復学と内乱【三】
五人の集団が突如魂装場を訪れたその直後。
「も、申し訳ございません、理事長!」
「こ、こらお前たちっ! 授業中だというのに、何を考えているんだっ!」
二人の先生がすぐさま間に入って、彼らの行為をたしなめた。
だが、それに待ったをかけたのは――意外にもレイア先生だった。
「いい! 血の気の多い奴は好きだ。それに――実を言うと私も一年生の頃は、大五聖祭の出場選手から漏れてな。それを知った日の昼には、出場選手の一人に決闘を申し込んでその座を奪ったものだよ」
「そ、そうだったんですね……」
「あぁ。それに……あの頃の千刃学院は空気がパリッと張り詰めていてな! 右を見ても左を見ても模擬戦・決闘! 旧き良き時代、という奴だな!」
そう言って先生は楽しそうに笑った。
個人的には学院内でバチバチとやり合い過ぎるのは遠慮したい。
もっとみんなで楽しく、剣術を磨き合っていきたいという考えだ。
俺がそんなことを思っていると、集団の先頭にいる男が早くも剣を抜いた。
「んで! アレン=ロードルはどこにいるんだぁ? 怖くて名乗り出られねぇってかぁ? んん?」
彼は挑発的な物言いで、俺たちA組の全生徒を見回した。
「あいつ……曲剣使いのレイズだな」
「中等部で問題ばかり起こしていたあのレイズ=ヴォルガンか……っ! まさかうちに入学していたとはな……っ」
背後でA組の生徒の小声で話すのが聞こえた。
(レイズさん、か……。あまり評判がいい人ではないようだな……)
レイズ=ヴォルガン。
男にしてはやや長い、えんじ色の髪。
左耳には銀のピアス。
身長は俺と同じ百七十センチぐらいだろう。
このまま黙っていては話が進まないので、ひとまず俺は名乗り出ることにした。
「俺がアレン=ロードルですけど……いったい、何の用ですか?」
「ふぅーん……」
五人の集団から品定めをするようなねっとりとした視線が向けられる。
「ははっ! なぁんで、このボンクラ剣士が栄誉ある大五聖祭の出場選手に選ばれたのかねぇ?」
「裏金とか?」
「空気っていうのかなぁ? なんかなよっとしてるよねぇ……。剣士としては頼りないなぁ」
「はっきり言って弱そう」
「まぁ、どのみち私たちの敵じゃないよね」
どうやら彼らのお眼鏡にはかなわなかったようで、口々に罵倒の声が飛んだ。
「あんたたち、好き勝手言ってくれるじゃない……っ!」
「……見る目が無い」
リアとローズが鋭い目付きで彼らを睨み付けた。
しかし、レイズさんはそれを気にも留めず、懐から一枚のプリントを取り出した。
「調べさせてもらったぜぇ、アレン=ロードル! グラン剣術学院の落ちこぼれ! 『落第剣士』と馬鹿にされ、成績は入学当初から万年びりっけつ! 流派に所属したいと門を叩くも、あまりの才能の無さに全て門前払い――それゆえ我流! 三年時にはドドリエルとかいう剣士を卑怯な手段で倒したとか!」
「……」
確かにグラン剣術学院時代の俺のことは、よく調べられている。
だけど――それがどうしたというのだろうか?
