貴族派と新学年【十】
ローズとメディの副将戦が終わり、国立聖戦場は大きなどよめきに包まれていた。
「おいおい皇学院が二敗って、今までこんなことなかったぜ……」
「千刃学院か……。ほんの数年前まで『万年ドベ』だったのに、ここへ来て一気に株を上げてきたな」
「再来じゃ、黄金世代の再来じゃ!」
「確かここの躍進って、理事長にレイア=ラスノートが就任してからだよな?」
「あの嬢ちゃん、昔から馬鹿ばっかりやっていた印象だけど、案外有能な教師なのか……?」
「これ、もしかするともしかすんじゃねーの!」
大番狂わせの連続に、観客も興奮を隠せない様子だ。
「さぁさぁさぁ、い~ぃ具合に盛り上がって参りましたぁ! ここまでの戦績は、両学院共に二勝二敗、誰も予想だにしない千刃学院の超快進撃! 誰がこのような熱い展開を予想したでしょうかァ!?」
実況の煽りを受け、会場内のボルテージが上がっていく。
「泣いても笑っても次がラストファイト! それではいよいよ、大将戦を執り行います! 千刃学院大将アレン=ロードル! 皇学院大将シン=レクス! 両選手、舞台へお上がりください!」
実況の指示に従って、石舞台の階段に足を掛ける。
「千刃学院のアレン選手は、漆黒の闇を司る剣士! 人懐っこい柔らかな顔をしておりますが、実は裏社会との強く深い繋がりを持ち、その能力と同じく真っ黒な人物です! しかしそうかと思えば、『呪い』を解くための貴重な検体を提供するなど、人道的な一面も持ち合わせている謎の多い男でもあります!」
相変わらずというかなんというか、俺の選手紹介は無茶苦茶だった。
ただまぁ……これまでの悪意百パーセントの紹介と比べたら、ちょっとはマシになったかな。
「皇学院のシン選手は、聖騎士協会が誇る最強の剣士集団『七聖剣』の一角を担う、若き天才剣士! 戦い方・魂装・所属流派、何一つとして情報がありません! アレン選手同様、こちらもまた謎だらけの男です!」
お互いの紹介がされる中、俺とシンは舞台上へ歩みを進める。
シン=レクス。
茶色のミドルヘアで身長は168センチ。前情報にもあった通り、かなり細身の剣士だ。
邪気のない透き通った瞳が特徴的な、目鼻立ちの整った顔。
皇学院の白を基調とした制服に身を包み、どこか超然とした表情で立っている。
お互いの視線が交錯する中、
「ふわぁ……キミがアレン=ロードル、か。噂では『めちゃくちゃ強い』って聞いていたけど……。この様子じゃ、あんまり期待できなさそうだね」
シンは大きな欠伸をしながら、えらく失礼なことを口にした。
「剣王祭本番なのに随分とやる気がなさそうですね」
「やる気なんかないよ。本当はこんなくだらない祭りなんか出ずに、ずっと家でゴロゴロしていたいんだ。でもそれだと、業突く張りの爺さんたちが煩いのなんのって……。だから仕方なく、こうして出張って来たわけ」
業突く張りの爺さんたち……おそらく、貴族派の重鎮のことを言っているのだろう。
「そもそもの話、剣王祭って無駄じゃない? 『最強の剣士』だか、『一番の剣術学院』だかを決めるらしいけど……どうせボクが最強で、ボクのいる皇学院が一番なんだからさぁ」
彼はそう言って、無邪気に笑う。
その言葉に、はったりや虚勢の色はない。
おそらくこれは、本心からの言葉だ。
(……ある意味、凄いな)
ドドリエルやシドーさん。
圧倒的な才能を誇り、『自分こそが最強だ』という絶対の自信を持つ剣士は、これまで何度も見てきた。
しかし、このシン=レクスという剣士は根本的に違う。
『自信』ではなく、『確信』している。
自分こそが最強であると、微塵も疑っていなかった。
