貴族派と新学年【八】
それからしばらくの間は、忙しいけれど、充実した毎日を送った。
午前は肉体強化を中心とした授業、お昼は定例会議ことお昼ごはんの会、午後は魂装の能力強化を中心とした授業、放課後は素振り部の活動、寮に帰った後は自主トレーニング。
そんないつもの日常はあっという間に過ぎ去り――いよいよ剣王祭、当日を迎えた。
俺たちは昨年同様、まずは一度生徒会室に集合し、全員が揃ったところで、本選の舞台となる『国立聖戦場』へ向かう。
国立聖戦場はリーンガード皇国が指定した重要文化財で、剣王祭や一部の祭事にのみ一般開放される。
「……懐かしいな……」
昨年の激闘――白百合女学院イドラ=ルクスマリアとの剣戟に想いを馳せていると、背後から南訛りの方言が聞こえてきた。
「あらあらぁ? どっかで見たような筋肉達磨がおるかと思えば、初戦敗退確実の千刃学院の理事長様やないの」
振り返るとそこには、フェリス=ドーラハインの姿があった。彼女の背後には、氷王学院の生徒がズラリと列を成している。
「おー、これはこれは……昨年どこぞの無名学院に敗れた、氷王学院の理事長様ではないか!」
レイア先生とフェリスさんは、ニコニコと笑顔を張り付けたまま、ゆっくりと互いの距離を詰め――突然、取っ組み合いの大喧嘩を始めた。
(……はぁ、またか)
この二人は、相も変わらず犬猿の仲だ。
「――久しぶりだな、ゴミカス」
「おぉ、神よ……! お会いできて光栄の至りでございます!」
「お久しぶりです、シドーさん、カインさん」
こちらもまた相変わらず、愛想ゼロのシドーさんと友好度マックスのカインさん。
「てめぇと殺し合うのは明日――決勝の舞台だ。俺にぶち殺されるまで、誰にも負けんじゃねぇぞ?」
「はい。殺し合いじゃなくて、クリーンな戦いをしましょう」
俺とシドーさんが再戦に燃える中、
「バーカバカ、アホ、ボケ! 厚化粧の狐女!」
「脳みそカラッカラの筋肉達磨! 語彙力ゼロのボケナスビ!」
大きな子ども同士の喧嘩は、今や佳境を迎えていた。
(あぁ……恥ずかしい)
大通りのど真ん中で、周囲の目を全く気にすることなく、好き勝手に罵り合う二人。
あれが自分たちの理事長という、あまりにも残酷な事実に打ちのめされそうになる。
多分、みんな同じ気持ちなのだろう。
千刃学院と氷王学院の生徒は、揃って視線を伏せていた。
「……レイア先生、喧嘩はこの辺りにして、会場へ向かいましょう」
「お嬢、そろそろ行こう」
俺とシドーさんが二人の仲裁に入り、まるで動物園のような騒ぎは一旦の閉幕を見せる。
千刃学院は西側の受付へ、氷王学院は東側の受付へ、それぞれの行く先へ向かった。
「――千刃学院の理事長レイア=ラスノートだ」
「はい、かしこまりました。登録を済ませますので、少々お待ちくださいませ」
先生が受付の手続きを進めていると、背後から聞き覚えのある声。
「あ、アレンだ」
振り返るとそこには、白百合女学院一行を率いるイドラがいた。
「おはよ、奇遇だね」
「おはよう、イドラっと……ケミーさん!?」
白百合女学院一行の中央部には、猿ぐつわを嵌められた挙句、両手を荒縄で縛られたケミー=ファスタがいた。
彼女の首には木板が掛けられ、そこには『私は犯罪者です』と書かれている。
「なぁイドラ、ケミーさんのこれって……」
「気にしないでほしい。またやったの」
「そうか、それなら仕方ないな」
ケミーさんのことだ。
どうせまた碌でもないことをしでかしたのだろう。
「ねぇ、アレンも大将だよね?」
「あぁ。ということはイドラも?」
