秘密の会議とゴザ村への帰郷【二】
重々しい扉をゆっくり開けるとそこには、とても小さくて整然とした部屋が広がっていた。中央に円卓、そこに備え付けられた二脚の椅子、調度品は棚と照明器具ぐらい。まるで生活感のない、非常に簡素な空間だ。
そんな部屋の最奥――品のいい椅子に天子様が座っており、その背後にはロディスさんが控えていた。
「――アレン様。本日はお忙しい中、わざわざ宮殿まで足を運んでいただき、本当にありがとうございます」
「特に予定もなかったので、どうかお気になさらず」
天子様の謝意に対し、丁重な返答をする。
彼女は人格面に大きな問題を抱えた人だけれど、リーンガード皇国の頂点に君臨する御方だ。決して失礼なことがないよう、自分の発言や立ち振る舞いには、細心の注意を払う必要がある。
「ふふっ、そんなにかしこまらなくとも大丈夫ですよ? 私とアレン様の仲ですから、もっと砕けて――フレンドリーに接してください」
「いえ、そういうわけにはいきません」
「そうですか? では、立ち話も難ですし、どうぞそちらへお掛けください」
「失礼します」
俺は一礼してから、目の前の椅子を引き、ゆっくりと腰を下ろす。
「狭苦しいお部屋で申し訳ございません。もっと開けた場所でお話しできればよかったのですが、最近はどこに目や耳があるかもわかりませんので……」
天子様は小さく吐息を漏らし、グルリと部屋を見回した。
「というと、ここはやはり?」
「はい。外壁は特殊な加工を施した霊晶石、四隅の柱には稀少なブラッドダイヤを組み込んでおります。これにより電子的な信号はもちろん、微細な霊力の流れに至るまで、外部との繋がりは完全に断絶。この部屋での会話が漏れることは、絶対にありません」
「なるほど、それなら安心ですね」
情報漏洩対策は万全のようだ。
「ところでアレン様、一つよろしいでしょうか?」
「なんでしょう」
「先の激しい戦闘で、瀕死の重傷を負ったと聞いていたのですが……お体の方は、もう大丈夫なのですか?」
「はい、その節は本当にありがとうございました」
チェリンから帰国した直後――天子様とロディスさんが迅速に病院を手配してくれたおかげで、リアたちは傷付いた体をゆっくりと休めることができた。
その件については、とても感謝している。
「そうですか、それはよかったです」
天子様は柔らかく微笑んだ後、コホンと咳払いをした。
世間話はここで終わり、そろそろ本題に入るのだろう。
「さて……これより先のお話は全て国家機密、所謂『トップシークレット』なものばかりです。ここで見聞きした情報については、どうか他言無用でお願いします」
「わかりました」
天子様の鋭い視線を受け、改めて気持ちを引き締める。
「本日の議題は、大きく分けて三つ。まず一つ目、こちらはいいお話です」
「いいお話ですか?」
「はい。狐金融の元締めリゼ=ドーラハインが、各国の首脳陣から『極秘会談の場所を漏らした裏切り者ではないか?』と疑われている件、アレン様は覚えていらっしゃいますか?」
「……えぇ……」
桜の国チェリンに滞在していたとき、会長から伝えられた話だ。あまり気持ちのいいものじゃなかったので、とてもよく記憶に残っている。
「それについてなのですが――本日未明、聖騎士協会より『リゼ=ドーラハインに謀反の疑いはない』という連絡が、各国首脳陣へ通達されました」
「……え?」
謀反の疑いはない。それすなわち、『裏切り者じゃない』ということだ。
リゼさんへの疑念が晴れるのは、とても嬉しいのだけれど……。当初の黒塗りから一転しての真っ白宣言、いったいこれはどういう風の吹き回しだろうか?
