貴族派と新学年【九】
「……驚いたぞ。まさか真装使いだったとはな……」
「へへっ、もっと喜んでくれよ。これが初見せだぜ?」
メディは不敵な笑みを浮かべながら、舞台に突き刺してあった純白の一振りを引き抜く。
するとそこへ莫大な霊力が結集していき、淡い白光を放つ、
「さぁて、こっからが本番だぜ?」
「真装使い……相手にとって不足はない!」
ローズが桜華一刀流の構えを取ると同時、メディの姿が霞に消えた。
「橘華流――」
「……っ(後、ろ……だが、間に合う!)」
背後を取られたローズは、振り向きざまに鋭い斬り上げを放つ。
しかし、もうそこにメディの姿はなかった。
「遅ぇよ――伊予の乱激!」
二連続の背後取り、完璧にしてやられたローズは、咄嗟の判断で大きく前方へ跳ぶ。
しかし、
「~~ッ」
放たれた連撃は鋭く、彼女の全身に数多の裂傷が刻まれていく。
「はぁはぁ……(なんという速度だ。動きの起こりがまったく見えなかった……っ)」
ローズは一歩二歩三歩と跳び下がり、十分な間合いを確保しようとするが……。
「ひゅー、驚いたぜ。まさか今ので仕留めきれないとはな!」
メディは攻撃の手を緩めることなく、ただひたすら前へ前へ――超接近戦を仕掛けていく。
「そらそらそらぁ! まだまだ行くぜぇ!」
「くっ」
ローズは神懸かった反射神経と<緋寒桜>によって底上げされた霊力で、メディの動きになんと食らい付くが……それでも防御・回避で手一杯、完全に防戦一方となっていた。
魂装<緋寒桜>と真装<非時香菓>、両者の強化能力には、あまりにも大きな隔たりがある。
(……頑張れ……ローズ、頑張れ……ッ)
俺は口を一文字に結び、硬く拳を握りながら、心の中で声援を送り続けた。
「橘華流――柚子断ち!」
初太刀でも見せた、大上段からの斬り下ろし。
それに対して、ローズは剣を水平に構えた。
彼女の防御は完璧だ。
剣を構える角度・衝撃に備える姿勢・重心を置く位置、このまま指南書に載せてもいいほど、非の打ち所がない。
しかし、
「おいおい、馬力が足りねぇなァ!」
メディの強大な霊力によって、ローズの守りは打ち崩された。
姿勢が乱れたところへ、容赦のない横蹴りが突き刺さる。
「か、は……っ」
ローズは肺の空気を吐き出し、舞台の上を激しく転がった。
「……くっ、桜華一刀流――」
このままでは敗色濃厚、そう判断したのだろう。
ローズは素早く立ち上がり、反転攻勢に打って出た。
しかし、
「――だから、遅ぇってば」
メディは半歩踏み込み、完璧なタイミングで技の出を潰す。
「馬鹿、な……っ」
ローズは驚愕に目を見開く。
真装という絶対的な力の前には、剣術さえも通じなかった。
「こいつで終わりだ。橘華流――柚子断ちッ!」
「が、は……っ」
振り下ろされるは、三度目の斬り下ろし。
ローズの胸部に深い太刀傷が走り、彼女の手から桜の太刀が弾き飛ばされた。
「ローズッ!」
俺の叫びと同時、桜の木に残った最後のはなびらが霧のように霧散する。
魂装<緋寒桜>が解除され、彼女はその場に倒れ伏した。
(……ローズは本当によく戦ってくれた)
格上の真装使いに対して、持てる全てを出し尽くし、わずかな勝ち筋を必死に追ってくれた。
ただ……皇学院副将メディ=マールムの実力は、こちらの想定を大きく上回っていた。
ここにいる誰もが「勝負あり」と判断するような状況下において――それでもなお、ローズはゆっくりと立ち上がる。
(もういい……もう、十分だ……っ)
これ以上続けたら、本当に死んでしまう。
「……諦めな、ローズ。あんたは確かに強かった。心・技・体の揃った、理想的な剣士だ。その爪の垢を煎じて、ゴミ野郎に飲ませてやりたいぐれぇだ。でもな――魂装使いじゃ、真装使いにゃ勝てねぇ。それがこの世界の原則なんだよ」
メディの無慈悲な宣告を受けたローズは――「ふっ」と笑う。
「確かに……その通りだ。私もかつてはそう思っていた」
「……思っていた?」
「私は知った、知ってしまった。魂装を身に付けぬまま、魂装使いに打ち勝った男を。魂装使いのまま、真装使いを破った男を……」
「ほぉ、そいつは中々いい男がいるじゃねぇか。どこのどいつだ?」
「ふっ、じきにわかるさ」
ローズが誇らし気に微笑むと同時――その全身から、暴力的なまでの生命の波動が吹き荒れた。
「お、おいおい、マジかよ……ッ」
「初見せだ、喜んでくれるか?」
次の瞬間、
「接げ――億年桜!」
天を覆い尽くさんとする桜の大樹が、ローズの背後に咲き誇る。
美しく舞い散るはなびらは、穏やかな春の香りを載せ、辺り一面を桜化粧に染めていく。
選手も審判も観客も――この場にいる全員が、億年桜の美しさに見惚れていた。
(……あれは間違いない……っ。バッカスさんの霊核億年桜だ!)
