桜の国チェリンと七聖剣【五十八】
セバスさんとバッカスさんは、全ての責任と罪をなすり付けて逃亡した。
(さ、最低だ……。こんなのは、到底許されるべき行為じゃない……っ)
女湯に取り残された俺が、あまりの怒りに打ち震えていると、
「ねぇ、アレン……あなた、これで『二度目』よ?」
リアは入学式の日に起きた『一度目』の事件――俺が偶然彼女の裸を見てしまったことを引き合いに出しつつ、ジト目でこちらを見つめ、
「た、確かに私は、お前に好意を抱いている。バレンタインの日にそう伝えはしたが……。さ、さすがにちょっと恥ずかしいというか、心の準備ができてないというか……っ」
軽いパニックを起こしたローズは、しゃがみ込んだままボソボソと何事かを呟き、
「お、男の子だから、『興味』があるのは理解しているわ……。でも、のぞきは駄目よ? ちゃ、ちゃんと言ってくれれば、お姉さんだってその……ね……?」
湯船につかった会長は、耳まで真っ赤にしながらチラチラとこちらへ視線を向けた。
「う゛……っ」
どうやら先ほど俺が口にした弁明は、まともに取り合ってもらえなかったらしい。
(いや、それも当然の話か……)
なぜならここには、たった一つとして『証拠』がないのだ。
モップ・血痕・斬られた木桶といった物的証拠はおろか、セバスさんやバッカスさんという状況証拠すらない。
残されたのは、ただ一つ――突如豪快に女湯へ飛び込んだアレン=ロードル、という『ひどく歪んだ現実』のみ。
(……あれ? これってもしかして、詰んでないか……?)
現行犯は一人、アレン=ロードル。
被害者は三人、リア・ローズ・会長。
証拠が何もない以上、残念ながら話はこれで終わりだ。
後は俺が大人しく檻に入れば、全てが丸く収まってしまう。
(だけど、それでも俺はやっていない……本当にやってないんだ……っ)
俺は戦った。
皇帝直属の四騎士と元世界最強の剣士を同時に相手取り、必死になって戦った。
それも全ては、あの不届き者たちからリアを守るためだ。
(その結果が『のぞき魔』の烙印だなんて……いくらなんでもあんまりだ……っ)
とにかく……一度腰を据えて、ちゃんと話し合おう。
リア・ローズ・会長、三人とはこれまで幾度となく剣を交えてきた。
(彼女たちならば、この嘘偽りのない『真実の心』が通じるかもしれない、わかってくれるかもしれない……っ)
俺はわずかな可能性に賭け、再度説得を試みることにしたのだった。




