桜の国チェリンと七聖剣【百五十六】
「やめ、ろ……ッ!」
俺はほとんど感覚のない足へ命令を送り、ディールへ斬り掛かる。
「ハァ゛!」
渾身の力を込めた斬撃は――いとも容易く躱されてしまった。
「今から愉しいショーが始まるんですから、旦那は大人しくしていてください……ねッ!」
「がっ!?」
強烈な蹴りが腹部へ突き刺さり、俺は無様にも地面を転がった。
その間、奴は軽やかな足取りで歩みを進め、リアの真っ正面に立つ。
「く……っ。覇王流――剛撃ッ!」
灼熱の炎を纏ったその一撃は、虚しくも空を斬った。
「はぁ、リアのお嬢さん……。あっしと旦那の戦闘を見ていやしたか? そんな遅い斬撃が、当たるわけないでしょうに……。――毒龍」
ディールがつまらなさそうに呟いたその瞬間、奴の肩口から生えた四体の毒龍が一斉にリアへ牙を剥く。
「ぃ、や……来ないで……っ」
桁違いの出力を前にした彼女は、あまりの恐怖に身を固めた。
その結果、
「う゛……っ!? あ、あ゛ぁ……ッ」
リアは毒龍に組み伏せられ、苦悶の叫びをあげる。
その両手両足には、禍々しい紫色の紋様が刻み付けられていた。
<九首の毒龍>の猛毒を注入されてしまったのだ。
「く、そ……ッ」
大地に這いつくばった俺は、死ぬ気で起き上がろうとした。
しかし、どれだけ強く命じても、体は言うことを聞いてくれない。
(動け、動け動け動け動け……動けよ……ッ)
そうして強く歯を食いしばっていると、
「――だーんな。今からあなたの『大切なもの』を一つ一つ壊していくんで、よぅく見ていてくださいね?」
ディールは悪意に満ちた笑みをたたえ、見るも禍々しい毒剣を振り上げた。
その足元には、毒龍に組み伏せられたリアがいる。
奴が次に取る行動は、誰の目にも明らかだった。
「や、やめろ……! 頼む、頼むから……それだけは、やめてくれ……。俺の……大切な人なんだ……っ」
恥も外聞もかなぐり捨て、すがるようにして頼み込んだ。
もうそれぐらいしか、俺に出来ることはなかった。
「く、くくく……っ」
必死の懇願を耳にしたディールは、ニィッと口角を吊り上げる。
「あっはははは! いやぁ、素晴らしい! ようやくいい声を聞かせてくれました……ねぇ!」
奴はひとしきり笑い声をあげた後――リアの心臓へ、紫色の剣を深々と突き立てた。
「い゛、ぁ……っ」
彼女の体がビクンと跳ね、その胸から鮮血が流れ出していく。
「…………うそ、だろ」
「あ゛ぁ~……、やっぱりたまらなぃなァ……。命を刈り取るこの感触、希望が絶望へと変わっていくこの音……嗚呼、気持ちいぃ……」
ディールは恍惚とした表情で、静かに目を閉じた。
そして心臓を貫かれたリアは、
「アレ、ん……。逃げ、て……」
こちらへ必死に手を伸ばし――ピクリとも動かなくなった。
彼女の健康的な肌はみるみるうちに土色へ変わり、美しい紺碧の瞳からは光が失われていく。
命の灯が、溢れんばかりの輝きが――消えていく。
「り、あ……?」
「く、くくくく……あっははははははははッ! どうですか、旦那ぁ!? 大事な仲間を守れなかった気分は! 大事なものを目の前で壊された感想は! ねぇねぇ、ほらほらほらぁ、黙ってないでなんとか言ってくださいよぉ!?」
このとき俺は――生まれて初めて、人を殺したいと思った。
こいつだけは、生きていちゃいけないと思った。
たとえどんなことをしても、絶対に殺さなくてはいけないと思った。
「……もう、どうだっていい」
もう二度と立てなくなろうが……。
もう二度と剣を握れなくなろうが……。
そんなことはもう……どうだっていい。
だから――。
「――ディールを殺せるだけの力を、ありったけの力を寄越せ……ゼオンッ!」
憤怒と憎悪に支配された俺が、力強くそう叫んだ次の瞬間――これまで閉ざされていた『道』のようなものがこじ開けられ、どす黒い闇が溢れ出す。
かつてないほど暗く、救いようがないほど邪悪なそれは、瞬く間にこの無人島を包み込み、見渡す限りの海を漆黒に染めていった。
「小僧、この力……やはりお前だったのか……ッ」
「こ、これがあの『ロードル家の闇』……? いや、何かおかしいぞ!?」
バッカスさんとフォンがこちらへ視線を向け、
「は、はは……っ。こいつぁ凄い……! さすがは旦那、まだこんな力を隠し持っていたんですねぇ!」
ディールは興奮した様子で、パンパンと手を打ち鳴らした。
「――ディール、歯を食いしばれ」
「……は?」
俺は一足で両者の間合いを詰め、大きく振りかぶった右腕へ闇を集中させていく。
「ま、ず……!? ――守れ、<九首の毒龍>ッ!」
奴は九体の毒龍を体に纏わせ、分厚い『毒の鎧』を展開した。
しかし、
「おらぁ゛……ッ!」
俺の放った右ストレートは、いとも容易く毒龍を粉砕し、
「馬鹿、な……がふッ!?」
勢いを全く失うことなく、ディールの鼻っ柱へ突き刺さった。
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