桜の国チェリンと七聖剣【二十六】
バッカスさんの衝撃的な発言を受けた俺は、思わず息を呑んだ。
(ど、どういうことだ………!?)
『一億年ボタン』は、極一部の者だけが知る極秘事項のはずだ。
それなのに……いったいどうして、彼がそのことを知っているんだろうか。
(もしかして、バッカスさんも超越者なのか?)
人の域を越えた身体能力、研ぎ澄まされた極限の剣術。
可能性としては、十分に考えられる話だ。
(相手はローズのお爺さんだし、言ってしまっても大丈夫か……? いやでも、レイア先生は「他言無用だ」と言っていたんだよな……)
そんな風に頭を悩ませていると、
「なるほどのぅ、今の反応でよくわかったわ。小僧が一億年ボタンの呪いを乗り越えた超越者であること、そして――何者かによって口止めが為されていることがな」
彼は小さな声で、はっきりとそう言い切った。
ここまで正確に言い当てられては、もはや誤魔化し切れない。
「……はい、その通りです」
「まぁ、そうじゃろうな。小僧の手は、あまりに仕上がり過ぎておる。十や二十と年を重ねた程度では、ここまで立派な『剣士の手』にはならん。となれば、可能性は一つ。時の仙人が作り出す『一億年ボタン』を使ったに違いない」
バッカスさんは自分の考えをつらつらと述べた後、その迫力のある顔をグィッと近付けてきた。
「――それで小僧。貴様はあの地獄のような世界で、いったいどのぐらい剣を振っておったのだ? 『五百』か『千』か? もしや『一万』の大台を超えたか?」
「そうですね……。あまり正確には覚えていないんですが、だいたい十数億年ぐらいでしょうか」
俺が正直にそう答えれば、
「じゅ、『十数億』……だと……!? まさか、何度も押したのか……アレを!?」
彼は目を白黒とさせながら、信じられないといった風に首を横へ振った。
「え、えぇ、まぁ一応……」
途中何度か正気を失いかけたが……。
それでも俺は、我武者羅に剣を振り続け――ついには『時の牢獄』を斬り裂いた。
「ば、ばらららら! まさかあの一億年ボタンを連打しおるとは……想像以上じゃ! 十数億年と愚直に剣を振るった、その鋼の如き精神力――まさしく天晴というほかあるまい! 道理でそんな化物を宿したまま、理性を保てているわけだ!」
「あ、ありがとうございます……?」
どういうわけか、手放しで褒められてしまった。
「だが、十数億年と剣を振った割には……ちと成長が物足りんのぅ……」
バッカスさんは品定めをするように、鋭い視線を向けてきた。
「あ、あはは……っ。なんというか、その……。俺には全く才能がないので、多分それが原因ですね……」
俺には『剣術の才』がなかった――いっそ、自分でも情けなくなるほどに。
(……今だってそうだ)
十数億年という途方もない時間。
それを全て修業に充てて、なんとか周囲の『天才』たちと肩を並べているだけに過ぎない。
そうしてがっくりと肩を落とせば、
「いいや、それは違うな。むしろ剣の筋は悪くない。ただ儂の目には――小僧の成長を阻害するナニカが、体の奥深くで蠢いているように見えるのじゃが……。むぅ、気のせい、か……?」
バッカスさんは俺の胸あたりをジッと見つめ、ブツブツと何事かを呟いた。
「……まぁ、いいじゃろう。一応念のため、儂からも重ねて注意しておこう。一億年ボタンについては、あまり他言せん方がよい。血眼になって超越者を――時の仙人を探している奴等がおるからのぅ」
「ご忠告ありがとうございます」
やはり一億年ボタンは、大っぴらにしてはいけないものらしい。
「ところでバッカスさんの方は――」
そうして今度は俺から質問をしようとしたそのとき、
「――全く、男同士いつまで手を握り合っているんですか?」
どこか呆れた様子のローズが、ため息まじりにそう呟いた。
言われてみれば、確かにみんなを置いてけぼりにしたまま、随分と話し込んでしまっている。
「ばらららら! すまんすまん、あまりにも小僧がいい手をしておったものでな!」
大きな笑い声を上げたバッカスさんは、
「――して、そこのお前さんらもローズの友達か?」
余計な詮索を避けるためか、素早くリアたちの方へ話を向けた。
「は、はい。リア=ヴェステリアと申します」
「シィ=アークストリアです。千刃学院では、ローズさんと仲良くさせていただいております」
「リリム=ツオリーネだ。よろしくお願いするぜ!」
「フェリス=マグダロート。よろしくなんですけど」
リアたちは丁寧に自己紹介をしていく。
「うむ、リアにシィ、リリムにフェリスだな……よしよし覚えたぞ。さて大事な孫娘の友達とあらば、もてなさんわけにはいかんな。ここは一つ儂の家へ案内しよう! さぁ、付いて来るがいい! ……といっても、何もないところだがな!」
陽気な彼は「ばらららら!」と楽し気に笑い、大股で歩き始めた。
(また後で、詳しい話をしないとな……)
これまでずっと謎に包まれてきた、一億年ボタンと時の仙人。
もしかするとバッカスさんは、俺が知っている以上の『ナニカ』を知っているのかもしれない。
『一億年ボタン』書籍版第1巻の発売日まで、ついに後『一週間』となりました!




