表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一億年ボタンを連打した俺は、気付いたら最強になっていた~落第剣士の学院無双~  作者: 月島 秀一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

431/445

貴族派と新学年【四】


 リアお手製の晩ごはんをいただいた後は、いつものように身支度を整える。


「それじゃ、ちょっと行って来る」


「うん、気を付けてね」


 日課の自主トレーニングに行く……という(てい)で、千刃学院の生徒会室へ向かう。


(なんか嘘をついているみたいで、心苦しいところはあるけど……)


 会長からの手紙には、わざわざ『一人で』と書かれていた。

 これはすなわち他の誰か――特にヴェステリア王国と関係のある、リアとクロードさんには知られたくない、という意味のはずだ。


(俺だけに伝えたい内容かつ他言無用のものと来れば……おおよその見当はつく)


 おそらく皇族派と貴族派についての話だろう。


 本校舎に入り、長い廊下を真っ直ぐ歩く。


(夜の千刃学院は、また違った表情があるな……)


 生徒会室の前に到着し、コンコンと扉をノックすれば、「どうぞ」と会長の声が返ってくる。

 ゆっくり扉を開けるとそこには――生徒会長の椅子に座る、シィ=アークストリアの姿があった。


「――こんばんは、アレンくん。早かったわね」


「こんばんは、会長」


「念のための確認なんだけれど……一人、よね?」


「えぇ、もちろんです」


「そう、よかった」


 会長は柔らかく微笑み、ホッと安堵の息を吐く。

 やはり今回の話は、機密性の高いものらしい。


「立ち話もなんだし、そこ、掛けてくれる?」


「はい」


 促されるまま、来客用のソファに腰を下ろす。


「紅茶とコーヒー、どっちがいいかしら?」


「では、紅茶でお願いします」


「りょーかい。お姉さん特製の紅茶を飲めるなんて、アレンくんは幸せ者ねぇ」


「あはは、そうかもしれませんね」


 いつものように軽口を交わし合う。

 この感じだと、そこまでヘビーな話ではなさそうだ。


「はい、どーぞ」


「ありがとうございます」


 会長は二人分のティーセットを机に置き、真向かいのソファに腰掛けた。

 目の前には湯気を立ち昇らせる、ティーカップ。

 せっかく淹れてもらったので、温かいうちにいただくことにした。


「……どう、おいしい?」


「はい。風味が柔らかくて、いくらでも飲めてしまいそうです」


「ふふっ、よかった」


 会長は満足気に微笑んだ後、


「さて、と……そろそろ本題に入りましょうか」


 真剣な眼差しをこちらへ向けた。


「――ねぇアレンくん、今日のスケジュール変更についてどう思った?」


「まぁ、急な話だなと」


 千刃学院の年間スケジュール、その全てを組み替えるなんて、ちょっと……いや、かなり急過ぎる話だ。


「そうよね。普通はそう感じるわよね」


 彼女はそう言いながら、机の中をゴソゴソと漁る。


「今回の急激な予定変更、その根底にあるのが――これ(・・)よ」


 会長が取り出したのは、分厚い書類の束。そこにはデカデカと『極秘』の朱印が押されており、表題部分にはこう記されてあった。


「『剣王祭の早期開催計画』……?」


「そう、それを実現するために千刃学院を含む全ての剣術学院が、大規模な予定変更を強いられているのよ」


 会長はそう言って、話を深めていく。


「今年の三月の終わり頃、聖騎士協会からリーンガード皇国に要請があったの。『来たる世界大戦に備えて、自国の有望な剣士を選定・強化し、戦力増強に努めてほしい』ってね。まぁこういう動きは去年からも見られたし、別にそれほど怪しむべきものじゃないわ」


