桜の国チェリンと七聖剣【五十七】
リアは手元にあったタオルで胸元を隠し、何も持っていないローズは両手で体を抱きながらしゃがみ込み、足湯をしていた会長はすぐに湯船へつかった。
(な、なんてことだ……っ)
石鹸に足を取られた俺は、勢いよく木塀に激突し――これ以上ないほど豪快に、女湯へ飛び込んでしまったようだ。
「「「……っ」」」
三人は羞恥のあまり頬を真っ赤に染め、ジト目でこちらを見つめている。
(……マズ、い)
頭から腕から足から――全身から血の気が引いていく。
まるでこの体が自分のものじゃないみたいだ。
(…………ヤバい)
限界ギリギリまで追い詰められた脳裏には、走馬燈のようなものが流れ始めた。
(これまで決して楽な人生じゃなかったよな……)
才能には恵まれず、努力しても報われず、グラン剣術学院では地獄のような三年間を必死で耐え抜いた。
殺されかけたことだって、一度や二度じゃない。
人並み以上には挫折や苦労を経験し、様々な危険にぶち当たってきた。
(……一つ、断言できる)
十数億と十五年生きてきた中で、間違いなく今が人生最大の危機だ。
(もしもこのままリアたちの説得に失敗した場合……)
俺は『のぞき魔』のレッテルを張られ、社会的に抹殺されてしまう。
(それと同時に、暗く冷たい檻の中での生活が始まる……)
数年が経過し、無事に刑期を満了した俺には――『前科付きの無職』という厳しい現実が待ち構えている。
当然、犯罪者は聖騎士になれない。
これじゃ母さんを楽にさせてあげるどころか、ただ悲しませるだけだ。
(落ち着け、冷静に考えろ……っ)
俺はかつてないほど頭を回転させ、すぐさま弁明の言葉を口にする。
「ち、違う……誤解だ、これは誤解なんだよ! 信じてくれ……俺は決して、のぞき魔なんかじゃないんだ!」
まずすべきこと、それは否定だ。
リアたちの裸を見るため、こんな凶行に及んだのではない。そのことをはっきり宣言する必要があった。
「これはそう……『不慮の事故』なんだ! セバスさんとバッカスさんが女湯をのぞこうとしたから、俺はそれを止めるために戦っていたんだよ……! その証拠にほら、ここにモップを持って血を流した二人が……!」
そうして勢いよく振り返るとそこには――誰もいなかった。
「あ、れ……?」
モップもなければ、床に垂れた血痕も割れた木桶もない。
ただただ清潔で静かな男湯が、どこまでも広がっているだけだった。
(あ、あいつら……っ)
一早く事情を理解したセバスさんとバッカスさんは、俺を置いて逃げたのだ。
とんでもない危機察知能力と逃げ足の速さ……正直この時ばかりは、はらわたが煮えくり返るかと思った。