「そうやって己惚れていると、いつか足元をすくわれてしまいますよ?」
「ごめんね。有象無象にすくわれるほど、ボクの足は軽くないんだ」
「……」
「……」
俺とシン、二人の視線が静かにぶつかり合う。
「さぁ両者、準備はよろしいですね? それでは大将戦、アレン選手VSシン選手――はじめッ!」
開幕と同時、
「滅ぼせ――暴食の覇鬼!」
俺はすぐさま黒剣を展開し、正眼の構えを取った。
一方のシンは、その場に突っ立ったまま動かず、まるで品定めをするような視線を向けてくる。
「へー、凄いねぇ。同期にこれだけの霊力を持つ剣士がいるなんて、ちょっと驚いちゃった。評価ポイント+1をあげようかな」
彼はそう言って、腰に差した剣を引き抜く。
「……あれ、今回は寝転がらないんですか?」
「ぷっ……あはは! キミって真面目くさった顔してるのに、けっこうおもしろいこと言うんだね!」
何が愉快だったのか、彼はお腹を抱えて笑い出す。
「うーん、そうだね。いつもだったらゴロンってしながらやるんだけど、さすがに寝たまま勝てる相手じゃなさそうだ。――でもまっ、本気を出すほどの相手じゃないかな?」
彼はそんな評価を口にしながら、爪先でトントンと舞台を叩く。
「それじゃ、行くよっと」
次の瞬間、
「か、は……っ」
気付けば俺は、後方の壁で全身を打ち付けていた。
一拍遅れて、大型の重機に撥ね飛ばされたような衝撃が、頭の天辺から爪先まで駆け巡る。
シンの突進を受けて吹き飛ばされた、その事実を認識するのにいくらかの時間が必要だった。
(……速い。いや、それよりも『巧い』……ッ)
ゼロから最高速へ。
神懸かった体重移動と霊力操作により、彼は前兆・予備動作のない完璧な加速を実現していた。
「ほらほら、気を抜くと潰れちゃうよ?」
眼前に立つシンの体から、莫大な霊力が解き放たれる。
(おいおい、マジか!?)
その暴力的なまでの霊力を以って、俺を押し潰そうとしているのだ。
「くっ、ぉおおおおお゛お゛お゛お゛!」
こちらも負けじと霊力を放出。
闇の馬力で押し返し、なんとか窮地を逃れた。
「凄い凄い。まさか今のを乗り切るなんてやるじゃん、アレン=ロードル。ちょっとばかり見直したよ」
シンは眼を見開きながら、パチパチと乾いた拍手を打つ。
「そんな……アレンが霊力勝負で押されるなんて……っ」
「シン=レクス……。ふざけた男だが、実力は本物らしいな」
遥か後方のリアとローズが、驚愕の声を漏らす。
「さすがは現役の七聖剣……強いですね」
口内に溜まった血をペッと吐き出し、黒剣を強く握り締める。
「今度はこっちから行きますよ!」
石舞台を蹴り付け、一歩で間合いをゼロにする。
「八の太刀――八咫烏!」
「無駄無駄、『基礎スペック』が違うんだよ」
俺の放った八つの斬撃は、シンが無造作に振るった斬り下ろしによって、いとも容易く薙ぎ払われてしまった。
「なっ!?」
「驚いている暇なんてないよっと!」
返す刀の斬撃は信じられないほどに鋭く、そして何より――。
(……重い……ッ)
あの細身から繰り出されたとは思えないほどの重みが載っていた。
「ほらほら、どんどん行くよぉ」
シンは前掛かりになり、一気に攻勢を強めてくる。
袈裟斬り・斬り上げ・斬り下ろし・突き・薙ぎ払い、苛烈な連撃が眼前を埋め尽くす。
「くっ」
俺はそれを時に躱し、時にいなし、時に防ぎながら、思考を回転させる。
(これが七聖剣シン=レクスの剣か……っ)
あらゆる斬撃が文字通りの必殺、尋常ならざる威力を誇っていた。
それもそのはず、シンの一振りには埒外の霊力が込められているのだ。
(でも、さすがにこれは異常過ぎないか!?)