「そうですね」


 聖騎士は昔から優秀な学生剣士を囲い込んでおり、近年になってその傾向は、いっそう顕著に見られる。


 例えば、上級聖騎士への登用制度。

 俺も活用させてもらったこの制度なんかは、その最たる例だろう。


「ただ……問題は貴族派の不審な行動。ちょっときな臭いのよねぇ……」


「きな臭い?」


 俺の問い掛けに対し、会長はコクリと頷く。


「私たち皇族派の提出する法案や方針に対して、いっっっっっつも難癖を付けて反対してきた貴族派の連中たちが、この剣王祭の早期開催案には、何故か全員が全員賛成してきたの。おかしいとは思わない?」


「それは……その判断が国益に沿っているからでは?」


「いいえ、あり得ないわね」


 彼女はそう言って、首を横へ振った。


「貴族派の連中は、皇国の利益なんて何も考えてない。この剣王祭早期開催計画が、自分たちの利益になるから、全力でプッシュしているのよ」


 ……まぁ確かに、パトリオットさんが自国の利益を考えているとは思えないな。


「奴等が何を企んでいるのか、今はまだわからないけれど……。今回の剣王祭、ちょっと臭うわ。全てがスムーズに進み過ぎている。貴族派の連中が、何かを仕掛けてくるかも」


「なる、ほど……」


 先日の歓談を経て、俺も貴族派への不信感は持っている。

 会長の言う通り、何かしらの悪巧みがあってもおかしくはないだろう。


「以前にも伝えた通り、貴族派が皇国を支配するための勝利条件は一つ。アレンくんを政治の舞台から排除すること。あなたという存在が、邪魔で邪魔で仕方ないのよ」


「そう、ですか……」


 そんなはっきりと「邪魔だ」と言われのは、ちょっと心に刺さるものがあった。


「アレンくんを蚊帳の外にするためならば、きっと手段を選ばないでしょうね。例えば――毒殺。貴族の社会では、最もポピュラーな暗殺手段よ」


「なるほど……でも、自分に毒は利きませんよ?」


 未知の毒使いディール=ラインスタッドとの戦いを経て、ほとんど完璧に近い毒耐性を獲得した。

 並大抵の毒ならば――特に既存の毒に対しては、無害と言っても過言ではない。


「えっと……例えば、武器のすり替え! 剣王祭本番で剣が(なまく)らにすり替えられていたらどう? さすがのアレンくんも素手のままじゃ戦えないでしょ?」


「自分には黒剣があるので、特に問題はないかと……」


 ゼオンの闇から生まれる漆黒の剣、これはその場で作るものなので、どうやってもすり替えようがない。


「え、えっと、それじゃ……あの、あれがこーして……それがその……」


 会長の声のトーンは徐々に落ちていき、最後には押し黙ってしまった。


「…………アレンくんに危害を加えることは難しそうね」


 いろいろなパターンを想定した結果、特に問題となるようなことはなさそうだ。


「と、とにかく! 前にも伝えた通り、貴族派は七聖剣の一人を囲っているから気を付けてね!」


「えぇ、わかりました。ご忠告、ありがとうございます」


 話が一段落したところで、沈黙の時間が訪れる。


「……」


「……」


 夜の生徒会室で二人きり――この極めて異常な状況下での沈黙は、微妙に重たく感じた。 


(……なんか話を振った方がいいよな)


