桜の国チェリンと七聖剣【二十九】
突如強烈な殺気を浴びせ掛けられた俺は、
「――誰だ!?」
即座に漆黒の衣を展開し、素早く周囲を警戒した。
しかし、誰かが襲ってくる気配は全くない。
それどころか、あのおぞましい殺気は途端に鳴りを潜めてしまった。
(……いったい、今のはなんだったんだ?)
憎悪と憤怒にまみれた暗い感情の塊。
あれほど強い『負の感情』に触れたのは、随分と久しぶりだ。
(まさか、またドドリエルの奴か? ……いや、違うな)
あいつの殺気とは、また少し毛色が異なる。
俺がそんなことを考えていると、
「いきなりどうしたの、アレン!?」
「何があった?」
リアとローズは素早く剣を抜き放ち、警戒の糸を周囲に張り巡らせた。
「もしかして、黒の組織!?」
「アレンくん、敵の気配を感じ取ったのか!?」
「でも、どこにも姿が見えないんですけど……?」
会長たちは背中合わせになりながら、素早く全方位を警戒した。
この反応を見る限り、どうやら今の殺気は俺だけに向けられたものらしい。
(なるほど、今回の標的は『俺一人』というわけか……)
そうして大方の状況を把握した俺は、
「驚かせてすみません。何者かが強烈な殺気を放ってきたので、少し身構えてしまったんですよ」
剣をゆっくり鞘に収め、闇の衣を消し去った。
「……殺気?」
「全く何も感じなかったぞ?」
リアとローズは不思議そうに小首を傾げる。
「ほんの一瞬、俺だけに放たれた殺気だ。多分、相当な手練れだよ」
まず間違いなく、俺たちやバッカスさん以外の何者かがこの無人島に――桜の国チェリンに潜んでいる。
(これはまた面倒なことになりそうだな……)
あの背筋が凍るような殺気。
ここまで一切尾行を悟らせなかった体捌き。
かなり腕利きの剣士と見て、間違いないだろう。
(黒の組織か、魔族か。はたまたもっと別の何者かか……)
どこぞの誰かは不明だが、俺の命を狙っているようだ。
(少し気を張らないといけないな……)
当然ながら、こんなところで死んでやるわけにはいかない。
俺にはやらなければならないことが、まだまだたくさん残されているんだ。
聖騎士のように安定的な給金のもらえる仕事に就いて、ゴザ村で暮らす母さんに楽な生活をさせてあげたい。
十数億年と磨き続けたこの剣術が、どこまでのものになるのか見届けたい。
そしていつの日か――この胸に秘めた想いをリアへ伝えたい。
(そのためにも、警戒を怠らないようにしないとな……!)
そんな風に俺が気を引き締めていると、
「わざわざあのアレンを狙うということは、きっと『勝てる自信』があったのよね?」
「常識的に考えればそうなるが……。アレンに勝てる剣士など、世界中を探しても早々いるものではないぞ?」
リアとローズは真剣な表情で、そんな話を交わしていた。
すると、
「ほとんど情報がない現状、敵を予測することは難しいわ。それに――たとえどんな相手だろうと、アレンくんは絶対に負けないわよ。……ね?」
会長はそう言って、可愛らしく小首を傾げた。
その瞳には強い信頼の色が浮かんでおり、なんというか……こそばゆい気持ちにさせられた。
「あ、あはは……。一応頑張ってみますね」
俺が苦笑いを浮かべながら控え目に返事をすれば、
「ふふっ、あなたらしい答えね」
彼女はクスリと笑って、柔らかく微笑んだ。
そうして一度は暗くなった雰囲気が明るくなったところで、
「さて――あまりバッカスさんを待たせるわけにもいかないし、早いところ飛空機を回収しに行きましょう!」
会長は努めて明るく、前向きな提案を口にした。
その後、俺たちは手早く飛空機を回収し、彼の家へ向かって飛び立った。
『一億年ボタン』第1巻の発売まで、後4日!




