貴族派と新学年【四】
リアお手製の晩ごはんをいただいた後は、いつものように身支度を整える。
「それじゃ、ちょっと行って来る」
「うん、気を付けてね」
日課の自主トレーニングに行く……という体で、千刃学院の生徒会室へ向かう。
(なんか嘘をついているみたいで、心苦しいところはあるけど……)
会長からの手紙には、わざわざ『一人で』と書かれていた。
これはすなわち他の誰か――特にヴェステリア王国と関係のある、リアとクロードさんには知られたくない、という意味のはずだ。
(俺だけに伝えたい内容かつ他言無用のものと来れば……おおよその見当はつく)
おそらく皇族派と貴族派についての話だろう。
本校舎に入り、長い廊下を真っ直ぐ歩く。
(夜の千刃学院は、また違った表情があるな……)
生徒会室の前に到着し、コンコンと扉をノックすれば、「どうぞ」と会長の声が返ってくる。
ゆっくり扉を開けるとそこには――生徒会長の椅子に座る、シィ=アークストリアの姿があった。
「――こんばんは、アレンくん。早かったわね」
「こんばんは、会長」
「念のための確認なんだけれど……一人、よね?」
「えぇ、もちろんです」
「そう、よかった」
会長は柔らかく微笑み、ホッと安堵の息を吐く。
やはり今回の話は、機密性の高いものらしい。
「立ち話もなんだし、そこ、掛けてくれる?」
「はい」
促されるまま、来客用のソファに腰を下ろす。
「紅茶とコーヒー、どっちがいいかしら?」
「では、紅茶でお願いします」
「りょーかい。お姉さん特製の紅茶を飲めるなんて、アレンくんは幸せ者ねぇ」
「あはは、そうかもしれませんね」
いつものように軽口を交わし合う。
この感じだと、そこまでヘビーな話ではなさそうだ。
「はい、どーぞ」
「ありがとうございます」
会長は二人分のティーセットを机に置き、真向かいのソファに腰掛けた。
目の前には湯気を立ち昇らせる、ティーカップ。
せっかく淹れてもらったので、温かいうちにいただくことにした。
「……どう、おいしい?」
「はい。風味が柔らかくて、いくらでも飲めてしまいそうです」
「ふふっ、よかった」
会長は満足気に微笑んだ後、
「さて、と……そろそろ本題に入りましょうか」
真剣な眼差しをこちらへ向けた。
「――ねぇアレンくん、今日のスケジュール変更についてどう思った?」
「まぁ、急な話だなと」
千刃学院の年間スケジュール、その全てを組み替えるなんて、ちょっと……いや、かなり急過ぎる話だ。
「そうよね。普通はそう感じるわよね」
彼女はそう言いながら、机の中をゴソゴソと漁る。
「今回の急激な予定変更、その根底にあるのが――これよ」
会長が取り出したのは、分厚い書類の束。そこにはデカデカと『極秘』の朱印が押されており、表題部分にはこう記されてあった。
「『剣王祭の早期開催計画』……?」
「そう、それを実現するために千刃学院を含む全ての剣術学院が、大規模な予定変更を強いられているのよ」
会長はそう言って、話を深めていく。
「今年の三月の終わり頃、聖騎士協会からリーンガード皇国に要請があったの。『来たる世界大戦に備えて、自国の有望な剣士を選定・強化し、戦力増強に努めてほしい』ってね。まぁこういう動きは去年からも見られたし、別にそれほど怪しむべきものじゃないわ」
「そうですね」
聖騎士は昔から優秀な学生剣士を囲い込んでおり、近年になってその傾向は、いっそう顕著に見られる。
例えば、上級聖騎士への登用制度。
俺も活用させてもらったこの制度なんかは、その最たる例だろう。
「ただ……問題は貴族派の不審な行動。ちょっときな臭いのよねぇ……」
「きな臭い?」
俺の問い掛けに対し、会長はコクリと頷く。
「私たち皇族派の提出する法案や方針に対して、いっっっっっつも難癖を付けて反対してきた貴族派の連中たちが、この剣王祭の早期開催案には、何故か全員が全員賛成してきたの。おかしいとは思わない?」
「それは……その判断が国益に沿っているからでは?」
「いいえ、あり得ないわね」
彼女はそう言って、首を横へ振った。
「貴族派の連中は、皇国の利益なんて何も考えてない。この剣王祭早期開催計画が、自分たちの利益になるから、全力でプッシュしているのよ」
……まぁ確かに、パトリオットさんが自国の利益を考えているとは思えないな。