 脳内の会話デッキを探ってみたところ……ちょうどいいものが見つかった。

 繋ぎの話題としては、そこそこの実用性があるだろう。


「あの、俺からも一ついいですか?」


「何かしら?」


「昨日、パトリオット=ボルナードという貴族の屋敷にお呼ばれしたんですよ」


「へぇ、ボルナード公爵の屋敷に……って、ボルナード!?」


 会長は突然、口にしていた紅茶を噴き出した。


「ちょっ、会長、汚いですよ?」


「ご、ごめんなさ……じゃなくて! どうしてボルナード公爵の屋敷に行ったの!? やっぱり向こうから接触が!? いやそんなことよりも、いったいなんの話をしたの!?」


「別にそんなに大した話はしていませんよ。ただ、『貴族派に入らないか?』って勧誘されただけです」


「それが! あなたの引き抜きが! 皇族派が最も恐れていることなのッ!」


 会長は息を荒くしながら、そう(まく)し立てた。


「ま、まぁまぁちょっと落ち着いてください。ほら、紅茶でも飲んで」


「むぅ……っ」


 彼女は不満気な表情を浮かべながらも、ひとまず紅茶をズズズッと(すす)った。


「それで? 貴族派の勧誘には、どう答えたの?」


「『論外です』、って言っちゃいました」


「ろ、論外って……随分とはっきり断ったのね」


 予想外の結果だったのか、会長は目を丸くして驚いた。


「えぇ、いろいろと話し合った結果、お互いの方向性が違ったんですよね」


「なんかそれ、音楽グループの解散理由みたいね……」


「あはは、確かにそうですね。まぁとにもかくにも、『皇族派か? 貴族派か?』と問われれば、俺は皇族派に近い考え方のようでした」


 貴族中心の弱者切り捨て主義。

 貴族派の思い描く社会は、俺の理想とするものとは大きく違う。


「ほ、ほんとに? アレンくんは貴族派じゃなくて、皇族派寄り――私たちの味方ってことでいいのね!?」


「はい。それに第一、皇族派には会長もいますしね」


 会長には、これまでなんだかんだとお世話になってきた。

 日々の生徒会でもそうだし、近いところで言えば、クリスマスパーティのときなんか、も……。


(……ん?)


 そこまで考えて、とある違和感を覚えた。


(お世話になってきた……よな?)


 よくよく思い返してみれば、俺はそもそも生徒会に入る気はなかった。

 会長が我がままを言うので、流れのままに仕方なく入ることになったのだ。


 クリスマスパーティのときもそう。

 無茶苦茶なカップリングイベントに乗じて、いきなり闇討ちを仕掛けられたっけか。


(これ、本当にお世話になった……か?)


 ――いや、これ以上考えるのはよそう。


 俺は会長にお世話になった。

 それでいい。そういうことにしておこう。

 世の中には、明らかにしない方がいいこともあるのだ。


 俺がそんなことを考えていると、


「……っ」


 会長の頬が、何故かほんのりと赤くなっていた。


「ね、ねぇアレンくん……。さっきの、その……『皇族派には会長がいるから』って、どういう意味なのかしら?」


「……? お世話になった会長がいるから、ということですけど?」


 まさに読んで字の如く、言葉通りの意味なんだけれど、それがどうかしたのだろうか?


「はぁ……そうよね。アレンくんはそういう人よね……」


「……?」


 こうして会長との夜の密会は、なんだかよくわからない空気のままに終わったのだった。



 午前・午後の過酷な授業・放課後の生徒会激務・帰宅後の自主練。

 そんな忙しい毎日を送っていると、あっという間に新入生勧誘期間――通称『新勧(しんかん)』が始まった。


 例年、五学院の新勧は壮絶を極め、当然それは千刃学院においても例外ではない。


「新入生の皆さん、入学おめでとうございます! ってなわけで、山岳部に入りませんかー!」


「剣術部! 体験入部やってるよー! 今日の放課後、体育館に来てねー!」


「茶道部のお茶は天下一! 飲まなきゃ損損(そんそん)、いらっしゃーい!」


 朝の登校時間・授業の合間の移動時間・お昼休み――ほんの僅かな隙間も逃さず、各活動団体が勧誘活動に励んでいる。


 そうして迎えた放課後、クロードさんを除く生徒会メンバーは全員、生徒会室に集合していた。

 ちなみに彼女は、グリス陛下の呼び出しを受けたらしく、この先十日間ほどはヴェステリア王国に滞在する予定とのことだ。


「――相も変わらずというか、今年もまた派手にやっているわねぇ」


 会長はため息を零しながら、窓の外で繰り広げられる、激しい勧誘活動を眺め下ろす。


「新勧はお祭りみたいなもんだからな! どうせまた今回もどっかで、ヒートアップしたこんちくしょうが出るだろうな!」


「正義のヒーローが、成敗する必要があるんですけど!」


 リリム先輩とフェリス先輩はそう言って、『正義のヒーロー』と書かれたタスキを掛けた。


 そう、俺たち生徒会は、行き過ぎた勧誘活動を取り締まる必要があるのだ。


「みんなも知っての通り、当学院では行き過ぎた勧誘活動が問題になっているの。私たちはこれから学院内を巡回して、過激な勧誘をしている悪者をビシバシと検挙していきます!」