「うん、同じ。順当に行けば、準決勝で当たるね」
「そうなるな」
氷王学院とは真反対のブロックだけど、白百合女学院とは同じブロックだ。
「一つ、聞いて欲しいことがある」
「なんだ?」
「私はアレンに負けてから、とてもとても鍛えた。だから――今年は絶対、あなたに勝つ」
イドラの瞳には、強い覚悟が浮かんでいた。
「俺だって、かなり鍛えてきたつもりだ。大将戦、いい試合にしよう」
「うん」
俺とイドラは固く握手を交わし、互いに戦意を高め合ったのだった。
■
千刃学院の受付が終わった後、レイア先生は理事長専用の観覧席へ移動。
本選に出場する剣術学院の生徒たちは、石舞台の上に整列し、開式の辞に耳を傾けていた。
「――え゛ーっ、それでは私の御挨拶は、ここまでにさせていただきます。長らくのご清聴、ありがとうございました」
剣王祭実行委員による厳粛な挨拶が終わり、各剣術学院の選手は控室に引き下がり、ここからの進行は実況解説の女性が担当する。
「――さぁさぁさぁ、来ました来ました来てしまいました、剣王祭・本戦ッ! 剣術学院の頂点を決める熾烈な戦いが、今始まろうとしております!」
実況の女性のよく通る声に応じて、割れんばかりの歓声が巻き起こった。
(……相変わらず凄いな)
皮膚がびりびりと震え、お腹の底にズシンと残る。
去年味わったものと同じ、否、それ以上の音圧だ。
「今年の剣王祭は、初戦から超激熱のスーパーカードが組まれております! みなさんご存じ、『五学院』同士の一騎打ちぃ! まずは西門――五学院が一つ、千刃学院! 長期に渡り不振に喘ぐ古豪ですが、近年はアレン=ロードルを筆頭にして、素晴らしい剣士たちの活躍が目立っております!」
実況から紹介を受けた俺たちは、西門をくぐって入場する。
「続いて東門――こちらも同じく五学院が一つ、『常勝の絶対王者』皇学院! 七聖剣シン=レクスが率いるは、当代無双の最強剣客集団です!」
逆サイドの東門からは、スカウティングレポートで見た、皇学院の選手たちが入場してきた。
先頭から順番にドレファス=アインベルク、ゴドリック=エメルソン、ネメネン=トットルー、メディ=マールム、そして問題の……あれ?
一人、足りない。
皇学院の大将シン=レクスがいないのだ。
「えーっ、こちら皇学院の理事長より連絡がありまして……。皇学院の大将シン=レクス選手につきましては、体調不良(眠たい)らしく、控室で眠っているとのことです!」
……相も変わらず、人のことを舐めた男だ。
「さぁでは気を取り直して、先鋒戦に参りましょう! 千刃学院ルー=ロレンティVS皇学院ドレファス=アインベルク!」
その瞬間、会場のボルテージが一気に跳ね上がった。
「ルーさん、頑張ってね!」
「年に一度の大舞台だ! 楽しんで来いよー!」
「ファイトなんですけど……!」
会長・リリム先輩・フェリス先輩がエールを送り、
「ルー、頑張れよ!」
「ルー、応援しているわよー!」
「緊張は大敵だ。いつもの自分で臨むといい」
俺・リア・ローズも全力で応援する。
みんなの後押しを受けたルーは、
「はい、ありがとうございます!」
嬉しそうに微笑み、軽やかなステップで舞台に向かう。
それに続いて上がったのは、皇学院の先鋒ドレファス=アインベルク。
前情報にあった通り、騎士のような佇まいの大柄な剣士だ。
「両者、準備はよろしいですね? それでは――はじめッ!」
こうしてルーとドレファスの戦いの火蓋が、切って落とされたのだった。
■
「そこっ!」
「甘いわ!」
ルーの赤茶けた二本の小太刀とドレファスの大剣が火花を散らす。
