表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

429/445

貴族派と新学年【二】


「お言葉ですが……天子様の派閥を泥舟呼ばわりするのは、皇国民としてどうなのでしょうか?」

「おっと、これは口が過ぎましたな。しかしこのボルナード、嘘はつけない性質(たち)でございまして、何卒ご容赦いただけますと幸いです」


 彼は苦笑を湛えながら、そんな軽口を述べた。

 どうやら、皇族派のことを心の底から見下しているらしい。


「まぁ隠しても仕方がありませんので、この際はっきり申し上げておきましょう。残念ながら皇族派に、このリーンガード皇国に未来はありません」


「どういう意味ですか?」


「そもそもの話、皇族派の連中は――いや、有象無象の『自称大国』の馬鹿どもは、大きな勘違いをしている。主要五大国? 帝国と肩を並べる力を持つ? まったくもってナンセンス! 思い上がりも(はなは)だしい!」


 彼は酷く抽象的なことを言いながら、人差し指をピンと立てる。


「おそらくこの先一年以内に大きな(いくさ)が起こります。それは歴史上類を見ない、苛烈で壮絶なものになるでしょう」


「神聖ローネリア帝国との戦争ですね」


「はい。リーンガード皇国・ヴェステリア王国・ポリエスタ連邦・ロンゾ共和国の大国連合と神聖ローネリア帝国の戦争。この戦いに勝つのは、間違いなく帝国です」


 彼は微塵も躊躇(ためら)うことなく、そう断言した。


「随分はっきりと言うんですね」


「当然、理由があります。それも三つ」


 パトリオットさんは、今度は三本の指を立てて、語気を強めながら説明し始める。


「一つ、他の主要国を圧倒する強大な軍事力! 神聖ローネリア帝国は非合法な武装集団である黒の組織を抱えており、そこには神託の十三騎士という国家戦力級の剣士が所属している。しかも十三騎士のうちの四人は、皇帝直属の四騎士と呼ばれ、人の域を超えた絶大な力を振るいます!」


 俺が剣を交えたディール=ラインスタッドは、『元』皇帝直属の四騎士。

 帝国には、あれ以上の剣士がまだ四人も控えている。


 この事実は、確かに恐ろしい。


「一つ、魔具師ロッド=ガーフにより(もたら)された圧倒的な科学力! 彼の聡明な頭脳は、人類の百年先を行っている! 先の(いくさ)で用いられた超小型飛翔滑空機こと飛空機(ひくうき)や黒の組織の標準戦闘服である自律伸縮式冥黒外套(めいこくがいとう)! その他にも、ロッド氏はこれまでの常識をひっくり返すような、とんでもない大発明を幾度となく成し遂げております!」


 魔具師ロッド=ガーフ、この名前も度々耳にするものだ。

 帝国の強さを支えるキーパーソンの一人であることは間違いないだろう。


「そして何より、皇帝バレル=ローネリアという絶対君主の存在! 深淵すらも覗く智謀、四騎士さえも凌ぐ武力、(あまね)(すべ)てを従える稀代のカリスマ! 彼こそが王! 否、神なのです!」


 パトリオットさんは鼻息を荒くしながら、次々に帝国を褒め称えた。


(バレル=ローネリアを心酔しているかのような発言も気になったけれど……)


