桜の国チェリンと七聖剣【七十一】
ローズの胸元には、艶やかな薄桃色の桜の紋様があった。
(……綺麗だな)
白雪のような肌を彩る、四枚の桜のはなびら。
それはとても美しく、思わず目を奪われてしまった。
(でも、そう言えば……。確かこれと似たようなものが、バッカスさんにもあったような……?)
俺の記憶が正しければ、彼の左胸には黒々とした桜の紋様があったはずだ。
(このタイミングで見せたことからして、きっとこれには何か重要な意味があるんだろう)
そんなことを考えながら、ローズの胸元をジッと見つめていると、
「そ、そんなにじっくりと見られると……さすがに少し恥ずかしいぞ……っ」
彼女は頬を赤らめながら、ぷいとそっぽを向いた。
「わ、悪い……っ」
いくら向こうから見せてきたとはいえ、女性の胸元を凝視するのはあまり褒められた行為じゃない。
俺はすぐさま回れ右をして真後ろを向いた。
「お、帯を締め直すから……しばらく、そのままでいてくれ」
「わ、わかった……っ。終わったら、声を掛けてくれ」
「そ、そうさせてもらおう……っ」
会話が途切れた直後、背後からシュルシュルという衣擦れの音が聞こえてきた。
(……っ。こ、この音だけは、何回聞いてもなれないんだよな……)
女の子が着替えているときに発せられる衣擦れの音。
これを耳にすると、なんともいえない緊張感のようなものが背中を走るのだ。
それからおよそ三十秒後、クイクイと俺の浴衣の袖が引っ張られた。
「……も、もうこっちを向いていいぞ」
「あ、あぁ……」
「……」
「……」
なんとも言えない空気。
気まずい沈黙が二人の間を流れた。
(これは男の俺から、切り出すべきだな……)
何か気の利いた話題を提供しようと頭を回し始めたそのとき、ローズがゴホンと咳払いをする。
「そ、それでだな……! たった今、見せた桜の紋様――『接ぎの刻印』こそが、接ぎの契りが実在したという証拠なんだ!」
彼女は勢いに任せた早口と大きな声で、この重苦しい空気を吹き飛ばそうとしてくれたのだった。