(……いい戦いだな)
ここまでの展開、体術と剣術ではルーが勝り、魂装の能力ではドレファスが上を往く。
一進一退の攻防……のようにも見えるが、実際のところは少し違う。
「食らえぃ! 虎の礫!」
ドレファスが魂装の力を発動させ、鋭利な石の礫を高速で飛ばす。
「なんの、これしき……っ」
ルーはそれを華麗な身のこなしで捌いていくが……。
非常に広範囲にわたる攻撃のため、完璧に回避することはかなわず、手足に僅かな生傷が生まれる。
(……さすがにそろそろきついか)
ルーはまだ魂装の能力を使っていない。
もっと正確に言うならば――使えない。
彼女の魂装<共依存の愛人>は、自分と相手の状態を強制的にリンクさせる能力を持つ。
簡単に言えば、両者の傷を共有するというものだ。
例えば、ルーが自身の右手を斬り裂けば、相手も全く同じ箇所に同程度のダメージを負う。
距離や障害物、互いの技量を一切排した攻撃、非常に強力な能力だが……。
自傷が前提にある力のため、こういう一対一の戦闘では、ほとんどまったく使えない。
(……厳しいな)
実際ここまでの戦いで、ルーは一度も能力を使っておらず、苦しい試合運びを強いられていた。
その後、剣戟は徐々にヒートアップしていき、両者の体に生傷が目立ち始めた頃――ついに、『そのとき』が来てしまった。
「熊の地割!」
「しまっ!?」
ルーの姿勢が崩されたところへ、強力な一撃が差し込まれる。
「これで終わりだ! ――象の覇鎚!」
ドレファスが魂装を振り下ろすと同時――頭上に出現した巨大な土のハンマーが、ルー目掛けて勢いよく振り下ろされた。
「ま、ず……ッ」
刹那、凄まじい衝撃が吹き荒れ、激しい土煙が巻き上がる。
「ドレファス選手の強烈な一撃が炸裂! これはルー選手、万事休すかぁ!?」
実況が煽り、医療班が出動態勢に入ったその瞬間、
「――残念、でした!」
土煙の中から、無傷のルーが飛び出した。
「ば、馬鹿な!?」
信じられない事態に狼狽するドレファス。
一方のルーは、ここが勝負どころだと判断したのか、全速力で間合いを詰めていく。
「真っ正面! 舐められたものだ……なっ!?」
迎撃の構えを取ったドレファスは――何故か突然ガクンと姿勢を崩す。
見ればその右足には、じんわりと鮮血が滲んでいた。
「何、が……!?」
一瞬の困惑。
その直後、ドレファスの首筋に<共依存の愛人>が突き立てられる。
「どうします、まだやりますか?」
ルーの冷たい宣告が響き、
「……まいった、降参だ」
ドレファスは静かに視線を伏せた。
「――勝者ルー=ロレンティ!」
審判が勝敗を宣言し、会場が一気に湧きあがる。
「まさに電光石火、怒濤の展開でした! 一瞬ドレファス選手が勝ったかと思いきや、土壇場での大・逆・転! やはり剣王祭の本選、なんというレベルの高さでしょうか! 片時も目を離すことができません!」
千刃学院の応援席から、大歓声が噴き上がる中――。
(……どういうことだ?)
俺はどこか釈然としない気持ちを抱いていた。
魂装<共依存の愛人>は、自身と相手の状態をリンクさせるもの。
土煙が巻き上がる中、ルーはおそらく能力を発動――自身の右足を剣で刺し、ドレファスの機動力を封じた。
しかしどういうわけか、ルーは無傷のままで、ドレファスだけが右足をやられている。
(いや、それよりも……)
ドレファスが放ったあの攻撃は、間違いなく入っていた。
あそこから避けるのは、強化系の魂装使いでもなければ、まずもって不可能だ。
(……ルーは何か、別の能力を隠している……?)
