桜の国チェリンと七聖剣【二十八】
バッカスさんと別れた後、
「――アレン、祖父が迷惑を掛けてしまった。本当に申し訳ない」
ローズはそう言って、頭を下げた。
「ただ、誤解しないでくれると嬉しい……。いろいろと無茶苦茶なところはあるが、決して悪い人ではないんだ」
彼女は真剣な表情でそう語る。
(……お爺さんのことを大切に思っているんだな)
どうやら、家族関係はとても良好らしい。
「あぁ、気にしないでくれ。いきなり斬り掛かって来たときは、ちょっとビックリしたけど……。俺もいい経験になったからさ」
桜華一刀流、十六代目正統継承者バッカス=バレンシア。
あれほどの剣士と手合わせができたんだ。
むしろ、運がよかったと捉えていいだろう。
「ありがとう。そう言ってくれると助かる」
ローズはホッと一息をつき、柔らかく微笑んだ。
「それにしても、バッカスさんは本当に元気だな……。今何歳ぐらいなんだ?」
真っ白に染まった髪と眉と髭。
彫の深い顔に刻まれた大きな皴。
(そこだけに注目すれば、かなり年を重ねているように見えるんだけど……)
瑞々しい肌。
生命力に満ちた鋼の如き筋肉。
正直、外見からは全く年齢が掴めない。
「お爺さまは曾々々々々祖父だから……。いや、曾々々々々々祖父だったか……? まぁとにかく、若くても二百歳は越えているはずだ」
「「「「「に、二百歳!?」」」」」
あまりに衝撃的な発言を受けた俺たちは、思わず声を上げてしまった。
「あぁ、私の一族は代々長寿なんだよ」
「ちょ、長寿って……」
さすがに二百歳というのは、人間の限界をぶっちぎっていると思うんだが……。
そうして俺たちが唖然としていると、
「ね、ねぇ、ローズ。さっきからずっと気になっていたんだけど、あの人が『世界最強』っていうのは本当なの?」
リアがとてもいい質問を口にした。
それはちょうど俺も気になっていたところだ。
「事実だ。かつてお爺さまは、確かにそう呼ばれていた。そして実際、とてつもなく強かった。まさに『一騎当千』、人の域を越えた絶対的な力を誇っていた。彼が負けるところなど、想像さえできない」
そう語ったローズの目には、憧憬の灯が宿っていた。
バッカスさんが世界最強の剣士だと、信じて疑っていないようだ。
「――しかし、それは今や昔の話だ。現在はもう全盛期の半分の力さえ、残されていないだろう」
「そ、そうなのか?」
ついさっき剣を交えたばかりだが、とてもそんな風には思えなかった。
「……お爺さまは不治の病に罹っている。外見上はわからないが、内臓はもうボロボロだ。本来ならば、まともに立てる体ではない。十年前には、かかりつけの医者から『余命半年だ』と宣告されている」
「……『十年前』に『余命半年』?」
その発言は、明らかに矛盾していた。
「すまない、今の発言には少し語弊があるな。普通の人間ならば、余命半年ということだ。しかし、お爺さまには強靭な精神力、そして何より――彼を最強の剣士たらしめた『無敵の魂装』がある。この二つによって、なんとか日常生活を送っている」
(……無敵の魂装、か)
あのローズがそこまで言うんだ。
きっととんでもない代物なのだろう。
(不治の病に侵された体を支える能力……強化系統、いや回復系統か? でもさっきは、木を生み出して橋を架けたんだよな……。本当にいったいどんな能力なんだ……?)
そんな風に思考を巡らせていると、
「――きゃっ!?」
隣を歩いていた会長が、木の根に蹴躓いてしまった。
俺は前のめりになった彼女の手を引き、その体を素早く抱き寄せる。
「っと。大丈夫ですか、会長?」
「あ、ありがと……っ」
彼女はほんのりと頬を赤くしながら、胸の中でポツリとそう呟く。
すると次の瞬間、
(なん、だ……これは……っ!?)
憎悪と憤怒に満ちた尋常ならざる殺気が、俺の全身を貫いた。
『一億年ボタン』第1巻の発売まで、後5日!
5日後の10月19日には、全国の書店さんに一億年ボタンがズラリと並ぶ……。
そう考えると、心臓がドキドキしてしまいますね……っ。