「奴等が何を企んでいるのか、今はまだわからないけれど……。今回の剣王祭、ちょっと臭うわ。全てがスムーズに進み過ぎている。貴族派の連中が、何かを仕掛けてくるかも」
「なる、ほど……」
先日の歓談を経て、俺も貴族派への不信感は持っている。
会長の言う通り、何かしらの悪巧みがあってもおかしくはないだろう。
「以前にも伝えた通り、貴族派が皇国を支配するための勝利条件は一つ。アレンくんを政治の舞台から排除すること。あなたという存在が、邪魔で邪魔で仕方ないのよ」
「そう、ですか……」
そんなはっきりと「邪魔だ」と言われのは、ちょっと心に刺さるものがあった。
「アレンくんを蚊帳の外にするためならば、きっと手段を選ばないでしょうね。例えば――毒殺。貴族の社会では、最もポピュラーな暗殺手段よ」
「なるほど……でも、自分に毒は利きませんよ?」
未知の毒使いディール=ラインスタッドとの戦いを経て、ほとんど完璧に近い毒耐性を獲得した。
並大抵の毒ならば――特に既存の毒に対しては、無害と言っても過言ではない。
「えっと……例えば、武器のすり替え! 剣王祭本番で剣が鈍らにすり替えられていたらどう? さすがのアレンくんも素手のままじゃ戦えないでしょ?」
「自分には黒剣があるので、特に問題はないかと……」
ゼオンの闇から生まれる漆黒の剣、これはその場で作るものなので、どうやってもすり替えようがない。
「え、えっと、それじゃ……あの、あれがこーして……それがその……」
会長の声のトーンは徐々に落ちていき、最後には押し黙ってしまった。
「…………アレンくんに危害を加えることは難しそうね」
いろいろなパターンを想定した結果、特に問題となるようなことはなさそうだ。
「と、とにかく! 前にも伝えた通り、貴族派は七聖剣の一人を囲っているから気を付けてね!」
「えぇ、わかりました。ご忠告、ありがとうございます」
話が一段落したところで、沈黙の時間が訪れる。
「……」
「……」
夜の生徒会室で二人きり――この極めて異常な状況下での沈黙は、微妙に重たく感じた。
(……なんか話を振った方がいいよな)
脳内の会話デッキを探ってみたところ……ちょうどいいものが見つかった。
繋ぎの話題としては、そこそこの実用性があるだろう。
「あの、俺からも一ついいですか?」
「何かしら?」
「昨日、パトリオット=ボルナードという貴族の屋敷にお呼ばれしたんですよ」
「へぇ、ボルナード公爵の屋敷に……って、ボルナード!?」
会長は突然、口にしていた紅茶を噴き出した。
「ちょっ、会長、汚いですよ?」
「ご、ごめんなさ……じゃなくて! どうしてボルナード公爵の屋敷に行ったの!? やっぱり向こうから接触が!? いやそんなことよりも、いったいなんの話をしたの!?」
「別にそんなに大した話はしていませんよ。ただ、『貴族派に入らないか?』って勧誘されただけです」
「それが! あなたの引き抜きが! 皇族派が最も恐れていることなのッ!」
会長は息を荒くしながら、そう捲し立てた。
「ま、まぁまぁちょっと落ち着いてください。ほら、紅茶でも飲んで」
「むぅ……っ」
彼女は不満気な表情を浮かべながらも、ひとまず紅茶をズズズッと啜った。
「それで? 貴族派の勧誘には、どう答えたの?」
「『論外です』、って言っちゃいました」
「ろ、論外って……随分とはっきり断ったのね」
予想外の結果だったのか、会長は目を丸くして驚いた。
「えぇ、いろいろと話し合った結果、お互いの方向性が違ったんですよね」
「なんかそれ、音楽グループの解散理由みたいね……」
「あはは、確かにそうですね。まぁとにもかくにも、『皇族派か? 貴族派か?』と問われれば、俺は皇族派に近い考え方のようでした」
貴族中心の弱者切り捨て主義。
貴族派の思い描く社会は、俺の理想とするものとは大きく違う。
「ほ、ほんとに? アレンくんは貴族派じゃなくて、皇族派寄り――私たちの味方ってことでいいのね!?」
「はい。それに第一、皇族派には会長もいますしね」
会長には、これまでなんだかんだとお世話になってきた。
日々の生徒会でもそうだし、近いところで言えば、クリスマスパーティのときなんか、も……。
(……ん?)
そこまで考えて、とある違和感を覚えた。
(お世話になってきた……よな?)