こちらの訝しがる表情を見て、天子様が話の続きを語り始める。
「実は昨日、リゼ様は『土産物』を持参して、聖騎士協会の総本部を訪れたそうなのです」
「その土産物が、リゼさんの潔白を証明したと?」
「はい。彼女の無実を確かなものにしたそれは――防腐処理の施された、フォン=マスタングの遺体です」
「なっ!?」
思わず、驚愕の声が漏れた。
「あのフォンが……死んだ!?」
奴は精緻な剣術・練り込まれた戦略・超人的な身体能力を誇り、そしてなんと言っても、強力無比な真装<浄罪の白鯨>を振るう。
これまで俺が戦ってきた中でも、間違いなく『最強クラスの剣士』だ。
そんなフォンが……死んだ。
その事実をすんなりと受け入れられなかった。
「た、確か黒の組織には、模倣品を生み出す魂装使いがいました。その力を使えば、本物と瓜二つの偽物が作れるはず……! 本当にそれは、フォンの遺体だったんですか!?」
「女剣士トール=サモンズのことですね? 彼女が<模倣芸術>というコピー能力を保持していることは、聖騎士協会でもきちんと把握しております。しかし、遺体から採取したDNA配列および霊力情報が、協会に登録されていたものと完璧に一致したらしく……。リゼ様の持参した遺体は、フォン=マスタングのもので間違いないそうです」
「それはつまり……リゼさんがフォンを倒した、ということでしょうか?」
「いまだ調査中のため、詳細についてはわかりません。ただ、リゼ様あるいは『狐金融』の手の者が始末した、と考えるのが自然な流れかと思われます」
リゼさんと狐金融が凄い力を持っているということは、風の噂でよく耳にしていたけれど……まさかこれほどまでとは思っていなかった。
「それから次に、悪いお話が一つ。――神聖ローネリア帝国との全面戦争は、もはや避けられそうにありません。おそらくこの数年のうちに、早ければ今年中にも、世界規模の大戦争が起こります」
「こ、今年中!?」
国際情勢が混迷を極めているのは、今や誰もが知るところだけれど……。今年中に戦争が起こるかもしれないというのは、いくらなんでも急過ぎる話だ。
「つい先日、かねてより強硬策を唱えるヴェステリア王国とロンゾ共和国に押され、ポリエスタ連邦が開戦派に回ってしまいました。これで主要四大国のうち、非戦派は我がリーンガード皇国を残すのみ。今後も粘り強く協議を続け、外交での平和的解決法を模索していくつもりですが……。国際世論の反発も予想されるため、いずれは戦争に舵を切らざるを得ないでしょう」
天子様は沈痛な表情で、現下の苦しい状況を訥々と語る。
「近年、神聖ローネリア帝国は、急速に勢力を拡大しています。黒の組織という武装集団を水面下で立ち上げ、強大な力を持つ魔族と秘密裏に手を組み、テレシア公国を攻め落とした。こうしている今でさえも、世界中の有力な剣士に声を掛け、戦力の増強を図っていることでしょう。――『敵国が強大化していく様を黙って見ているぐらいならば、今すぐにでも全面戦争を仕掛けるべき』。そんな開戦派の主張も、わからなくはありません……」
彼女はそう言って、大きなため息を零した。
(……戦争、か……。あまり現実感のない話だけど、これから本当に起こるかもしれないんだよな……)
暗く重い空気が流れる中、
「そして最後に一つ。こちらは本日、私が最もお伝えしたかったことです」
天子様はそう前置きしてから、ゆっくりと語り始める。
「今回アレン様は、元皇帝直属の四騎士ディール=ラインスタッドを下し、七聖剣フォン=マスタングを討ち取る寸前にまで迫りました。この報を受けた貴族派は、かつてないほどの混乱を見せ、数日前より緊急の会合を重ねております」
「……? どうして貴族派が、そんなに慌てているんですか?」
俺の戦いと貴族派の動揺。この二つには、関連性がないように思えるのだけれど……。
「何もおかしな話じゃありませんよ? これまで貴族派は『七聖剣』の一人を囲い、その絶対的な武力を後ろ盾にして、我がリーンガード皇国を蝕んできました。しかし――アレン様は先の戦闘で、七聖剣であるフォンを後一歩のところまで追い詰めた。必然、貴族派の内部では、『手中の七聖剣でアレン=ロードルに勝てるのか?』という疑念が噴出。どのような手法であなたを取り込むか、日夜激論が交わされているようです」
「そ、そうなんですか……」
俺の知らないところで、自分の話がされている。なんだかそれは、とても変な感じがした。
「そう言えば……その後、貴族派からの接触はありましたか?」
「貴族派からの接触? いえ、何もありませんよ」
前回、天子様から忠告を受けたのは、確か一月の初旬頃――千刃学院でレイア先生に呼び出しを受けたときだ。
あれから三か月ほどが経つけど、貴族派からのアクションは特にない。
「それはおかしいですね。貴族派に潜伏中の密偵からは、『既に刺客が差し向けられた』という報告を受けているのですが……」