どうしてローズがバッカスさんの力を引き継いでいるのか、詳しいことはわからないけれど……。おそらくバレンシア家の特殊な血が、例の『接ぎの契り』が関係しているのだろう。
「こ、これは……っ。私の見間違いでなければ、桜の国チェリンの国宝『億年桜』! いったい何故ここに億年桜が!? ローズ選手が隠して持っていたのか!? 今、いったい何が起きているのでしょうか!? わからぁああああん……!」
職務を思い出した実況が、鼻息を荒くしながら語る中――億年桜から莫大な霊力供給を受けたローズは完全回復、溢れんばかりの生命力を滾らせながら、静かに正眼の構えを取る。
(……あの太刀、そっくりだな)
ローズが握っている桜色の大太刀、サイズこそやや小ぶりなものの、バッカスさんが振るっていたものと瓜二つだ。
「はっ、ローズも真装使いだったのか!」
メディは獰猛な笑みを浮かべ、嬉しそうに声を弾ませる。
「いいや、これはまだ魂装の段階だ。未熟な私では、<生命の樹>を展開することはかなわない」
「するとなんだ、魂装を二つ持ってんのか?」
「私の一族は、少し特殊なんだよ」
ローズは言葉少なに話を打ち切り、重心を深く落とした。
「さて、そろそろ続きと行こう。この力はまだ、そう長く持たないのでな」
「ふーん、持続時間に制限のある真装ね。そんじゃ……早いとこ始めるか。やっぱ真剣勝負は、お互いに最高の状態で、最高の剣術を出し尽くさねぇとな!」
二人はニッと微笑み――吐息を挟む間もなく、互いの間合いを埋める。
「はぁああああああああ……!」
「うらぁああああああああ……!」
桜と橘、壮絶な鍔迫り合いが発生する。
「フッ!(押し通る!)」
「マジ、か……(真装を展開したあたしが……力負け……っ!?)」
単純なパワー勝負で押し切られたメディは、凄まじい勢いで会場の内壁に激突。
ローズが追撃を掛けんと踏み込んだところ――橘の大樹が身を震わせ、純白の花弁を大量に散らせた。
「これでも食っとけ、白扇の舞!」
凄まじい霊力の込められた橘の花が、恐ろしい速度で解き放たれる。
しかし、ローズの足は止まらない。
迫り来るはなびらの刃に突き進み、その身に深く大きな裂傷を負った。
「なっ!?」
予想外の行動を前に、メディの思考が驚愕に埋まり……その直後、納得した。
(おいおい、なんつー回復力だ!?)
