ヴェステリア王国と親衛隊【四】
ヴェステリア王国が首都アーロンド。
その中央にそびえ立つヴェステリア城を、俺たちは礼服の集団に案内されながら進んでいた。
(す、凄いな……)
城内には歴史を感じさせる立派な塑像、豪華なシャンデリア、名画らしき独特な絵などが飾ってあり、俺がこれまで過ごしてきた田舎とは全く異なる世界だった。
「三か月しか経ってないのに……なんかちょっと懐かしいかも」
広い廊下を歩きながら、リアはそんな感想を口にした。
「そうか、リアにとってはここが実家なんだよな」
ずっと一緒に居過ぎて、たまに彼女が王女だということを忘れてしまうときがある。
「えぇ、小さい頃はよく城内を走り回ったものよ」
「あはは、その姿は簡単に想像できるな」
「……ねぇ、アレン。それって褒めてるの?」
「うーん、どっちだろう?」
「もぅ、ちょっと!」
二人でそんな会話をしていると、
「――この先が玉座の間でございます。国王陛下に失礼のないよう、よろしくお願い致します」
そう言って礼服を着た五人は、深く頭を下げた。
どうやらここから先は、俺とリアの二人で行かなくてはならないらしい。
「……行こうか」
「うん」
そうして俺たちは、前へ歩き始めた。
(ふぅー……緊張するな)
俺は田舎の生まれであり、国王陛下のような位の高い人と話したことはない。
マナーや立ち振る舞い、言葉遣いなど……不安に思うことは山積みだ。
すると、
「大丈夫よ、アレン。あなたは今日、私の友達として招かれているんだから。ゲストとして堂々としていればいいのよ」
そう言われてもな……。
相手は一国の王――礼儀や振る舞いというものがあるだろう。
「と、とりあえず……。失礼の無いように気を付けるよ」
それからしばらく真っ直ぐ歩くと――大きくて豪奢な扉があった。
扉の両側には、頑強な鎧に身を包んだ二人の衛兵が立っている。
彼らは冷たく鋭い視線を一瞬だけ俺に向け、その後すぐにリアへ敬礼をした。
「お帰りなさいませ、リア様」
「国王陛下がお待ちでございます。――どうぞ中へ」
そうして二人の衛兵が重厚な扉を開くとそこには――玉座に座った国王とその背後で待機するクロードさんの姿があった。
(この人がヴェステリア国王――グリス=ヴェステリアか……)
鋭い大きな目。
短く切り揃えられた、リアと同じ明るい金髪。
立派に蓄えた顎鬚は歳のせいかやや白みがかっている。
年齢は四十代半ばぐらいだろうか。
頭には金色の王冠が載せられており、赤いマントを羽織ったその姿はまさに王様だった。
「おぉ! よくぞ帰って来てくれた、リア!」
グリス陛下は玉座から立ち上がり、満面の笑みを浮かべてリアの元へ駆け寄った。
「ただいま、お父さん」
「おぉ、おぉっ! 元気そうで何よりだ! パパはもうお前が心配で心配で……っ」
「ありがとう。でももう十五歳なんだから、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
その後、二人の会話がひと段落した頃合いを見計らって、俺は丁寧に自己紹介を始めた。
「初めまして、自分は千刃学院一年のアレン=ロードルと申します。リアさんとは仲良くさせて――」
「貴様が、アレン=ロードルかっ!」
グリス陛下は話を遮り、憎悪に満ちた目を俺に向けた。
「クロードから聞いたぞ! 我が娘を毒牙にかけ、その身も心も弄んだ――最低最悪の不埒者だとな!」
「い、いえ、決してそんなことは――」
「力を示せ」
「……え?」
「うちの娘が欲しければ、ヴェステリア最強であることを示せと言っておるのだ!」
陛下は怒りに身を任せ、城中に響き渡るような大声でそう怒鳴り散らした。
(……この台詞。そう言えば夏合宿のときに、リアの話の中で出てきたっけか……)
まさか自分が言われる立場になるとは思わなかった。
(と、とにかくこのままではまずい……)
話がおかしな方向へ進む前に、早く誤解を解かなくては……っ!
