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一億年ボタンを連打した俺は、気付いたら最強になっていた~落第剣士の学院無双~  作者: 月島 秀一


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貴族派と新学年【六】


「おー、そう言えば今年度から、事前抽選制になったんだっけか」


「その他にも、いろんな制度が変わったとか聞いたんですけど……?」


 リリム先輩とフェリス先輩の問い掛けに対し、会長はコクリと頷いた。


「えぇ、その通りよ。……うん、ちょうどいい機会かもしれないわね。抽選が始まるまでもう少し時間も掛かりそうだし、『剣王祭改革』についてちょっとまとめておきましょうか」


 会長はそう言って、コホンと咳払いをする。


「みんなも知っての通り、今年度の剣王祭は、通常よりもかなり早く開催されることが決まったわ。でも実は、それと同時に三つの制度改革が実施された」


 彼女はピンと人差し指を立てる。


「まず一つ目は、五学院のシード枠指定。剣王祭における五学院の予選突破率は――ほぼ100%。例年、不運にも予選の最序盤で五学院とぶつかり、早々に舞台を去らなくてはならない剣術学院が出て、ちょっとした問題になっていたの。剣王祭は全国的な知名度が抜群に高くて、自分と学院の名を売る絶好の舞台。『ただくじ運が悪かったというだけで、その貴重な場が奪われるのはどうなのか?』、『いっそのこと、五学院は特別扱いにして、予選を免除すればいいのではないか?』。もう何年も前からこういう議論がされていて、今回の五学院のシード枠指定は、それに応えたものね」


 確かこの話は、一週間ほど前のホームルームで、レイア先生から説明があったものだ。


 実際にもう剣王祭の予選は、三日前に終わっており、残すは本選と決勝戦のみ。

 もちろん千刃学院は五学院の一つだから、今年度の予選は戦わずして突破となっている。


「そして二つ目は、学生剣士の保護策の実施。剣王祭は非常にタイトなスケジュールが組まれていることで有名よね? 誰が考えたのかは知らないけれど、予選・本選・決勝が三日連続して行われる超々過密日程。過酷な連戦をこなすうちに体力や霊力の問題が発生して、これ以上は戦えない剣士が、どうしても何人かは出てきてしまう。そうして不本意ながら棄権せざるを得ない学院が頻出して、非常に大きな問題になっているの。……まぁこれについては、私たちにも苦い思い出があるわね」


「うぅっ、去年の傷痕が……っ」


「じくじくと(うず)いてきたんですけど……っ」


 リリム先輩とフェリス先輩が、苦しそうに胸の当たりを押さえ出した。


 昨年の剣王祭において、俺たちは白百合女学院に歴史的勝利を収めたものの……。

 それまでの戦いにおける消耗があまりに激しく、棄権せざるを得なくなったのだ。


「まだ体の出来上がっていない学生剣士を保護するため、日程の緩和とリザーブ制度が設けられることになったの。日程の緩和、これはとてもシンプルな変更ね。予選の一週間後に本選、本選の三日後に決勝戦――こうすることで時間の余裕を持たせたってわけ」


「それは名案ですね」


「確かに、この変更は非常に助かるな」


 リアとローズは、揃って賛同の意を示した。


「それからリザーブ制度の新設。各剣術学院は最大二人の剣士を予備登録することができるようになったわ。本登録された選手と予備登録された選手は、試合が開始する前であれば、いつでも交代することができるの。こうすることで、不本意な棄権をなくそうという狙いね」


 日程の緩和とリザーブ制度、学生剣士の保護策というだけあり、どちらも非常にいい制度だ。


「そして最後の三つめは、トーナメントの発表が、本番当日から事前抽選制に変更されたの。例年、剣王祭のトーナメントは、本番当日に発表される。でも今年度からは、本番当日の混乱を避けるため、事前にトーナメントが組まれることになったの。……っと、いいタイミングね。ちょうど始まるみたいよ」