よくよく思い返してみれば、俺はそもそも生徒会に入る気はなかった。
会長が我がままを言うので、流れのままに仕方なく入ることになったのだ。
クリスマスパーティのときもそう。
無茶苦茶なカップリングイベントに乗じて、いきなり闇討ちを仕掛けられたっけか。
(これ、本当にお世話になった……か?)
――いや、これ以上考えるのはよそう。
俺は会長にお世話になった。
それでいい。そういうことにしておこう。
世の中には、明らかにしない方がいいこともあるのだ。
俺がそんなことを考えていると、
「……っ」
会長の頬が、何故かほんのりと赤くなっていた。
「ね、ねぇアレンくん……。さっきの、その……『皇族派には会長がいるから』って、どういう意味なのかしら?」
「……? お世話になった会長がいるから、ということですけど?」
まさに読んで字の如く、言葉通りの意味なんだけれど、それがどうかしたのだろうか?
「はぁ……そうよね。アレンくんはそういう人よね……」
「……?」
こうして会長との夜の密会は、なんだかよくわからない空気のままに終わったのだった。
■
午前・午後の過酷な授業・放課後の生徒会激務・帰宅後の自主練。
そんな忙しい毎日を送っていると、あっという間に新入生勧誘期間――通称『新勧』が始まった。
例年、五学院の新勧は壮絶を極め、当然それは千刃学院においても例外ではない。
「新入生の皆さん、入学おめでとうございます! ってなわけで、山岳部に入りませんかー!」
「剣術部! 体験入部やってるよー! 今日の放課後、体育館に来てねー!」
「茶道部のお茶は天下一! 飲まなきゃ損損、いらっしゃーい!」
朝の登校時間・授業の合間の移動時間・お昼休み――ほんの僅かな隙間も逃さず、各活動団体が勧誘活動に励んでいる。
そうして迎えた放課後、クロードさんを除く生徒会メンバーは全員、生徒会室に集合していた。
ちなみに彼女は、グリス陛下の呼び出しを受けたらしく、この先十日間ほどはヴェステリア王国に滞在する予定とのことだ。
「――相も変わらずというか、今年もまた派手にやっているわねぇ」
会長はため息を零しながら、窓の外で繰り広げられる、激しい勧誘活動を眺め下ろす。
「新勧はお祭りみたいなもんだからな! どうせまた今回もどっかで、ヒートアップしたこんちくしょうが出るだろうな!」
「正義のヒーローが、成敗する必要があるんですけど!」
リリム先輩とフェリス先輩はそう言って、『正義のヒーロー』と書かれたタスキを掛けた。
そう、俺たち生徒会は、行き過ぎた勧誘活動を取り締まる必要があるのだ。
「みんなも知っての通り、当学院では行き過ぎた勧誘活動が問題になっているの。私たちはこれから学院内を巡回して、過激な勧誘をしている悪者をビシバシと検挙していきます!」
会長はそう言って、『正義執行』と書かれたタスキを掛けた。
うちの先輩方は、相も変わらずノリノリだ。
「この後すぐに巡回を始めるんだけれど、全員一緒に行動するのはとても非効率。かと言って、単独で動いた場合、万が一の危険があるかもしれない。という訳で――『あみだ』を用意しました!」
会長は「ぱんぱかぱーん」と言いながら、プリント用紙に描かれたお手製のあみだくじを高らかに掲げる。
「今回は二人班・三人班・生徒会室で居残りが一人、こんな感じの班分けにしているわ。――それじゃみんな、『ここだ!』と思う場所に名前を書いてちょうだい」
会長はそう言って、一番端の線に自分の名前を書き記した。
相変わらず、こういう遊び事が大好きな人だ。
その後、全員が自分の名前を書き終えてから、くじの公平性を保つため、各自一本ずつあみだに線を書き足していく。
「ふふっ、それじゃ開けるわよ? 三・二・一……それっ!」
会長は小さな子どものような表情で、あみだの折りたたまれた部分を一気に広げた。
厳正なあみだくじの結果、今日の班割りが決定。
二人班は、リリム先輩とフェリス先輩。
三人班は、俺・リア・ローズ。
そしてお留守番に決まったのは――他でもない、我らが生徒会長様だ。
「ど、どうして、私がお留守番に……っ」
「どんまい、シィ! そういうときもあるって!」
「明日の班分けは、きっと上手くいくはずなんですけど」
リリム先輩とフェリス先輩がフォローをしながら、本日の巡回業務はヌルリと始まった。
生徒会室を出てすぐ、俺たち三人班は右手、先輩たち二人班は左手に分かれる。
「なんか結局、いつものメンバーになったな」
「ふふっ、そうね」
「まぁ気が楽ではあるな」
そんな小話をしながら、ひとまず校舎の外に出る。
「さて、と……どこから見て回ろうか?」
「そうねー。まずはここから一番近いところがいいんじゃないかしら?」
「そうなると、チアリーディング部だな」
ちなみに……今回の見回りにおいて、二人班と三人班は巡回経路を定めなかった。
その理由としては、会長曰く「ランダム性を高めるため」だそうだ。
時計周り・反時計周りという風にルートを決めてしまうと、悪知恵の働く一部の生徒たちにそれを予測され、警備の穴を突かれてしまうらしい。
「っと、やっているな」
