貴族派と新学年【五】
「……リア、ローズ、ちょっと行って来る」
「あっ、うん」
「あれでも一応は先輩だ。お手柔らかにな」
俺はコクリと頷き、問題児二人のもとへ向かう。
「――あの、ちょっといいですか?」
「おー、なんだなん、だ……っ」
「なんか文句あるんですけ、ど……っ」
リリム先輩とフェリス先輩の顔が、見る見るうちに真っ青に染まっていく。
「先輩方、随分と楽しそうですね?」
「に、逃げるが勝ち……!」
「逃げられなきゃ死……ッ」
二人はわき目もふらず、一目散に逃げ出した。
「――闇の影」
俺は闇の触手をアメーバのように伸ばし、リリム先輩とフェリス先輩の両足をしっかりとキャッチ。
「ひ、ひぃいいいい……っ。誰か、誰か助け……もごッ!?」
「こ、殺さ……殺される……むぎゅッ!?」
碌でもない悲鳴をあげないよう、二人の口を闇で塞げば――捕獲完了だ。
「さて、と……ここでは目立つので、ちょっと向こうの方に行きましょうか」
「「んー、んーっ、ん゛ーッ」」
リリム先輩とフェリス先輩は必死に抵抗を試みるが……闇の拘束から逃れることはできない。
「や、やべぇよ……生徒会の二人が粛清されちまうぜ……っ」
「あんまりジロジロ見るなよ、次は我が身だぞ……っ」
「怖ぇよ……。あの笑顔が、超怖ぇよ……」
二人を人目のない校舎裏に連れ込んだ後は、コンコンとお説教をする。
「先輩方は、自分のことをなんだと思っているんですか? 常識的に考えて、本人がいないところで、その人の悪評に繋がるような話をするのは――」
「……はい、はい……すみませんでした」
「……もう二度としないと約束するんですけど……」
二人は半べそを掻きながら、謝罪の弁を述べたが……。
どうせ今夜ぐっすり眠ったら、ケロッと忘れていることだろう。
「はぁ、まったく……。今度あんなことをしたら、もっと怒りますからね?」
お説教終了。
リリム先輩とフェリス先輩を解放し、リアとローズのところへ戻る。
「悪い、待たせた」
「お疲れ様、災難だったわね」
「あの二人は、本当に変わらないな」
その後、いくつかの団体の勧誘を軽く見て回り、そろそろ生徒会室に戻ろうかとなったそのとき――。
「ちょ、やめてください!」
「なんなんですか、あなたたちは……っ」
本校舎のド真ん前で、何やらトラブルらしきものが発生した。
よくよく目を凝らせば、白い道着を纏った屈強な男たちが、一年生の男子グループを取り囲んでいるではないか。
「巌のような大胸筋・屈強な大腿四頭筋・発達したハムストリングス!」
「間違いない! キミたちは、柔道をするために生まれてきたんだ!」
「さぁ今すぐ、柔道部に入ろう! 我らの聖地、柔道場はあっちだ!」
柔道部の部員たちが、熱心な勧誘をしているようだ。
「す、すみません、自分たちは素振り部を見に行きますので……」
「ここらでちょっと失礼します……っ」
新入生たちは足早に移動しようとしたけれど……恵まれた体躯の集団がそれを許さない。
「待て待て! 柔道部は今、超お得な新規入部キャンペーンを実施中だ!」
「キャンペーン期間中に入部すれば、特製プロテイン一か月分+専用シェイカーが無料でついてくる!」
「どうだ、お得だろう? それでもまだ決断しかねるという困ったさんには、体験入部という制度もあるぞ!」
かなり強引で悪質な勧誘だ。
「ねぇ、あれは駄目じゃないかしら?」
「明らかに規則に反しているように見えるな」
リアとローズはそう言って、こちらに目を向けた。
「あぁ、ちょっと話を聞きに行こう」
俺・リア・ローズの三人は、強引な勧誘を続ける柔道部のところへ移動する。
「すみません、ちょっといいですか?」
生徒会副会長として、俺がみんなを代表して声を掛ける。
するとそこには――。
「……テッサ?」