 それよりも何よりもまず、確認しておかなければならないことがある。


「パトリオットさん……随分と敵国の内情についてお詳しいのですね」


 彼の口ぶりは、まるで帝国の戦力をその眼で見て来たかのようなものだった。


「えぇ、もちろん。……これはここだけの話にしていただきたいのですが……」


 彼はそう前置きしたうえで、とんでもない事実を暴露する。


「我ら貴族派は、神聖ローネリア帝国と通じております」


「なっ、それは!?」


「お待ちください! ただ情報を得るための窓口を、独自の外交ルートを持っているということです!」


「まさかとは思いますが、リーンガード皇国の情報を横流ししていませんよね?」


「無論。我らは愛国心に燃える善良な皇国民、決してそのような真似はいたしません!」


「……そうですか、それはよかったです」


 残念ながら、この人はあまり信用できなさそうだ。

 しかし、ここですぐに話を打ち切っては、あからさまに過ぎる。


 もう少しだけ続けて、ほどほどのところで帰るとしよう。


「パトリオットさんの仰る通り、科学力についてはこちらが後れを取っているかもしれません。ただ、戦力においては、そこまで大きな開きはないように思います。なんといってもこちらには、聖騎士協会が誇る最強の剣客集団『七聖剣』がいますから」


「七聖剣……果たして彼らは、本当に味方なのでしょうか?」


「どういう意味ですか?」


「この情報はあまり(おおやけ)になっていませんが、七聖剣の面々には非常に大きな『癖』がある。誤解を恐れずに言えば、『人格破綻者』の集まりだ。いざ開戦となった場合、彼らが正義のために動くとは思えない。実際、つい先日にもフォン=マスタングが裏切ったばかり……彼の他にも裏切り者がいるやもしれませんぞ?」


 その発言には、何か含みのようなものがあった。


「七聖剣以外にも、腕の立つ剣士はいますよ? 特に皇国には、レイア(せん)せ――黒拳レイア=ラスノートが」


「『黒拳』ですか。確かにアレは恐ろしく強い。『単体戦力』として見た場合、至上のものがあるでしょう。しかし、彼女の強さは今が最盛期(ピーク)。この先は緩やかに下降し、やがては見る影もなくなるでしょう」


 パトリオットさんはそう言って、小さく首を横へ振った。


「さらに付け加えるならば、彼女は単細胞に過ぎるうえ、人間らしい良識を持ち合わせてしまっている。詰まるところ、次の行動が簡単に読めてしまうんですよ。ちょっと(ここ)を使えば、封殺することも容易い」


 レイア先生が単細胞という指摘。

 それはわかる。とてもよくわかる。


 彼女の行き当たりばったりな行動のせいで、俺はこれまで何度も迷惑を掛けられてきたからだ。


 しかし、先生に良識があるというのは、いったいどういう了見だ?


 パトリオットさんが話しているのは、本当にあのレイア=ラスノートのことか?

 同姓同名の誰か別の人のことを言っているのではないか?


 俺が頭を悩ませている間にも、話は先に進んでいく。 


「黒拳は(ぎょ)しやすく、大きな問題にならない。しかしその一方でアレン殿、貴殿はそれとまるで違う」


 パトリオットさんは、グラスで喉を軽く潤し、スッと目を細めた。


「失礼ながら、アレン=ロードルという名前は、ほんの一・二年ほど前まで露と聞きませんでした」


「まぁ……そうでしょうね」


 その頃はちょうど、グラン剣術学院でいじめられていたときだ。


「初めてアレン殿の名を耳にしたのはそう――昨年の大五聖祭。氷王学院との戦いにおける、あの(・・)『大暴走』です」


「あれは、その、なんというか……お恥ずかしい限りです」


「いえいえ、誰にでも若気の至りというのはありましょう」


 彼は柔らかく微笑み、話を前に進める。


「貴殿はあそこから、恐ろしい速度で強くなった――否、今なお強くなっている。最盛期(ピーク)がどこになるのか、限界値はどこにあるのか、皆目見当がつきません」


「ど、どうも」


「アレン殿の行動は、本当に先が読めない。謹慎処分を受けて魔剣士(ボランティア)活動に従事しているかと思えば――いつの間にか血狐と繋がりを持ち、闇の世界を闊歩(かっぽ)していた。聖騎士見習いとして訓練を積んでいるかと思えば――何故か紛争地帯のダグリオに赴き、救国の英雄となっていた。普通の学生生活を送っているかと思えば――帝国の中枢にまで侵入し、シィ=アークストリアを救出していた。常人ならば普通躊躇(ためら)うような場面でも、貴殿はなんの迷いもなく突き進んで行く、ブレーキが壊れているとしか思えない」


