能力を……っ」
俺の魂装<暴食の覇鬼>は、闇を司る能力――ではなく、あらゆるものを食らい、自身の血肉とする能力を持つ。
捕食対象となり得るのは、この世に存在する全てのもの。
魂装も霊核も生物も非生物も現象も、ありとあらゆるものを食らい尽くす。
(一応、魂装の能力をコピーするには、いくつかの段階を踏む必要があるっぽいけれど……)
<理外の理>に負けないレベルの自由度と応用力と汎用性を誇る能力だ。
「なんだよ、なんなんだよ、その力はぁ……!?」
シンはこちらを指さしながら、わけがわからないと言った風に叫び散らす。
その問いに対する答えとしては、やはりこれがふさわしいだろう。
「無粋ですね。『魂装使い同士の戦いは、相手の能力がわからないから面白い』のでは?」
「……っ」
数分前に発した自分の発言が、ブーメランのように突き刺さる。
「さて、と……では、そろそろ反撃していきますよ?」
俺は一足で距離をゼロにし、黒白の炎を纏った黒剣を力いっぱい振り下ろす。
「ぐっ」
シンは剣を水平に構え、完璧な防御を披露するが……黒剣に灯った炎が制服に燃え移り、肉体を焼き焦がしていく。
「こ、の――黒白の炎は消滅する!」
痛みに眉を曲げた彼は、大きく跳び下がりながら、炎に消滅のルールを付与した。
(<原初の龍王>に対応してきたな。それじゃ次は――)
魂の奥底に眠る数多の力、そこから強力なすぐさま次の力へ乗り換える。
「満たせ――<蒼穹の閃雷>!」
イドラの魂装が起動し、黒剣に眩い雷が宿る。
「今度は雷……!?」
驚愕に瞳を揺らすシンをよそに、俺はイドラとの戦闘を思い出す。
「えーっと、確かあの技は……そうだ、飛雷身――五千万ボルト」
蒼雷を体に宿し、超高速戦闘を可能にする彼女の得意技だ。
(おぉっ、これは凄いぞ……!)
体中の細胞が急速に活性化されていく。
今なら雷よりも速く走れるかもしれない――そんな錯覚さえ覚えてしまう。
(……試してみたい……っ)
今の自分がどれだけのスピードなのか。
俺は力強く石舞台を蹴り付け、シンを翻弄するため、石舞台の上を駆け回る。
「なっ!?」
彼の目は左右へと泳ぐばかりで、
やはりスピードでは完全に圧倒しているようだ。
「ふざけた真似を……ここだッ!」
シンの狙い澄ました斬撃は――俺の残像を斬った。
「後ろですよ」
「しま……~~ッ」
雷の斬撃が走り、彼の背中に大きな太刀傷が刻まれる。
「こ、の……ッ」
シンは我武者羅に剣を振るい続けたが、全て空を斬るばかり。こちらのスピードにまるで対応できず、一つまた一つと生傷を蓄えていった。
(マズいマズいマズい、このままではマズいぞ、血を流し過ぎた……っ。体への負担は大きいが、アレをやるしかない)
完全に防戦一方となった彼は、たまらず新たな手札を切る。
「――シン=レクスの肉体は限界を超える!」
宣言と同時、シンの速度が格段にあがった。
いや、スピードだけじゃない。腕力も脚力も剣圧も、全てが大きく向上している。
「さすがは七聖剣、まだそんな手を隠し持っているとは(身体能力強化、か。本当になんでもできる魂装だな……)」
「はっ、誰にモノを言っている!(くそ、ここまでやって、やっと同速なのか……ッ)」
今や膂力は完全に互角、
「「はぁああああああああ……!」」
白い吐息が立ち昇り、激しい雄叫びが木霊する。
一合・七合・十五合――コンマ数秒を争う剣戟は、瞬きの間に重ねられていく。
戦況は拮抗しているように見えるが……こうしている今も、『不可視の攻撃』は秘密裏に進んでいる。
(……さて、そろそろかな?)
