桜の国チェリンと七聖剣【四十六】
突如とんでもない勧誘を持ち掛けられた俺は、思わず言葉を失った。
「……皇帝バレル=ローネリアが……俺を?」
「あぁ、そうだ。アレンの研ぎ澄まされた剣術・十五歳という若さ・秘められた潜在能力、そして何より『幻霊以上』の強さを見せる圧倒的な霊核――皇帝陛下は、君のことをとても高く評価している。実際に『今はまだ青いが、ゆくゆくは四騎士にふさわしい男だ』と仰っていたからね」
「……ずいぶんと高く買ってくれているんですね」
敵の親玉にそこまで褒められると、かえって気持ちが悪い。
「ふっ、それは当然だろう? なにせ君は、フー=ルドラス・レイン=グラッド・グレガ=アッシュ――三人もの十三騎士を単独で撃破した。そのうえ帝国のど真ん中に位置するベリオス城から、大勢の仲間を連れて逃げおおせたんだ。今や帝国において、君の名を知らない者はいないよ」
彼はさらに話を続けた。
「アレンにとって、神聖ローネリア帝国は悪い国じゃないぞ? あの国では『力こそが正義』だからな。君ほどの剣士ならば、富も名声も権力もなんだって思うがままだ。――まぁそういうわけで、僕たちの仲間にならないか?」
セバスさんはそう言って、握手を求めるようにして右手を伸ばした。
(俺が黒の組織の一員に、か……)
さすがに笑えない冗談だ。
「――申し訳ありませんが、お断りさせていただきます。俺が帝国側へ付くことは、今後一切ありません」
黒の組織は平和な世界に恐怖と混沌をもたらす、最低最悪の犯罪組織だ。
そんな奴等のためにこの剣を振るうことは、天地がひっくり返ってもないだろう。
そうして俺が明確な拒絶を叩き付けると、
「――うん、まぁそうだろうね。アレンには、そっちの方がいいと思うよ」
セバスさんは伸ばした手を引っ込め、曇りのない笑みを浮かべた。
「……ずいぶんあっさりと引くんですね」
最悪の場合、ここで剣を交えることも考えていたが……。
どうやら、その心配はないらしい。
「そりゃそうさ。君が仲間になってくれるだなんて、端から思っていないからね。だけど、僕にも一応『立場』ってものがあるんだよ。陛下から命令が下れば、こうして遠路はるばる桜の国チェリンへ足を運ばないといけないのさ……」
セバスさんは肩を竦め、「やれやれ……」と呟いた。
どうやら彼は彼で、いろいろな苦労があるようだ。
「さて、これで僕の話は終わりだ。それじゃ次は――アレンの番だよ」
セバスさんは少し前掛かりになり、これまで以上に真剣な目を向けた。
(そういえば……。この話を始める前、彼は『情報交換』と言っていたな……)
おそらく、どうしても俺から聞き出したい情報があるのだろう。
「……いったい何が知りたいんですか?」
一億年ボタンのことか。時の仙人のことか。はたまた全く別の『ナニカ』か……。
俺が緊張に唾を呑んだそのとき、
「ふっ、そんなことは決まっているだろう?」
セバスさんは不敵な笑みを浮かべ――口を開いた。
「さぁ、聞かせてもらおうか。僕がいなくなった後、会長がいったいどんな毎日を過ごしていたのかを……!」
「……あぁ、なるほど」
そういえば、会長に一途な人だったな……。
俺はなんとも言えない脱力感を覚えつつ、大きなため息をこぼしたのだった。