桜の国チェリンと七聖剣【三十二】
顔を真っ赤に染めたローズは、息を荒くしてバッカスさんに詰め寄る。
「お爺さま……! 何故、私のアルバムを持ち出しているんだ!?」
「――逆に問おう。可愛い孫娘を自慢するのに、理由など必要か?」
彼は全く悪びれることなく、開き直ってみせた。
「わけのわからないことを言って、誤魔化さないでくれ! とにかく、それは没収だ!」
彼女がそう言って手を伸ばせば、
「おっと、そう簡単には渡せんのぅ!」
バッカスさんは手を高く上げ、写真の収まったアルバムをひょいっと頭上へ掲げた。
「くっ、この! ……早く、返せ!」
ローズは目にも留まらぬ俊敏な動きで、必死にアルバムの奪還を試みるが、
「ばらららら! そんな調子では、百年あっても届かんぞ?」
二人の身長差は大きい。それに何より、身体能力の差は歴然だった。
「くそっ、相変わらず無駄に素早い……っ」
「ほれほれ、爺ちゃんにお前の成長した姿を見せてくれんか?」
「……いいだろう。望むところだ……!」
バッカスさんの挑発を受けた彼女は額に青筋を浮かべ、本気で奪いに掛かった。
しかし、
「ばらららら! まだまだ青いのぅ!」
「く、そ……っ」
彼はまるで子どもをあやすようにして、襲い掛かるローズを軽くあしらった。
「ふふっ、本当に仲良しさんなのねぇ……」
「しかし、二人とも速いな……! さすがは桜華一刀流の正統継承者たちだ!」
「尋常じゃない体捌きなんですけど……」
会長たちはそう言って、三者三様の感想を漏らした。
その数分後、
「むぅ、仕方がないのぅ……。可愛い孫娘にここまで請われては、爺ちゃんとして返さざるを得んわ……」
根負けしたバッカスさんは、諦めてアルバムを手渡した。
「はぁはぁ……っ。ま、全く……今度また同じことをしたら、絶対に許さないからな……!」
ローズは肩で息をしながら、戸棚の奥底へアルバムを封印した。
「随分と手厳しいのぅ……。昔は『お爺ちゃんお爺ちゃん!』と言うて、カモの子どものように慕ってくれたというのに……」
「う、うるさい! 昔は昔、今は今だ!」
新たなこぼれ話を暴露された彼女は、顔を赤くしてそう反論した。
(あはは。なんか、こういうのっていいな……)
家族で冗談のようなやり取りをして、本気でじゃれ合って――最後にはちゃんと丸く収まる。
お互いの間に、確固たる信頼関係があってこそできることだ。
なんだか、とても穏やかな気持ちになった。
それに――怒りで敬語の取れたローズは、年相応の女の子のようでとても可愛らしい。
俺がぼんやりそんなことを思っていると、
「アレン、その……っ。変な写真とか、なかったか……?」
彼女は伏し目がちになりながら、そんな問いを投げ掛ける。
「あぁ、大丈夫だよ。どれも可愛いらしいものばかりだったぞ?」
「そ、そうか……! よかった……っ」
彼女はホッと安堵の息をつき、この一件については丸く収まったのだった。
それから俺たちは、机の上にズラリと並んだ『お酒のおつまみ』をごちそうになる。
枝豆・焼き鳥・から揚げといった定番のものから、あん肝・からすみ・このわたといった珍味まで――多種多様なおつまみに舌鼓を打った。
「な、なんかちょっとだけ……。お酒が飲みたくなってきたかも……っ」
「リア、それは大人になってからにしような?」
「え、えぇ! も、もちろんよ……っ」
口ではそう言っていたものの、彼女はどこか物欲しそうな表情を浮かべていた。
(もしかしたらリアは、将来お酒飲みになってしまうかもしれないな……)
俺はそんな一抹の不安を抱きながら、ローズのいれてくれた温かいお茶をすする。
そうしてみんなでおつまみを食べている間、バッカスさんはいろいろな話を語ってくれた。
百五十年ほど前に引き分けた、氷を操る巨大な狼との激闘。
かつて共に旅をした、旧友との笑い話。
彼がよく湯治に使っているという、桜の国チェリンの隠れた名湯『桜の雫』。
豪快な語り口と身振り手振りを交えたその話は、どれも本当におもしろくて為になるものばかりだった。
その後、おつまみもなくなり、話もひと段落したところで、
「――ときに小僧。アレン=ロードルと言うたな?」
「は、はい」
バッカスさんは神妙な面持ちで、俺の名を呼んだ。
「先に剣を交えた折、随分と面妖な技を使っておったが……師は誰じゃ? なんという流派に所属しておる?」
「……っ」
そこについては、正直あまり触れられたくなかった。
無所属だと公表することはすなわち――自分で「落第剣士です」と名乗るようなものだからだ。
しかし、ここでそれを隠せば、かえって気にしているみたいでかっこ悪い。
だから俺は、ありのままの事実を口にすることにした。
「え、えーっと……実はですね……。いろいろな流派の先生に『入門させてください』と頼み込んだんですが……。あまりに剣術の才能がなさ過ぎて、どこにも入れてもらえませんでした……。ですから、俺は『我流の剣士』です」
「ほぉ……才能がない、のぅ」
彼は一言そう呟き、ジッとこちらを見つめた。
(あの時の仙人が無才の剣士へ声を掛け、そのうえ希少な一億年ボタンを連打させた? ……ありえんじゃろ。奴の目的と合致しておらん……。先の立ち合いで見せた『闇』といい、やはりこの小僧には何か『大きな裏』があるのぅ……)
バッカスさんはそのまましばらく黙り込み、
「なるほどのぅ、一応の事情はわかった……」
あまり納得していない様子で何度か頷いた。
「我流とは言え、小僧はもはやこの儂と斬り結べるほどの剣術を身に付けておる。今更どこぞの流派をかじったとて、なんの足しにもならんじゃろうな」
バッカスさんはそう言って、
「しからばどうじゃ、世界最強と謳われた我が秘剣『桜華一刀流』――学んでみる気はないか?」
とんでもない提案を持ち出したのだった。
いよいよ明日は、『一億年ボタン』第1巻の発売日!
そして昨日告知させていただいた通り、『発売前夜祭』を開催します!
その内容は――本日の19時から25時という短い時間に限り、これまで閉ざされてきた『感想欄』を開放します! 可能な限り『感想返し』もしていこうと思うので、これまでの物語や書籍版第1巻についてなど、ぜひお気軽に書き込んでいただければ幸いです!
(4~5件ほど感想をいただければ嬉しいなぁ……とか、思ったりしています(強欲))
■2019年10月18日19:00-25:00の間、『感想欄』・『レビュー欄』を期間限定開放。
■2019年10月18日25:00『感想欄』・『レビュー欄』を閉鎖。
追記)ほんの短い時間で、なんと『100』件を超える信じられない数の感想をいただきました!
予想の約『25倍』という、とんでもない結果です!
感想を書いてくださった読者のみなさま、ありがとうございます! これから一件一件、全ての感想に『感想返し』を実施させていただきます!
また2件の素晴らしいレビューまでいただいてしまいました! 本当にありがとうございます!
わずか数時間で100件以上の感想いだだける作品は、ほんのごく一握りです。
『一億年ボタン』が毎日どれだけ多くの読者様に読まれているのか、再認識することができました!
大好評のうちに終わった『感想欄・レビュー欄の期間限定開放』、またいつの日か実施できればと思います!




