桜の国チェリンと七聖剣【二十三】
億年桜の裏に位置する小さな孤島。
そこは自然豊かで、とても空気の綺麗な島だった。
青々とした木々。
人っ子一人いない広大な草原。
そのうえ適度な空き地まであって、秘密の遊び場としてはこれ以上ないだろう。
俺たちはそこでバドミントンやかくれんぼなど、いろいろな遊びを楽しんだ。
そして現在は、みんなで四枚のフリスビーを投げ合っていた。
「――行くわよ、アレン! それ!」
「そら、『連続攻撃』だ!」
リアとローズが同時にこちらへ投げれば、
「ふふっ、それなら私も……えぃ!」
「最後にもう一枚、オマケなんですけど……!」
会長とフェリス先輩は意地の悪い笑みを浮かべ、それに合わせてフリスビーを放った。
「ちょっと四枚は多くないですか!?」
俺はそうぼやきながらも、一枚二枚三枚と次々に捕らえていく。
(よし、これで最後の一枚……!)
そうして大きく右手を伸ばした次の瞬間、
「うぉ……!?」
元気のいい突風が吹き荒れ、フリスビーは遠くの方へ飛ばされてしまった。
「あはは、凄い風だったな。おかげで取りこぼしちゃったよ」
「ふふっ、そうね。でも気持ちのいい風だったわ!」
すっかりチェリンの陽気に当てられた俺とリアは、そんな風に楽しく笑い合う。
「さてと……。それじゃちょっと拾って来ますので、少しだけ待っていてください」
そうして俺は、飛ばされたフリスビーを回収しに向かったのだった。
■
そのまま少し歩けば、ちょうど海岸の近くでピンク色のフリスビーを見つけた。
そしてそのすぐ近くには――釣り人がいた。
(あれ、おかしいな……。会長やローズは『無人島』って言っていたはずなんだけど……?)
俺は少し不審に思いながらも、無造作に転がったフリスビーのもとへ足を進める。
(……でかいな)
遠目ではよくわからなかったけど、釣り人の体はとてつもなく大きかった。
まるでヒグマのような屈強な体格。
この世界で初めて、ポーラさんと見合うサイズの人間を見つけた。
(しかも、凄い筋肉だ……)
あれはただ膨らませただけの筋肉じゃない。
筋線維がギュッと密になった、鋼の如き力強さが遠目からでも十分伝わってくる。
それによくよく見れば、腰には太刀が差されていた。
ただの釣り人ではなく、厳しい修業を積んだ剣士のようだ。
(……釣りに集中しているみたいだし、気付かれないように回収しよう)
そうして俺が気配を殺し、忍び足でこっそり近付いたそのとき。
「――今日は釣れんなぁ……のぅ、小僧?」
彼はこちらに背中を向けたまま、そんな問いを投げ掛けてきた。
どうやら俺の存在に気付いていたようだ。
「え、えーっと……そんな日もあるんじゃないでしょうか?」
いきなり話を振られた俺は、当たり障りのない返答をする。
「まぁ、それもそうじゃのぅ……」
釣り人は地面に置かれた大きな酒瓶を一気に呷った。
「ぶはぁ……っ。ひっく……小僧、どうだお前も?」
彼はそう言って、こちらへグィッと酒瓶を差し出す。
「す、すみません。自分はまだ未成年ですので……」
「ばらららら! 若いのに堅苦しい男じゃ!」
いったい何がおかしいのか、彼は豪快な笑い声をあげた。
その頬は既に赤らんでおり、どこか目もとろんとしている。
視線を下に向ければ――その足元には、空になった酒瓶がいくつも転がっていた。
どうやら、既にかなり酔っ払っているようだ。
(面倒なことにならないうちに、早くみんなのところへ帰った方がよさそうだな……)
なんとなくだけど、この人は酒癖が悪そうな感じがする。
(『触らぬ神に祟りなし』――とにかく、関わらないようにしよう)
そう判断した俺は素早くフリスビーを回収し、彼に背を向けた。
すると次の瞬間、
「――なぁ小僧」
「は、はい……なんでしょ……うっ!?」
恐るべき速度の斬撃が空を駆け抜けた。
(なんて、鋭い一撃だ……!?)
俺は咄嗟に深くしゃがみ込み、なんとか横薙ぎの一閃を回避した。
「ほぉ、いい反応速度だ……!」
釣り人は凶悪な笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がる。
「い、いきなり何をするんですか!?」
俺がそう問いただせば、
「ばらららら! 一流の剣士と相見えたならば、己が剣術をぶつけたくなるのが『性』というものよ!」
彼は腰に差した太刀を抜き放ち、どこか見覚えのある構えを取った。
その瞬間、
「……っ!?」
身の毛もよだつような、とんでもない殺気が放たれた。
(な、なんなんだこの人は……!?)
一分の隙もない構え。
空間を侵食していくほどの濃密な殺気。
先ほど見せた恐るべき斬撃。
間違いなく、並一通りの剣士ではない。
(フリスビーを回収しに来ただけなのに、どうしてこんなことに……っ)
俺は警戒を一気に強め、すぐさま剣を引き抜いた。
「……」
「……」
お互いの視線が交錯し、重苦しい空気が流れ出す。
それから一分二分と経過したところで、謎の剣士はゆっくりと口を開いた。
「――小僧。貴様、『中』に化物を飼っておるな?」
「……っ!?」
初対面にもかかわらず、彼は一目でゼオンの脅威を見抜いた。
やはり、ただ者ではないようだ。
「ばらららら! そうかそうか、いや……けっこう! まさかこんな『上物』に出会えるとは、今日は運がいいのぅ!」
彼は上機嫌に笑い、太刀の切っ先をこちらへ突き付けた。
「――若き剣士よ、全力で掛かってくるがいい! さもなくばその首、もらい受けるぞ?」
「言われなくても、そうさせてもらうさ……っ!」
こうして俺は、突如遭遇した謎の剣士と戦うことになったのだった。