ローズの体に刻まれた大量の傷は、一呼吸のうちに完全回復。
幻霊<億年桜>の再生能力は、文字通りの規格外だった。
「桜華一刀流――連桜閃!」
再び放たれる突きの嵐、
「~~っ」
想定外の突撃に虚を突かれ、一拍反応の遅れたメディは、咄嗟の判断でバックステップ。
急所への攻撃だけはギリギリ避けつつ、ローズの射程から距離を取った。
「はぁはぁ……回復力が自慢ってか? 随分とイカツイ戦い方をするじゃねぇか……っ」
「<億年桜>を展開中の私は、文字通り『無敵』だ」
「条件付きの無敵、ね……。魂装・真装の能力は、それが強力であればあるほど、なんらかの厳しい制限が掛かる。あんたの<億年桜>の弱点は、持続時間の短さってわけか」
「あぁ、そうだ。<億年桜>は燃費が悪過ぎて、私の霊力が早々に枯渇する、それゆえ持続時間がある、というわけだ。――どうする、時間切れまで待つか?」
ローズのそんな問いを、メディは鼻で笑い飛ばした。
「馬鹿言え。しなびた大根食ってどうすんだ? 当然、シャッキシャキのをいただくぜ!」
「ふっ、望むところだ!」
好戦的な笑みを浮かべたローズは、踵を力強く打ち鳴らす。
「――千樹観音!」
大地より突き上がるのは、三本の巨大な根。
「はっ、木の根がどうした!」
メディは鋭い白刃をもって、迫り来る根を斬り落とそうとするが……。
「な、にぃ……!?(ただの根っこのくせに、馬鹿みてぇな霊力が込められてやがる……ッ)」
幻霊<億年桜>は霊力の集合体、その根は尋常でないほどに硬く、<非時香菓>の刃さえも寄せ付けなかった。
「こ、の……舐めるなぁああああ……!」
卓越した膂力と剣捌きを以って、千樹観音を受け流したメディは、ローズのもとへ肉薄し――そのままの勢いで接近戦に持ち込む。
「はぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛……!」
「だらぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛……!」
お互い地に足を付けたまま、ゼロ距離でのインファイト。
剣と剣がぶつかり、霊力が跳ね回り、鮮血が飛び散る。
壮絶な斬り合いの最中、僅かな隙を惜しむかのように白打と蹴撃が織り交ぜられる。
勝負は極々単純な持久戦。
ローズとメディ、どちらの体力・霊力が先に底を突くか。
その後、一合・二合・三合と死力を尽くした剣戟の果て、先に限界を迎えたのは――メディだ。
「そこだ……!」
「しま……が、は……っ」
ローズの鋭い横蹴りが刺さり、メディはその体を舞台に投げ出した。
「……く、そ……強ぇな」
彼女は口の端の血を拭いながら、ゆっくりと立ち上がる。
<非時香菓>からの霊力供給も尽きたのか、ボロボロの体は一向に回復しない。
どこからどう見ても満身創痍、もはや剣を振ることさえかなわないほどの重傷、そんな絶体絶命の状況下で、メディは今日一番の笑みを浮かべる。
「それじゃ最後に……デケェの一発、あげるか!」
会場全体に轟く大声と同時、メディの背後にそびえ立つ橘が枯れていき――<非時香菓>の白刃に莫大な霊力が宿った。
「次、だ。次の斬撃があたしの全身全霊、ありったけを載せた渾身の一撃だ!」
通常の戦いにおいて、全霊力を一刀に注ぐことはない。ましてやそれを自ら公言することなんてあり得ない。
もしもその一撃を避けられれば、その瞬間に敗北が確定するからだ。
しかし、
「あぁ、受けて立とう」
ローズ=バレンシアという剣士は、そんな野暮ったい勝ちを拾わない。
お互いに全てを出し切った、本当の意味での決着を望んでいる。
メディもそれを理解しているからこそ、敢えて口にしたのだろう。
激しい剣戟を繰り広げた二人の間には、確固たる信頼関係が築かれていた。
「「……」」
束の間の沈黙が流れ、張り詰めた空気が満ちる中、
「そんじゃ……行くぜ?」
「あぁ、来い……!」
二人の視線が交錯し――メディが白刃を振り下ろす。
「――橘華流奥義・天羅白奏!」