「あ、アレン……っ」
テッサ=バーモンド。
俺と同じ二年A組の所属する、変わり果てた旧友の姿があった。
彼は明らかに狼狽した様子で、瞳の奥を揺らしている。
「お、お前、なんでだよ……。どうしてこんなことを……っ」
テッサは昨年の新勧で、柔道部の苛烈な勧誘に耐えかねて、柔道部に入部した悲しい過去を持つ。
そんな彼が、誰よりも人の痛みを知っているはずの彼が、何故こんな凶行に及んだのだろうか。
「ち、違うんだ、アレン! これには深い理由が――」
テッサが弁解の言葉を口にしようとしたそのとき、
「――やはり今年も来たか、生徒会よ!」
見上げるほどの巨体を誇る、筋骨隆々の男が割って入ってきた。
「俺はモール=バイソン。伝統と栄誉ある柔道部の部長を任せられた者だ」
モール=バイソン。
短く刈り上げられた黒い頭髪・極太の黒眉・大きくて通った鼻、二メートル近い体躯には、純白の柔道着がよく似合う。
なんというか、全体的にとても濃ゆい人だ。
「自分は生徒会副会長アレン=ロードルです。柔道部の行き過ぎた勧誘活動に対して、少々お話をしたいことが――」
「――ふんっ、貴様等はいつもそうだ! 口を開けば、やれ規則だなんだと騒々しい! そんなにルールとやらが大切なのか!」
「まぁ、そうですね」
千刃学院は非常に多くの生徒を抱えており、みんなが快適に暮らせるように学則が定められている。
もしもここがルールのない無法地帯となれば、心を落ち着けて剣術を学ぶことができなくなってしまう。
というかそもそもの話、他人に迷惑を掛けるような酷い勧誘は、道義的にも好ましくない。
「ぐ、ぬぬ……っ。こちらが大人しくしておれば、いけしゃあしゃあとのたまいおって……ッ。生徒会が我らを目の敵にし、厳しい弾圧を行っているせいで、柔道部の部員数は減少しているのだぞ!? 貴様等には、人の情というものがないのか!」
「いえ、多分うちは関係ないと思いますけど……」
あんな強引な勧誘を続けていたら、自然と部の人気も落ちていくだろう。
「ぬぅ……もはや我慢ならぬ! アレン=ロードル、貴様に果し合いを申し込む!」
「えーっと、どうしてそうなるんですか?」
「貴様が勝ったならば、俺は今日限りで柔道部を引退する!」
「いえ。別にそんなことをせずとも、こちらとしては、クリーンな勧誘をしていただければ――」
「但ぁし! 俺が勝った場合は、少々過激な勧誘にも目をつぶってもらう!」
「いやそもそもの話、俺は柔道をやったことがな――」
「勝負はこれより、柔道場で執り行う! 今更後悔してももう遅いぞ! 苛烈な弾圧は、強い反発を生む……生徒会はやり過ぎてしまったのだぁ!」
……駄目だ、まったく言葉が通じない。
俺が途方に暮れていると、背後に控えるリアとローズが、思わぬ意見を口にした。
「別にいいんじゃない、勝負してあげても。得意の柔道で負けたら、この人も大人しくなるでしょう」
「うむ、アレンの柔道着姿も見てみたいしな」
「え、えー……」
こうしてあれよあれよという間に舞台は整っていき――現在俺は、柔道場に併設された男子更衣室で、借りた柔道着に袖を通していた。
(はぁ……どうしてこんなことになったんだろう)
深く長いため息を吐きながら、姿見で全身を軽くチェック。
見よう見まねでやってみたけれど、存外にちゃんと着れて
「さて、と……そろそろ行くか」
更衣室から出るとそこに、リアとローズが待ってくれていた。
「ふふっ、いい感じ。とても格好いいわ」
「ほぅ、中々似合っているじゃないか」
二人が嬉しいことを言ってくれた次の瞬間、柔道場の一角から『バシンバシン』という激しい音が響く。
そちらに目を向ければ、モール先輩が自分の両頬を力強く叩き、気合を高めていた。
(……気付けの一種、なのかな?)