過去はどこまで言っても所詮過去だ。
今の俺と十数億年前の俺を比較しても……多分、何の意味もないと思う。
「このアレン=ロードルがどれだけ駄目な剣士かわかったか!? おまえらA組の馬鹿共は、この落第剣士に騙されているんだよ! それともなんだ? 弱みでも握られてんのか? 金でも掴まされてんのか? えぇ?」
語気を荒くして吠えるレイズさんに対して、A組の生徒は失笑を送った。
「おいおい、お前ら……アレンとシドーの戦いも見てないのか?」
「見たよ? 序盤はボロ負け、中盤にちょろっとやる気を見せるも、最後は霊核に飲まれてだっさいだっさい反則負け! で? それが何か?」
そして彼らの矛先は、俺からA組へと移った。
「A組って言ってもさぁ……。それって『入学した瞬間』の実力評価じゃん?」
「そーそー。そんなもんで威張り散らされてもねぇ?」
「剣士の強さは、魂装の強さ。こんなの常識だよ?」
「リア王女は魂装が使えたから納得はできる。でも、どこぞの落第剣士と薄汚い賞金稼ぎが選ばれたのは不可解」
「うすら寒い友情ごっこか何か知らないけどさ。魂装の授業も受けず、地味な筋トレばっかしてる能無し共は私らの敵じゃないよねぇ」
彼らは口々にA組のみんなを馬鹿にした。
「……っ」
「むか……っ」
さすがにそこまで言われて黙ってはいられない。
俺とローズが一歩前に出たそのとき。
「へっ。こんなポンコツども相手に、わざわざお前が出る必要もねぇよ、アレン。ここは俺に任せな。このタコ野郎どもを斬鉄流の錆にしてやるぜ……っ」
そう言って斬鉄流の剣士――テッサ=バーモンドが先頭に躍り出た。
「なになに? あんたが一番手?」
「おぅ、俺が一番手だ! でもまっ、お前らじゃ二番手には進めねぇだろうなぁっ!」
そう言ってテッサは、自信満々に不敵な笑みを浮かべた。
「へぇ……おもしろいこと言うじゃん。遊んでやるから、さっさと来なよ」
「その余裕がいつまで続くか見物だな。斬鉄流――錆び落としッ!」
次の瞬間、テッサは一直線に走り出し、レイズさんへ斬り掛かった。
(……いい一撃だ)
この一か月ひたすらに筋力トレーニングにあてがった成果だろう。
握り・踏み込み・気迫――どれも以前の彼とは比べ物にならないほど成長している。
「終わりだぁああああああっ!」
速度と体重の乗った振り下ろしを前に、レイズさんはグニャリと顔を歪めた。
「湧け――<三匹の小骨龍>ッ!」
その瞬間、
「なに……っ!?」
テッサの放った一撃は、突如出現した三匹の小さな龍によって受け止められた。
肉の無い骨だけの龍たちは、眼窩に赤い光を浮かべながら『コロコロコロ!』と楽しげに笑っている。
そして次の瞬間、
「小骨龍の雨ッ!」
三匹の龍は小さな骨に分解され、凄まじい速度でテッサへ突撃した。
「……っ!? ぐは……っ」
全身を骨の雨に打たれた彼は、大きく吹き飛ばされ――そのまま意識を手放した。
「て、テッサっ!?」
「大丈夫か、おいっ!?」
「だ、誰か保健室へっ!」
大騒ぎとなるA組を見たレイズさんは、
「ぷっ、あっはははははははっ! 弱い弱いっ! どうしたぁ、A組ってのはこんな低レベルの集まりなのかぁ!?」
両手を打って高らかに笑った。
それに応じるように背後の四人もテッサを嘲笑った。
(……テッサ)
多分、単純な剣術だけならばテッサの方がずっと優れていた。
(しかし、『剣士』として見るならば……今はレイズさんの方が上だ)
二人の違いはたった一つ――魂装の有無だ。
剣士として魂装を発現しているかどうかは……非常に大きな問題だ。
実際、これによって上級聖騎士になれるか否かが判別されてしまう。
それぐらい魂装という力は重要視されているのだ。
俺たちがテッサの敗北に胸を痛めていると、
「凹ませろ――<金剛丸>ッ!」
「巻け――<沙羅双樹>ッ!」
「遊べ――<火の子どもたち>ッ!」
「貫け――<千枚通し>ッ!」
残りの四人は、一斉に魂装を発現させた。
「マジ、か……っ!?」
「こいつら、たった一か月で魂装を……っ!?」
「ちっ、口だけじゃねぇってか……っ」
予想外の事態を前に騒然となるA組。
そんな中、俺は一人静かに剣を抜いて彼らの前に立った。
「アレン、私も助太刀するわっ!」
「私も……っ」
リアとローズがすぐさま俺の横に並んでくれた。
「――ごめん。今回は俺にやらせてくれないか?」
「あ、アレンっ!? 相手は五人の魂装使いよっ!?」
「一人では、さすがに厳しい……」
二人はそう言ったが、俺の考えは変わらない。
「ごめん。どうしても今回は……一人でやりたいんだ」
「……そう、わかったわ。でも、絶対に無茶だけはしないでね?」
「……無理だと思ったらすぐに退いて」
「あぁ、ありがとう」
リアとローズは渋々ながらも、この場を俺に任せてくれた。
それから俺は、目の前の五人をキッと睨み付けた。
(……俺だけならいい。レイズさんの言う通り、中等部のころは落第剣士と呼ばれていたし、実際どこの流派にも入れてもらえなかった。世間が俺のことを『落ちこぼれ』というのも仕方ない)
でも、ローズを、A組のみんなを馬鹿にしたことだけは許せない……っ。
ローズは薄汚い賞金稼ぎじゃない。
賞金を稼ぐことは悪いことじゃないし、お金が無ければ生活できないのはみんな同じだ。
A組のみんなは弱くない。
一か月も地味で苦しい筋力トレーニングを積んだ――努力する天才たちが弱いわけがない。
(レイズさんたちには「自分たちが間違っていた」としっかり理解してもらわなければならない……っ)
それをしっかりとわからせる一番の方法がこれだ。
(『落第剣士』である俺に、五人がかりで負けでもしたら……きっと言い訳のしようもないだろう)
どう足掻いても「自分たちが間違っていた」と認めざるを得ない状況ができあがる。
大切な友達であるローズのためにも。
俺なんかのために魂装の授業を中断してくれたA組のみんなのためにも。
(この勝負……絶対に負けられないっ!)
