桜の国チェリンと七聖剣【六十九】
ほぼ全ての剣士はどこかの流派へ所属し、そこで様々な技を教えてもらう。
(それがごく一般的で当たり前のことなのだが……)
ローズ曰く。桜華一刀流には、その常識が当てはまらないらしい。
「ふむ、どこから話せばいいのだろうな……」
彼女は悩ましげにそう呟きながら、体をこちらへ向ける。
「まず私たちバレンシア家は、『桜に見初められた一族』なんだ」
そうしてローズは、バレンシア家について語り始めた。
「桜華一刀流の開祖ロックス=バレンシア――私の遠い御先祖様は、遥か遠い異国で生まれたらしい。なんでも毎日浴びるように酒を飲み、女の尻ばかり追いかけている男だと、うちの過去帳に詳述されている」
「そ、そうか……」
どうやらバレンシア家の男は、遺伝子レベルで酒好きかつ女好きらしい。
「そんなどうしようもない彼だが……ひとたび剣を握らせれば、まさに一騎当千。長い生涯において、たったの一度しか敗れたことがないそうだ」
「それは凄いな……。ちなみに、その一度は誰に負けたんだ?」
「さぁな。相手の名前はまでは書かれていなかった。ただ――『俺の『桜』に土を付けたのは、恐ろしく口の悪い鬼神の如き強さを持つ化物だった』と記されていたな。それと……戦いが終わった後は、一晩だけ満開の桜を肴にして酒を酌み交わしたらしい」
「へぇ……。そういう関係性って、ちょっといいな」
戦闘後、剣を交えた相手とお酒を酌み交わす。
なんというか、少しかっこよく思えた。
(しかし、それにしても……ロックスさんとバッカスさんは、かなり似通った人となりをしているな)
もしかしたら、先祖の血を色濃く受け継いでいるのかもしれない。
俺がそんなことを考えていると、ローズはゴホンと咳払いをした。
「さて、ここからが本題だ。ロックス=バレンシアは、酒よりも女よりも他の何よりも――桜を愛していた。あるとき彼は、世界で一番美しい桜を探すために諸国漫遊の旅へ出る。それは千年二千年と続き――ついには魔性の美を持つ『生きた桜』と出会った。そしてロックスは、その桜と『接ぎの契り』を結んだそうだ」