天子様が悩まし気な表情を浮かべると同時、ロディスさんが静かにスッと身を入れた。
「もしや……敵方に落ちたのでしょうか?」
「いえ、裏切りと断ずるのは早計です。まずは情報の精査を」
二人は真剣な表情で、何事かを相談する。
「っと、大変失礼いたしました。こちらの話ですので、お気になさらないでください」
彼女はいつものように柔らかく微笑み、軽くパチンと手を打った。
「とにもかくにも、皇族派が最も恐れているのは、アレン様が貴族派に取り込まれてしまうこと。私たちはこの最悪の事態を避けるため、あらゆる手を尽くさせていただきます。そこで早速なのですが――もしよろしければ、今ここで簡単なテストを受けていただけませんか?」
「テスト、ですか?」
「はい。高名な心理学者の考案した精神検査、もっと砕けた言い方をするならば、とてもシンプルな『心理テスト』ですね。これを上手く活用することで、アレン様の潜在的な欲求が明らかになります」
「それが明らかになって、何か意味があるのでしょうか……?」
俺の問い掛けに対し、天子様は即座に頷いた。
「はい、もちろんです。貴族派は人の弱みを見抜き、そこへ付け込む術に長けています。きっとこの先、ありとあらゆる手段を以って、あなたを篭絡しようとするでしょう。我ら皇族派は全力でそれを妨害するつもりですが、アレン様が真に求めるものを正しく理解していなければ、適切な防御策を講じることはできません。ほんの四・五分で終わるものなので、どうか御協力をお願いできないでしょうか?」
「は、はぁ……承知しました」
なんだかよくわからないけれど、とにかく心理テストを受ければいいらしい。
「ありがとうございます。――ロディス」
「はっ」
ロディスさんは小さく頭を下げ、懐から分厚い書類の束を取り出した。
「これより簡易的なテストを実施する。――アレンよ、準備はよいな?」
「はい」
「うむ。それでは問一、今お前が最も欲しいものはなんだ? おっと、深く考えてはならぬぞ。思うがままの解を述べるのだ」
「最も欲しいものと言いますと……やっぱり修業の時間ですかね」
先日の死闘で、俺は生まれて初めて、『道』のようなものと繋がった。その瞬間、無限の闇が全身を満たし、格上の真装使いであるフォンとディールを圧倒できたのだ。
あの力を自由に使いこなすことができれば、俺は今よりも遥かにずっと強くなれる。
(本当のところを言えば、今すぐにでも魂の世界へ行って、ゼオンと対話したいところなんだけど……)
レイア先生という抑止力がない今、もしもアイツに肉体を奪われてしまった場合、途轍もない大惨事が起きてしまう。そのため、本格的に修業を再開するのは、新学期に入ってからと決めているのだ。
「むぅ、そうか……。ならば、質問を変えよう。問二、お前の望みはなんだ?」
「もちろん、強くなることです」
あのとき俺がもっと強ければ……。リアが瀕死の重傷を負うこともなく、ローズや会長たちが猛毒に侵されることもなく、バッカスさんが命を落とすこともなかっただろう。
自分の大切な人達を守るためには、強くならなくちゃいけないんだ。
「ぬぅ……わかった。では、さらに質問を変えよう。問三、日常生活の中で、お前が最も強く感じる衝動――すなわち、『欲』を述べよ」
「欲と言えば……やはり素振り欲でしょうか」
今朝方に三時間ほど振ったので、それなりに解消したつもりだったのだが……。なんだかもう、体の奥が疼いてきた。
この会議が終わり次第、すぐに剣を取ろうと思う。
「ぐっ……馬鹿者! お前という男は、どこまで枯れておるのだ!? 健全な男児たるもの、金・色・名声! そういうギラついたものが、普通もっとこう……あるだろう!?」
「え、えー……っ」
そんなにおかしな返答をしたつもりはなかったのだけれど、何故かロディスさんに怒られてしまった。
みなさまお久しぶりです!
生存報告も兼ねて、久しぶりの更新をしました!
さてさて、来たる4月20日水曜日!
一億年ボタン第9巻が発売されます!
気になるカバーイラストはこの下にドドドンと大公開!
第9巻は桜の国チェリンの完結編&宮殿会議と里帰り編!
今回もまた戦闘・日常・会話の深堀りなどなど、大量の加筆修正を行っており、非常に濃密な一冊に仕上がっております!
ちなみに……メロンブックス様でお買い上げいただいた場合は、店舗特典として描きおろしSS『アレンたちの森林散策』がついてきます!
※店舗特典は全て『数量限定』となっておりますので、ご購入を検討くださっている際は、お早めにお願いいたします。
「そう言えば、書籍版はまだ買っていなかったな」という方は、この機会にご購入いただけますと、作者がめちゃくちゃ喜びます!
原作もコミックも絶好調の『一億年ボタン』シリーズ!
今後とも応援、よろしくお願いいたします……!
月島秀一
ps:Web版は明日も濃密な更新あります!(こんな連続更新……いったいいつぶりだろうか……っ)