俺は今まで、いろんなタイプの剣士と戦ってきた。
天性の才能に恵まされた者・異常な反射神経を持つ者・研ぎ澄まされた剣術を振るう者、誰も彼もがみな一流であり、当然のように潤沢な霊力を誇っていた。
しかし、シンの霊力は文字通りの規格外、ここまで『霊力』に突出した剣士は記憶にない。
「そぉら、飛ぶぞー?」
軽く放たれた横蹴り。
俺は肘を下げて防御するが……あまりの衝撃を抑えきれず、大きく後ろへ吹き飛ばされてしまう。
(ふー……厄介だ)
霊力のゴリ押しという極めて単純な戦法。
シンプルゆえに対処が難しく、厄介なことこのうえない。
(まいったな。このままじゃちょっと勝てそうにないぞ)
ズルズルと戦いを進めれば、あの馬鹿げた霊力に少しずつ削られていき、致命の一撃をもらってしまうだろう。
(……あの力はちょっと嫌だけど……やるしかない、か)
七聖剣シン=レクスの実力は、こちらの想定を遥かに上回るものだった。
もはや好き嫌いを言っていられるような状況じゃない。
「ふー……」
俺は正眼の構えを解き、細く長く息を吐き出した。
それを見たシンは、不思議そうに小首を傾げる。
「んー、どうしたの? もう諦めちゃった?」
「いえ、俺もそろそろ本気でやろうかな、と思いまして」
「ぷっ……あっはははは……っ。面白い、面白いよ、アレン! 何を言うかと思えば、この期に及んで『本気を出す』、だってぇ? 何、このボクを相手に今まで手加減していたの? くくっ、これは傑作だ! キミ、ギャグのセンスだけは最高だね!」
「まぁこちらにもいろいろと事情がありましてね」
俺は別に手を抜いていたわけでもなければ、シンを舐めていたわけでもない。
ただ単純に、『あの状態』がちょっと苦手なだけだ。
「はぁーあ……それなら見せてよ、キミの本気ってやつをさぁ!」
不敵な笑みを張り付けたシンは、一呼吸で間合いを潰し、莫大な霊力を込めた斬り下ろしを放つ。
「アレン……!」
眼前に白刃が迫り、リアの叫びが響く中、俺は魂の奥底――霊核のいる世界の更に深層へ意識を伸ばした。
(……思い出せ)
あのときを――ディールの猛毒に侵され、死の瀬戸際に立たされたときを。
死の淵で掴んだ力。
ゼオンに教わった、闇の力を引き出す方法。
(……辿れ。自分の根源を……!)
魂の奥底――そこには、確かに在った。
あのときと同じ、どす黒く邪悪な力の塊。
次の瞬間、
「……は?」
気の抜けた声が、シンの口から零れた。
自分の放った渾身の斬撃が、まさか鷲掴みにされるなんて、夢にも思わなかったのだろう。
「――さぁ゛て、続きと行こうかぁ゛?」
俺は剥き身の刃を手繰り寄せ、右の拳に闇を集中させる。
「はっはぁ゛、飛ぶぞぉ……!」
「ご、ふ……っ」
漆黒の右ストレートが腹部に深々と突き刺さった結果、シンはまるでボールのように宙を飛び、会場の内壁に全身を強く打ち付けた。
「か、はぁ……っ」
彼は壁に半身をめり込ませながら、空気と血痰を吐き出す。
俺はそこへ飛び掛かり、漆黒の大魔力を解き放つ。
「よぉ、霊力が自慢だったよなぁ゛?」
互いの霊力がぶつかり合い、ゴリゴリゴリという耳をつんざく轟音が響く。
「や、ば……ッ」
シンはたまらず霊力を大量放出、なんとかその場から脱出した。
窮地を逃れた彼は、信じられないと言った表情で呟く。
「……キミ、誰……?」
「あ゛?」
「髪は真っ白だし、顔には妙な黒い紋様。それに何より、さっきまでのキミとは全然雰囲気が違うんだけど……もしかして二重人格ってやつ?」
「あ゛ー……悪ぃな、ちょっと混じんだよ」
俺とゼオンの思考が混線し、幾分か好戦的になってしまう。
ただ、これでも一応制御はできているので、暴走の危険はない。
「ふーん、なるほどね……。確かにキミも特別な存在のようだ」
シンはどこか納得したような表情で、
「誇っていいよ、アレン=ロードル。確かにキミは強かった。――このボクの次にね」
この感じ……どうやらシンも、本気になったらしい。
「刻め――<理外の理>」
次の瞬間――キンッという甲高い音が響いた。
しかし、それだけだ。
シンが握っているのは、これまで通りの普通の一振り。
特段、形状が変わったわけでもなければ、霊力が増したわけでもない。
ただ一点、違いがあれとすれば――瞳だ。
シンの瞳には、勝利の確信がありありと浮かんでいた。
「アレン=ロードル、これで終わりだ!」