 会長はそう言って、『正義執行』と書かれたタスキを掛けた。 

 うちの先輩方は、相も変わらずノリノリだ。


「この後すぐに巡回を始めるんだけれど、全員一緒に行動するのはとても非効率。かと言って、単独で動いた場合、万が一の危険があるかもしれない。という訳で――『あみだ』を用意しました!」


 会長は「ぱんぱかぱーん」と言いながら、プリント用紙に描かれたお手製のあみだくじを高らかに掲げる。


「今回は二人班・三人班・生徒会室で居残りが一人、こんな感じの班分けにしているわ。――それじゃみんな、『ここだ!』と思う場所に名前を書いてちょうだい」


 会長はそう言って、一番端の線に自分の名前を書き記した。

 相変わらず、こういう遊び事が大好きな人だ。


 その後、全員が自分の名前を書き終えてから、くじの公平性を保つため、各自一本ずつあみだに線を書き足していく。


「ふふっ、それじゃ開けるわよ? 三・二・一……それっ!」


 会長は小さな子どものような表情で、あみだの折りたたまれた部分を一気に広げた。


 厳正なあみだくじの結果、今日の班割りが決定。


 二人班は、リリム先輩とフェリス先輩。

 三人班は、俺・リア・ローズ。


 そしてお留守番に決まったのは――他でもない、我らが生徒会長様だ。


「ど、どうして、私がお留守番に……っ」


「どんまい、シィ! そういうときもあるって!」


「明日の班分けは、きっと上手くいくはずなんですけど」


 リリム先輩とフェリス先輩がフォローをしながら、本日の巡回業務はヌルリと始まった。

 生徒会室を出てすぐ、俺たち三人班は右手、先輩たち二人班は左手に分かれる。


「なんか結局、いつものメンバーになったな」


「ふふっ、そうね」


「まぁ気が楽ではあるな」


 そんな小話をしながら、ひとまず校舎の外に出る。


「さて、と……どこから見て回ろうか?」


「そうねー。まずはここから一番近いところがいいんじゃないかしら?」


「そうなると、チアリーディング部だな」


 ちなみに……今回の見回りにおいて、二人班と三人班は巡回経路を定めなかった。

 その理由としては、会長曰く「ランダム性を高めるため」だそうだ。

 時計周り・反時計周りという風にルートを決めてしまうと、悪知恵の働く一部の生徒たちにそれを予測され、警備の穴を突かれてしまうらしい。


「っと、やっているな」


 チアリーディング部の活動場所である本校舎の真ん前に到着。


 するとそこでは、


「ゴーゴーレッツゴーッ! 千・刃・学・院ッ! ウィー・アー・ザ・ベスト・ナンバーワン!」


 ちょうど新入部員に向けてのパフォーマンスをしていたようで、一糸乱れぬ完璧なダンスを見ることができた。


「相変わらず、格好いいな」


 お腹の底まで響く、凛とした力強い声。

 指の先まで完璧に意識の通った、キレと緩急の共存した動き。 

 きっとこの素晴らしいパフォーマンスは、(たゆ)まぬ努力の果てにあるものだろう。


「去年も見たが、今年のはまた凄いな」


 ローズは感嘆の息を吐き、


「確かに格好いいけど、やっぱり私的には露出がちょっと……ね」


 リアはどこか複雑な面持ちだ。


「ザッと見たところ、チア部は問題なさそうだな」


 会長たちの話によれば、過激な勧誘活動に走るのは、元々あまり人気のない部が多いらしい。

 チアリーディング部みたく生徒からの人気が高い団体は、規則に反した勧誘をしなくとも、多くの入部希望者が集まるからとのことだ。


「それじゃ、次に行こうか」


 俺たちが別の場所へ移動しようとしたそのとき――。


「あっ、アレン先輩だ!」