それにしても凄い気迫だ。
(よし、こっちも気合を入れなきゃな……っ)
柔道場の畳に腰を下ろし、入念に柔軟をしていると、先方が何やら熱い話し合いを始めた。
「モール先輩、わかっているとは思いますが、アレンの身体能力は『異常』です。体重差があるから有利、なんてことは考えないでください。まともに組んだ時点で即敗北、技で勝ちましょう!」
「おぅ、任せろ!」
モール先輩は、テッサのアドバイスに耳を傾けながら、灼熱の戦意を滾らせている。
その一方、
「ねぇアレン。生徒会の見回りが終わった後、ローズと一緒にアイスクリーム屋さんに行くんだけれど、よかったらあなたも一緒に来ない?」
「今日から春の新作が並ぶ予定でな。ストロベリー・オレンジ・チェリー、どれもかなり美味しそうだったぞ」
俺の勝利を微塵も疑っていないリアとローズは、この後の話を振ってきた。
「あ、あー……そうだな。体力的に余裕があったら、俺も参加させてもらうよ」
両陣営の熱量には、信じられないほどの差があった。
そうこうしているうちに、試合の準備が整い、俺とモール先輩は柔道場の真ん中に立つ。
「――それではこれより、生徒会副会長アレン=ロードルと柔道部部長モール=バイソンの試合を執り行います! 制限時間は四分。延長戦はなし。武器および魂装の使用は禁止。国際柔道ルールに則った、公正でクリーンな戦いをお願いします!」
国際柔道ルールがどんなものかは知らないけれど、まぁとにかく、組んで投げればいいのだろう。
「両者準備はよろしいですね? ――はじめッ!」
開始の合図と同時、
「ズゥエエエエエ゛エ゛エ゛エ゛イ!」
野太い雄叫びをあげたモール先輩が突っ込んできた。
(凄い気迫だ。でも、これぐらいなら……!)
俺は右手をシュッと前へ突き出し、彼の前襟を掴まんとする。
しかし次の瞬間、
「馬鹿めッ!」
モール先輩は猛烈な突進をバックステップでキャンセル、こちらの伸び切った右手を取り、流れるような動きで背負い投げに移行した。
「取ったぁああああ……!」
しかしその直後、
「な、にぃ……ッ」
彼は驚愕の声をあげ、技を途中で打ち切り、細かなステップで後ろに下がる。
(……あ、あり得ん……っ。今のは完璧に一本コース、しかしビクとも動かなかった。アレン=ロードル、なんという体幹の強さだ……ッ)
モール先輩が絶句する一方、俺は小さくない感動を覚えていた。
(これは……ちょっと面白くなりそうだな)
モール先輩の動きは、今まで目にしたどんな足運びとも違う。
まずは全力でダッシュ、接敵の瞬間に右足にのみ霊力を集中させ、素早くバックステップ。
今度は左足にのみ霊力を集中させ、一気に間合いを詰めて、背負い投げに持ち込む。
霊力のオン・オフが、重心と体重の移動が、飛び抜けて巧い。
剣術では学ぶことのない、柔道における霊力操作を伴った足捌き。
(……もしかしたら、剣術にも応用できるかもしれない)
考えてみれば、本気の柔道部の部長とやり合う機会なんて、そう中々あるものじゃない。
(ちょっと楽しくなってきたぞ)
モール先輩の持てる技量、その全てを味わってみたくなった。
(……なるほど……よくよく見れば、重心がかなり深いな。俺の正眼の構えより、さらに下に置いている。なるほど……こうすることで、姿勢を崩されにくくしているのか)
(アレン=ロードル、恐ろしい男だ。柔道の構えはまるで素人、間違いなく経験者のそれではない。それにもかかわらず、なんという威圧感だ……っ。相手にとって不足なし!)