 会長はそう言って、液晶モニターの方へ視線を向けた。


 画面に映っているのは、だだっ広い講堂のような場所。

 舞台の上には御老人と両サイドに二人の男女が立っており、その下には大勢の聴衆やメディア関係の人たちが詰めかけていた。


「さぁさぁ、ついにこの日がやって来ました! 剣王祭本選の抽・選・会!」


「厳しい予選を勝ち抜いた十一の学院と不動の名門五学院を合わせた、全十六学院! その激しい戦い道筋が、今日この瞬間に決まってしまいます!」


 どうやらあの男女二人が、司会進行を任せているらしい。


「本選のトーナメントを決定していただくのは、この人――」


「剣王祭実行委員会会長、大貴族ダフトン=マネー公爵です!」


「よろしく」


 真ん中の御老人――ダフトン公爵は短くそう言うと、極々小さなお辞儀をした。

 それと同時、大きな白い箱が舞台袖から運ばれてくる。


「こちらのボックスの中には、十六個のボールが入っており、そこには各学院の名前が刻まれております!」


「今からダフトン公爵にこちらを引いていただき、トーナメント表の空白を埋めていきます!」


 司会がそう言うと同時、舞台の上から大きなトーナメント表が垂れさがってきた。 


「なんかこういうのわくわくするわね」


「わかりますわかります! もうドッキドキですよね!」


 イベント行事が大好きな会長とリアは、小さな子どものように目を輝かせている。


「それではダフトン公爵、早速ですが、抽選を始めていただいてもよろしいでしょうか?」


「うむ」


 司会に促されたダフトン侯爵は重々しく頷き、しわがれた手を箱に入れ、中にあるボールをガサゴソと掻き回し――そのうちの一つを引き抜く。


 そこにはなんと、よく見慣れた二文字が記されていた。


「さぁ、記念すべき剣王祭の初戦を戦う剣術学院は――出ました、千刃学院です!」


「おぉっと、いきなり五学院ですか! 今日のダフトン公は、中々飛ばしていますねぇ!」


「千刃学院は強いですよ。特に今年はアレン=ロードルを筆頭にして、素晴らしい剣士が揃っています!」


「どこの剣術学院も、トーナメントの最序盤で、千刃学院とはぶつかりたくないでしょう」


 実況の二人がそんな話をしていると、


「ふっふーん! そうだろうそうだろう! 恐れ(おのの)くがいい!」


「なんかちょっといい気分なんですけど!」


 リリム先輩とフェリス先輩が、誇らし気な顔で胸を張った。


「さぁでは、テンポよく次の抽選へ移りましょうか」


「初戦でいきなり千刃学院と戦わなくてならない、超絶不運な剣術学院は――ここだぁ!」


 実況の勢いある口上を受け、ダフトン侯爵が次のボールを引く。

 そこには大きく一文字――『皇』とだけ記されていた。


「で、出ました! 出てしまいましたぁ!」


「五学院が一つ『(すめらぎ)学院』ですッ!」


 すると次の瞬間――。


「……う、そ……」


「おいおい、そりゃねーぜ……」


「去年はベスト8で白百合女学院、今年は初っ端から皇学院……。くじ運がないにもほどがあるんですけど……」


 会長・リリム先輩・フェリス先輩が、膝からガクンと崩れ落ちた。


「い、いやぁこれは……千刃学院、やってしまいましたねぇ……っ」


「えぇ、もう『御愁傷様です』としか言いようがないです……」


 司会の二人も、同情の色を隠せない様子だ。


「会長、皇学院ってそんなに強いところなんですか?」


 五学院についての知識がほとんどゼロに等しい俺が、そう問い掛けると、彼女は力なくコクリと頷いた。


「皇学院はリーンガード皇国で最初に創設された最古の剣術学院。近年の成績では、あの名門白百合女学院さえ一切寄せ付けず、『五学院最強』の名を欲しいままにしているわ……」


「なる、ほど……」


 どうやら初戦から、とんでもないところと当たってしまったらしい。


「で、でもまぁ、優勝を狙うなら、いつかは当たる敵ですから!」


「そうそう、アレンの言う通りですよ!」


「いずれは超えねばならない壁、早いか遅いかの違いだ」


 俺・リア・ローズがそれぞれ明るい空気を作ろうとしたけれど、


「……どうせ当たるなら、せめて決勝の舞台がよかったなぁ」


「リリム=ツオリーネ、初戦で散る、か……」


「もうただただ憂鬱なんですけど……」


 会長たちの士気は、依然として地の底のままだった。


「と、とにかく! 気落ちしていても仕方がないですよ!」


 その後、俺がちょっと強引に話を打ち切り、本日の生徒会は解散する運びとなる。


(しかしまぁ、初戦から五学院最強が相手か……)


