桜の国チェリンと七聖剣【三十四】
バッカスさんと別れた後は、アークストリア家の別荘で体を休めた。
そしてその翌日――俺たちは簡単な朝食を囲み、午前中はそれぞれ軽く汗を流す。
当然ながら、桜の国チェリンの観光は一旦打ち止めだ。
桜華一刀流を学べるまたとないこの機会、剣士として見過ごすことはできない。
これは全員の共通認識だった。
時刻は十一時三十分、予定の時間まで後三十分だ。
「――さて、みんな準備はいいかしら? 忘れ物はない?」
会長はそう言って、別荘の玄関先に集まった俺たちへ視線を送る。
「もちろん、ばっちりだぜ!」
「タオルに着替え、飲み物に救急箱……完璧なんですけど!」
リリム先輩とフェリス先輩はオーケーサインを出し、
「はい、私も大丈夫です」
「こちらも問題ない」
リアとローズもコクリと頷いた。
みんなのモチベーションはかつてないほどに高く、とてもいい空気が流れている。
「アレンくんは、もう行けそう?」
「はい、いつでも大丈夫です」
「それじゃ、早速行きましょうか!」
そうして俺たちは飛空機に乗って、億年桜の裏に位置する孤島へ向かったのだった。
■
上空からバッカスさんの姿を発見した俺たちは、そのすぐ近くへ着陸した。
その後、ちょっとした挨拶を交わしたところで、
「なるほど、それが『ヒクウキ』なるカラクリか……。なんとも言えぬ、面妖な形をしておるのぅ。こんな小こい鉄の塊が空を飛ぶとは、全くわからん世の中になったもんじゃ……」
機械に明るくない彼は、まじまじと飛空機を見つめながらそう呟いた。
「っと、まぁそんなことはどうでもよいか。――さて、それでは早速修業を始めようかのぅ!」
「「「「「はいっ!」」」」」
それから俺たちは手荷物を木陰に置き、バッカスさんのもとへ集合した。
「よし。それではまず、桜華一刀流のなんたるかを簡単に説明しようかのぅ」
彼は真っ白になった髭をいじりながら、ゆっくりと話を進める。
「桜華一刀流は、決して複雑怪奇な剣術ではない。むしろその逆、これ以上ないほど単純明快な『実戦の剣』じゃ。徹底した基礎、効率化された体捌き、一分の無駄もない力の伝達――それらが寄り集まり、『世界最強の剣』を為しているというわけじゃ!」
彼は誇らしげにそう語り、ゴキゴキと首を鳴らした。
(なるほど、そう言われれば確かに……)
ローズの剣には、全くと言っていいほど無駄がない。
基本に忠実な斬撃・防御術・回避。
驚くほどに精密な体捌き。
どこまでも効率化された剣には、あの細身からは考えられない『重み』が載っている。
「まぁこういうのは、『習うより慣れろ』じゃ。これより儂がゆっくりと手本を見せる。お前さんらは、その動きを真似てみよ」
バッカスさんはそう言って、左腰に差した太刀へ手を伸ばし――重心をわずかに下へ落とした。
次の瞬間、
「桜華一刀流――雷桜」
まるで雷鳴の如き一閃が空を駆けた。
「「「「「……っ!?」」」」」
そのあまりの剣速に、俺たちは言葉を失う。
そんな中、
「……さすがだ」
バッカスさんの技量をよく知るローズは、しみじみとそう呟いた。
(昨日の戦いでも見たけど、やっぱりとんでもなく速いな……っ)
今のは間違いなく、これまで見てきた中でも最速の抜刀術だ。
(でも、なるほどな……。今ので『雷桜の術理』は、掴めてきたぞ……!)
バッカスさんは鞘を水平に構えることで、抜刀の際に受ける重力抵抗を減少させていた。
そしてまるで鞭のように腕をしならせ、恐ろしいほどの加速を『鞘の中』で生み出し――さらには手首をスナップさせることで、『最後の加速』を付けている。
(これが流派の技、か……)
恐ろしく正確な体重移動に無駄のない動き。
その上に載せられた、息を呑むような工夫と技術。
それがあの『神速の抜刀術』を可能にしているのだ。
(凄い、凄いぞ……っ。今掴んだ術理を応用すれば、七の太刀『瞬閃』はもっともっと速くなる……!)
修業開始早々とてつもなく大きな『手掛かり』を掴んだ俺は、心を熱く滾らせながら、グッと拳を握り締めたのだった。