放たれるのは極大の白光。
神話の雷を思わせるそれは、直線状の一切を消し飛ばしながら突き進む。
一方のローズは、
「桜華一刀流奥義――」
ゆっくりと桜の大太刀を構える。
それは奇妙な瞬間だった。
遅くて速い、まるで時間の流れを引き伸ばしたかのような不可思議の時間。
(あ、あれは……っ)
そのとき、重なった。
彼女の構えが、立ち姿が、息遣いが――かつて世界最強と呼ばれた剣士、バッカス=バレンシアとぴったり重なった。
刹那、
「――鏡桜斬」
桜の刃が満開に咲き誇り、世界を桜色に染め上げた。
凄まじい衝撃波と砂埃が吹き荒ぶ中、魂装<億年桜>と真装<非時香菓>が同時に消失。
視界が開けるとそこには――無傷のローズと満身創痍のメディが立っていた。
(嘘、だろ……あの傷でまだ……!? 強化系の真装使いは、ここまで頑丈なのか……っ)
メディは生きているのが不思議なほどのダメージを抱えながら、それでもなお二本の足で、自らの力で立っている。
誰もが絶句する中、
「……ローズ=バレンシア……、あんた、最高にかっこいいぜ……ッ」
メディは会心の微笑みを称え、そのままゆっくりと倒れ伏した。
「め、メディ=マールム戦闘不能! よって勝者――ローズ=バレンシア!」
実況の勝敗宣言が轟けば、観客席から割れんばかりの大歓声が湧きあがる。
「す、凄ぇええええええええ……!」
「ローズ=バレンシア、とんでもねぇ剣士だな!」
「メディの嬢ちゃんも凄かったぜ!」
「今の戦いは、間違いなく剣王祭の歴史に残るな!」
観客はみんな総立ちになり、惜しみない拍手を送る。
(……強い。やっぱりローズは、とんでもなく強い……!)
正々堂々、見ていて気持ちがいい、文字通りの真剣勝負。
ローズもメディも、本当に素晴らしい剣士だった。
激闘の興奮が未だ冷めやらぬ中――四人の医療スタッフが、メディのもとへ駆け寄る。
「おいおい、こりゃヤベェな……っ」
「さすがは強化系の真装使い、こんなの普通だったらとっくの昔に死んでるぞ……」
「担架持って来い! 早くしろ!」
「回復系統の魂装使いに緊急連絡! 一分後に処置を開始できるよう、霊力を最大級に充填したまま、医務室に待機しておいてくれ!」
彼らが丁寧かつ迅速な手際で、応急処置を進めていると、
「……ロー、ズ……っ」
担架に載せられたメディが、ローズの方に右手を伸ばした。
「なんだ?」
「はぁはぁ……来年、またやろうな!」
メディはそう言って、ニッと晴れやかに笑う。
それはどこまでも真っ直ぐで、一片の曇りもない笑顔だった。
一方、来年の『指名予約』を受けたローズは、
「もちろん、臨むところだ」
嬉しそうにクスリと微笑み、メディの右手をがっしりと握る。
ローズとメディ、この二人は今後もいいライバル関係を築けそうだ。
その後、舞台から降りたローズは、疲労を感じさせる足取りで、ゆっくりとこちらへ歩みを進める。
「ローズ、おつかれ。最高の戦いだったな!」
「おつかれさま、ローズ! とっても格好よかったわ!」
俺とリアがそう言うと、
「真装使いに勝つなんて、さすがはローズさんね」
「億年桜を出したときは、さすがのリリム様もびっくらこいたぜ!」
「めちゃくちゃ綺麗だったんですけど!」
「ローズ先輩の剣戟、めちゃくちゃ痺れました……!」
会長・リリム先輩・フェリス先輩・ルーも、口々に絶賛の言葉を並べた。
「ふっ。だから、任せろと言った、だろ、ぅ……っ」
ローズは突然たたらを踏み、俺の胸にしなだり掛かってきた。
「だ、大丈夫か!?」
「あぁ……すまない、軽い霊力欠乏症だ。楽にしていれば、すぐによくなる」
ゆっくりと体勢を立て直した彼女は、近くのベンチに腰掛け、持参した水筒で喉を潤す。
この様子だと、大丈夫そうだ。
とにもかくにもこれで二勝二敗。
千刃学院の勝敗は、大将戦――俺とシン=レクスの戦いで決することになった。
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