「はっ、どんな能力かは知らねぇが、先手必勝だァ……!」
俺は足に霊力を集中させ、互いの間合いを詰めに掛かる。
未知の能力を持つ相手には、とにかく果敢に攻め立てる。
攻めて攻めて攻めまくって、その能力を防御のために吐かせるのだ。
「その単細胞っぷり、メディと同じだね。だから、キミたちは負けるんだよ」
シンはそう言いながら、足元の小石を剣で突き刺し、それをこちらへ投げ付けた。
「なんのつもりだぁ゛?」
こんなもの、目くらましにもならない。
俺は左腕を軽く振るい、眼前に放られた小石を払わんとする。
しかし次の瞬間、
「――石は万物を貫通する」
「なっ、にぃ゛……!?」
薙ぎ払った左腕が破壊された。
なんの変哲もないただの石ころによって、闇の霊力を纏った左腕が粉砕されたのだ。
通常では絶対に起こり得ない現象、間違いなく、なんらかの能力を使用したに違いない。
俺はすぐさまバックステップを踏み、ひしゃげた左腕を闇で完治させる。
「……てめぇ、何をしやがった……?」
「無粋だなぁ。それを言ったらつまらないだろう? 魂装使い同士の戦いは、相手の能力がわからないから面白いんじゃない……か!」
シンはそう言いながら、爆発的な勢いで駆け出し、嵐のような連撃を繰り出した。
「ちぃ……っ」
俺はその全てを回避する。
本来なら黒剣で防御すべきものも、受け流すべきものも、無理な姿勢になってでも強引に避け切る。
<理外の理>の力が不明な現状、その刃に触れることは憚られた。
「あははっ、臆病風に吹かれたのかな!」
挑発的な笑みを張り付けたシンは、石舞台を抉りながら斬り上げを放つ。
鋭い斬撃と共に大量の石片が飛来する。
(くそ、『石』はマズい……っ)
俺は大きく跳び下がり、安全と思えるだけの距離を確保した。
その直後、
「――石舞台は沼となる」
「なっ!?」
着地した場所が、どっぷりと沈み込む。
足元に目を向けると、石舞台がまるで沼のようにぬかるんでいた。
「――風は刃となる」
シンが指揮棒を振るうかのように剣を薙げば、鋭い風の斬撃が殺到してくる。
「くそが……っ」
機動力を奪われた俺は、やむを得ず、闇の衣で防御を展開するが……。
「――風は闇を透過する」
「~~ッ」
風の刃は、いとも容易く闇の守りを突破した。
(……マズイ、完全にシンのペースだ。一度リセットしないと……っ)
悪い流れを断ち斬るため、両の拳に力を込める。
「一の太刀――飛影ッ!」
渾身の飛影を足元に打ち、その衝撃波を利用して空中に浮上、即席で作った闇の足場に着地する。
「あはは、凄い逃げ方をするねぇ。でも大丈夫、お空になんか逃げなくても、舞台はもう沈んだりしないよ。さっ、怖がらずに降りておいで」
小さな子どもをあやすかのような優しい口調。
(普段なら軽く受け流せるレベルの安い挑発だけれど……)
今は短気で怒りっぽいゼオンと混ざっているためか、痒みのようなジクジクとした苛立ちが湧いてくる。
(ふー……落ち着け落ち着け、気持ちの手綱を握るんだ)
大きく息を吐き出し、温まった頭と心を冷やす。
平常心を取り戻したところで、石舞台へ闇を伸ばし、軽く何度か小突いてみる。
(……確かに硬いな)
シンの言う通り、石舞台は本来の硬度を取り戻しているようだ。
(でも、いつまた沼のように沈むかもわからない。……念のため、靴の裏に闇の膜を張っておくか)
こうしておけば、不意に足場がぬかるんだとしても、闇を踏み台に移動できる。
最低限の対策を施した俺は、石舞台に降り立ち、ここまでの戦いを振り返る。
(……なんとなくだけど、わかってきたぞ)
<理外の理>の能力、それは――『ルールの付与』だ。
(最初の一撃では、石に『貫通』を。足を奪った攻撃では、舞台に『沼』を。最後の遠距離斬撃では、風に『刃』と『透過』を。あらゆる物体に独自のルールを付与している。そして今、石舞台がすぐに元の状態に戻っていることから判断して、そのルールは永続的なものじゃない。シンの自由意思によるものか、解除するための条件がありそうだ)
俺が黙り込んだまま、相手の能力を分析していると、シンがクスクスと笑いだす。
「ふふっ、分析できたかな? ボクの完璧にして究極の魂装――<理外の理>を」
「まぁ……悪くねぇ力だな」
確かに、最強を確信するだけのことはある。
(だけど、完璧な能力なんて存在しない。どんな力にも必ず『弱点』があるはずだ!)
