桜の国チェリンと七聖剣【二十二】
俺は台車に乗せられた飛空機を持ち上げ、そっと地面へ降ろした。
(見た目よりずっと軽いな……)
一メートル四方ものサイズ感がありながら、総重量は十キロにも満たないだろう。
そうして試乗の準備が整ったところで、会長が説明を始めた。
「まず起動方法なんだけれど、機体中央部のハンドルを握って霊力を注ぎ込むの。そうすれば動力システムが作動して、飛空機はゆっくりと浮かび上がるわ」
彼女は話を続けていく。
「基本的な操作は、とても簡単よ。右へ重心を寄せれば右へ移動し、左へ寄せれば左へ移動するの。高度を上げたいときはハンドルを上へ引っ張って、下げたいときは下へグッと押し込む。加速したいときはたくさん霊力を注ぎ込んで、反対に減速したいときは霊力を絞ればいいわ」
「なるほど……」
体感的でとてもわかりやすい操作方法だ。
「さっ、アレンくん。早速だけど、お願いできるかしら?」
「えぇ、わかりました」
俺はつい先ほど降ろした飛空機へ乗り、ギュッとハンドルを握った。
すると、
「アレン、気を付けてね……?」
「もしこの機械が妙な挙動を見せたら、すぐに闇の衣を纏って脱出するんだぞ?」
リアとローズはそう言って、俺の身を案じてくれた。
「あぁ、ありがとな」
それから俺は大きく息を吐き出し、ゆっくりと霊力を込めていけば――両サイドで折りたたまれていた四枚の羽がピンと伸び、それらは高速で羽ばたき始める。
「お、おぉ……!」
その結果、飛空機はその場でフワリと浮かび上がった。
「ほ、本当に飛んでる……!」
「こ、これは驚いたな……っ」
リアとローズは驚愕に目を見開き、
「よし、ばっちり起動したわね!」
「か、かっこいいじゃないか……!」
「めちゃくちゃ未来的なんですけど……!」
会長は満足気に頷き、リリム先輩とフェリス先輩は鼻息を荒くした。
「――ねぇ、アレンくん。試しに空を飛び回ってみてもらえるかしら?」
「はい、わかりました」
会長の言葉を受けた俺は、先ほどあった説明の通りに飛空機を操作した。
(こ、これは凄いな……!)
右へ左へ、上へ下へ――急旋回まで思うがまま。
背中に羽が生えたのかと錯覚するほど、自由に空を飛び回ることができた。
本当にとんでもない機動力だ。
そうしてひとしきり空の旅を満喫した俺は、飛空機へ供給する霊力を徐々に絞っていき――ゆっくりと着陸することに成功した。
すると次の瞬間、
「わ、私も飛んでみたいわ!」
「これは凄い機械だな……!」
リアとローズは目を輝かせ、
「私の機体は……こいつだ!」
「早い者勝ちなんですけど!」
リリム先輩とフェリス先輩は、我先にと残りの飛空機へ乗り込んだ。
そんな慌ただしい様子を見た会長は、楽しげに微笑む。
「ふふっ。どれも性能は同じだし、ちゃんと全員分用意してあるから、そんなに慌てなくても大丈夫よ?」
その後、飛空機へ乗ったリアたちは次々に大空へ飛び上がっていった。
「す、凄い……まさに絶景ね!」
「空から見る億年桜は、また一段と綺麗だな……!」
リアとローズが空からの景色に感動する一方で、
「た、確かに凄い発明品なんだが……っ」
「思ったより、霊力の消耗が大きいんですけど……?」
リリム先輩とフェリス先輩は、苦々しい表情でそう訴えた。
「あっ、言われてみれば……。確かにけっこうな量が吸われていますね……」
「この消耗具合だと、もって三十分と言ったところだな……」
大きな感動から我に返った二人は、難しい表情でポツリと呟く。
「そう、その『燃費の悪さ』が問題点なのよねぇ……。聖騎士の参加した『性能試験』の結果では、平均飛行時間が十五分。最長でも二十分だったらしいわ」
会長はそう言って、大きなため息をついた。
(あれ、おかしいな……。霊力を消耗している感じは、全然しないんだけど……)
みんなの言う通り、確かに吸い取られているような感覚はあるが……。
それは本当にごくわずかなものだ。
実際、消耗していく量よりも自然に回復する量の方が遥かに多い。
おそらくこの感じだと、休みなく永遠に飛び続けられるだろう。
(もしかして、みんなの飛空機は不良品じゃないのか……?)
そう思った俺は、やんわりと疑問を投げ掛けることにした。
「あの、霊力の消耗についてはあまり気にならないんですけど……?」
すると、
「あー……。アレンくんは、霊力お化けだものね……」
「霊力だけならば、あの『黒拳』レイア=ラスノート以上らしいからな……」
「私たち『人間』の悩みは、あんまり理解できないと思うんですけど……?」
会長たちはそう言って、苦笑いを浮かべたのだった。
■
その後、俺たちは三分ほど飛空機の操作を練習した。
そうして全員が自由自在に空を飛べるようになったところで、会長は元気よく声をあげる。
「――さて! それじゃみんなの霊力が切れちゃう前に、早いところ目的地へ行きましょうか!」
こうして飛空機という移動手段を手に入れた俺たちは、億年桜の裏側にある小さな孤島へ向かったのだった。




