桜の国チェリンと七聖剣【百五十七】
「ぐっ、がぁ……ごふ……ッ!?」
渾身の右ストレートを食らった奴は――地面と水平に飛びながら、いくつもの木々を薙ぎ倒していく。
<九首の毒龍>の防御がギリギリ間に合ったため、即死は免れたらしい。
本当にしぶとい奴だ。
「……リア」
足元へ視線を向ければ、そこには物言わぬ彼女が倒れ伏している。
「……痛かったよな」
胸に突き立てられた剣をゆっくり引き抜き、それをギュッと握り潰した。
リアの頬にそっと左手を添えれば――まだほんのりと温もりが残っていた。
しかし、その目はただただ虚空を見つめるだけで、あるべきはずの鼓動はピタリと止まっている。
「……ごめん、ごめんな……っ」
まだ戦闘中だというのに、涙が止まらなかった。
「全部、全部全部全部……ッ。俺が悪いんだ……。俺が……弱いから……。俺が……ディールを倒せなかったから……っ」
血が滲むほど拳を握り締め、懺悔の言葉を口にする。
悲哀・絶望・憎悪。様々な負の感情が湧き上がり、それに呼応して闇の出力はどんどん増していく。
足元に広がる血の海、そこに映った俺の姿は――ゼオンとそっくりだった。
真っ白に染まった頭髪。
左目の下に浮かんだ黒い紋様。
およそ人間のものとは思えない、おぞましく邪悪な闇。
ただ一つ違いがあるとすれば――目だ。
赤黒く濁った瞳には、全くと言っていいほど生気がなかった。
「……もう少しだけ、待っていてくれ。今からディールを殺してくるよ。そうしたら、俺もすぐそっちへ行くから」
全身を蝕む猛毒の痛みは、いつの間にか消えている。
その代わり――巨大過ぎるゼオンの力によって、体中が悲鳴をあげていた。
細胞の死滅と再生がとてつもない速度で繰り返され、こうしている今でさえ凄まじい激痛が全身を駆け巡っている。
俺の未熟な肉体では、この大出力に耐えられないらしい。
こんな状態で戦闘を続ければ、きっとすぐに限界を迎え――命を落とすことになるだろう。
しかし、そんなつまらないことはどうだってよかった。
(これだけの力があれば……殺れる)
俺の目的はただ一つ、リアの仇を討つことだ。
それさえ達成できれば、後のことなんてどうだっていい。
そんなことを考えていると――俺の展開した『黒』を押しのけるようにして、毒々しい『紫』の波動がほとばしった。
「く、くくく……あっはははははははは……ッ。いやぁ、今のはい~ぃ一撃でしたぁ。なんというかこう、体の芯がグラリと揺れましたね! あれほど情熱的な拳をもらったのは、いったいいつぶりのことでしょうか……。あっし、旦那のことがもっともぉっと好きになりやしたよぉ……!」
<九首の毒龍>の力で回復したディールは、身の毛もよだつ戯言を口にしながら、ゆっくりとこちらへ向かって来た。
「しかし、驚いた。まさか<九首の毒龍>の猛毒を跳ね除けるとは……。いや、それだけに惜しい。後ほんの少し早くその力に目覚めていれば、あなたの大切なリアのお嬢さんは――」
「――黙れ」
芝居がかった動き・耳障りな声・馴れ馴れしい喋り方。
ディールの一挙一動、言の葉に至るまでが、俺の気持ちを逆撫でしてくる。
「おやおや、どうやら嫌われてしまったみたいですねぇ……」
奴が肩を揺らしながら右腕をあげれば、肩口から生えた四体の毒龍もヌッと鎌首を持ち上げた。
すると次の瞬間、
「――毒龍の恩寵」
毒龍は一斉にディールの四肢へ食らい付いた。
「あぁ゛~……。五感が研ぎ澄まされていくこの感覚は、やっぱりたまりやせんねぇ……ッ」
奴は口の端によだれを垂らしながら、自らの体をギュッと両手で抱き締めた。
「……能力強化か」
ディールの全身には、禍々しい紫色の紋様が浮かび上がっている。
<九首の毒龍>の能力で、細胞を活性化させる毒を生成し、それを自らに使用したのだろう。
「ご・め・い・さ・つ! 今のあっしは、さっきの数倍強いです……よぉッ!」
力強く大地を蹴り付けた奴は、一歩で間合いをゼロにしてきた。
その手には、猛毒を凝縮させた紫の剣が握られている。
「そぉら――毒龍の咬撃ッ!」
ディールの繰り出した渾身の突きは、
「……」
「……馬鹿、な……っ」
俺が無造作に垂れ流している闇さえ、貫くことができなかった。
「どうした、こんなものか? ……えぇ゛?」
「……!?」
右足を軽く振り抜けば、奴はすぐさま両腕をクロスして防ぐ。
しかし、
「が、ぐ……ッ」
闇を集中させた蹴りはとてつもない威力を誇り、しっかりと防御したはずのディールを遥か後方へ吹き飛ばした。
今の鈍い感触からして、両腕は完全に粉砕しただろう。
「ま、だ、終わりやせんよぉ……っ。――毒龍の生血」
真紅の液体が奴の全身を包み込んだ次の瞬間、おかしな角度にひしゃげた両腕が一呼吸のうちに完治した。
魂装<英雄殺しの劇毒>とは、比べ物にならない回復速度だ。
「残念ながら、身体能力じゃ勝てなさそうですねぇ――毒龍の死舞ッ!」
ディールは血走った目でこちらを睨み付けながら、九体の毒龍を殺到させた。
「く、くくく……っ」
俺は腹の底から込み上げてくる笑いを噛み殺しながら、迫りくる毒龍を時には引き裂き、時には握り潰し、時には地面に叩き付けながら、ディール目掛けて一直線に突き進む。
「なんだなんだぁ゛、随分と可愛らしい蜥蜴じゃねぇか? えぇ゛?」
刹那にも満たない時間で、全ての毒龍を粉砕した俺は――絶望に染まったディールへ微笑み掛けた。
「へ、へへ……。ここは一つ、お手柔らかにお願いしやすよ」
奴が減らず口を叩くと同時、俺は手心を加えた左ストレートを放つ。
「ご、ふ……っ」
それはディールの鳩尾を正確に射貫き――奴は血反吐を吐き散らしながら、地面と水平に吹き飛んでいった。
「く、くくく……っ。おいおいどこへ行くんだ……よぉ゛!」
俺はディールの右足に巻き付けておいた闇を引っ張り、奴の体を無理やりこちらへ手繰り寄せた。
そして――。
「おらぁ゛ッ!」
ディールの顔面に渾身の一撃を叩き込んだ。
「ぁ、が……っ」
奴は受け身すら取れず、全身を何度も地面に打ち付けながら転がっていく。
俺の右拳には、なんとも言えない小気味よい感触がじんわりと残っていた。
「は、ははは……あ゛っはははははははは……ッ! おぃおぃ゛、ご自慢の真装はそんなもんかぁ゛? こんなんじゃ準備運動にもなりゃしねぇぞ、えぇ゛!?」
頭の中が『戦い』で埋め尽くされていくのがわかった。
体が、血が、心が――『戦闘』を求めているのだ。
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