桜の国チェリンと七聖剣【四十八】
セバスさんの放った濃密な殺気は、
「ほぅ、こいつは中々のものじゃのぅ……」
あのバッカスさんをして、身構えるほどのものだった。
(やっぱり皇帝直属の四騎士は『格』が違うな……っ)
曲者揃いの神託の十三騎士より、さらに数段重々しい『圧』がある。
(とりあえず、『確認』しておくか……)
俺はゴホンと咳払いをして、恐る恐るといった風に声を掛けた。
「あの……セバスさん、もしかしてなんですけど……。億年桜の裏にある孤島で、俺に向けて殺気を放ったりしませんでしたか?」
「……あのときか。あれは確か、うっかり小石に蹴躓いた会長をアレンが抱き留めた瞬間だったな……」
彼はそう呟き、震える手でゆっくりと頭を抱えた。
「会長と触れ合う君が……どうしても妬ましくて、羨ましくて、許せなくて……! 尾行中にもかかわらず、うっかり殺気を漏らしてしまったんだ……っ」
セバスさんは激しく頭を掻きむしり、悲鳴のような叫び声をあげる。
「そ、そうだったんですね……」
やはりあのとき感じた尋常ならざる殺気は、彼のものだったようだ……。
(でもまぁ、とりあえず一安心だな……)
桜の国チェリンに潜んだ手練れ、その正体はセバスさんだった。そしてそんな彼の目的は、『黒の組織への勧誘話』と『情報交換』。
つまり――現状、差し迫った身の危険はない。
(もちろん、完全に気を抜くわけにはいかないけど……)
少しぐらいならば、警戒の糸を緩めても大丈夫そうだ。
その後、セバスさんが落ち着いたタイミングで、俺たちはサウナ室を出た。
それから洗い場のシャワーでサッと汗を流し、いよいよ水風呂へつかる。
(あぁ……っ。これはたまらないな……ッ!)
キンッキンに冷えた水が火照った体へ染み渡っていく。
開かれた毛穴がキュッと引き締まり、強烈な爽快感が全身を駆け巡る。
(サウナと水風呂、か……。初めてセットで経験したけど、癖になってしまいそうだな……)
リーンガード皇国へ帰ったら、千刃学院の大浴場でも試してみよう。
そうして堪能した後は――いよいよメインの温泉だ。
大自然の風情溢れる岩組の露天風呂。
そこに湧き上がるは、どこまでも透明な温泉。
俺は湯船に浮かんだ桜のはなびらを目で楽しみながら、ゆっくりと湯船に足を入れていく。
「あぁー……」
肩までとっぷりつかったところで、自然と間延びした声が漏れてしまった。
(いぃお湯だぁ……)
足先から太ももへ、太ももから胴体へ、胴体から体の端々へ。
柔らかく力強い『温かさ』が伝播していき、体の芯までしっかりと温まっていくのがわかった。
「なるほど、これはたまらないな……」
セバスさんがうっとりとした表情でそう呟けば、
「ばららららぁ……。やはりここの湯は最高じゃのぉ……」
バッカスさんは目をトロンとさせながら、その大きな体をグッと伸ばした。
気分をよくした俺たちは、自然と身の上話のようなものを語り合った。
俺はゴザ村での苦しいけれど、充実した農民生活について。
セバスさんは神聖ローネリア帝国の文化と風習、さらには黒の組織の制度や神託の十三騎士と皇帝直属の四騎士に与えられた権限など。
バッカスさんは武者修業の旅先で見つけた珍味や名酒、その他これまで目にした珍しい魂装使いの能力などなど。
それぞれ全く境遇が異なる俺たちの話は、大きな盛り上がりを見せたのだった。