チアリーディング部の活動場所である本校舎の真ん前に到着。
するとそこでは、
「ゴーゴーレッツゴーッ! 千・刃・学・院ッ! ウィー・アー・ザ・ベスト・ナンバーワン!」
ちょうど新入部員に向けてのパフォーマンスをしていたようで、一糸乱れぬ完璧なダンスを見ることができた。
「相変わらず、格好いいな」
お腹の底まで響く、凛とした力強い声。
指の先まで完璧に意識の通った、キレと緩急の共存した動き。
きっとこの素晴らしいパフォーマンスは、弛まぬ努力の果てにあるものだろう。
「去年も見たが、今年のはまた凄いな」
ローズは感嘆の息を吐き、
「確かに格好いいけど、やっぱり私的には露出がちょっと……ね」
リアはどこか複雑な面持ちだ。
「ザッと見たところ、チア部は問題なさそうだな」
会長たちの話によれば、過激な勧誘活動に走るのは、元々あまり人気のない部が多いらしい。
チアリーディング部みたく生徒からの人気が高い団体は、規則に反した勧誘をしなくとも、多くの入部希望者が集まるからとのことだ。
「それじゃ、次に行こうか」
俺たちが別の場所へ移動しようとしたそのとき――。
「あっ、アレン先輩だ!」
チア部を見学に来ていた女生徒の一人が、そんな声をあげた。
すると次の瞬間、たくさんの女生徒たちが、ワラワラとこちらに集まってきた。
「わ、私……アレン先輩の大ファンなんです! もしよかったら、サインしてもらえないでしょうか!?」
「あ、握手してください……っ」
「あの、先輩って、彼女さんとかいるのでしょうか……!?」
若き力とでも言うのだろうか、彼女たちの押しは壮絶なものがあった。
「えーっと、俺は今ちょっと生徒会の仕事中だから――」
仕事を理由に断りを入れようとした次の瞬間――。
「うわっ、凄い手……! 大きくて、カッチカチ!」
「お腹も超硬い! どれだけ鍛えたら、こうなるんだろう!?」
「細く見えるのに、とっても筋肉質なんですね!」
後輩たちの容赦ないボディタッチが襲い掛かってきた。
甘くてトロンとした香り、石鹸のいい香り、お花のすっきりした香りなどなど。女の子の様々なにおいが、一斉に押し寄せて来たため、頭がくらくらしてしまう。
「い、いや、あのちょっと……」
俺が困惑していると――灼熱の黒炎と桜のはなびらが、凄まじい勢いで立ち昇る。
「あなたたち、一年生よね?」
「先輩への態度がなっていないのではないか?」
リアとローズは霊力とは異なる種類の、非常に独特な『圧』を発しながら、柔らかく微笑んでいた。
(なんて怖い笑顔なんだ……っ)
間違いなく、顔は笑っている。
笑っているはずなのに……。
本気で怒っていることが、骨の髄まで伝わってくる。
リアとローズの途轍もない怒気を受けた後輩の女子たちは、
「す、す、すみませんでしたーっ」
まるで蜘蛛の子を散らすようにして、四方八方に逃げていった。
「まったく……油断も隙もないわね」
「恋愛指南書によれば、男にとって後輩の女子という存在は、魅力的に感じるらしい。この先は、厳重な警戒が必要だな」
リアとローズは真剣な表情で、何事かを語り合っている。
「え、えーっと……それじゃ次は、剣術部でも見に行こうか!」
なんとなく不穏な空気だったので、少し強引に話題転換を図る。
それから俺たちは、剣術部を視察するために移動を開始。
体育館までの道中、リアが「そう言えば」と話を切り出した。
「アレン、うちの素振り部は勧誘しなくてもいいの?」
「うーん……。個人的には、別にやらなくてもいいかなって感じだ」
うちに入部したい一年生がいるならば、もちろんそれは歓迎するけれど……「新入部員を熱烈募集中!」というわけでもない。
俺のようにとにかく剣術の好きな人が集まった部、そういう自然な場所でちょうどいいと思う。
「そっか、部長がそういうのなら了解よ」
「まぁ今現在でも、過剰なほどの人員を抱えているからな」
そうこうしているうちに体育館へ到着。
下履きから室内用のシューズに履き替えて、剣術部の勧誘活動をチェックしていく。
「相変わらず、凄い活気だな」
体育館には百人を超える部員がおり、入部希望の新入生に対して活動体験を施していた。
「――よし、みんな準備はできたね? それじゃ、『三連打ち』始めるよー!」
体育館の真ん中にいる女生徒が太鼓をドンッと打ち鳴らすと同時、
「「「せいっ! せいっ! せいっ!」」」
決められた掛け声とリズムで、百人以上の剣士が同時に素振りを始めた。
全員が同じタイミングで剣を振り上げ、同じタイミングで一歩踏み出し、同じタイミングで剣を振るう。
それが何度も何度も繰り返され、体育館に熱気が籠っていく。
(……前に見学したときも思ったけど、やっぱりちょっと窮屈な感じがするな)
俺がそんな感想を抱いていると、
「それじゃ次っ! 自由練習! よーい、はじめ!」
「「「はいっ!」」」
ある者は姿見でフォームを確認し、ある者は流派の技を練習し、またある者は鞄から教本を取り出し――それぞれが思い思いの剣を学び始めた。
(……あれ? 自由練習なんてメニュー、剣術部にあったっけか?)