彼女は元々、ちょっと歪な存在だ。
一年生とは思えない見事な剣術と体術。
千刃学院の入学試験を受ける前から、なんらかの手段で魂装を会得していた。
それにもかかわらず、特別名の知れた剣士というわけでもない。
(……また今度、それとなく聞いてみようかな)
とにもかくにも、まずは幸先のいいスタートを切ることができた。
この調子で次の次鋒戦も、勝ちをもぎ取りたいところだ。
■
そうして続く次鋒戦――千刃学院シィ=アークストリアVS皇学院ゴドリック=エメルソンの試合は、これ以上ないほどに激しく美しいものだった。
(……綺麗だな)
会長は持ち前の精緻な剣術と魂装<水精の女王>の能力を使い、息をつく暇もない多種多様な連続攻撃を仕掛ける。
一方のゴドリックは研ぎ澄まされた剣術と結晶を操る魂装を振るい、あらゆる角度から隙間のない多段攻撃を仕掛ける。
まさに技巧と技巧のぶつかり合い。
同じタイプの二人の剣士の激闘は――。
「そこまで! 勝者ゴドリック=エメルソン!」
紙一重の差でゴドリックに軍配が上がった。
「ふぅ……ごめんなさい、負けちゃった」
白熱の死闘を演じ、数多の生傷を負った会長は、申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ、素晴らしい戦いでした」
会長とゴドリックの実力は伯仲しており、勝敗を分けたのは、本当に極々僅かな差だった。
きっと十回戦えば、五勝五敗に落ち着くだろう。
「くぅ、惜しかったなぁ……っ」
「紙一重だったんですけど……」
リリム先輩とフェリス先輩は、まるで自分のことのように悔しがり、
「会長、ナイスファイトでした」
「息をつく間もない、見事な一戦だった」
「凄かったです! 間違いなく、今大会のベストバウトの一つでした!」
リア・ローズ・ルーも、賞賛の言葉を口にする。
「みんな、ありがとう。――それじゃリアさん、次の試合は任せたわ」
「はい、任せてください!」
会長からバトンを渡されたリアは、責任感に燃えるのだった。
■
「お次は中堅戦! リア=ヴェステリアVSネメネン=トットルーを開始します! 両選手は舞台へおあがりください!」
実況の指示に従い、リアとネメネンが舞台上へ移動する。
「さぁさぁ両者、準備はよろしいですね? それでは――はじめッ!」
試合開始と同時、両者は同時に魂装を展開。
「侵略せよ――<原初の龍王>!」
「力こそ美――<|究極絢爛の自然美《アルティメット・グリーン>!」
ネメネンの魂装<究極絢爛の自然美>は、広域に森を展開し、範囲内の植物を自由自在に操る。
黒白の業火と森の植物。
能力の相性的には、リアの方が有利なはずだ。
しかしここで――『異変』が発生した。
いったいどういうわけか、リアの魂装は展開されず……。
「う、そ……っ。どうして、今な、の……まだ、先のはず……ッ」
彼女は胸を押さえて、その場で膝を突いた。
「リア!?」
俺の叫びと同時、
「――リア様ッ!」
血相を変えたクロードさんが、観客席から飛び出し、リアのもとへ駆け寄った。
「お、おーっと、これはいけません! 警備の方、対応をお願いします!」
警備担当の聖騎士が出動し、会場が大きくざわついた。
「リア様、ご無事ですか!?」
「はぁはぁ……大丈夫、よ……っ」
「<原初の龍王>は!?」
「なんとか……抑え込めた、わ。『予定』よりもかなり早いから、まだ力が溜まり切っていないみたい……」
俺たちは出動した聖騎士に、クロードさんが千刃学院の生徒であることを説明しながら、今も荒々しい息を吐くリアのもとへ向かう。
「リア、大丈夫なのか!?」
俺の問い掛けに対し、彼女は力なく頷いた。
「……えぇ、少しすれば……よくなる、はずよ」
その後、剣王祭は一時中断。
次鋒戦の取り扱いについて、審判団が協議した結果――千刃学院側の反則負けとなった。
問題の起点となったのが、千刃学院の選手リア=ヴェステリアであったこと。
観客席から飛び出したクロード=ストロガノフが、こちらもまた千刃学院の生徒であったこと。
審判団の説明によれば、上記二点を考慮した末に下した判定らしい。
まぁ……これについては、甘んじて受け入れるしかないだろう。
その後、十五分ほどが経過し、リアのコンディションがようやく落ち着いてきた。