 今年の剣王祭は、波乱の幕開けとなりそうだ。



 剣王祭本選の抽選会が終わった翌日、午前と午後の過酷な授業をこなした俺は、久しぶりに素振り部に顔を出すことにした。


「おいあそこ、アレン先輩が来たぞ……!」


「やっば本物! 生アレン先輩だぜ!?」


「アレン先輩、こんにちわっす!」


 新入部員の一年生たちに軽く手をあげて挨拶を返す。


(しかし、大所帯になったなぁ……)


 特に勧誘活動はしていなかったけれど、なんだかんだで三十人以上の新入生が入部してくれた結果、部員総数はなんと百五十人を超えたらしい。これは剣術部を抜いて堂々の第一位、いつの間にか、千刃学院における最大の活動団体となっていた。

 うちは兼部を許可しているため、とりあえず素振り部に入っておけばいい、みたいな空気ができつつあるのかもしれない。


(まぁそのおかげで、こういういい場所を借りられるんだから、ありがたい話だよな)


 創部当初は校庭の隅っこで活動していた素振り部だけれど、規模の拡大に伴って施設利用権が与えられるようになり、今では体育館や校庭などの人気施設を借りることも可能になっていた。


 そして偶然にも、今日は全日校庭利用日。


 俺は意気揚々と校庭に乗り出してきたというわけだ。

 ちなみにリアは魂装場で霊核との対話、ローズは森の中で精神修練に励むらしい。


(……よし、この辺りでいいな)


 周囲にあまり人のいない、自分だけのポジションを確保し、大きく長く息を吐く。


(ふぅー……なんとか間に合ったぞ) 


 ここ二週間ほどは、突発的に発生した生徒会業務があったため、ほとんど(ろく)に素振りができていなかった。

 もちろん寮に帰った後は、眠るギリギリまで、五・六時間ほど剣を振ってはいるが……。

 そんな程度では、俺の素振り欲を満たすことは到底できない。


 正直なところ、もう限界だった。


 後、数時間――否、数分と剣を振るうのが遅かったら、禁断症状が出ていたことだろう。


(……さて、やるか)


 震える手で、ゆっくりと剣を引き抜く。

 使い込んだ柄の感触が、刀身と鞘が擦れる音が、なんとも言えず心地よい。


 正眼の構えから、ゆっくりと剣を上段に掲げ、そのまま力いっぱい振り下ろす。


「ふっ!」


 ……最高だ。

 やはり素振りは、最初の一本目が一番気持ちいい。


「はっ!」


 前言撤回、二本目もこの上なく素晴らしい。


「せぃ!」


 いい具合に体の温まった三本目、これもまた筆舌に尽くしがたい。


 やはり素振りには、強い中毒性がある。


 気晴らしに一度だけなら……と始めたが最後、快楽の無限ループに囚われ、いつの間にかやめられなくなってしまうのだ。


(……あぁ、気持ちいぃ……)


 晴れやかな青空のもと、ただただ無心に剣を振るう。

 これ以上の幸せが、果たしてあるだろうか?


(ふ、ふふ……ふふふ……っ)


 胸の奥底から湧きあがる喜びを噛み締めながら、至福のひとときを満喫するのだった。


 それからどれぐらいの時間が経っただろうか。


 剣を握る拳がじんわりと熱を持ち、両の腕に心地よい疲労が溜まり、背中の筋肉がいい具合に張りを覚えた頃――。


「――ドブ虫!」


 突然背後から、大きな声で誰かに呼ばれた。

 振り返るとそこには、見るからに不機気な顔のクロードさんが立っているではないか。


「あれ、クロードさん? 帰って来ていたんですか?」


 クロードさんは十日ほど、ヴェステリア王国に戻っていたはず。


「『帰って来ていたんですか?』ではない! いったい何度呼べば気付くのだ!」


「す、すみません。素振りに集中していたので、気が付きませんでした」


「まったく、無駄な集中力を発揮しおって……」


「それで、なんのようですか?」


 クロードさんは、俺のことを一方的に嫌っている。

 彼女の方から話し掛けてくるなんて、どういう風の吹き回しだろうか?


