桜の国チェリンと七聖剣【五十五】
リアたちが温泉から上がるまで――後わずか五分。
十数億年、ただひたすら剣を振ってきた俺からすれば、それはまばたきをしている間に過ぎ去るような短い時間だ。
しかし、
「――はぁああああ!」
「ぬぉおおおお!」
世界屈指の剣豪から挟撃を受けている今、たったの五分が永久に感じられるほど長かった。
「く、そ……っ」
俺の体には、いくつもの太刀傷と赤黒い痣が刻まれていく。
(我慢、我慢だ……っ)
こんな傷は、所詮ほんの一時的なもの。
この戦いが終われば、すぐに闇で治療すればいい。
(今俺がすべきことはたった一つ。のぞきという最低最悪の行為からリアを守るため、このモップを守り切ることだ!)
そのためには、勇気を持って攻める!
「まだま、だぁああああ! 六の太刀――冥轟ッ!」
渾身の力で放った冥轟が牙を剥く。
「くっ、まだこんな余力を……っ」
「中々どうして、落とし切れんのぅ……っ」
セバスさんとバッカスさんは一時攻撃を中断して、冥轟を斬り払った。
二人の攻撃が止んだ刹那の空白。
俺はそこへ大きく踏み込んだ。
「八の太刀――八咫烏ッ!」
「くっ!?」
「ぬぅ……っ」
セバスさんとバッカスさんは八つの斬撃を受け止め、半歩後ろへ下がった。
(よし、狙い通りだ……!)
二人は今、躊躇った。
八咫烏を受けた直後、即反撃に転じるのではなく――半歩退いた。
これは間違いなく、朧月という『凶悪なカウンター』を目にしたからだ。
(セバスさんとバッカスさんは、こちらの手の内を全て知っているわけじゃない)
実際のところ、手札はもう一枚も残されていないが……。
それを知っているのは、他ならぬ俺だけだ。
二人の視点に立てば、「まだ何か奥の手を隠しているのかもしれない」という風に見えているだろう。
(トランプの基本にして、最強の戦術――それは『ブラフ』!)
『手札切れ』を悟らせず、『存在しない奥の手』をチラつかせるため、俺はこの最終局面に来て攻勢へ回った。
(『カウンターの脅威』があるからこそ、セバスさんとバッカスさんは思い切った攻撃へ移れない!)
だから、決して守勢に回ってはいけない。
時間を稼ぎたいのならば――不敵な笑みを浮かべたまま、攻めるべきだ!
(それに、少しずつだけど慣れてきた)
セバスさんの絶剣とバッカスさんの桜華一刀流。
何度もその技と動きを見ているうち、徐々に対応できるようになってきていた。
(……わかる、わかるぞ。二人の呼吸が、筋肉の動きが……!)
お互いに素っ裸で斬り合っているため、セバスさんとバッカスさんの『筋肉の動き』をはっきりと観察することができた。
目は口よりも物を言う。
それと同じように、体は剣よりも物を言う。
二人の筋肉の動きを見れば、コンマ数秒先にある『剣の動き』が見えるのだ。
よく考えれば、これは非常に学びの多い『模擬戦』かもしれない。
(……とにかく、この調子だ! この調子で行けば、時間を潰し切れるぞ!)
こうして俺は確かな手応えと成長の実感を掴みながら、一歩また一歩と着実に勝利への道を進んでいくのだった。