今が頃合いと判断した俺は、グンッと大きく踏み込んだ。
「八の太刀――八咫烏!」
「はっ、こんなも、の……!?(なん、だ……体がやけに重い……っ)」
シンは七つの斬撃を撃ち落としたけれど……撃ち損じた一発が、肩口に深く入り込む。
「~~っ」
いち早く異変に気付いた彼は、大きく後ろへ跳び下がり――そこで驚愕に目を見開く。
「これ、は……っ」
視線の先にあったのは、薄く紫がかった両手。
健康的とは程遠いそれは、明らかな肉体の異変を示していた。
「シンさん、低体温症って知っていますか?」
周囲に薄っすらと漂うのは――冷気。
激しい戦闘の最中、俺はこっそりとシドーさんの魂装<孤高の氷狼>を展開し、極寒の冷気を振り撒いていたのだ。
「くそっ――シン=レクスの体温は上昇する!」
回復に集中したその隙を逃さず、必殺の一撃を叩き込む。
「――氷狼の一裂!」
氷を纏った黒剣が、脇腹を貫いた。
「ぐ、ぉ……っ」
シンは脇腹を左手で押さえながら、必死に後ろへ跳び下がる。
(……今のはけっこう深いな)
余裕の色が消え失せた顔、石舞台に散った多量の鮮血。さっきの氷狼の一裂が、相当効いているようだ。
「はぁはぁ……こ、の化物め……っ(変幻自在の超高速戦闘、ルールを付与する余裕がない……ッ)」
ちょうどいい具合に間合いが開いたので、中・遠距離攻撃が得意な魂装を起動する。
「息吹け――<無機の軍勢>。写せ――<水精の女王>」
無機物を爆弾に変える、クロードさんの魂装<無機の軍勢>。
ありとあらゆる水を自在に操作する、会長の魂装<水精の女王>。
二つの能力を展開した俺は、早速攻撃の下準備を始める。
(まずは……)
黒剣で石舞台をサッと斬り付ければ、そこからじんわりと青白い光を放つ紋章が浮かび、
「「「チーチチチチッ!」」」
「「「グワァー、グワァーッ!」」」
「ホーッ」
大量の小さな燕と烏、そして特大の梟を頭上に浮かべる。
クロードさんが得意とする攻防一体の陣を敷いた後は、
「――水精の悪戯」
剣・斧・槍・盾・鎌――様々な形に変化した漆黒の水を空中に生成する。
遠距離のままならば、爆弾+水の連続波状攻撃。
中距離に迫られれば、梟の大爆発。
近距離に詰まれば、白い闇を用いた近接戦闘。
全ての射程に対応できる構えだ。
「さて、行きますよ」
「……っ(こいつ、いったい何種類の能力を……っ。とにかく、ルールを付与しなければ……でも、どの力に!? ……無理だ、こんな規格外の化物に勝てっこない……ッ)
俺が左手を振り上げ、連続波状攻撃に移ろうとしたそのとき――。
「ま、参ったぁああああああああ……!」
シンは<理外の理>を投げ捨て、その場で膝を突いた。
「ぁ、ぁはは……あははははぁ……っ」
自分を支えていた『最強』という確信。それが崩れ去った今、シンは壊れたかのように笑い続けた。
「「「……」」」
激闘の終幕にシンと静まり返る中、
「千刃学院VS皇学院の大将戦を制したのは――闇の剣士アレン・ロードルゥウウウウウウウウ!」
実況の高らかな宣言が、会場中に響きわたるのだった。
【※大切なおはなし】
『面白いかも!』
『続きを読みたい!』
『陰ながら応援してるよ!』
と思われた方は、下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして、応援していただけると嬉しいです!
↓広告の下あたりに【☆☆☆☆☆】欄があります!