「まさかこんなことになるなんて……本当に、本当にごめんなさい……っ」
人一倍責任感の強い彼女は、唇を噛み締めながら、深々と頭を下げる。
「大丈夫、気にしないでちょうだい」
「シィの言う通りだ。私達なんて、去年の剣王祭でアレンくんの足を引っ張り倒したからな!」
「気に病む必要なんか、どこにもないんですけど」
会長・リリム先輩・フェリス先輩は、温かい言葉を掛けてくれていたが……。
「でも、私のせいで……っ」
自責の念に駆られたリアは、強く硬く拳を握り締めた。
そんな彼女の背中を――ローズがポンと叩く。
「案ずるな。何も心配する必要はない」
「……ロー、ズ?」
「この後は副将戦と大将戦、私とアレンが出るのだ。当然、負けるわけがないだろう?」
彼女は心強い言葉を発し、不敵な笑みを浮かべるのだった。
■
「え゛ー、予想外のハプニングもありましたが、気を取り直して――これより副将戦! 千刃学院ローズ=バレンシアVS皇学院メディ=マールムの試合を開始します!」
実況が再びマイクを取り、観客席からは大歓声が湧きあがる。
「千刃学院のローズ選手は、かの有名な桜華一刀流の正統継承者! 研ぎ澄まされた剣術で相手を圧倒する、超技巧派剣士! それに対するメディ選手は、こちらもまた有名な橘華流の免許皆伝! 圧倒的なパワーで相手を捻じ伏せる、パワータイプの剣士です!」
熱い選手紹介を受けながら、ローズとメディは舞台へあがり、視線の火花を散らせる。
(……彼女が皇学院の副将メディ=マールム、か……)
メディ=マールム。
身長は170センチほど。透明感のある綺麗なロングの金髪は、オレンジを模した髪留めで後ろ手に纏められている。
大きな琥珀の瞳・どこか気の強そうな顔が特徴的な真っ白な肌の美少女。大きな胸・ほっそりとした腰・スラッと伸びた肢体、非常にスタイルがいい。
上は純白のシャツ、胸には赤いネクタイ。腰にはベージュのカーディガンを巻き、下は黒のミニスカート。皇学院の女子用の制服を着崩している。
会長のスカウティングレポートによれば……「猛者の犇く皇学院でも頭抜けた実力を持つ、シン=レクスに続くナンバーツーの剣士」らしい。
「両者、準備はいいですね? それでは――はじめッ!」
開幕と同時、ローズは魂装を展開。
「染まれ――<緋寒桜>」
彼女の背後に大きな桜の木が出現し、桜吹雪が舞い散った。
「ひゅー、綺麗な能力じゃねーか」
色鮮やかな桜のはなびらを見たメディは、口笛を吹きながら率直な感想を口にする。
一方のローズは、
「私の魂装は<緋寒桜>、背後にある桜の木が枯れ落ちるまでの間、使用者に莫大な霊力をもたらす。早い話が、シンプルな強化系統の魂装だな」
どういうわけか、自身の能力を明かしてしまった。
それを受けたメディは、不快げに目を細める。
「おいてめぇ……自ら能力を明かすなんて、あたしのこと舐めてんのか?」
「勘違いするな、これは私の流儀だ。剣士の勝負は真剣勝負――こちらだけが相手の情報を知っているというのは、どうもしっくりと来ないのでな」
ローズは正々堂々、真剣な一騎打ちを望んでいた。
なんというかまぁ……彼女らしいやり方だ。
「ふーん、あくまで平等に、ってわけね。……いいよ、あんた、うちの好きなタイプだ」
メディが微笑むと同時、莫大な霊力が迸る。
「薫れ――<花橘>!」
次の瞬間、空間を裂くようにして、純白の刀剣が現れた。
それと同時、メディの背後から巨大な橘の木が立ち昇る。青々と生い茂る大樹からは、途轍もない生命の息吹が――莫大な霊力の波動が感じられた。
「あたしの魂装は、<花橘>! 知ってっと思うが、超々純粋な強化系だぜ!」
メディは自身の能力を明け透けに語るや否や、ローズ目掛けて真っ直ぐ一直線に駆け出す。
「――橘華流・柚子断ち!」
振り下ろされるは、全体重を載せた白刃。
フェイントも駆け引きも何もない、ただただ力いっぱいに放たれた、大上段からの斬り下ろし。
「――桜華一刀流・夜桜!」
真っ正面から迎え撃つは、同じく、全体重を載せた桜の刃。
渾身の一撃同士の衝突は、激しい衝撃波を生み、お互いの霊力が会場全体に吹き荒れる。
「ははっ、いいねいいねぇ! あたし相手に力負けしてねぇじゃん!」
「そちらも……なッ!」
ローズは言い切ると同時――石舞台を力強く踏みしめ、その反発力を以って、メディを押し返した。
