桜の国チェリンと七聖剣【百五十八】
わずかな静寂の後、
「――毒剣ヒドラ」
煮え立つような毒の柱が、遥か前方より立ち昇った。
ジッと目を凝らせば――鬱蒼とした木々の奥から、ゆっくりとこちらへ向かう紫色の影が見えた。
「……素晴らしい。なんとおぞましく、邪悪な力だ! ――感じやす、感じやすよぉ……。失意に絶望、そしてとびっきりの殺意! 旦那ぁ、やっぱりあなたは最高です! もっとやりやしょう……。もっともっとやり合いやしょうッ!」
血染めのディールは朱に染まった外套を捨て去り、凶悪な笑みを浮かべた。
俺は耳障りな戯言を聞き流しながら、奴の肢体へ目を向ける。
(……回復が間に合ってねぇ゛な)
真装を展開したディールの回復力は凄まじく、たとえどんな重傷であろうが、たちまちのうちに全快していた。
しかし、ここに来てそれが途絶えた。
(粉砕骨折した箇所や大量出血したところは、さすがに治しているようだが……)
細かい裂傷や打撲痕などは、そのまま綺麗に残っている。
戦闘継続に必要なところだけ、最低限の治療を施したといった感じだ。
(霊力の枯渇……。いや、本来なら回復に使うはずの力を全部あっちへ回したのか)
ディールの右手には毒龍を模った長剣が握られており、それなりの圧を発していた。
おそらく、ありったけの霊力を注ぎ込んだのだろう。
すると――こちらの視線に気付いたディールは、さも得意気に長剣を掲げた。
「へへっ、い~ぃ剣でしょう? 毒剣ヒドラは、あっしが持つ最強の一振り。これを使うのは、旦那が二人目なんで――」
「――ぷっ、くくく……っ」
思わず噴き出してしまった俺に対し、ディールは眉をひそめた。
「……何が可笑しいんですかぃ?」
「いやぁ、すまねぇなぁ……。ただ――あまりにも『気の毒』に思えてよぉ゛……」
「……気の毒?」
「あぁ゛。くく……っ。大の大人が、そんなみすぼらしい玩具を見せびらかすんじゃねぇよ。――黒剣」
俺がポツリとそう呟けば、空間を引き裂くようにして漆黒の剣が現れた。
それは全てを台無しにするような黒。
太陽の光さえも吸収し、万物を無に帰す闇の一振りだ。
「は、はは……。なるほど、確かにこいつは凄ぇや……ッ」
紛うことなき『本物』を目にしたディールは、カタカタと震えながら――それでも決して逃げ出さなかった。
「ほぉ゛……。これだけ絶望的な『差』を見て、まだ逃げ出さねぇか」
「……逃げる? はぁ……」
ディールは演技でもなんでもなく、心の底から悲しそうにため息をつく。
「アレンの旦那ぁ……。これだけ激しく斬り合ったというのに、まだあっしの気持ちがわかってくれないんですかぃ?」
「あぁ゛?」
「痛みも悲しみも苦しみも、所詮は全て『いい音』を聞くためのスパイスに過ぎやせん! あっしはもう間もなく、斬り殺されちまうでしょうが……。そのとき自分は、いったいどんな風に『鳴く』んでしょうか? 痛みに耐えかねた苦悶の声? これまでの罪を顧みた懺悔の言葉? はたまたアレン=ロードルという『運命の相手』に斬られた歓喜の雄叫び? そしてそして――見事復讐を成し遂げた旦那は、果たしてどんな声を聞かせてくれるんでしょうか!? 嗚呼……もぉ楽しみで楽しみで仕方ありやせん……!」
「はっ、くだらねぇ゛」
こいつにとっては、自分の命さえも一時の愉悦を得るための道具に過ぎないらしい。
ディール=ラインスタッドという人間は、どうしようもないほど壊れているようだ。
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