 さすがは貴族派の筆頭というべきか。

 俺の経歴(かこ)をよくもまぁここまで調べ上げたものだ。


「天井知らずの実力・タガの外れた行動力、言うならばアレン殿は『未知数』であり『劇薬』。貴殿の立ち位置によって、あらゆる力関係がひっくり返るやもしれない。――皇族派からも、このように評価されているのでは?」


「まぁ……はい」


 確かに同じようなことを言われた気がする。


「遥か昔より、戦争において最も怖いのはイレギュラーだと言われております。だからこそアレン殿には、次の戦争において『傍観者』でいてほしい。その強大な闇の力を行使せず、ことの行く末を静かに見守っていてほしいのです」


 パトリオットさんはここへ来て、一気に饒舌になっていった。


 おそらく、ここが彼の本懐なのだろう。


「愚かで過激な皇族派は、戦争街道をひた走っている! しかしこのまま帝国と戦えば、我が国は壊滅的な被害を受け、支配されてしまうことは火を見るよりも明らか! それゆえ貴族派は、帝国との友和を、共同政権の樹立を目指している! つまり、敗北後の復興に焦点を当てているのです!」


 彼は大きく身を乗り出し、熱の籠った視線を向けてくる。


「聡明な貴殿のこと、既におわかりいただけているはずだ! 私が皇族派をして泥舟と称する理由が! 貴族派こそ真に皇国の明日を(うれ)うものだということが! 今は一時の『愛国心』に流されず、長期的な視点から『実利』を追うべきなのです! ――さぁアレン殿、共に手を取り合い、皇国の輝かしい未来を作りましょう!」


「……」


 俺が沈黙を貫いていると、パトリオットさんが態度を軟化させた。


「も、もちろん、なんの見返りもなく、このようなお願いをするわけではありません!」


「……どんな見返りがあるのでしょう?」


「それはもう、アレン殿が望むものを、望むだけご用意いたします! 家も土地も金も地位も女も! 貴殿の欲する、ありとあらゆるものを取り揃えましょう! 今、すぐにでも!」


