桜の国チェリンと七聖剣【八十二】
トイレのある南の方へ進んで行けば、
「――そう、うまくいかなかったのね」
会長の声は、どんどんはっきりと聞こえるようになっていった。
どうやら、トイレの周辺で話し込んでいるようだ。
(さて、どうしようか……)
このまま直進するか、はたまた迂回して二階のトイレへ行くか。
(……まぁ、わざわざ避けることもないか)
誰かに聞かれたくない話なら、こんな廊下ではしないだろう。
そう判断した俺はそのまま真っ直ぐ進み、突き当りの角を右に曲がった。
するとそこには――黒い受話器を耳にあてた、会長の後ろ姿があった。
「はぁ……えぇ、うん。こっちは大丈夫。楽しくやっているわ。それと……アレンくんは来てくれるみたいよ。……そうね、『不幸中の幸い』というやつかしら」
彼女は左手でその美しい黒髪をいじりながら、小さなため息をつく。
誰かと電話しているようだが、あまりいい話ではなさそうだ。
(それに……聞き間違えじゃなければ、俺の名前が聞こえた気がする)
いったいなんの話をしているのか、ちょっとだけ気になるな……。
俺がそんなことを考えていると、
「――それじゃ、おやすみなさい、お父さん」
会長はそう言って、静かに受話器を下ろしたのだった。




