桜の国チェリンと七聖剣【二十五】
俺が丁寧に自己紹介をすれば、
「儂はバッカス=バレンシア。桜華一刀流、十六代目正統継承者にして『世界最強の剣士』だ! よろしく頼むぞ、アレンよ」
彼は大きな声でそう名乗り、その巌のような右手を差し出した。
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
俺はその手をギュッと握り、しっかりと握手を交わす。
バッカス=バレンシア。
外見年齢は五十半ばぐらいだろうか。
彫の深い顔には大きな皴が刻まれ、煌々と輝く真紅の瞳はローズと瓜二つだった。
二メートルを超える巨躯に鋼のような筋肉。
オールバックにされた短い白髪。
口の周りには、綺麗に整えられた白い髭が存在感を主張している。
特に印象的だったのは、左胸に浮かび上がった黒い『桜の紋様』だ。
上は桜吹雪のあしらわれた、丈の長い白地の羽織のみを纏い、下はシンプルな黒いズボンを穿いている。
腰に差された大きな太刀からは、大きな圧迫感が発せられていた。
(しかし、それにしても硬い手だな……)
これまで握ったどんな人よりも、ゴツクて分厚くて力強い。
(きっととんでもなく長い時間、ただひたすら剣術と向き合ってきたんだろうな……)
俺がそんなことを思っていると、
「馬鹿な、あり得ん……っ」
バッカスさんは険しい表情でそう呟く。
「ど、どうかしましたか……?」
「小僧、この手……。いったい何年剣を振り続けた?」
突如投げ掛けられた鋭い質問に対し、
「え、えーっと……だいたい十年ぐらいですかね」
俺は曖昧な答えを返した。
実際は十数億年と十年だけど、そこは伏せなければならない。
「ばらら、とぼけても無駄だぞ? 凡百のボンクラはごまかせても、この儂を相手にそうはいかん。見る者が見ればわかる――貴様のこの手には、歴年の重みが載っておる!」
バッカスさんは、かつてローズが剣武祭で口にしたのとほぼ同じ言葉で迫ってきた。
(……困ったな)
レイア先生からは「一億年ボタンと時の仙人について、一切他言しないように」と言われているし……。
第一あんな荒唐無稽な話をしても、きっと信じてもらえないだろう。
(さて、どうやってバッカスさんの追及を切り抜けようか……)
そんな風に頭を悩ませていると、
「小僧、もしや貴様……『一億年ボタン』の呪いを打ち破った『超越者』ではないか?」
「……っ!?」
彼はその紅い瞳を細く尖らせながら、とんでもないことを口にしたのだった。