「……ドブ虫、貴様に大切な話がある」


「大切な話?」


 俺が小首を傾げると同時、


「リア様のお体について、だ」


 クロードさんはいつになく真剣な表情で、とんでもないことを口にした。


「リアの体についてって、どういうことですか!?」


「しーっ、声が大きい!」


 彼女は人差し指で、素早く周囲をキョロキョロと見回した。


「とにかく、ここでは目立ち過ぎる。場所を変えるから付いて来い」


「はい」


 それから俺はクロードさんの後に続き、広大な千刃学院の敷地を進んで行く。


「……あの、どこまで行くんですか?」


「王族の健康情報だぞ? こんなどこの誰が聞いているやもわからん場所で、気安くペラペラ話せると思うか? 当然、それ相応の場を用意しているに決まっているだろう」


「な、なるほど……」


 たまに忘れそうになるけれど、リアはヴェステリア王国の王女。

 彼女の身体的な情報は、国家機密に値するのだ。


 その後、お互いに一言も発さないまま、黙って歩くことしばし――。


「っと、ここだ」


 クロードさんが立ち止まったのは、千刃学院の外れの方にある、なんの変哲もない一本道。

 右手には林・左手には生垣(いけがき)があり、鳥の囀る声がたまに聞こえてくる。


 確かにここなら、人目にはつかないだろうけれど……。偶然もしも誰かが通ろうものならば、全ての話が丸聞こえになってしまうだろう。


「ここ、ですか?」


「すぐにわかる。呆けたように立っていろ」


 クロードさんは愛想なくそう言うと、青々と茂る生垣の下――綺麗に整列した煉瓦ブロックをカツンと蹴り抜いた。


 すると次の瞬間、生垣はゴゴゴゴッと低い音を立ててスライドし、その下から地下へ続く階段が現れたではないか。


「こ、これは……っ」


「何も驚くことはない。どこにでもある、普通の隠し部屋だ」


「普通の隠し部屋って……っ」


 そう言えば……天子様の御所であるリーンガード宮殿にも、こんな隠し部屋があったっけか。

 王族やその関係者の中で、隠し部屋というのは割とポピュラーなものなのかもしれない。


「こっちだ、付いて来い」


 クロードさんはクイと顎を動かし、階段をカツカツと下って行く。


 その後に続き、しばらく歩くとそこには――六畳ほどの空間が広がっていた。


「豚小屋のように狭い部屋だが、貴様にはもったいない広さだろう」


「そうかもしれませんね」


 クロードさんの毒舌にいちいち反応していては、一向に話が前に進まない。

 こういうのは適当に受け流すのが吉だ。


「ちっ、相も変わらずつまらん男だ。リア様も何故、こんな奴に惚れてしまったのか……」


「……?」


 彼女はぶつぶつと何事かを呟いているが、今はそんなことよりも優先すべきことがある。


「それで……リアの体調について、そろそろお話いただけますか?」


「逆に問おう。最近、リア様のご体調について、気に掛かることはないか?」


 瞬間、脳裏をよぎったのは、いくつかの引っ掛かり(・・・・・)


 一月の初旬、俺たちが会長奪還のためにベリオス城へ飛んだとき、セバスさんは別れ際にこんな言葉を残した。


【リア=ヴェステリアの体調には、目を光らせておくといい】


 この話をリアにしたとき、彼女は目に見えて狼狽していた。


(リアが自分のコンディションについて、ナニカを隠していることは間違いない)


 他にも――バレンタインの日、リアは随分と意味深な質問を投げ掛けてきた。


【ねぇアレン。もし、もしもの話だよ……? 『私の一生』は神様に決められていて、その運命からは絶対に逃げられないとしたら……。あなたはどうする?】


 今でもはっきりと覚えている。

 あのときの彼女の瞳には、深い悲しみの色があった。


(やっぱりリアは、何かを大きな問題を隠している)