シンを打ち倒すには、<理外の理>の性能をもっとよく知らなければならない。
そのためには、攻める必要がある。
果敢に苛烈に過激に、休む暇もなく攻め立て、相手に手札を切らせるのだ。
俺は浅く短く息を吐き、攻撃を開始する。
「――闇の影!」
天高く伸びた闇の触手が、シンを押し潰さんと押し迫る。
「おやおや、また凄い技だねぇ。でも、無駄だよ――闇の影は霧散する」
鋭く尖った闇の触手は、シンの剣に触れた途端、霧となって消え去った。
しかも、それだけじゃない。
新たに闇の影を展開しようとしても、上手く発現しない。
もっと正確に言うならば、発現したそばから霧散していくのだ。
(なるほど……。一度ルールを設定された対象は、そのルールが解除されるまで、同じ縛りを受けるのか)
一つ情報を得た俺は、さらに手札を切る。
「六の太刀――冥轟!」
漆黒の斬撃が迫る中、シンは余裕の態度を崩さない。
「だから、どんな攻撃も無駄だってば――冥轟は消滅する」
冥轟が音もなく消え去ると同時、彼の口から驚きの声が零れる。
「これは……っ」
眼前を埋めるのは、大量の霊力が注ぎ込まれた、殺傷能力の高い飛影。
巨大な冥轟を隠れ蓑にして、こっそりと仕込んでおいたものだ。
(さぁ、どう捌く?)
俺は体重を爪先に載せ、いつでも接近戦を仕掛けられるように前傾姿勢を取る。
一方のシンは――チラリとこちらを一瞥した後、迫り来る飛影を一刀のもとに両断した。
「アレン=ロードル、確かにキミは強い。でも、いくら強かろうと無駄なんだ。ボクは『強さ』という概念の一つ上にある存在だからね」
「あっそ」
くだらない戯言を聞き流しながら、高速で頭を回転させていく。
(……制限は三つ、かな)
①ルールを付与する際、その対象を斬り付けなければならない。
石に貫通を付与したときも、舞台を沈み込ませたときも、風を刃にしたときも――シンはルールの対象となるものを<理外の理>で斬り付けていた。
まず間違いなく、ルールを付与する際の必要条件だ。
②ルールは口頭で宣言しなければならない。
シンはルールを付与したいものを斬り付けた後、対象の名前と内容を必ず口にしていた。
この行為もまた、<理外の理>の能力を発動するための条件だろう。
そうでなければ、あんな自らネタをバラすような真似はしないはずだ。
(そして三つ目の制限……これについてはまだ仮説の段階だけど、多分間違っていないと思う)
シンはこれまで<理外の理>を完璧な魂装と言い、まるで見せ付けるかのようにして、その力を振るってきた。傲岸不遜で超自信家の男が、何故かあのときに限って能力を使わなかった。
(闇の影→霧散・冥轟→消滅という二つのルールがある状態で、彼は飛影に三つ目のルールを付与せず、撃ち落とすという手段を選んだ。しかもその直前、一瞬だけチラリとこちらを見た。あれは多分、俺が前傾姿勢を取っていることを、接近戦の可能性を考慮したんだ)
③同時に維持できるルールは最大で二つ、上限を超えた場合、古いものから順に消えていく。
こう考えれば、いろいろなことに辻褄が合う。
もしもあのとき、飛影にルールを付したら、闇の影→霧散のルールが消えてしまう。
遠距離用の飛影と遠近両用の闇の影――接近戦を考慮した場合、どちらを縛っておくべきかは、火を見るよりも明らかだ。
(つまりシンは『闇の影は霧散する』というルールを解きたくなかったから、敢えて能力は使わずに飛影を撃ち落とした)
石舞台が急にぬかるみ、機動力を奪われたときもそうだ。
石舞台→沼のルールが付与された後、風に『刃』と『透過』のルールが追加された。するといつの間にか、石舞台に付与された沼のルールが消えていた。
