桜の国チェリンと七聖剣【百五十三】
「あいにく、我慢強さだけが取り柄だからな」
十数億年の修業で培った精神力、これには少しばかり自信があった。
(だけど、実際問題ディールの毒は信じられないほど強力だ……)
猛毒に侵された脇腹は、こうしている今もとんでもない痛みを訴えてくる。
(心を殺して無心になることで、かろうじて戦闘は続けられそうだが……)
この体がどこまでもってくれるのか、正直全くわからないのが現状だ。
「すー……はぁー……っ」
大きく息を吐き出し、思考をクリアにして――素早く戦況を確認していく。
斜め後ろにいるのは、無傷のリア。
彼女は身動きの取れないローズたちを護衛しているため、前線に出ることは難しい。
そして地面に横たわるローズ・会長・リリム先輩・フェリス先輩。
彼女たちは<英雄殺しの劇毒>の猛毒に苦しんでおり、とても戦えるような状態じゃない。
それから少し離れた場所で、フォンと激闘を繰り広げるバッカスさん。
いまだ無傷の彼は、依然として優勢を保っているが……その勢いは目に見えて落ちていた。
口の端からは一筋の鮮血が垂れ、剣を握る手はわずかに震えており、こうしている今も苦しそうな表情で胸に手を当てている。
おそらくは『不治の病』によって、思うように体が動かないのだろう。
一方のフォンは決して自ら攻めようとせず、ただひたすら防御に専念していた。
どうやらバッカスさんが動けなくなるそのときまで、ずっと時間潰しに徹するつもりらしい。
(あまり考えたくはないけれど……)
このままズルズルと戦闘が長引けば、そう遠くないうちに彼はやられてしまうだろう。
そして戦いの舞台となったここは、絶海の無人島。
残念ながら、外部からの援軍は期待できない。
つまり俺は――体に毒が回り切るまでのわずかな時間で、真装使いのディールをたった一人で倒す必要があるというわけだ。
しかもその後は、休む間もなくバッカスさんの支援に回り、七聖剣フォン=マスタングに勝たなければならないと来た。
(……はっきり言って、戦況は『最悪』だな)
これ以上悪い状況を考えろ、という方が難しいだろう。
だけど、ここで頭を抱えていたって状況は改善しない。
俺は黒剣を握る手に力を込め、つま先に体重を乗せていく。
「――行くぞ、ディール」
「くくっ、いつでもおいでくだせぇ。旦那の最期は、あっしが看取ってあげやすよ」
そうして俺は、過酷な戦いに身を投じた。
■
それから先の戦闘は、ひどく一方的な展開だった。
「――おやおやぁ、さすがにそろそろ限界ですかぃ? 随分と体が重そうです……よッ!」
ディールは毒龍の口から吐き出された紫色の剣をもって、前へ前へと攻め込んでくる。
「まだまだ、これからだ……っ」
千変万化の素早い斬撃、体から飛び散る猛毒の飛沫。
俺はそれらを捌くのに精一杯で、ほんのわずかな反撃さえできずにいた。
「そぉら、踊ってくだせぇな――毒龍の死舞ッ!」
ディールの肩口から生えた毒龍が、一斉にこちらへ首を伸ばした。
総数九体。
数こそ多いが、一体一体の動きはそこまで速くない。
「八の太刀――八咫烏・連ッ!」
俺は十六の斬撃を放ち、その全てを斬り払う。
しかし、奴の攻撃は止まらなかった。
「なっ!?」
毒龍の首は斬ったそばから再生していき、再びこちらへ牙を剥く。
「く、そ……っ」
四方八方から迫りくる毒龍をときには躱し、ときには斬り捨てていったが……。
「――そぉら、三か所目ぇ!」
いつの間にか足元に忍び寄っていた一体が、俺の右足へ食らい付いた。
「痛……ッ」
鋭い牙が肉を抉り、細胞を殺す猛毒が染み込んでいく。
「離れ、ろ……!」
毒龍の首を刎ね飛ばし、大きく後ろへ跳び下がる。
それに対してディールは――追撃を仕掛けてくることはなく、ジッとこちら見つめていた。
「はぁはぁ……っ」
今しがた負傷した右足が、ズキンズキンと凄まじい痛みを訴えてくる。
(まだ、だ……っ。まだ動けるはずだ……ッ)
俺は歯を食いしばり、正眼の構えを取った。
すると、
「……もういい加減にしてくれやせんかねぇ? 脇腹に左肩、そんでついさっきは右足――これだけ<九首の毒龍>の猛毒を食らえば、普通もう五回は死んでやすよ……。いや、人として死んでおかないと駄目ですって……」
奴は心底うんざりした表情を浮かべた。
「旦那は知らねぇと思いやすが、『真装』ってのはめちゃくちゃ燃費が悪いんですよ……。ただこうして能力を発動させているだけで、馬鹿みてぇに霊力を食っちまう。――あっしもちょいと疲れて来たんで、ここらでそろそろ終わりにしやしょうか」
ディールが気だるげに右腕を振り上げれば、
「うそ、だろ……?」
そこへ、とてつもない霊力が集中していった。
(……無理だ)
それはまさに『桁違い』だった。
冥轟はおろか断界でも相殺できない。
そう確信できるほどの圧倒的な出力だった。
「それじゃ、安らかに眠ってくだせぇ。――毒龍の」
奴が大きく一歩前に踏み出したそのとき、
「――調子に乗るなよ、ゴミが」
俺の意思に反して、左手がスッと前に突き出された。
同時に空間が大きく歪み――十本の黒剣が、ディールを球状に包み込む。
「これ、は……!?」
顔を真っ青に染めた奴は、すぐさま攻撃をキャンセルし、
「――毒龍の守護ッ!」
それと同時に九体の毒龍を全身に巻き付け、分厚い毒の防御を展開した。
「――死んどけ」
俺の左拳がギュッと握られた次の瞬間――十の黒剣はとてつもない速度で射出され、耳をつんざく破砕音が鳴り響く。
とてつもない衝撃波が吹き荒れ、島全体がグラリと揺れた。
「が、は……っ」
毒龍の守りを貫通した漆黒の刃は、ディールの全身に深々と突き刺さった。
真装を展開した奴が、初めて手傷を負った。
それも、かなりの深手だ。
「ぜ、ゼオン……か?」
俺がポツリとそう呟けば、
「ちっ、なんだこのしょんべんみてぇな威力は……。我ながら、情けねぇ゛……」
胸の奥底から、苛立った声が返ってきた。
(俺からすれば、十分過ぎる威力の攻撃だとしか思えないが……)
どうやら本人的には、全く納得のいかないものだったらしい。
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