 チア部を見学に来ていた女生徒の一人が、そんな声をあげた。


 すると次の瞬間、たくさんの女生徒たちが、ワラワラとこちらに集まってきた。


「わ、私……アレン先輩の大ファンなんです! もしよかったら、サインしてもらえないでしょうか!?」


「あ、握手してください……っ」


「あの、先輩って、彼女さんとかいるのでしょうか……!?」


 若き力とでも言うのだろうか、彼女たちの押しは壮絶なものがあった。


「えーっと、俺は今ちょっと生徒会の仕事中だから――」


 仕事を理由に断りを入れようとした次の瞬間――。


「うわっ、凄い手……! 大きくて、カッチカチ!」


「お腹も超硬い! どれだけ鍛えたら、こうなるんだろう!?」


「細く見えるのに、とっても筋肉質なんですね!」


 後輩たちの容赦ないボディタッチが襲い掛かってきた。

 甘くてトロンとした香り、石鹸のいい香り、お花のすっきりした香りなどなど。女の子の様々なにおいが、一斉に押し寄せて来たため、頭がくらくらしてしまう。


「い、いや、あのちょっと……」


 俺が困惑していると――灼熱の黒炎と桜のはなびらが、凄まじい勢いで立ち昇る。


「あなたたち、一年生よね?」


「先輩への態度がなっていないのではないか?」


 リアとローズは霊力とは異なる種類の、非常に独特な『圧』を発しながら、柔らかく微笑んでいた。


(なんて怖い笑顔なんだ……っ)


 間違いなく、顔は笑っている。

 笑っているはずなのに……。

 本気で怒っていることが、骨の髄まで伝わってくる。


 リアとローズの途轍もない怒気を受けた後輩の女子たちは、


「す、す、すみませんでしたーっ」


 まるで蜘蛛の子を散らすようにして、四方八方に逃げていった。


「まったく……油断も隙もないわね」


「恋愛指南書によれば、男にとって後輩の女子という存在は、魅力的に感じるらしい。この先は、厳重な警戒が必要だな」


 リアとローズは真剣な表情で、何事かを語り合っている。


「え、えーっと……それじゃ次は、剣術部でも見に行こうか!」


 なんとなく不穏な空気だったので、少し強引に話題転換を図る。


 それから俺たちは、剣術部を視察するために移動を開始。

 体育館までの道中、リアが「そう言えば」と話を切り出した。


「アレン、うちの素振り部は勧誘しなくてもいいの?」


「うーん……。個人的には、別にやらなくてもいいかなって感じだ」


 うちに入部したい一年生がいるならば、もちろんそれは歓迎するけれど……「新入部員を熱烈募集中!」というわけでもない。


 俺のようにとにかく剣術の好きな人が集まった部、そういう自然な場所でちょうどいいと思う。


「そっか、部長がそういうのなら了解よ」


「まぁ今現在でも、過剰なほどの人員を抱えているからな」


 そうこうしているうちに体育館へ到着。

 下履きから室内用のシューズに履き替えて、剣術部の勧誘活動をチェックしていく。


「相変わらず、凄い活気だな」


 体育館には百人を超える部員がおり、入部希望の新入生に対して活動体験を施していた。


「――よし、みんな準備はできたね? それじゃ、『三連打ち』始めるよー!」


 体育館の真ん中にいる女生徒が太鼓をドンッと打ち鳴らすと同時、


「「「せいっ! せいっ! せいっ!」」」


 決められた掛け声とリズムで、百人以上の剣士が同時に素振りを始めた。

 全員が同じタイミングで剣を振り上げ、同じタイミングで一歩踏み出し、同じタイミングで剣を振るう。

 それが何度も何度も繰り返され、体育館に熱気が籠っていく。


(……前に見学したときも思ったけど、やっぱりちょっと窮屈な感じがするな)