①②③の制限を纏めると……<理外の理>は非常に強力な魂装だが、能力の発動までに斬り付け→ルールの宣言という二つの工程を必要とし、同時に維持できるルールは最大で二つ。
(……ようやく見えてきたぞ)
冷静に分析すれば、そう難しいことじゃない。
<理外の理>の守りを突破するには、異なる三種の攻撃を全て同時に叩き込めばいいのだ。
「はぁ……何を考え込んでいるのか知らないけど、無駄無駄無駄。どうせ全部、無為に無意味に無価値に終わる。ボクの前には、遍く総てが平伏すんだからね」
シンはそう言いながら、一文字に剣を薙いだ。
すると次の瞬間、
「――空間は収縮する」
目と鼻の先にシンが立っていた。
「なっ!?」
間合いを詰めた――ではない。
間合いが強引に潰された。
俺とシンの間にあった空間が極限まで収縮された結果、お互いの間合いがゼロになったのだ。
「そら、これは痛いぞー?」
馬鹿げた霊力の込められた剣から、雨のような連撃が放たれる。
「ぐ……っ」
予期せぬ接近のせいで、反応が一拍遅れた結果、斬撃の嵐に巻き込まれてしまう。
(ただの突きがなんて威力だ……ッ)
俺はたまらずバックステップを踏むが……そこへ追撃の一手が迫る。
「逃がさないよ――衝撃は大嵐となる」
<理外の理>を天高く掲げたシンは、力いっぱいに石舞台を斬り付けた。
誰もが予想する凄まじい衝撃波は――しかし起こらず、その代わりに莫大な霊力を秘めた大嵐が発生し、俺の全身をズタズタに斬り裂いていく。
(くそ、自由度が高過ぎる……っ)
常識という理の外からの攻撃、次の一手がまるで読めない。
(でも……今、付与されているルールは二つ!)
<理外の理>のルール枠は最大まで埋まった。
俺の立てた仮説が正しければ、『闇の影』と『冥轟』のルールは解除されているはずだ。
(――闇の影)
シンに悟られないように左拳の中で展開すると――闇の影は正常に発現した。
(よし、当たりだ……!)
予想通り、『闇の影は霧散する』というルールは解かれている。
これで勝利条件は整った。
(勝負は一瞬、超短期決戦! 次の攻撃で決める……!)
俺は回復も後回しにして、詰めの準備に入る。
「――闇の影!」
「その技は効かな……ん?」
素早く伸びた闇の触手は、シンの全周を取り囲むような形で待機。
そのままの状態で、次の一手に移る。
「六の太刀――冥轟!」
漆黒の巨大な斬撃を放つと同時、待機させていた闇の影を射出。
「ふーん、ちょっとは頭を使ったようだね。でも、二連撃じゃ足り……なッ!?」
ここに来て初めて、シンの顔が驚愕に染まる。
それもそのはず――冥轟に身を隠した俺は、シンの背後を完璧に取ったのだから。
「てめぇのネタは、とっくに割れてんだよォ! 十の太刀――碧羅天闇!」
足元から押し寄せる闇の影・正面から殺到する渾身の冥轟・背後から炸裂する碧羅天闇、三つの斬撃による全方位攻撃。
全方位攻撃ゆえに逃げ場はなく、ありったけの霊力を込めたゆえに防御はできず、異なる三つの斬撃ゆえにルールで全てを無効化することも不可能。
「殺ったァ゛!」
俺が勝ちを確信した次の瞬間、
「――残念でしたぁ」
シンが醜悪に嗤い、全てが砕け散った。
そこにあるのは――無。
闇の影も冥轟も碧羅天闇も、まるで手品のように消えてしまった。
「……は?」
呆然とする俺のもとへ、鋭い凶刃が迫る。
「残念無念、また来年っと」
<理外の理>が閃を描き、
「か、はぁ……ッ」
深く鋭い斬撃が、肉を抉り骨を断つ。
ほぼ全ての闇を攻撃に回していたため、生身に食らってしまった。
あまりにも大きなダメージを受けた俺は、おびただしい量の血を流しながら、崩れ落ちるように膝を突く。
