桜の国チェリンと七聖剣【百六十四】
鯨の内部は暗く狭く硬く、その居心地は最悪と言っていいだろう。
(とにかく、さっさとここから出ねぇとヤバい……ッ)
俺は黒剣を握る手に力を込め、全てを断ち斬る斬撃を放つ。
「五の太刀――」
「――終曲・鯨の舞」
「ッ!?」
断界の発生よりもわずかに早く、幾千もの砂剣が鯨の外皮を貫通してきた。
「が、は……っ」
多種多様な属性の付与された砂剣は、俺の体をこれでもかというほどに蹂躙していく。
斬られ、刺され、抉られ、打たれ、焼かれ、溶かされ、凍らされ、ありとあらゆる責め苦を受けた俺は――感動に打ち震えていた。
(これが七聖剣、これが聖騎士の誇る人類最強の剣士か)
計算され尽くした技の組み合わせ。優れた身体能力に緻密な剣術。魂装を極めてなお、その先へ手を伸ばさんとする飽くなき向上心。
研鑽に次ぐ研鑽を経た果てにたどり着く、人間の限界を越えた力だ。
(ははっ、こいつはすげぇや……)
全身を滅多刺しにされた俺は、ゆっくりと鯨の内部からずり落ちていく。
重要な臓器がいくつも損傷し、もはや手足の感覚はない。
だが、体の奥底から湧き上がる闇は、決して刃を折ることを許さなかった。
「は、ははは……ぎゃっははははッ! すげぇ技だなぁ、フォン=マスタングゥ! 危うく死んじまうかと思ったぜぇ!?」
ボロ雑巾となった俺の体は、一瞬のうちに完全回復を果たし、無尽蔵の霊力が全身を駆け巡る。
戦闘にのめり込めばのめり込むほど、力を求めれば求めるほど、無限にも思える闇が溢れ出してきた。
「……そこは人として死んでおけ(この回復速度は、あの<九首の毒龍>を遥かに超えている。いや、それどころではない。もはや幻霊の『再生』にさえ匹敵するぞ……ッ)」
絶えず滲み出す汚泥のような闇は、この身を守る『鎧』と化し、左手には『二本目の黒剣』が生み出された。
「さぁさぁ、続きと行こうぜ! もっと、もっともっともっと殺り合おうじゃねぇかぁ゛!」
「……もはやこれは、人の形をした『幻霊』そのものだな」
互いの視線がぶつかり合った直後――二本の黒剣を手にした俺は、フォンとの距離をつめるべく駆け出す。
それに対して奴は、
「――鯨餅、盾鯨、沼鯨、棘鯨、泡鯨ッ!」
様々な属性の付与された砂鯨の群れを放ってきた。
「おいおいどうしたどうした、もしかして霊力切れかぁ!? さっきよりも勢いが落ちてんぞ!」
俺は二本の黒剣をもって、それらを豆腐のように斬り裂いていく。
「くっ、ほざけ!(私が落ちているのではない、貴様が跳ね上がっているのだ……ッ)」
フォンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、右手の小太刀をもって自身の左手を斬り裂く。
「秘曲――血砂の舞ッ!」
鮮血を浴びた砂鯨は真紅の紋様を帯び、凄まじい勢いで射出された。
しかし、本能的にわかった。
これはもはや防ぐ価値すらない攻撃だと。
「こんなもん、足止めにすらなんねぇよ!」
勢いよく左手を振るえば、血濡れの砂鯨たちは一瞬にして流砂と化す。
「ま、まだだ……! 獄炎砂、雷轟砂、氷晶砂!」
「効かねぇって言ってんだろうが!」
熱も雷も氷も、今やなんの痛痒も感じない。
「これはまさか……『耐性の獲得』!? そうか、わかったぞ、貴様の正体は――」
「――なぁにをブツブツ言ってんだ?」
俺は左下から斬り上げを放ち、砂の盾を撥ね上げた。
「しまっ……!?」
体勢を崩されたフォンは、すぐさま回避行動へ移行したが……もう遅い。
「――片腕、いただくぜぇ」
黒の斬撃が弧を描き、泣き別れた左腕が宙を舞う。
「~~ッ」
奴は苦痛に顔を歪めながら、なんとか後ろへ跳び下がった。
(真装<浄罪の砂鯨>に回復能力はねぇ)
詰めるなら、今この瞬間がベストだ。
「四の太刀――黒槍ッ!」
俺は大きく一歩踏み込み、破壊力を一点に集中させた闇の突きを放つ。
「化物が、砂の力を舐めるな。究極絶対防御――円環の白鯨ッ!」
フォンが右腕を伸ばせば、純白の鯨が刻まれた巨大な盾が出現した。
最強の槍と最硬の盾。
両者の激突は大気を揺らし、凄まじい轟音を響かせる。
「ハァアアアアア゛ア゛ア゛ア゛……ッ!」
「うぉおおおおお゛お゛お゛お゛……ッ!」
その結果――俺の黒剣は、脆くも砕け散った。
「……硬ぇじゃねぇか」
鯨の盾はこの世のものとは思えないほど頑丈で、黒槍をもってしても貫くことができなかった。
「はぁはぁ……当然だ。『防御力』という一点において、私は七聖剣の頂点に立つのだからな」
「へっ、そうかよ。それならちょいとばかし、出力をあげさせてもらおうか……!」
「なにっ!?」
俺がさらなる力を望めば、
「くくくっ、来た来た来たぁあ゛あ゛あ゛あ゛!」
体の奥底からどす黒い力が湧き上がってきた。
「もはやここまでとは……っ(この出力、もはや幻霊以上……ッ。バレルは、これを知っていたのか? いや、そんなことはもうどうでもいい。とにかく『アレン=ロードルの正体』、この情報だけはなんとしても持ち帰らなければ……ッ)」
左手に残った二本目の黒剣を正面へ伸ばし、『広域殲滅型の斬撃』を解き放つ。
「十の太刀――碧羅天闇ッ!」
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