「桜華一刀流――連桜閃ッ!」
相手の着地際の隙を逃さず、すぐさま苛烈な連撃を差し込む。
首・脇・大腿など、急所を狙い澄ました突きの嵐は、
「甘ぇよ! 橘華流――金柑円!」
弧を描くような斬撃により、全て撃ち落とされてしまう。
その後、純粋な強化系同士の戦いは熾烈を極めた。
「はぁああああああああ……!」
「うらぁああああああああ……!」
桜と白――二色の剣閃が幾度も幾度ぶつかり合い、鮮やかな火花を宙空に散らす。
(なんて激しい剣戟なんだ……ッ)
あらゆる剣が文字通り、渾身の一撃。
全体重・全腕力・全脚力、肉体を総動員した本気の斬撃が風雨の如く飛び交い、お互いの体に生々しい裂傷を刻んでいく。
しかしその直後、<緋寒桜>と<花橘>それぞれの強化能力によって、たちまちのうちに全快――休む間もなく、目の前の敵に斬り掛かる。
瞬きさえも隙となる、ゼロコンマ一秒を競う死闘。
今のところ、単純な筋力は互角。
魂装の出力はメディがやや勝る。
しかし――こと剣術においては、ローズが遥か上を往っていた。
「桜華一刀流――雷桜!」
「ぐ、ぉ……っ。こ、の……橘華流――八朔突き!」
稲光の如く鋭い斬撃を肩口に受けたメディは、痛みを奥歯で噛み殺し、猛烈な連続突きで反撃するが……。
ローズは素早い足運びで、その全てを完璧に回避。
「桜華一刀流――桜閃!」
必要最小限の動きで攻撃を避け、隙の少ないカウンターを確実に叩き込む。
敵の呼吸を読み、思考を読み、その先にある剣を読む。
『実戦の剣』桜華一刀流が、その真価を正しく発揮していた。
(さすがはローズだな……)
バッカスさんとの修業を経て、ローズ=バレンシアの剣はさらなる高みへ昇っていた。
「くそ、が……っ」
手傷を負ったメディは、<花橘>から霊力を引き出し、即座に完全回復する。
しかし、
(……少し、遅くなっている)
メディの治癒速度は、戦闘開始時と比較してわずかに鈍化していた。
強化系統の本質は『強化』であり、『回復』は副次効果に過ぎない。
俺の闇もそうだが、回復の力を使うには、強化よりも遥かに多くの霊力を要する。
攻防緩急自在のローズと真っ直ぐ一辺倒のメディ。
どちらがより多くのダメージを受け、どちらがより頻繁に回復したか、敢えて言うまでもないことだ。
「……ローズって言ったか、あんたマジで強ぇな……っ」
「そういうメディもな」
ローズとメディは、十分な間合いを保ったまま、お互いの剣を称え合う。
同じ年齢・同じ系統の魂装を持つ女剣士、何か通ずるものがあったのだろう。
(いける。いけるぞ……! <緋寒桜>の花弁は、まだ十分に残っている。魂装の持続時間は問題ない! このまま何事もなくいけば……勝てるぞ!)
俺が拳をギュッと握ると同時――メディの纏う空気が変わった。
「……あーぁ、こいつはシンの馬鹿をボコすための奥の手なんだが……しゃーねぇよな。こんないい剣士がいるなんて、普通は思わねーもんな」
彼女はそう言って、魂装<花橘>を石舞台に突き刺した。
次の瞬間、これまでとは比較にならない、爆発的な霊力が吹き荒れる。
(……嘘、だろ……っ)
この感じ、間違いない。
しかし、そんなことあり得ない。
だって、あれは……あの力は……っ。
「天路辿りて霊果を喰らい、久遠の薫香に偲び酔え――<非時香菓>!」
メディの叫びに呼応し、彼女の背後にそびえ立つ橘の木が満開に咲き誇った。
強靭な枝と幹は音を立てて伸び、青々とした新緑が芽生え、五枚の弁からなる美しい白い花が咲き――大樹の各所に丸々と太った果実を宿す。
(強化系の……『真装』……ッ)
橘の大樹から発せられる霊力は、まさに『規格外』と言うほかない。
単純な出力だけを見れば、フォンの真装<浄罪の白鯨>さえ上回っているだろう。
強化系に属する能力は、複雑な搦め手や初見殺しの能力こそないものの、霊力・膂力・反射神経といった基本的なスペックを大幅に向上させる。真っ正面からの斬り合いや単純な霊力勝負ならば、最も強い系統の力だ。
(さすがは皇学院の副将というべきか……)
まさか真装まで習得しているなんて、完全に予想外の事態だ。
※大切なおはなし
『面白いかも!』
『続きを読みたい!』
『陰ながら応援してるよ!』
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