そうして俺が強い決意を固めたその瞬間。
不思議と体の中心が熱くなり――力がみなぎってきた。
(……そうか、これが『覚悟』か)
なんとなく、アイツが言っていたことがわかった気がする。
絶対に負けられないという思い。
みんなのために戦うという決意。
A組を代表するという気負い。
これらを糧に心は強くなり――魂装への道が開けるんだ!
俺が溢れ出す不思議な力を実感していると、
「へっ、やっとおでましかよ、落第剣士さぁん?」
「ふふっ、泣いて謝るなら見逃してあげるけど?」
「ってかおいまさかお前……一人でやろうってのかぁ?」
「さすがに無謀……。弱い者いじめになっちゃう……」
「彼我の実力差もわからないとは……もはや滑稽だな」
彼らは魂装を構えながら、不敵に笑った。
その顔には余裕の色がありありと浮かんでいる。
でも……こうして彼らの前に立ってわかったことがある。
(レイズさんたちの魂装からは『圧』が感じられない……)
アイツと対峙したときの――全身が委縮するような、凄まじいプレッシャーがどこにも無い。
俺は正眼の構えを取り、一言だけ声を掛けた。
「それでは……行きますよ?」
「おぉおぉ、お好きにどうぞー」
「では――」
次の瞬間、俺は刹那のうちに距離を詰め――一撃で三匹の龍を粉砕した。
レイズさんの足元にカランカランと骨が転がり、五人はシンと静まり返った。
「……はっ?」
守りが突破され、隙だらけとなった彼の首元に峰打ちを食らわせる。
「うそだ、ろぉ……っ!?」
首元に痛打を受けた彼は、白目を剥いて崩れるように倒れた。
「――知っていますか? 霊核には『格』というものがあるみたいですよ?」
多分、彼らの魂装は全てハズレ。
もしくは未熟さゆえに、霊核から十分な力を引き出し切れていない。
「ふ、粉骨激震ッ!」
「双樹縛りッ!」
「火達磨ッ!」
「大貫通ッ!」
怒りで顔を真っ赤にした四人は魂装の力を解き放ち、一斉攻撃を仕掛けてきた。
それに対して俺は、
「八の太刀――八咫烏」
八つの斬撃を繰り出し、彼らの魂装を粉々に打ち砕いた。
「そん、な……っ!?」
「う、うそ、でしょ……っ?」
「あり得ない……っ」
「り、理解不能……っ!?」
消滅していく魂装を目にした彼らは、呆然としながら口々にそう呟いた。
「確かに……魂装は強力な力です。しかし、それを扱うものが未熟であれば、その効果は十全に発揮されません」
シドーさんの<孤高の氷狼>がいい例だ。
アレは彼の圧倒的な身体能力があって初めてその凶悪さを発揮する。
たとえレイズさんが<孤高の氷狼>を手にしたとしても、多分それほどの脅威にはならないだろう。
そうして俺が剣を鞘に収めた次の瞬間――彼らは一斉にその場へ倒れ込んだ。
多分、八咫烏の直後に全員の首を打ったことさえ、彼らは気付いていなかっただろう。
「まぁつまり、あなたたちは単純に――修業不足ということです」
こうして俺は突然降ってきた火の粉を払いのけたのだった。