お互いの視線が鋭く交錯する中、
「今度はこちらから行きますよ?」
「おぅ、来い!」
俺は真っ直ぐ最短距離を駆け、モール先輩の前襟を掴みに掛かる。
「そこだ!」
「なんの、甘いわ!」
彼は素早く手刀を振るい、こちらの手を払いのけた。
「まだまだ!」
俺はなんとか組み付かんとして、何度もしつこく手を伸ばすが……。
「無駄無駄ぁ!」
モール先輩は、巧みな手捌きで、その全てを打ち払っていく。
(剣術の防御に似た捌き方、柔道の独特な足運び……組みたいのに、組ませてもらえない。凄いな、これが柔道の技術か……!)
(……今ならよくわかる、テッサの言っていた通りだ。この『力の化身』とは、絶対に組み合ってはならん……っ。だがしかし、柔道は『柔らの道』! 剛よく柔を制すのだ!)
それからどれくらいの時間が経っただろうか。
モール先輩が多種多様な技を試み、その顔に薄っすらと疲労の色が浮かび始めた頃、
「ズェエエエエエ゛エ゛エ゛エ゛イッ!」
彼はけたたましい声を張り上げながら、真っ直ぐ一直線に突撃してきた。
(次はどんな技……ん?)
目の前の動きには、既視感があった。
技の入り・重心の位置が、記憶にあるものと完璧に一致している。
(これって、もしかして……)
俺が『撒き餌』として、右手をシュッと前に出せば――モール先輩は突進をキャンセル、大きくバックステップを踏んだ。
しかし、
「その技なら、もう見ましたよ?」
全力の突進、接触の瞬間、半歩引いてからの中袖取り。
この技は、試合が始まってすぐに見させてもらったものだ。
「なっ!?」
モールさんは咄嗟に技をキャンセルしようとするが……もう遅い。
俺はそのまま大きく一歩前へ踏み出し――彼の前襟をがっしりと掴む。
「よし、取った!」
「しまっ、た……ッ」
組み付くことさえできれば、後は単純なパワー勝負。
俺は両の腕に霊力を込め、モール先輩を押し倒さんとする。
「よっこらしょっと」
「ぬ、ぐ、ぉおおおおおおおお……ッ」
しかし、彼は粘った。
脚部と背筋にありったけの霊力を集中させ、ギリギリのところで踏ん張っている。
(思ったより、馬力のある人だな)
先輩の背骨を折らない程度に加減しつつ、ゆっくりと出力を上げていく。
「こ、の……化物、め……っ(なんという剛力、無理、だ……このままでは押し切られる……っ。くそ、俺が磨き上げてきた柔道では、アレン=ロードルに勝てぬというのか……ッ)」
モール先輩の大きな瞳から、燃え盛る闘志が消えんとしたそのとき――。
「先輩、負けるなぁああああ……!」
「あんたがいなきゃ、柔道部は」
「今年こそは、全国大会で優勝するんだろう!?」
柔道部の野太い声援が、あちらこちらから飛び交った。
それと同時、風前の灯であった闘志が、再び轟々と燃え上がる。
「……全国、制覇……っ。ぬぉおおおおお゛お゛お゛お゛!」
ほとんど崩された状態から立ち直った彼は、俺の横襟をがっしりと両腕で掴み、真っ向勝負に打って出る。
これが火事場の馬鹿力というやつだろうか。
モール先輩の霊力は、これまでにないほど、強大なものとなっていた。
(……強い)
確かに強い……が、単純な霊力の総量で言えば、七聖剣や皇帝直属の四騎士はおろか、神託の十三騎士にさえ届いていない。
(ちょっと驚かされたけど、このまま問題なく押し切れそうだ)
俺がギアを一段上げ、莫大な出力で一気に押し切ろうとしたそのとき――モール先輩の顔が、ふと目に入ってきた。
「ぬぉおおおおりゃあああああ……!」
このうえなく必死だった。
紛れもなく全力だった。
そして何より、どこまでも真っ直ぐだった。
剣術と柔道、剣士と柔道家。
お互いの道は違えども、目指すところは同じく――『最強』。
(……これは、違うよな……)
