桜の国チェリンと七聖剣【二十一】
アークストリア家の使用人が運んできたものは、超小型飛翔滑空機――通称『飛空機』と呼ばれる機械だった。
それは尻尾のない蜻蛉のような形をしており、よく見れば両サイドには羽のようなものが折りたたまれていた。
「え、えーっと……。なんですか、その奇妙な機械は……?」
全員を代表して俺がそう質問をすれば、
「簡単に言うと消音性の高い、一人用の超小型飛行機よ!」
会長はそう言って、より詳しい説明を始めた。
「これは『剣士の移動手段』として、神聖ローネリア帝国が製造・量産したものなの。開発者は『魔具師』ロッド=ガーフ。外見・性別・年齢――全てが謎に包まれた帝国の超天才科学者よ」
「魔具師、ですか……」
そう言えば……。
(帝国へ乗り込んだあのとき、ザクがそんなことを口にしていたっけか……)
俺が二か月ほど前のことを思い返していると、会長は話を進めていった。
「初めてこの飛空機が実戦投入されたのは、今年の一月一日。帝国が魔族と手を組み、五大国を強襲したあの日よ。奴等はこれを使って、組織の構成員たちをテレシア公国へ送り込み――攻め落としたの。命からがら逃げてきた聖騎士は、『空を埋め尽くすほどの数だった』と語ったらしいわ……」
彼女のその発言に対し、リアはピクリと反応を示した。
「空を埋め尽くすほど……? そんなにたくさんの侵入を許すなんて、テレシア公国の国境警備はどうなっていたんですか……?」
「テレシア公国の国境沿いには、遠距離攻撃手段を――対空戦力を持つ優秀な魂装使いが、ずらりと配備されていたそうよ」
「だ、だったらどうして……?」
「この飛空機の優れているところは、その恐るべき『機動力』にあるの」
会長はそう言いながら、両翼に備わった四枚の羽へ視線を向けた。
「これまで『飛行機』が剣士の移動手段として採用されなかったのは、その機動力の低さが原因よ。あんな大きくて自由に方向転換ができないものは、強力な遠距離攻撃手段を持つ魂装使いからすれば、ただの『的』でしかないわ」
彼女は難しい表情で話を続ける。
「でも、この『飛空機』は違うの。後で乗ってみればわかるけれど、これは縦へ横へとまさに自由自在。まるで羽が生えたかのように、空を飛ぶことができるのよ。生半可な遠距離攻撃では、どうすることもできないわ」
会長はそう言って、首を横へ振った。
「天子様は『一方的に制空権を握られたこのままでは、戦いにすらならない』と判断し、すぐさま『天才科学者』へ連絡を取ったわ」
「……天才科学者?」
なんというか……『この感じ』には、少し既視感のようなものがあった。
「えぇ、リーンガード皇国が世界へ誇る天才科学者――ケミー=ファスタさんよ」
「あぁ、なるほど……」
予想通りというか、なんというか……。
何度か聞きかじった名前が飛び出してきた。
「天子様は橋の下で暮らす彼女へ、メッセージを送ったの。『一週間以内に飛空機の開発に成功すれば、その膨れ上がった借金を肩代わりする』ってね」
「それはさぞ大喜びしたでしょうね……」
彼女の狂喜乱舞するさまが目に浮かぶようだ。
「ケミーさんは見事その期待に応え、たったの三日で完成させてくれたわ」
「そのあたりはさすがですね……」
相変わらずいろいろと難ありだが、能力だけは超一流のようだ。
(しかし、凄いな……)
彼女はあのとき、『アレン細胞』を発見した功績でとんでもない大金を手にしたはずだ。
(それなのに、まさかそんな一瞬で一文無しになるとは……)
どうせまたギャンブルで痛い目を見たのだろうけれど……。
ケミーさんの金運のなさは、筋金入りのようだ。
「現在リーンガード皇国やヴェステリア王国をはじめとした五大国は、『帝国との戦争』に備えて飛空機の量産体制を整えているわ。そしてこれは、その試作品というわけよ」
会長はそう言って、飛空機をコンコンと指で軽く叩いた。
「ケミーさんの話によれば、これは霊晶石を組み込んだ全く新しい動力機構を採用しているそうよ。まぁ、早い話が『私たちの霊力で空を自由に飛べる機械』というわけね」
そうして彼女は、
「この試作品は『エネルギーの変換効率』に問題があって、燃費が悪いらしいんだけれど……。ここにいるみんななら、きっと問題ないと思うわ」
最後にそんな情報を付け加えて、飛空機の説明を終えた。
すると、
「見たところ、小型飛行機の十分の一以下だけど……。このサイズでちゃんと飛べるのかしら……?」
「……にわかには信じ難いな」
リアとローズは飛空機の性能に対して、疑いの目を向けた。
どうやらこの見慣れぬ機械へ、不信感を抱いているようだ。
その一方で、
「ちょ、超小型飛翔滑空機……か、かっこいいじゃないか!」
「センスありありの名前なんですけど……!」
リリム先輩とフェリス先輩は、少年のように目を輝かせていた。
(飛空機、か……)
空を自由に飛べるというのは魅力的だけど、安全面は大丈夫なんだろうか……?
俺がそんなことを考えていると、
「――ささっ、アレンくん。ぜひ試乗してちょうだい!」
会長はそう言って、ぐいぐいと背中を押してきた。
「え、えーっと……。どうして俺なんですか……?」
「さっきも言った通り、この飛空機はちょっと燃費が悪くてね? 安定した飛行をするには、けっこうな量の霊力が必要なのよ」
「どうやら、そうみたいですね」
「この五人の中で……いいえ、世界中を見渡してもアレンくんの霊力は、抜きん出ているわ! つまり、理論上あなたは世界で一番安定した飛行が可能な人間なのよ。そうして自由自在に空を飛ぶ姿を見れば、リアさんとローズさんが抱いた不信感も少しは取れるかなぁって思ったの!」
「なるほど、そういうことでしたか」
俺が『世界で一番安定した飛行』ができるとは、到底思えないけれど……。
一応彼女の意図するところは理解できた。
「それに……万が一落下してもどうせ無傷でしょ?」
「……そっちが本音のようですね」
どうやら俺は、あまり嬉しくない信頼のされ方をしているようだ。
とにもかくにも、こうして俺は謎の超小型飛行機――飛空機へ試乗することになったのだった。