「ぐ、グリス陛下、俺の話を聞いてください! 実はその件について、大きな勘違いがありまして――」
そうして俺が何とか会話の場を作ろうとしたが、
「黙れ黙れ! 貴様は口八丁手八丁で相手を丸め込む、話術に長けたペテン師だと聞いている!」
こちらの話には全く聞く耳を持ってくれなかった。
すると陛下の背後に控えるクロードさんは、いやらしく頬を吊り上げた。
(く、クロードさんめ……っ)
人をペテン師呼ばわりとは……ちょっと脚色を付け過ぎだ。
そうして俺が苦戦を強いられていると、リアが横から陛下に食って掛かった。
「ちょっとお父さん! アレンの話をちゃんと聞いてよ!」
「ならん! そやつは気丈なお前さえ、たらし込んだ悪魔のような男……! ひとたび話し合いの場を持てば、儂とて篭絡されかねん!」
「アレンはそんな悪い人じゃない! ちゃんと話せばすぐにわかるわよ!」
陛下の大きな声に物怖じすること無く、リアははっきりと自分の意見を述べた。
だが、
「……く、くそっ! 我が娘をここまで落とし込むとは……っ。許さん……絶対に許さんぞ、アレン=ロードルッ!」
彼女の健闘もむなしく、みるみるうちに事態は悪化していった。
(……こちらの話を聞いてもらうのは、もう難しそうだな)
こういうときは、まず相手の話を聞いて会話のとっかかりを掴むべきだ。
「……では陛下、どのようにして『ヴェステリア最強』であることを示せばよいか、教えていただけないでしょうか?」
すると彼は、
「ふん、そうだな……。学生を相手に『大人の聖騎士と戦え』というのは、さすがに不公平というもの……。それはヴェステリアを与る王としてあまりに小さい……」
陛下は立派な顎鬚を揉みながらそう言った。
「……よし、決めたぞ! この城内におる同年代の剣士! その中で、貴様が最強であることを示せば『次期ヴェステリア最強』と認め――この件は不問にしてやろうではないか!」
「ほ、本当ですか!?」
「うむ、ヴェステリアの名に懸けて約束してやろう」
城内の――それも『同年代』の剣士が相手であればチャンスはある。
(……いや待てよ。リアを溺愛している陛下が、わざわざこんな提案を持ち出したということは……)
絶対に負けない――その確信があるからに違いない。
(だけど……可能性はゼロじゃない!)
そうして俺が決心を固めたところで、
「だがもし――貴様がその戦いに敗れた場合は、リアの留学は即刻打ち止めとする! 千刃学院に戻ることは、今後一生無いと思え!」
「「なっ!?」」
陛下は邪悪な笑みを浮かべ、さらに言葉を続けた。
「さぁ、どうする? このまま尻尾を巻いて帰るというのも一つの選択だぞ? もちろんその場合――リアは『ヴェステリアの剣術学院』へ通うことになるがな!」
すると、
「ちょ、ちょっとお父さん! 何よそれ! そんな無茶な話、私が飲まないわよ!」
リアはすぐさま抗議の声をあげたが、陛下は頑として譲らなかった。
「ならん! たまにはパパの言うことも聞きなさい!」
「いーやっ! 絶対に聞かないわ!」
「ダメだ! こればっかりは絶対に譲らないぞ! パパにも親として、譲れない一線がある!」
「むぐぐぐぐぐ……っ!」
「そんなに睨んでもダメなものはダメだ! お前は我がヴェステリアで剣術を磨き、立派な剣士となるのだ! ――くそっ。あのときレイアの誘いに乗らなれば、今頃こんなことには……っ」
最後の方――陛下は小さな声で何事かを呟きながら、歯を食いしばった。
そして、
「さぁどうする、アレン=ロードルよ! 言っておくが、貴様に勝ち目は万に一つも無い! これは脅しでも何でもない。貴様が勝つことは絶対にあり得ん! 尻尾を巻いて逃げるというのも利口な選択だと思うぞ?」
彼はそう言って、選択を俺に委ねた。
「あ、アレン……」
リアは少し不安そうに俺の服の袖をつまんだ。
(俺は……リアと一緒にいたい)
それに彼女も千刃学院で剣術を学びたがっている。
(グリス陛下がここまで言い切るからには、よほどの剣士を抱えていることは間違いない……)
でも――それがたとえどんなに難しいことでも、可能性がゼロでないならば俺は立ち向かう。
「示しましょう――俺が次期ヴェステリア最強だということを」
「ふん……っ。愚かな選択だな、所詮は子どもよ……。では明日の十時より、大闘技場にて決闘を行う! こちらは選りすぐりの三人で向かうが……異存はないな?」
陛下は三本の指を立て、揺さぶりをかけるように笑った。
「さ、三人も!? お父さん、後出しの条件は卑怯よ!」
「――いいですよ、こちらに異存はありません」
「あ、アレン!?」
この勝負は、心の勝負だ。
(ここでゴネて、もし相手が一人になったとしても――陛下は俺の力を認めないだろう)
彼が自信を持って送り出した三人の剣士に、しっかりと勝利を収める。
そうして俺の力を示さなければ、今後も陛下はあの手この手でリアを連れ戻そうとするだろう。
「ふん……その威勢だけは買ってやろう。――クロード!」
「はっ!」
「一応は客人だ。アレン=ロードルに客室を用意してやれ」
「かしこまりました」
そうクロードさんに言い付けた陛下は、ゆっくりと玉座に腰掛けた。
どうやら今日の会談はここで終わりらしい。
「――おい。こっちだドブ虫、ついてこい!」
それから俺とリアは、クロードさんの後について玉座の間を後にした。
重々しい扉が二人の衛兵によって完全に閉められたところで、俺は大きく息をついた。
(はぁ……とんでもないことになったな)
話をするだけのつもりが、まさかこんなことになるとは思ってもいなかった。
(だけど――リアの為にも、明日は絶対に負けられない……っ)
こうして俺は明日、リアとの学院生活を賭けた大事な戦いに臨むことになったのだった。