「な、ぜ……っ」
「どうしてだろうねぇ? 理解できないだろうねぇ? だってそれが、理外の理という力だからねぇ!」
シンは両手を大きく広げ、朗々と楽し気に語る。
その人を小馬鹿にした言葉と態度を見て――理解した。
こいつが本当に腐った戦い方をしていたことを。
「てめぇ゛……あのとき、飛影をわざわざ斬ったのは……っ」
「ん? あぁ、あれね。ちょっと遊んであげただけだよ。<理外の理>を攻略しようとする、無謀で愚かな敗北者とね」
能力を使わずに飛影を撃ち落としたのも、直前にこちらへ視線を向けたのも、全てはフェイク。
(そう言えば、嫌な奴だったな……)
この戦いの最中、シンはずっと嗤っていたのだ。
必死に思考を巡らせ、<理外の理>の弱点を探す俺のことを。
「だから、最初に言っただろう? <理外の理>は『完璧な魂装』なんだ! 維持できるルールの数に制限はないし、ルールの内容をわざわざ口にする必要もない! もっと言えば、わざわざ対象を斬り付ける必要もない! ボクが触れた万物・万象に対し、絶対遵守のルールを強制する! 究極にして最強の力なのさ!」
「そんな無茶苦茶な……っ」
「そう、普通ならあり得ない。でも、確かにここに在る。だからこそボクは、特別な存在なんだ」
晴れ晴れしい笑顔でそう語ったシンは、
「でもまぁ……遊ぶのはもう終わりにしようかな」
突然ガラリと表情を変え、静かで冷酷な瞳をこちらへ向ける。
「貴族派の連中から聞いているよ。キミの霊核、とんでもなく凶暴なんだってね? 暴走されても面倒だし、ここでスパッと終わらせてしまおう」
「……てめぇの都合で、なんでも進むと思うな゛!」
俺は掌から闇を放出し、その力を利用して跳ね上がる。
「死に晒せぇ゛……!」
ありったけの霊力を黒剣に込め、最強の斬撃を解き放つ。
「五の太刀――断界!」
「だから無駄だってば――黒剣は脆い」
刹那、シンの体を斬り裂かんとする黒剣が砕けた。
「嘘、だろ……!?」
時の世界さえ斬り裂いた最強の斬撃が、あらゆる難局を突破してきた黒剣が、粉々に砕け散ってしまったのだ。
「理解したかい? いつの世も、ルールを作る側が最強なんだよ」
次の瞬間――。
「がっ、ぁ」
俺の胸元に<理外の理>が深々と突き立てられた。
(マズ、い……っ)
絶対に壊されてはいけない器官が――心臓が破壊されてしまった。
(駄目、だ。これを引き抜かせちゃ、絶対に駄目だ……ッ)
湧きあがる激痛を噛み殺し、胸部の筋肉をギュッと締め付ける。
<理外の理>を引かせず、心臓に突き刺さったままの状態で留め置くのだ。
「あはは、器用なことをするなぁ。筋肉を締めて、剣を抜かせないようにするなんてね」
シンは無邪気な笑顔を浮かべたまま、
「でも、それもまた醜い足掻きだねぇ」
俺の胸をトンと突いた。
「アレン=ロードルの心臓は――停止する」
「ぁ、お……っ」
これまで受けた、どんな攻撃とも違う。
命に届く――どころではない。
命を強引に止める、理外の一撃。
(なんだ、これ……体、が……重い。……頭が回らな……ぃ……)
頭に酸素が届かない。思考が上手く纏まらない。
感覚が、どんどん遠く……なって……いく。
明滅する視界はやがて黒く染まり、
(俺はまだ……こんなところ、で……っ)
俺は――アレン=ロードルという剣士は死亡した。
アレン死亡によるBad End.
――――Continue?
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『続きを読みたい!』
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