 彼は大きく両手を広げながら、とんでもないことを言い放った。


「なる、ほど……。確かに実利という面では、こちらに大きなメリットがありそうですね」


「おぉ、さすがはアレン殿! おわかりいただけましたか!」


 パトリオット=ボルナードの言い分、すなわち貴族派の主義主張はよくわかった。


 俺は静かに眼を閉じ、これまで聞いた話、その全てを反芻(はんすう)し――自分なりの結論を下す。


「――パトリオットさん」


「はい!」


「論外です」


「……論外、と申しますと?」


 彼の顔から、微笑みが消えた。


「残念ながら、自分の思い描く理想の未来は、貴族派のものと違うようです」


「そんな馬鹿な! 『実利』よりも『愛国心』が勝ると!?」


「愛国心とまでは言いません。ただ……この国には、自分の大切な人がたくさんいます。みんなを守るためにも、俺は持てる全ての力を使って戦うつもりです」


 俺の剣術は、大切な人達を守るためにある。

 どんな話をされても、この思いは変わらない。


「……そうですか、わかりました」


 パトリオットさんは小さくため息をついた後、いつものようにニコリと微笑んだ。


「もしアレン殿の気が変わられた際には、いつでもご連絡ください。我ら貴族派は、貴殿を歓迎いたします」


 彼はそう言って、背後の執事に目を向ける。


「さぁアレン殿がお帰りだ」


「はっ。――アレン様、どうぞこちらへ」


 執事の男に案内されて、パトリオットさんのお屋敷を後にする。


 外で待機中のヒヨバアさんが、「馬車でお送りいたします」と言ってくれたけれど、丁重にお断りしておいた。


 なんだかちょっと、外の空気を吸いたい気分だったのだ。


「ふぅー……いろいろとやりにくかったな」


 パトリオットさんは、ずっと本心で喋っていなかった。

 柔らかい笑顔も驚愕の表情も残念そうな顔も、全て計算づくの演技だ。

 彼は常にこちらとの距離を探りながら、将棋やチェスのようなターン制のゲームみたく、発言という手番を回していた。


 ああいうタイプの人間は、正直ちょっと苦手だ。


「さて、と……。あまり遅くなると、リアを心配させちゃうし、さっさと帰るかな」


 俺はグーッと伸びをした後、自分の寮へ向けて走り出すのだった。



 アレン=ロードルが帰路についたちょうどその頃、


「ふぅー……時間の無駄をした」


 パトリオット=ボルナードは、どっかりとソファに座りながら、大きなため息をついた。


「お疲れさまでした」


 執事からの労いの言葉に対し、「うむ」と尊大な態度で返した彼は、ガシガシと乱暴に頭を掻く。

 先ほどの好々爺(こうこうや)っぷりはどこへやら、完全に素の状態が出ていた。


「しっかし、あれは本当に使えん男だな。前情報にあった通りの大馬鹿者、大人の判断ができん青臭いガキだ」


「仰る通りかと」


「『我欲のない純朴な青年』と言えば聞こえはいいが、それは裏を返せば、確固たる自己が確立されておらんとも言える。文字通りの未熟、世間の荒波に揉まれておらぬ、井の中のオタマジャクシだ」


「まさにその通りかと」


 執事からの全面同意を得たパトリオットは、満足気に「ふんっ」と鼻を鳴らし、古びたシガレットケースを開けた。

 ズラリと並んだ大量の葉巻の中から、お気に入りの一本を取り出し、慣れた手つきでヘッドをカット。フット全体をマッチでほどよく(あぶ)り、ゆっくりと時間をかけて、口腔いっぱいに煙を吸い込でいく。


「ふぅー……。昔から『馬鹿とハサミは使いよう』と言うが、それは大きな間違いだ。馬鹿はどこまで行っても馬鹿のまま、持ち手がどれだけ工夫を凝らそうとも、決してハサミになることはない」


「つまり……?」


「当初の計画通りだ。あの馬鹿を速やかに処分する。――『シン』を使え」


 そう命じられた執事は、恐る恐る自身の意見を述べる。


「……本当に、勝てるのでしょうか?」


「なに?」


「確かにシンは、(ことわり)の外にある存在。その強さは十分に存じております。しかし理の外にあるのというのは、アレン=ロードルもまた同じ。彼は裏切りの七聖剣フォン=マスタングと元皇帝直属の四騎士ディール=ラインスタッドを同時に相手取り、優勢に立ち回っていたと聞いております。果たしてシンは、アレンに勝てるのでしょうか?」


「はぁ……お前もその口(・・・)か」


 貴族派の一部からは『シンであろうとアレン=ロードルには敵わないのではないか?』、という声が噴出しており、パトリオットはこの意見に対して心の底から呆れていた。


「何も案ずる必要はない。シンは『強さ』という概念の上にあるのだ。一対一の戦いならば、まさしく最強、負けることなど絶対にあり得ん」


「承知しました。出過ぎた発言をお許しください」


 執事の認識を正したパトリオットは、満足そうに「うむ」と頷いた。


「では、次の祭りを楽しみにしておるぞ?」


「委細、承知しました。ただ今より、計画を実行に移します」


 執事は深々と頭を下げ、鳳凰の間を後にした。


「ふははっ、これで長きに渡る皇族派との政争も終わる。これで私は、『真の貴族』になれるのだ!」


 瞳の奥に底なしの欲望と壮大な野望を(たぎ)らせながら、パトリオットは邪悪な高笑いを上げるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 『馬鹿とハサミは使いよう』は馬鹿がハサミになるって意味じゃないです。 本来は『馬鹿と鋏は使いようで切れる』だけど昔のU字の和鋏と違って最近はX字の洋鋏が主流で切れないハサミがほとんどないので…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