ここで一思いに勝つのは、千刃学院柔道部の未来を潰すのは――生徒会副会長アレン=ロードルの行いとして、間違っていると思った。
だから俺は――決めた。
(……たまにはこういうのもありだよな)
その直後、柔道場にドスンという音が二つ。
俺とモール先輩は、全く同じタイミングで倒れ込み――それと同時、試合終了を告げるブザーが鳴り響く。
柔道場が一瞬の静寂に包まれる中、審判が勝敗を宣言する。
「――引き分け!」
『技あり』・『一本』がないままでの時間切れ。
すなわち、引き分けだ。
「うっしゃあああああ゛あ゛あ゛あ゛……! あのアレン=ロードルと引き分けたぞぉおおおお!」
モール先輩の雄叫びが轟き、柔道部に歓喜の渦が巻き起こる。
「うぉおおおお……! すっげぇええええ……!」
「俺、泣けたっす。マジで最後、ヤバかったっす!」
「やっぱいけるぞ! 今年は全国、狙えるぞ!」
その他にも、どこからともなくこの騒ぎを聞きつけて、柔道場に詰め掛けていた新入生たちにも大きな衝撃が走る。
「魂装なしとはいえ、あのアレン先輩と引き分けるなんて……」
「な、なんか……凄ぇ……。よくわからねぇけど、とにかく凄かった!」
「柔道、か。体験入部だけでも、やってみっかな……」
その後、お互いに礼をして試合終了。
引き分けという結果のため、モール先輩は柔道部を辞めず、柔道部は過剰な勧誘活動の禁止。
生徒会と柔道部の折衷案というか、元々あった規則通りの運用をすることに決まった。
「ふぅ……疲れた」
予期せぬアクシデントを片付けた俺が、リアとローズの元へ戻ると、
「アレン、どうして最後に押し倒さなかったの?」
「あのまま捻れば、楽に勝てただろう? 何故、引き分けを選んだ?」
他のみんなの目は騙せても、この二人の目は騙せなかったらしい。
「うーん、なんて言ったらいいのかな……。とにかく『あそこで勝っちゃ駄目だ』って思ったんだ」
「ふふっ、なんかアレンらしいわね」
「お前のそういうところを非常に好ましく思うぞ」
リアとローズはそう言って、何故か嬉しそうに微笑んだ。
「さて、と……それじゃちょっと着替えてくるよ」
「うん、わかった」
「外で待っているぞ」
「あぁ、急ぐよ」
男子更衣室へ移動し、制服に着替えていると――背後から声が掛かった。
「――よぅおつかれさん」
「テッサか」
柔道着を身に纏った彼は、こちらへヒョイとボトルを投げた。
「ほれ、スポドリだ」
「おっ、ありがと」
ちょうど喉が渇いていたので、ありがたく頂戴する。
運動終わりのスポーツドリンクは、口当たりがよくてとてもおいしかった。
「どうだ、うちのモール先輩、凄ぇだろ?」
「あぁ、強かった。予想よりも遥かにな」
「へっ、あんがとよ」
僅かな沈黙が降り、テッサがボリボリと後頭部を掻く。
「……悪ぃ、変な気を使わせちまったな」
「なんの話だ?」
「とぼけんじゃねぇよ、馬鹿野郎。俺はこの一年、お前の背中を追い掛けていたんだぜ? 天下のアレン=ロードル様が、正面切っての力比べで負けるわけねぇだろうが」
テッサはそう言って、俺の頭を軽くチョップした。
「あ、あー……っ。いや、手を抜いたのはそうだけど、別にあの勝負を侮辱したかったわけじゃ――」
「――いい。お前の気遣いは全部わかってる。だから……ありがとな」
「そうか。じゃあ、どうしたしまして?」
「へっ、なんだそりゃ」
お互いに苦笑し合い、和やかな空気が流れる。
「……モール部長ってさ、練習のときは鬼ように厳しくて、無茶苦茶なところもあるけど、……べらぼうにいい人なんだよ。終わったらメシ奢ってくれたり、実家から送られてきた野菜をくれたり、後輩の相談にはガチで乗ってくれたり――とにかく、人間味のあるいい人なんだ」
「へぇ、そうなのか」
実家から野菜が送られてくるということは、実家が農家か何かなのだろうか?
