桜の国チェリンと七聖剣【二十】
会長の後に付いてしばらく進めば、億年桜の東側にある海岸へ到着した。
そこにはとても綺麗な海と真っ白な砂浜が広がっていたけれど、遊泳客はただの一人としていない。
それというのも、
(けっこうな白波だな……)
ローズの言っていた通り、かなり潮の流れが速かったのだ。
これでは泳ぐことはおろか、船を出すことさえ難しいだろう。
そうして俺が荒れた海面をぼんやり見つめていると、
「――あっ、見て見てアレン! この貝、とっても大きいわよ!」
リアは子どものように目を輝かせながら、砂浜に埋まった大きな巻貝を指差した。
「おぉ、これは凄いな!」
まるでお店で売られているような、とても立派なものだった。
「それは『ラズール貝』だな。口のところへバターを載せて、蒸し焼きにすれば絶品だぞ? 昔はよく、修業終わりにお爺様と一緒に食べていたっけか……」
ローズはどこか遠い目をしながら、そんなことを口にした。
すると、
「貝、バター……蒸し焼き……!」
食欲に支配されたリアは、ギラついた目で素早く周囲を見回す。
「さ、探しましょう! 他にもまだまだいっぱいあるはずよ!」
「つ、ついさっき食べたばかりだぞ……? それに今探しても食べられないと思うんだが……」
そんな風に俺たちが砂浜で騒いでいると、前方から黒服の一団――アークストリア家の使用人がこちらへ向かって来た。
彼らはみんな台車を押しており、そこには一メートル四方ほどの大きな物体が載せられている。
灰色のシートが被せられているため、中身を窺い知ることはできないが……それなりの重量はありそうだ。
「会長、アレはなんですか……?」
「ふふっ、この春合宿における『お楽しみ』よ!」
「そう言えば……。リーンガード皇国を発つ前にも、確かそんなことを言っていましたね……」
「ふふっ、きっとみんなびっくりするわよ?」
彼女は悪戯っ子のように微笑み、
「おーい、こっちこっちーっ!」
使用人たちへ大きく手を振った。
「――お嬢様、大変お待たせいたしました」
先ほども何度か見た初老の紳士は、優雅な所作で深々とお辞儀をする。
「ありがとう、助かったわ」
「とんでもございません。ただ――僭越ながら申し上げますと、こちらは安全試験をクリアした製品ではありますが、やはり危険なものに変わりはございません。お取り扱いには、くれぐれもご注意くださいませ」
「ありがと。でも、大丈夫よ。ここにいるみんなは、そんな柔な体をしていないわ」
「左様でございましたか。この老いぼれの出過ぎた発言をお許しください。――それでは快適な『空の旅』をお祈りしております」
初老の紳士はそう言うと、黒服の集団を率いて帰っていった。
「「「「「……空の旅?」」」」」
俺たちが首を傾げれば、会長はその返答とばかりに勢いよく灰色のシートを剥ぎ取った。
するとそこには、
「じゃじゃーん! 超小型飛翔滑空機――通称『飛空機』よ!」
尻尾のない蜻蛉のような形をした、とても近代的な機械があったのだった。