小首を傾げていると、体育館のど真ん中に立つ女剣士がこちらに気付く。
「おやおや? 誰かと思えば、アレンくんじゃないか!」
彼女は三年生のシルティ=ローゼット。
明るい茶髪のショートヘアと大きくて丸い目が特徴の快活な性格をした先輩だ
前年度部長のジャン=バエルから指名を受け、副部長から部長に昇格したと聞いている。
「シルティ先輩、お久しぶりです。一応念のためお聞きしますが、昨年のような無茶な勧誘は、さすがにもうやっていないですよね?」
そう言いながら、チラリと出口の方へ目を向ける。
去年、俺は体育館に閉じ込められ、剣術部に入れられそうになったことがあった。
その件の主犯は他でもない、このシルティ先輩なのだ。
「あはは、もうそんな無茶なことはしないよ。去年のあれは、イレギュラー中のイレギュラー!」
彼女はそう言って、ケタケタと笑う。
相変わらず、楽しそうな人だ。
「そう言えば……練習メニュー、変えたんですか?」
「おっ、気付いたかい? さすがアレンくん、目ざといねぇ!」
シルティ先輩は「このこの!」と肘でこちらを突きながら、解説を始める
「もちろん剣術の型はとても大切なんだけど、それに嵌り過ぎるのはどうなのかなって、思うようになってさ。私の代からは、ちょこちょこ自由なメニューを取り入れることにしたんだ。アレンくんとこの素振り部も、自由さが人気っぽい感じだしね」
「なるほど、そういうことでしたか」
この柔軟さは、彼女の良さかもしれない。
それから五分ぐらいの間、剣術部の勧誘活動を見させてもらったけれど、特に問題となるような行為は見受けられなかった。
「この分なら大丈夫そうだな」
「とてもクリーンな勧誘ね。一年生たちも楽しそう」
「では、次へ行こうか」
その後、山岳部・水泳部・美術部などなど、様々な活動団体を見て回ったが、規則に反するような勧誘行為はない。
「今年は違反者が少ないな。というか、今のところゼロだぞ」
「不思議なこともあるものね。去年はかなりの規則違反があったって聞いているのに……」
「よいことではあるのだが……。釈然としない思いもあるな」
その直後、
「――おらおらぁ、舐めてんのかぁ!?」
中庭の方から、随分とガラの悪い声が聞こえてきた。
「……トラブルか?」
「っぽいわね」
「穏やかじゃなさそうだ」
俺たちは同時にコクリと頷き、中庭の方へ駆け出す。
するとそこでは――。
「こ、これは……っ」
誰も予想だにしない、とんでもない光景が広がっていた。
「ひゃっはー、生徒会のお通りだぜぃ! おいおい、去年の荒れっぷりはどうしたぁ? あのときは全然、私らの言うこと聞いてくれなかったよなぁ!?」
「過激な勧誘・無茶な声掛け・強引な連れ込み、いつでも全然オッケーなんですけど? 但しその場合、うちの『裏ボス』様が何をしでかすかわかんないですけど?」
「ひ、ひぃ……っ」
「だ、大丈夫ですよ! 今年はちゃんと真面目にやっていますから!」
リリム先輩とフェリス先輩が、各活動団体を脅していたのだ。
それも、俺の名前を使って……。