そう考えると少し、親近感のようなものが湧いてきた。
「多分あの人も焦ってんだ。柔道部の入部希望者は年々減っていて、このままいけば、数年後には廃部も視野に入るレベルだからな。……普通に呼び込みをしても逃げられるし、入部キャンぺーンを打っても誰も来ない。そんなこんなが何年も続いて、今の過激な勧誘になっちまったようだ。――でも今回、アレンがいい形を教えてくれた」
テッサは男子更衣室の外、柔道場を指さした。
するとそこでは、さっきの試合を見ていた幾人かの新入生たちが、柔道部の先輩に軽く稽古を付けてもらっていた。おそらく彼らは、体験入部をしてみることに決めたのだろう。
それと同時、柔道場の端の方から、こんな会話が聞こえてきた。
「うぅむ……今回のやり方、存外にありなのではないか?」
「我らが摸擬戦を行い、新入生に見てもらう……こうすれば物珍しさから見物人も集まり、柔道の面白さを見せることできる!」
「どれだけ良い商品も、知られなければ売れないとも言う。……悪くない、悪くないぞ! そうと決まれば、善は急げだ!」
どうやら彼らは、新たな勧誘法を見出したようだ。
「アレンが一芝居売ってくれたおかげで、柔道のよさを伝える機会ができた。それに何より、正しい勧誘のあり方が見えた。だから――ありがとう」
テッサはそう言って、深々と礼をしてきた。
「気にするな。俺は生徒会副会長として、やるべきことをやっただけだよ」
「……まったくお前は、本当に糞真面目だな」
彼は苦笑しながら、俺の背中をポンと叩く。
「今度またメシ食い行こうぜ。そんときゃ、俺が全部持つからよ」
「おっ、それは楽しみだな」
その後は大きなトラブルが起きることもなく、本日の見回り活動は無事に終了したのだった。
■
壮絶な新勧期間が終わった後、俺たちは十日間ほど、生徒会室に籠り切りだった。
お昼休みと放課後をほとんどフルに活用し、みんなで力を合わせた結果――本日ようやく、千刃学院の年間スケジュールを組み直すことができた。
「――みんな、本当にお疲れ様! おかげさまで、なんとか今年も回せそうよ!」
会長が労いの言葉を述べると同時、
「へ、へへ……もう駄目、もう動けない、ぜ……」
「この一週間で、一生分の労働をした感じなんですけど……」
リリム先輩とフェリス先輩は、その場にぐったりと崩れ落ち、
「やーっと、終わったーっ」
「我ながら、よく働いたものだ」
リアとローズは達成感と開放感を味わっている。
柔らかくて穏やかな空気が流れる中、
「あっ、もうこんな時間!」
ハッと何かに気付いた会長が、おもむろに液晶モニターを付け、とある報道番組にセット。
画面には『もう間もなく、剣王祭の抽選実施!』という赤文字のテロップがあった。
「ふー、危ない危ない。うっかり見逃しちゃうところだったわ」
彼女はホッと安堵の息を吐き、こちらに向き直った。
「今日は大事な大事な剣王祭の抽選日! せっかくだからみんなで一緒に見ましょう?」