 俺がそんな確信を抱いていると、クロードさんが舌打ちを鳴らす。


「おい、さっきから何を一人で妄想に(ふけ)っているのだ。さっさと私の質問に答えろ。最近、リア様のご体調について、気に掛かることはないか?」


「リアの体調については、特段の変化はなさそうですけれど……。それに関することで、ちょっと気になることが――」


 それから俺は、セバスさんの別れ際の言葉とリアの意味深な質問について、簡単に説明した。


「なる、ほど……そんなことが……」


 クロードさんは難しい表情で考え事をした後、真剣な眼差しをこちらへ向ける。


「リア様は――大病を(わずら)っていらっしゃる」


「大……病……? そんな……いったい、どういうことですか!?」


「落ち着け、狼狽えるな」


 彼女は冷静なトーンで、淡々と言葉を紡ぐ。


「あまり詳しいことは話せぬが……この病はリア様がお生まれになったときより患っており、これまでずっと付き合ってきたものだ。今日明日にどうこうなるものではない」


「そう、ですか……」


 焦燥と安堵が交互に押し寄せ、頭がおかしくなりそうだった。


「陛下は長年、この病を治すために ありとあらゆる手段を取ってきたが……。現状、まだ解決の糸口は掴めていない」


 グリス陛下は、これ以上ないほどにリアのことを溺愛していた。

 あの父親のことだ。

 文字通り、死力を尽くして、愛娘を救う手立てを探していることだろう。


「当然ながら、リア様の病について知っているのは、ヴェステリアの王族とそれに近しい極々一部のものだけだ。決して口外するんじゃないぞ?」


「はい、わかりました」


「後それから……念のために忠告しておくが、間違ってもくだらぬ詮索はするな。リア様はご自身の病のことを()えて伏せていたのだからな」


「もちろんです」


 この病気のことは、他でもないリア本人が隠したがっていた。

 それをわざわざ、根掘り葉掘り聞くような無粋な真似はしない。


 そもそもの話、俺にできることは何もない。

 ゼオンの闇は絶大な回復能力を誇るけれど、それは外傷や呪いに対してのみ。病に対しては、なんの効果も発揮しないのだから。


「とにかく、リア様に何かしらの異変(・・)が見られた際には、すぐさま私に報告するんだ。いいな?」


「えぇ、それは別に構わないんですが……。クロードさん、最近よくヴェステリア王国に帰っていますよね? その場合、どのようにして連絡を取れば……?」


「馬鹿め。ここのところ私が頻繁に休んでいるのは、何も王国へ帰っているからではない。学院の各所に設置した監視カメラを用いて、リア様の健康状態をつぶさに監視し、その様子を陛下に無線で報告しているのだ」


「か、監視カメラって……」


 クロードさんの視線の先――地下室の壁面には、大量の液晶モニターが据え付けられていた。

 どうやら嘘を言っているわけでもなんでもなく、彼女は本当にこの部屋でリアの生活をモニタリングしているらしい。


「朝・昼・晩、私は基本ずっとこの地下室にいる。何かがあれば、ここまで報告に来い」


 彼女はそう言ったきり、「これ以上話すことはない」といった風に、ぷいと別の方向を向いた。


「あの、ちょっと確認したいことがあるんですけど……いいですか?」


「なんだ? 下らぬ質問ならば、三枚に叩き斬るぞ」


 刃のように鋭い視線とドスの効いた低い声。


 俺はそれに臆さず、はっきりと問いを投げ掛ける。


「今の話って国家機密なんですよね?」


「無論だ」


「どうしてそんな大切なことを、俺に話したんですか?」


「……っ」


 難しい表情を浮かべたクロードさんだが、観念したようにため息をつく。


「……貴様は救いようのないドブ虫だ。敬愛するリア様を毒牙に掛けた挙句、ヴェステリアへ来た際には私の裸体を覗き見た。底知れぬ邪悪と(ただ)れた獣欲を併せ持つ男、それがアレン=ロードルという剣士だ」


「それは、その……すみません」


 いろいろと言いたいことはあるけれど、クロードさんの裸を見てしまったことについては、なんら異議を申し立てることはできない。


「だがまぁ……いつかの決闘の際にも述べた通り、男として見るべきところはあると思っている。リア様を黒の組織から救い出し、シィ殿を帝国から奪い返し、皇国を魔族の手から守った。男気はある、根性もある、剣士としての力もある」


「それは、つまり……?」


「ぐっ……はっきりと言わせるな! 私は貴様のことを買っているのだ! ほんのこれっぽっちだがな……!」


 クロードさんはそう言って、親指と人差し指の間に極々僅かな隙間を作って見せた。

 これが彼女の照れ隠しであることは、さすがに俺でもよくわかる。


「とにかく――リア様の騎士として、彼女のことを死んでも守り抜け。頼んだぞ……アレン(・・・)ロードル(・・・・)


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― 新着の感想 ―
[一言] もちろん寮に帰った後は、眠るギリギリまで、五・六時間ほど剣を振ってはいるが……。 貴様はギターヒーローか!?ぼっちでもないのに!! 眠るギリギリというか、ソレ寝る暇あるのか・・・?
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