桜の国チェリンと七聖剣【三十五】
神速の抜刀術、桜華一刀流雷桜。
それを実演してくれたバッカスさんは、抜き身の太刀をゆっくりと鞘へ収めていく。
(……綺麗だ)
雷のような激しい一閃の後に続く、清流のせせらぎの如き穏やかな納刀。
思わず見惚れてしまうほど、美しく気高い残心だ。
「――これが桜華一刀流における基本的な抜刀術、雷桜じゃ。さぁ、やってみるがいい」
彼はそう言って、真剣な眼差しをこちらへ向けた。
(よし、やるか……!)
俺は大きく息を吐き出し、精神を集中させていく。
(――ポイントは抜刀の角度・腕のしなり・手首のスナップだ)
先ほど掴んだいくつもの手掛かり。
それらを一つ一つ丁寧に反芻し、自分の剣術へ落とし込んでいく。
そうして動きのイメージがしっかりと固まったところで、一気に剣を抜き放つ。
「桜華一刀流――雷桜ッ!」
その瞬間、まるで雷鳴の如き一閃が左から右へ駆け抜けた。
「や、やった……!」
さすがにまだ本家本元の、バッカスさんの雷桜には及ばない。
しかし、今の居合斬りには、それに迫る確かな『圧』があった。
「ほぅ……。たった一度見ただけで、ここまで『真』に迫ってくるとはのぅ。速度は少し物足りんが……悪くない! 小僧、中々やるではないか!」
彼は「ばらららら!」と豪快に笑い、俺の背中をバシンと叩く。
「あ、ありがとうございます……!」
嬉しかった。
自分の剣術が誰かに認められたことが、ただただ嬉しかった。
十数億年と重ねた努力。
それが報われたような気がして、胸の奥から熱い思いが込み上げてくる。
しかも、俺の斬撃を褒めてくれたのは――かつて『世界最強の剣士』とまで言われた、あの桜華一刀流の十六代目正統継承者バッカス=バレンシアだ。
(よし、よしよしよし……っ! 俺はまだまだもっと……強くなれるんだ……!)
確かな『成長の実感』を得た俺が、一人で気持ちを高ぶらせていると――背中のあたりに、なんとも言えない視線を感じた。
(……なんだ?)
不審に思ってゆっくり振り返るとそこには、
「「「「「……」」」」」
どこか呆然とした表情でこちらを見つめる、リアたちの姿があった。
その視線に気付いたのは、俺だけじゃない。
「……ぬぅ、どうしたのじゃ。何故、剣を振るわん? もしや……うっかり見逃してしまったのか?」
バッカスさんが首を傾げれば、
「す、すみません……。もう一度、もっとゆっくり見せてもらえませんか?」
リアは申し訳なさそうにそんな願いを口にした。
「よかろう。今度は見逃すことのなきよう、しっかりと目を開いておくのじゃぞ?」
彼は特に気分を害することなく、再び重心を落とす。
すると次の瞬間、
「桜華一刀流――雷桜」
先ほどより、わずかに速度を落とした一閃が空を駆けた。
「ほれ、こんな感じじゃ。さぁ、やってみるがいい」
実演を終えたバッカスさんがそう促せば――リアたちは円になって、何やら相談を始めた。
「「……?」」
その不思議な行動を目にした俺たちは、顔を見合わせて小首を傾げる。
それからおよそ一分後。
全員を代表して、ローズが一歩前に出た。
「お爺さま……。私たちのような『普通の人間』に、あなたの雷桜は見えません。当然ながら、見えないものを学ぶことは不可能です。『人外』を基準にして、修業されても困りますよ……」
彼女が呆れたようにそう言うと、リアたちは一斉にコクリと頷いたのだった。