桜の国チェリンと七聖剣【三十七】
修業が始まって早数時間。
人間というのは不思議なもので、バッカスさんの地獄のような教え方にもしっかり適応することができた。
「ふぅー……っ」
俺は剣をへその前に置き、正眼の構えを取る。
静かに目を閉じ、呼吸を整え、精神を統一していく。
そして――つい先ほど学んだばかりの『袈裟斬り』を放つ。
「桜華一刀流――夜桜ッ!」
夜闇を断ち斬るような、鋭利な斬撃が空を走った。
(よし、手応えありだ……!)
俺が評価を求めるようにして振り返れば、
「――惜しい、後もう一歩だのぅ! 夜桜はもっとこう『グイッ』とやって……『ズバッ』じゃ!」
バッカスさんはそう言って、『後もう一歩』を埋めるためのヒントを教えてくれた。
「なるほど……。こんな風にグイッとして……ズバッですね!?」
言われた通りにして再び夜桜を放つと、
「おぉ、それじゃ! やればできるではないか!」
彼は会心の笑みを浮かべて、俺の肩をバシンバシンと叩いた。
「ありがとうございます!」
バッカスさんの教え方は、確かにちょっと大味なところがあるけど……。
よくよく耳を傾ければ、その意味するところがちゃんと伝わってくるのだ。
今ではもう、彼の口にする『グイッ』や『ズバッ』がはっきりとわかる。
(そうだよな……。確かに夜桜は、グイッとやってズバッだよな……)
これ以上的確な表現を探すのは、なかなか難しいだろう。
「……ねぇ、ローズ。どうしてアレンは、バッカスさんの教え方で上達しているのかしら?」
「おそらく人外同士、言葉以外のナニカで通じ合っているのだろうな。私たち人間には到底理解できないし、理解する必要もない」
リアとローズはこちらを見ながら、何か話し合っているような気がしたけれど……。多分、気のせいだ。
それからさらに一時間二時間と剣を振り続けたところで、
「――よし、そろそろ休憩を挟もうかのぅ!」
バッカスさんはパンと手を打ち鳴らし、短い休憩時間に入った。
「ふぅ、けっこう汗かいちゃったわ」
「お爺さまの修業は中々にハードだからな」
リアとローズは、持参したタオルで汗を拭う。
「桜華一刀流、ちょっとは身に付いたかしら?」
「あぁ、間違いない! なんとなく強くなった感じがするぞ……!」
「そんな一朝一夕で身に付くものじゃないと思うんですけど……? リリムは昔から、ちょっと思い込みが激し過ぎるんですけど……」
会長たちは持参した水筒でしっかりと水分補給をしていた。
そうしてみんなが思い思いに体を休める中、
(よし、ようやく自主練の時間だ……!)
俺はここぞとばかりに剣を取った。
(さっき学んだ神速の居合斬り、桜華一刀流雷桜)
その際に『抜刀の術理』をしっかりと掴んだ。
これを七の太刀瞬閃に当てはめれば、きっとさらなる速度向上が図れるだろう。
(注意すべきは、抜刀の角度・腕のしなり・手首のスナップだな……)
そうして俺が瞬閃の準備に入ったそのとき、
「――小僧、ちょっとよいか?」
バッカスさんから、お呼びの声が掛かった。
「あっ、はい」
剣を鞘に仕舞い、そちらへ向かう。
すると――切り株に腰掛けた彼は、何やら真剣な表情を浮かべていた。
「どうしたんですか、バッカスさん?」
「いやなに、大したことではないのだがのぅ……。一つ頼みたいことがあるんじゃ」
「頼みたいこと……?」
いったいなんだろうか。
「お前さんの中には、とんでもなく強い霊核が眠っている。……そうじゃな?」
「そう、ですね……。俺の知る限り、アイツより強い剣士はいません。あれは文字通りの『化物』です」
野蛮で暴力的、いろいろと無茶苦茶な奴だが……その力は圧倒的だ。
真っ向勝負でゼオンが負ける姿は、正直想像すらできない。
「ほぅ、そうか……。そんなに強いのか……」
バッカスさんはしみじみとそう呟き、何故か嬉しそうに笑った。
そして次の瞬間、
「――なぁ、アレンよ。その化物と戦わせてはくれんかのぅ?」
彼は信じられない願いを口にしたのだった