桜の国チェリンと七聖剣【五十六】
残り時間が三分を切ったあたりで、セバスさんは大きくため息をついた。
「まさかこの短い時間で、僕らの剣術に対応してみせるとは……。全く、呆れた『適応能力』しているね……アレン」
彼は絶剣の構えを解き、困り顔で肩を竦めた。
「……女湯をのぞくこと、諦めてもらえたんでしょうか?」
「まさか! 僕が会長を『諦める』なんてことは、絶対にあり得ない! この命尽き果てるまで、いつまでもどこまでも彼女に付き纏うつもりだ!」
「そう、ですか……」
それはとんでもない覚悟だけれど……。
会長からすれば、迷惑極まりない話だ。
「まぁしかし……。このまま正攻法で攻め続けたとしても、こんな短時間では君を仕留められなさそうにない。――そろそろ僕も『奥の手』を使わせてもらうおうか」
セバスさんはコキコキと首を鳴らしながら、鋭い眼光を放つ。
(奥の手ということは、『絶剣の奥義』か……っ)
俺は唾を呑み、最大級の警戒を払ったそのとき、
「秘技――大車輪ッ!」
彼は洗い場に置かれたいくつもの木桶を掴み、それらを高速で投げ付けてきた。
どこからどう見ても、たった今この場で思い付いた技だ。
「即興で秘技を作らないでください!」
高速回転しながら迫りくる木桶。俺はそれらを一刀のもとに斬り捨てた。しかし、
「こ、これは……!?」
十ある木桶の一個。その中には、泡立った水が入れられていた。
(あの一瞬で石鹸水を作るなんて……信じられない早業だ……っ)
ぬめり気のある水は飛散し、俺の顔に降り掛かる。
「くそ、目が……っ」
霞む視界の中、
「よくやったぞ、セバス! 桜華一刀流――桜閃ッ!」
この好機を逃すまいとして、バッカスさんがとどめの一撃を放つ。
「なん、の……!」
俺はモップが空を斬る音を頼りに突きの正確な位置を割り出し、大きくバックステップを踏んで回避した。
「こ、こやつ……野性の獣か!?」
「だが、体勢は乱れた! そこだ!」
なんとか桜閃を回避した俺が、空中に浮かび上がっている刹那――セバスさんは二個の石鹸を素早く投げ付けた。
それらは濡れた床を高速で突き進み、正確にこちらの着地点へ滑り込んだ。
「う、わわわ……!?」
泡立ちのいい石鹸を踏みつけた俺は、バックステップの勢いを殺し切れず、
「――がっ!?」
背後にあった壁と激しくぶつかってしまった。
「痛っつつつ……」
背中に降り落ちた木片を払いつつ、ゆっくり顔を上げるとそこには、
「あ、アレ、ン……?」
「な、な、な……っ!?」
「~~っ!?」
一糸まとわぬリア・ローズ・会長の姿があったのだった。




