桜の国チェリンと七聖剣【三十三】
バッカスさんから信じられない申し出を受けた俺は、一瞬言葉を失ってしまった。
「お、俺なんかがあの桜華一刀流を……っ。ほ、本当にいいんですか!?」
「あぁ、もちろんだ。どこぞの三流剣士に教えてやる気はないが……。小僧の『力』には、儂も少しばかり興味があってのぅ。今回は『特例』というやつじゃ」
彼はそう言って、武骨な顔でニッと笑う。
「あ、ありがとうございます……っ。ぜひお願いします……!」
桜華一刀流――剣士ならば誰しも一度は耳にする、名門中の名門流派だ。
(やった、やったぞ……! どこの流派にも入れてもらえなかった俺が、まさかあの桜華一刀流を学べるなんて……っ!)
そうして突然舞い降りた幸運に身を震わせていると、
「――ば、バッカスのおっさん! 私にも桜華一刀流を教えてくれないか!?」
「わ、私にも教えてほしいんですけど……!」
リリム先輩とフェリス先輩は、前のめりになって食い付いた。
無理もない話だ。
桜華一刀流は、世界に名を馳せる超名門流派。
それを学べる可能性が目の前に転がっているとなれば、誰だって必死になるだろう。
「こらリリム、フェリス。桜華一刀流は『一子相伝の秘剣』なの。アレンくんは特例って、さっきバッカスさんが言っていたでしょ?」
会長はすぐにそうたしなめたが、
「――ばらららら、よかろう! 学びたいというのならば、教えてやろうではないか!」
彼は上機嫌に笑い、二人の願いを快諾した。
「い、いいんですか!?」
「ぃよっしゃー! さすがはバッカスのおっさん、太っ腹だぜ!」
「ガタイの大きさは、心の大きさなんですけど……!」
会長は驚愕に目を見開き、リリム先輩とフェリス先輩はバッカスさんとハイタッチを交わす。
その様子を傍から見ていたリアと会長は、
「あ、あの……っ。もしよかったら、私にも桜華一刀流を教えていただけないでしょうか……!?」
「わ、私も……お願いできませんか……?」
恐る恐ると言った様子でそう問い掛けた。
すると、
「もちろんじゃ! お前さんらはローズの大事な友達、その願いを無下にはできんからのぅ。それに何より……こんなべっぴんに頼み込まれたら、男として断れんわぃ!」
彼は鼻の下を伸ばしながら、「ばらららら!」と豪快に笑った。
(あ、あはは……。酒好きに女好き、か……)
どうやらバッカスさんは、かなり欲望に忠実な性質のようだ。
「はぁ……。全く、お爺さまは相変わらずですね……」
『アルバムショック』から立ち直り、冷静さを取り戻したローズは大きなため息をこぼす。
「ばらら! そう大きなため息をつくでない! どのみち『真の桜』を『接』げるのは、世界でお前だけじゃからのぅ」
バッカスさんはそう言って、彼女の頭にポンと右手を乗せた。
(真の桜……?)
聞き慣れない言葉にちょっとした『引っ掛かり』を覚えていると、ローズがゴホンと咳払いをした。
「悪いが、あまり期待しないでくれると助かる。お爺さまの教え方は、はっきり言って壊滅的だからな……。それに何より――桜華一刀流の神髄は、決して学ぶものではない」
……学ぶものではない?
彼女がそんな気になることを口にした瞬間、バッカスさんはパンと手を打ち鳴らした。
「――さて、今日はもう遅い。そろそろお開きといこうかのぅ」
彼はそう言って、チラリと時計を見た。
時刻は二十時、外はもうすっかり真っ暗だ。
「ところでお前さんら、寝床は大丈夫なのか? もしなんだったら、ここへ泊っていってもよいぞ?」
バッカスさんは気を利かせて、そう声を掛けてくれた。
「お気遣いありがとうございます。ですが、もうこの国には私の別荘がございますので、今日はそこで体を休めようと思います」
会長がそうして丁寧にお断りをすれば、
「そうか、それならばよい」
彼は安心したように優しく微笑む。
「――さて修業は明日の正午より、億年桜の裏にある無人島で行おう。あそこならば、誰の邪魔も入らんからのぅ。修業が終われば、その足で湯屋へ行って疲れと汗を流す。着替えやバスタオルを用意しておくといいじゃろう」
「「「「「はい!」」」」」
「ばらららら! これは明日が楽しみじゃのぅ!」
そうして修業の日時と場所が決まったところで、俺たちはバッカスさんの自宅を後にした。
(明日……っ。俺はやっと流派を……あの桜華一刀流を学べるんだ……っ!)
俺は胸の奥から湧き上がってくる興奮を必死に抑え付けながら、飛空機に乗ってアークストリア家の別荘へ帰ったのだった。
本日はついに『一億年ボタン』の発売日!
Twitterなどで数々の購入報告を確認するたび、「ありがとうございます……!」と感謝の念を送っております!
そしてなんと私が足を運んだ大きな書店さんでも、たくさんの人が買ってくれていました……! 本当に本当にありがとうございます!