 俺がそんな感想を抱いていると、


「それじゃ次っ! 自由練習! よーい、はじめ!」


「「「はいっ!」」」


 ある者は姿見でフォームを確認し、ある者は流派の技を練習し、またある者は鞄から教本を取り出し――それぞれが思い思いの剣を学び始めた。


(……あれ? 自由練習なんてメニュー、剣術部にあったっけか?)


 小首を傾げていると、体育館のど真ん中に立つ女剣士がこちらに気付く。


「おやおや? 誰かと思えば、アレンくんじゃないか!」


 彼女は三年生のシルティ=ローゼット。

 明るい茶髪のショートヘアと大きくて丸い目が特徴の快活な性格をした先輩だ

 前年度部長のジャン=バエルから指名を受け、副部長から部長に昇格したと聞いている。


「シルティ先輩、お久しぶりです。一応念のためお聞きしますが、昨年のような無茶な勧誘は、さすがにもうやっていないですよね?」


 そう言いながら、チラリと出口の方へ目を向ける。


 去年、俺は体育館に閉じ込められ、剣術部に入れられそうになったことがあった。

 その件の主犯は他でもない、このシルティ先輩なのだ。


「あはは、もうそんな無茶なことはしないよ。去年のあれは、イレギュラー中のイレギュラー!」


 彼女はそう言って、ケタケタと笑う。

 相変わらず、楽しそうな人だ。


「そう言えば……練習メニュー、変えたんですか?」


「おっ、気付いたかい? さすがアレンくん、目ざといねぇ!」


 シルティ先輩は「このこの!」と肘でこちらを(つつ)きながら、解説を始める


「もちろん剣術の型はとても大切なんだけど、それに(はま)り過ぎるのはどうなのかなって、思うようになってさ。私の代からは、ちょこちょこ自由なメニューを取り入れることにしたんだ。アレンくんとこの素振り部も、自由さが人気っぽい感じだしね」


「なるほど、そういうことでしたか」


 この柔軟さは、彼女の良さかもしれない。

 それから五分ぐらいの間、剣術部の勧誘活動を見させてもらったけれど、特に問題となるような行為は見受けられなかった。


「この分なら大丈夫そうだな」


「とてもクリーンな勧誘ね。一年生たちも楽しそう」


「では、次へ行こうか」


 その後、山岳部・水泳部・美術部などなど、様々な活動団体を見て回ったが、規則に反するような勧誘行為はない。


「今年は違反者が少ないな。というか、今のところゼロだぞ」


「不思議なこともあるものね。去年はかなりの規則違反があったって聞いているのに……」


「よいことではあるのだが……。釈然としない思いもあるな」


 その直後、


「――おらおらぁ、舐めてんのかぁ!?」


 中庭の方から、随分とガラの悪い声が聞こえてきた。


「……トラブルか?」


「っぽいわね」


「穏やかじゃなさそうだ」


 俺たちは同時にコクリと頷き、中庭の方へ駆け出す。


 するとそこでは――。


「こ、これは……っ」


 誰も予想だにしない、とんでもない光景が広がっていた。 


「ひゃっはー、生徒会のお通りだぜぃ! おいおい、去年の荒れっぷりはどうしたぁ? あのときは全然、私らの言うこと聞いてくれなかったよなぁ!?」


「過激な勧誘・無茶な声掛け・強引な連れ込み、いつでも全然オッケーなんですけど? 但しその場合、うちの『裏ボス』様が何をしでかすかわかんないですけど?」


「ひ、ひぃ……っ」


「だ、大丈夫ですよ! 今年はちゃんと真面目にやっていますから!」


 リリム先輩とフェリス先輩が、各活動団体を脅していたのだ。


 それも、俺の名前を使って……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